2024/03/17 - 2024/03/17
30位(同エリア374件中)
はんけんさん
青春18きっぷで群馬県の横川駅にやって来ました。
既に廃線となった信越本線の横川駅から軽井沢駅の区間は、かつて鉄道屈指の難ルートで66.7パーミルは旧国鉄の最も厳しい勾配でした。そのルートができる前は、アプト式で登っていったルートがあり、今は『アプトの道』として整備され、横川駅から熊ノ平までを歩くことができます。
2017年にここを歩きました。
2017夏 18きっぷの旅4:横川 碓氷関所とアプトの道と峠の釜めし
https://4travel.jp/travelogue/11282959
さて、今回はアプトルートが廃線となり1963年から使われたいわゆる「新線」ルートを歩きます。このルートは1997年の長野新幹線の開業に伴い廃線となり、通常は通行禁止とされているのですが、ガイド付きの企画の時のみ歩くことが可能なのです。それを知って嫁はんが張り切って参加表明。
参加料金は、およそ8000円。昼食代と保険代が含まれています。またライトとヘルメットは必須で、それぞれ500円、300円でお借りすることができます。我々はライトを持参し、ヘルメットを借用しました。
https://haisen-walk.com/
前日は軽井沢から横川の上りルート、この日は横川から軽井沢への下りルート。我々は横川から軽井沢の登りメインの下りルートを選択しました。両日とも参加する人もいるのだろうな。
参加者は、25名。私より年上と思われる鉄分の高そうな人が、大半を占めていました。
私は子供の頃、夏休みを長野県の母の実家で過ごすため、毎年、信越本線で碓氷峠を越えていました。千葉県(平坦な関東平野)に住んでいたので、日常生活でトンネルを通ることがなかったため、横川から軽井沢間に幾つもあるトンネルを通るのがとっても楽しみでした。(行きはトンネルが20個弱(18個)なのに、帰りは10個程度(11個)と異なるので、数え間違えかなぁと思うが、明らかに差が大きく毎年そうなるので不思議でした。単に上りと下りで違うルートってことなのですけど、小学生には分からなかった。)
当時は、峠越えで機関車EF63を連結するため横川駅で長く停車、その間に駅弁、おぎのやの峠の釜めしを親に買ってもらいました。トンネルと釜めしが、私の子供時代の毎夏の楽しみだったのです。ということで、私にとってはかなり思い入れのあるルートです。
横川駅に10時前に到着し、受付をすませて碓氷関所など周囲を見学してから、11時にツアーはスタート。『アプトの道』を歩き、峠の湯へ。ここでおぎのやの「峠の釜めし」で昼食。懐かしく美味しいです。
そこから先は、アプトの道から離れ、「新線」のルートへ。三つのトンネルを経て熊ノ平。更に、15個のトンネルを経て、長野県へ。
トンネルの中で映像を観たり、信号の点灯があったりと、盛りだくさん。たっぷりと楽しみました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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高崎駅の売店で、じゃこ山椒のおにぎりを購入250円、小腹を満たす
「峠の釜めし」のおぎのや製。美味でした。 -
車窓の風景、安中駅前の東邦亜鉛工場。子供の頃は、基地の様な不思議空間「近未来かっ!」と思いました。
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車窓の風景、妙義山。
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今や、終着駅となってしまった横川駅に到着
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駅には、アプト式のモデルや
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小説/映画「人間の証明」の舞台となった霧積温泉のお宿の宣伝や、
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EF63の動輪があります。
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駅舎は、関東の駅100選に選ばれています。
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駅前には、おぎのやの本店
この日は、ツアーの昼食で峠の釜めしをいただくので、スルーです。 -
アプトの道の起点
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EF63とトロッコ列車
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ツアー開始まで時間かあるので、碓氷関所を見学
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観光案内所で、ツアーの受付。
受付は9時から開始しており、11時のスタートまで鉄道文化むらで見学することも可能です。 -
観光案内所の中はこんな感じ。碓氷関所の資料館もこちらに移転していました。
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桜の花とトロッコ列車
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ツアー開始です
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このレシーバーで、ガイドさんの説明は100m離れてもキャッチできるそうです
なので、マイペースで少し離れて見学したり撮影したりもできるというメリットあり -
鉄道文化むらを外から眺めながら、ガイドさんの鉄分チェック「EF63とかアプト式とか分かる方、挙手お願いします!」
この日の鉄分は、およそ40%でした。 -
EF63 の二重連が、最後尾から押して旧国鉄の最急勾配を登って行きました。
右奥が軽井沢、本日のゴール。
かなり登ることがお分かりいただけると思います。
軽井沢からは、EF63が先頭でブレーキをかけながらゆっくり下ってきます。 -
鉄道系ツアーなのに、寄り道でここに来ました。この日、二度目の碓氷関所。
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碓氷峠の難所工事で亡くなった方への鎮魂碑です
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アプト式で使われた歯車が、こんな所に再利用されています
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EF63と、EF63を激写する嫁はん
ここでEF63を運転するには、訓練費2万円を払えば誰でも乗れるそうですが、人数が限られていて抽選で全く当たらないそうです -
アプトの道を歩きます。複線の下りはトロッコ列車に活用されていて。かつての上り線は、当時のレールを残して舗装化されています。
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左は桜の木。2,3週後には、もの凄いことになっているはず!
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かつてのキロポスト。高崎駅から30kmの地点です。
この日のゴールは、39km近辺だそうです。
なお横川駅から軽井沢駅の営業キロは11.2kmでした。 -
上を上信越自動車道
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旧丸山変電所、国の重要文化財です。
碓氷峠を行き来する列車に電力を供給するため、明治44年に建てられた機械室棟と蓄電室棟。
SLの排煙がトンネル内に充満し、運転士や乗客が窒息しそうになるので、全国で最初に電化された区間だそうです。 -
昭和38年(1963年)の新線開通で、役割を終えました。
子供の頃は、「なんでこんな所にこんな廃墟が?」とビビりました。国の重要文化財に指定されてから、復元が進み、かつての「お化け屋敷的な雰囲気」が一掃されました。 -
架線の張り具合をチェック!
一番上の黄色いおもりが黄色いラインに来ていれば、架線のテンションはグッドです。 -
休日のみ運転するトロッコ列車の駅。
今回の参加者は、このトロッコ列車に乗って、峠の湯で合流することが可能です。 -
この辺りから、アプト式がスタートしたそうです。
「エントリー」で歯車を破壊した運転手は、保守のスