2020/11/25 - 2020/11/28
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bunkichiさん
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その昔、『Go To トラベル』なる有り難いキャンペーンがありました。
インターネットのホテル予約サイトから宿泊予約をした利用者に対し、代金のうち一人一泊あたり2万円を上限に、旅行代金の1/2を支援する。なお1/2のうち、35%は割り引きとし、別に観光地の飲食店や土産物店で使える15%分の割引クーポン券が発行されるという、国内限定とはいえ旅行好きには利用しない手はありません。
ならば、これまで行ったことのない温泉リゾートの別府・湯布院で温泉三昧したいと思い旅立ちました。
今思えば、いろいろと制限がありましたが、源泉数・湧出量・泉質種類日本一の「別府温泉」、憧れの温泉地ナンバー1の「由布院」は、いろいろな意味で刺激的で楽しいところでした。
旅行時期が古くて、今では参考にならないとは思いますが、長年放置していたものを備忘録として記しましたので、あしからず。 <(_ _)>
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー ANAグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝8時の羽田発の飛行機で大分空港へ向かい、連絡バスで別府北浜バスセンターへ。
本日宿泊予定の「杉乃井ホテル」へタクシーで向かい、荷物を預け、そのままタクシーで別府八湯の中で一番高台にある明礬温泉に11時半に到着しました。
いつもながら忙しない旅の始まりです。明礬 湯の里 温泉
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ここは、江戸時代から湯の花を作り続ける「明礬 湯の里」です。
敷地内には昔ながらの藁葺三角屋根の「湯の花小屋」が並んでいます。
まだ時間も早かったせいか、人影も少なく静寂な雰囲気でした。
明礬の由来(案内プレートより)
《寛文4年(1664) 肥後国八代 (熊本県八代市) 出身の浪人渡辺五郎右衛門が、 速見郡鶴見 (別府市鶴見)に来て、明礬製造を思い立った。
彼は、立石村(別府市南立石)と鶴見村の小倉 (別府市小倉) で明礬製造を試みたが失敗に終わった。 その後、五郎右衛門は長崎の薬種問屋に奉公し、ここで中国人から明礬の製造の秘伝を聞くことができた。 早速、彼は鶴見村にきて再度、 明礬製造を照湯で試みたところ、 見事成功することができた。 そこで、 鍋山、 湯山、 野田村(いずれも別府市内)で、大々的に製造開始した。 これが日本での明礬製造の始まりである。》 -
この三角屋根のわら葺き小屋が「湯の花小屋」です。
天然の入浴剤「湯の花」を製造するこれらの小屋には職人さんしか入れません。
しかし、敷地内には同サイズの見学小屋もあります。 -
こちらが見学小屋内です。
別府明礬温泉の湯の花製造技術 【国指定重要無形民俗文化財】
(案内プレートより)
《この技術は別府市の明礬温泉で江戸時代に行われていた明礬製造技術を応用したもので、製品である湯の花は、薬として飲用、塗布されたり、入浴剤として利用されてきた。
作業は、湯の花小屋づくりと小屋の内部で湯の花を結晶化させる作業に大きく分かれる。湯の花小屋は、噴気を通した小屋床の上に藁や茅で屋根を葺いたもので、内部は噴気をまんべんなく噴出させ、 温度を一定に保ちやすい構造になっている。その小屋床に青粘土を敷き固め、噴気の強さを調整して内部の温室度を一定に保つことで、湯の花の結晶を造り出す。
このように、温泉の沈殿物などを採取するのではなく、湯の花小屋という特殊な製造施設をつくり、内部で噴気と青粘土を巧みに利用して湯の花の結晶を造り出すという全国でも類を見ない貴重な民俗技術である。》 -
こちらは本物の「湯の花小屋」。
床一面に真っ白な湯の花が広がってました。 -
「天然 薬用 「湯の花」医薬部外品」(案内プレートより)
湯の花は明礬温泉で享保年間より独特の製造方法により生産される我が国希有の温泉成分を結晶された全く純粋な薬用効果抜群の天然の入浴剤です。
効能
水虫、あせも、神経痛、リウマチ、痔、腰痛、冷え症、肩こり、ただれ、いんきん、しっしん、しもやけ、たむし、うちみ、くじき、かいせん》 -
湯の花小屋見学後、さっそく別府の中でも最も標高の高いところ(標高350m)の「大露天岩風呂」に入りました。
お湯の色は、ブルーがかった乳白色。
かつて「イッテQ」で温泉同好会の女芸人達がここでアーティスティックスイミングロケをした場所でもあります。
お昼前のせいか、この時は誰もおらず、ひとり貸し切り状態でした。
(´▽`*)アハハー♪ -
ひとっ風呂浴びた後は、地獄蒸しプリンで有名な老舗温泉宿「岡本屋」の売店に行ってみました。
地獄(高温の蒸気)で蒸すプリンは、別府のあちらこちらで見かけますが、ここが元祖だそうです。岡本屋 売店 グルメ・レストラン
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プリンも美味しかったけど「かま玉うどん」も生麺を香川から仕入れているだけあって、コシが違います。(*⌒▽⌒*)
-
路線バスに乗って別府駅に戻ってきました。
別府駅 (大分県) 駅
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別府駅東口前には、別府観光の父、「油屋熊八」が万歳している像が鎮座してます。
この「油屋熊八」さん、どれだけ別府で愛されている人物なのかプレートに書かれているプロフィールが語ってました。
子供もぶっ飛んでいるわけです。 -
「あぶらや・くまはちのプロフィール」(案内プレートより)
・1863 (文久3)年、 愛媛県宇和島の米問屋に生まれる。小さいときから働きもので有名だった。
・30歳のとき大阪へ出て、 米の相場で成功し、 巨万の富を手にする。
つけられたアダ名が “油屋将軍"
・34歳で相場に失敗し、 全財産をなくす。臭くて暑い船底に乗りアメリカへ。
・3年間をかけてカナダからメキシコまでを旅し、38歳のとき帰国。アメリカでキリスト教の洗礼を受けていた。
・46歳のころ、 別府温泉へ移り住み、 ホテルを経営しはじめた。 それがやがて、世界のお金持ちを迎える一流ホテルに成長する。
・アメリカで目にしたスケールの大きな観光地づくりを実践。 大阪の上空から飛行機でビラをまいたり, "山は富士 海は瀬戸内 湯は別府” と書いた標柱を富士山にかつぎあげて立てたり・・. 当時はだれも思いつかないような奇抜なアイディアをつぎつぎに実行した。
・美人バスガイドが案内する観光バスを日本ではじめてつくったのもこの人である。 “地獄めぐり” は爆発的人気をあつめた。
・この人のまわりには、 別府観光のためならなんでもしようというオモシロイ人たちがあつまった。みんな子どもたちが大好きで、『オトギ倶楽部』を結成し、童話や歌や演奏を聞かせた。 クリスマスにはサンタクロースが水上飛行機から下りてきて、子どもたちをびっくりさせたりした。 『オトギ倶楽部』 で、 あぶらや くまはちは "ピカピカのおじさん”とよばれていた。
・湯布院温泉を観光地として開発したのもこの人だった。 当時描いていた観光プランは別府 由布院 久住高原 飯田高原 阿蘇 長崎をむすんで道路をつくるという、九州全体を視野に入れたものだった。
・1935 (昭和10) 年、別府市で死去。73歳だった。 くまはちが抱いた “ここを世界の観光地にしよう” という夢は、いまもこの町のあちこちに生きて息づいている。》 -
西口駅前から出るホテルの送迎バスで「杉乃井ホテル」へ戻ります。
当時、宿泊した「HANA館」は2021年12月1日に閉館してしまい、跡地に新たな客室棟を建設中です。杉乃井ホテル 宿・ホテル
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「杉乃井ホテル」自慢の大展望露天風呂、「 棚湯」に浸かりました。
残念ながら撮影できませんが、この水着の屋外型温泉、「アクアガーデン」で、この光景ですから、ここより高いところにある「棚湯」は、絶景!絶景!絶景三昧のお風呂でした。
(別府温泉 杉乃井公式HP 大展望露天風呂 棚湯より)
https://suginoi.orixhotelsandresorts.com/contents/tanayu/ -
夕食はワールドダイニング「シーダパレス」でのバイキングでしたが、当時は、ひとりひとりにビニールの手袋が渡され、トングを都度変え、コロナ対策のためホテルは涙ぐましい努力をしていました。
せっかくの大分なので、ビュッフェだけでなく、追加で関サバの刺身を注文しました。 -
夕食を終え、ホテル周りのイルミネーションを見に行きました。
温泉の蒸気にもライトが当たり、なんとも幻想的な雰囲気を醸し出していました。 -
どこかのアミューズメントパークのようでした。
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翌朝、部屋から別府湾の彼方から昇る朝日を拝みます。
さあ、今日も温泉三昧するぞー!( 'ω' )/ -
「MyべっぷFree2日ワイドフリー乗車券」をGoToトラベルのクーポン券で購入。
(別府市内の主な観光地を走るバスに2日間乗り放題+湯布院往復乗車)
やはり別府にきたからには、「地獄めぐり」は必見です。
別府地獄組合では、7ヶ所の地獄(海、血の池、龍巻、白池 鬼坊主、鬼山、かまど)めぐり共通・割引券を用意してます。
最初に向かったのは国指定名勝の「海地獄」です。
名前に負けない南国の海のようなコバルトブルーの温泉です。海地獄 名所・史跡
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涼しげな色ながらも泉温は約98°C!手を入れれば大火傷です。
池の青色は、温泉中の成分である硫酸鉄が溶解しているためだそうです。 -
こちらはすぐ隣にある「鬼石坊主地獄」。灰色の熱泥が沸騰する様子が坊主頭に似ている事からそう呼ばれる様になったとかでわかりやすい。
地味ながらも泉温は約99°Cもあります。鬼石坊主地獄 名所・史跡
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さて、2~3分歩くと次の地獄「かまど地獄」があります。
古来より氏神の竈門八幡宮の大祭に、 地獄の噴気で御供飯を炊いていたことがその名の由来だそうです。
ここには、1~6丁目までの6つの地獄と4つの極楽(極楽1丁目~極楽4丁目:のど湯・肌の湯)があります。かまど地獄 温泉
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かまど地獄1丁目(90℃)
地下にある岩盤が地熱によりできた、粘っこい色んな種類の粘土がとけだした茶褐色の熱泥地獄です。 -
かまど地獄2丁目 (100℃)
かまど地獄のシンボルとも言えるかまどの鬼がいます。改心してかまど地獄の門番になったそうです。
岩の間からは100℃の蒸気が噴きだしてます。 -
かまど地獄3丁目(85℃)
コバルトブルーの色をした地獄で、泉温はやや低め? -
かまど地獄4丁目(80℃)
地下にある岩盤が地熱によりできた粘っこい色んな種類の粘土がとけて、この色になったそうです。(説明プレートに「酸化鉄の色ではありません。」とあえて表示しているのは、そう思う人が多いのでしょうね。
泉温は、ここでは一番低い80°Cです。 -
かまど地獄5丁目(95℃)
この池は年に数回、ある日突然色が変化するそうです!
(ブルー・グリーンなど色も濃くなったり、薄くなったり)しかも原因不明の摩訶不思議地獄です。 -
かまど地獄6丁目(95℃)
以前は灰色でしたが、(地中に含まれている鉄分が何らかの原因で溶け出し)年々色が変化し、現在の色に変化した熱泥地獄です。 -
(極楽1丁目~極楽4丁目)温泉体験コーナーです。
飲む温泉、のど、肌の“蒸し湯、岩盤浴がありました。 -
続いて、「鬼山地獄」です。泉温は約99.1°Cと高めです。
鬼山地獄 名所・史跡
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ここは別名「ワニ地獄」とも呼ばれています。
大正12年に日本で初めて温泉熱を利用し、 現在、クロコダイル、アリゲーターなどの多数のワニを飼育しています。 -
ナトリウムの泉質はワニの肌にも良いのでしょうか?
ちなみに池の脇のお地蔵様はツルツル?でした。(*´∀`)ノ -
鉄輪地区にある地獄の最後5つ目の「白池地獄」(国指定名勝)です。泉温は、高めの約95度(噴出口)あります。
噴出時は透明な湯が、池に落ちた際、温度と圧力の低下により青白く変化し、和風庭園にある池を青みを帯びた白色にしているそうです。
ここの見所に熱帯魚とアマゾンの大王魚のピラルク飼育展示があるのは、先の「鬼山地獄」のワニに対抗したのですかね?白池地獄 名所・史跡
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「白池地獄」の後は、人気の「地獄蒸し」を食すため、人気の「地獄蒸し工房鉄輪」に行きました。(写真は撮り忘れました・・・・・・)食事後、鬼の口から飛び出した蛇口をひねって、ありがたく温泉を飲みます。
地獄蒸し工房鉄輪公式HP
https://jigokumushi.com/地獄蒸し工房 鉄輪 名所・史跡
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飲食後、鉄輪の街をブラブラしました。
これは、鉄輪温泉の開湯の祖であることから一遍上人をモデルにした「一遍湯かけ上人」の像です。
自分の体で悪い部分や治したい部分があれば、上人像の同じ箇所に湯をかけて祈願します。
全身びしょ濡れにしました。(--;)・・・・ -
「足湯」は全国津々浦々ありますが、「足蒸し」があるのはここだけ?
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せっかくなので、一遍上人によって創設されたといわれる「鉄輪むし湯」に行ってみたら、なんと休館日!
(;´д`)トホホ…鉄輪むし湯 温泉
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鉄輪地区から亀川地区にある「血の池地獄」と「龍巻地獄」へ向かいます。
「血の池地獄」までは3km程ありますが、路線バスを利用すれば5分ぐらいです。
入口には赤鬼さんがでんと構えてました。血の池地獄 名所・史跡
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園内のベンチ、テーブルです。
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これが「血の池地獄」(国指定名勝)です。
まさに地獄のイメージ、血の池のような見た目です。
地下の高温、高圧下で自然に化学反応を起こし生じた酸化鉄、酸化マグネシウム等を含んだ赤い熱泥が地層から噴出、堆積するため池一面が赤く染めているそうです。
泉温は、78℃で他の地獄と比べると少々低めですが、手を入れてはいけません。 -
地獄めぐりの最後は「龍巻地獄」(国指定名勝)です。「血の池地獄」の隣にあります。
地下150℃の温泉が、105℃の熱水となって豪快に噴き出す間欠泉です。
噴出する間隔は30分~40分ほどで、1回の噴出は5分ほど続きます。龍巻地獄 名所・史跡
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この日の宿泊先は、別府タワーにほど近い、「ホテルうみね」です。
別府温泉 ホテル うみね 宿・ホテル
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別府湾に面して建ち、絶景のオーシャンビュー!
窓の下には別府スパビーチが広がってました。
(^◇^ ;) ほぇ~ -
しかも各部屋に源泉かけ流しの温泉がついています。
\(●´∀`●)/やったー!!! -
夕食は(伊勢海老と黒毛和牛のついている)鉄板焼きのコースをチョイス。
大分の旬の野菜や、伊勢海老、黒毛和牛などなどを目の前でシェフが焼き上げてくれます。
あれから何年も経ちましたが、あんな「至福のひととき」は、その後味わってません。
残念ながら、この「ホテルうみね」は現在、館内の改修工事を行うため、休館中です。
早くリニューアルオープンしてもらいたい。 -
さてこの日は、まず昨日休館日で入れなかった「鉄輪むし湯」に再チャレンジです。
ここの「むし湯」は、1メートル四方の木戸を開けて中に入ると約8畳ほどの石室があり、 温泉で熱せられた床の上には石菖(せきしょう)という薬草が敷きつめられています。
そこに寝て、10分ほど蒸されます。鉄輪むし湯 温泉
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受付のおばちゃんが入浴の方法を説明してくれます。
なんでも昨日の休館日は、石菖を全部入れ替えたばかりで、香りが一段と良いとのこと。「前の方が入ったばかりなので、よろしければ一緒にどうぞ。」と言うことなのでウキウキ脱衣所に向かうと、なんと倶梨伽羅紋紋のお兄さん2人が石室に入って行くではありませんか.....。
お兄さん達が石室から出てくるまでじっと待って、一人でジックリ入りました。
香りも良く、気持ち良かったですが、10分以上は尻が熱くて厳しいです。
別府市公式HP 鉄輪むし湯
「イラスト入浴体験記 むし湯のはいりかた」より
https://www.city.beppu.oita.jp/sisetu/shieionsen/detail11.html -
「むし湯」の後は、昨日に引き続き、鉄輪地区をブラブラと散策しました。
「旧冨士屋旅館」(案内プレートより)
《別府に唯一現存する明治期の旅館建築。
明治の意匠の美しさと温泉町の文化を今に伝える。
十月初旬には、 樹齢二百余年のウスギモクセイの花が咲き、穏やかな秋の香りに包まれる。》冨士屋Gallery 一也百 (旧富士屋旅館) 名所・史跡
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熱の湯源泉跡(案内プレートより)
《昭和五十年代のはじめ頃まで「熱の湯」と「洗濯場」の源泉として活躍。
それより以前は飲泉としても「むし湯」に入る人たちに特に好まれていた。》 -
この洒落た建物が「洗濯場」です。
ここが先程の赤レンガの建物の源泉跡から温泉を引いていた洗濯場です。洗濯場跡 名所・史跡
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(案内プレートより)
《この洗濯場は、大正年間に、旧おざ旅館(現誠天閣)の前所有者であった安波氏より寄贈されたものであり、戦前までは 「下ん熱の湯(したんねつのゆ)」として入浴に使っていましたが、 湯温が低く、 泉質が洗濯に適していた為、その後 「洗濯場」として活用され始めました。
戦後は、近隣の旅館の女中さんたちが、 竹篭一杯に敷布などをもってきて、にぎやかに井戸端会議をしながら、 洗濯を行っておりました。昭和50年代以降、 電気洗濯機の普及により 「洗濯場」としての使命を終え、長らく閉鎖されていましたが、地元の人々の誠意により、往時を偲ぶ 「温泉遺産」として生まれ変わりました。》 -
「ブラタモリ」でも紹介された断層崖沿いの坂をゼーゼー上ります。
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断層崖を上りきると見事な光景が待っていました。\(^O^)/
ここは、名前の通り、「みはらし坂」です。
「ブラタモリ」によれば、湯けむりは断層に沿って立ちならんでいるそうです。 -
鉄輪の街を一通り散策し、とある寺の脇でボーとしていると何やら坂の上の方から「じゅんちゃーん!」のかけ声とともに騒がしくなってきました。
何とあの某高田純次を先頭に黒装束のスタッフらしき集団が目の前を通り過ぎて行きます。
どうやら某散歩のロケのようです。2ヶ月後にTVで確認したので間違いありません。 -
いろいろな意味で刺激的だった鉄輪を去り、次なる目的地「由布院」に向かいます。
約50分ほどでバスは到着しました。由布院駅 駅
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「由布岳」を望みながら、湯布院温泉観光のメインストリート「湯の坪街道」タラタラ歩きます。
いかにも『人気観光地』らしい光景です。 -
「金鱗湖」いかにもニッポンの晩秋ぽい光景でした。
金鱗湖 自然・景勝地
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この日の宿泊先の「ことぶき花の庄」です。
由布岳側に壁全面の大きな窓のある広い部屋でした。由布院温泉 由布院ことぶき 花の庄 宿・ホテル
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翌朝の部屋の窓からは、朝陽に照らされた「由布岳」とその下から立ち昇る湯けむりといった由布院ならではの光景を拝めました。
w(°o°)w おおっ!! -
当時、コロナ感染対策として朝食も大広間に用意するのではなく、各客毎に個室に豪華な朝食が用意されてました。(しかも一人一人別テーブル)
もっと驚いたのは、給仕の方が和服姿のインド人らしき男性。流暢な日本語もさる事ながら、三つ指ついて出迎え、上品に個室の襖を開けてくれるではありませんか!
今までこんなに丁寧な対応にあったことが無いので、逆に戸惑ってしまいました。
w(☆o◎)wガーン -
GoToトラベルのクーポンを使ってタクシーで噴火口が見られる「伽藍岳(がらんだけ)」中腹の「塚原温泉火口乃泉」へ向かいました。
「秘湯塚原温泉火口乃湯」に到着後、見学料200円を払い、火口目指して登山道を進みます。塚原温泉 火口乃泉 グルメ・レストラン
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老骨に鞭を打ち、坂道を登ります。
5分ほどで山肌から昇る噴気が見えてきました。 -
噴火口に到着しました。
あちこちらから、力強く水蒸気が立ち上がっています。
《ここの火山ガスには、有毒な成分(塩化水素、亜硫酸ガス)が大量の熱水に吸収されているため、ほとんど含まれていない》そうです。伽藍岳火口 温泉
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地獄というより、まさに地球・大地のエネルギーが実感できる場所です。
《ここ伽藍岳の地下に眠る熱水こそが別府八湯すべての温泉源であり、別府温泉全てのお湯の供給源となっている》そうです。
以上「ブラタモリ」の受け売りでした。 -
この場所は、火口見物もさることながら、由布院の秘湯・源泉かけ流しの薬湯「塚原温泉」があります。
ゆふいん 塚原温泉 火口乃泉由来 (案内プレートより)
《塚原温泉は、標高約八〇〇メートル、噴気が立ち昇る伽藍岳(がらんだけ)一〇四五メートルの中腹にあります。塚原温泉には、平安時代の豪傑、源為朝(ためとも)の伝説が残っています。 十二世紀、為朝が山で狩りをしていた時、傷ついた鹿が湯溜まりに浸かって、傷を癒すのを見て発見されたと伝えられています。
塚原温泉「温泉成分の特徴」
・酸性度の高さ 日本第二位
・アルミニウムイオンの多さ、日本第二位
・鉄イオン含有量の多さ 日本第一位
日本三大薬湯の一つとして、全国に知られています。》塚原温泉 火口乃泉 グルメ・レストラン
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タモリが「ブラタモリ」の入浴時に、ピリピリすると言っていましたが、秋田の玉川、山形の蔵王とともに「日本三大酸性泉」と呼ばれるpH(ペーハー)約1.5の強い酸性(レモンやカボスよりはるかに酸性が強い)とのこと故、納得できます。
本当は入りたかったのですが、この日は気温も低く、湯冷めしそうなので止めました。 -
さて、タクシーとバスを乗り継いで、また別府まで戻って来ました。
ここは「波止場神社」。明治の初めに旧別府港(楠港)の安全と発展を祈願して、創建されたものですが、この神社のすぐ前に(神様、仏様、稲生様の)元西鉄ライオンズ稲尾和久投手の実家があり、「稲尾神社」とも呼ばれています。
境内には、幼少時から漁師である父の手伝いで伝馬船に乗って櫓を漕いで足腰を鍛えたという絵が飾られてます。波止場神社 寺・神社・教会
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こちらは、「竹瓦温泉 」です。明治12年(1879)創設の市営の浴場です。
当初は竹屋根葺き、その後は瓦葺きであったのが、由来だそうです。
現在の建物は昭和13年(1938)に建設されたもので、外観、内部とも昭和初期感が溢れています。市営 竹瓦温泉 温泉
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シャンプーや石けんはありません。タオルも、もちろん持参必須です。
脱衣場と浴場は一緒の空間で、脱衣場から階段で降りると浴場があります。
そしてお風呂(男湯)がともかく熱い!(温泉分析書には泉温48.8°Cの記載)
温泉分析書の泉温まではないにしろ、それなりに覚悟は必要です。
お風呂の様子は別府市公式観光情報Webサイト 竹瓦温泉を参考にして下さい。
https://beppu-tourism.com/onsen/takegawara-onsen/ -
ここには、”激熱湯”の他に、浴衣を着て砂の上に横たわると、砂かけさんが温泉で暖められた砂をかけてくれる”砂湯”もありました。
また来る機会があれば、間違いなく、こらこちらを選ぶでしょう。 -
今はコンクリートに覆われてますが、すぐそばにあった、かつての「北浜海岸砂湯の様子」写真です。
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コロナ禍のなか温泉をバタバタと巡ってきましたが、「別府八湯」のうち「明礬・観音寺・鉄輪・別府」の四湯しか巡れませんでした。
必ず残りの「浜脇・堀田・柴石・亀川」を足腰が許す限り、いつの日か再チャレンジしたいと思います。大分空港 空港
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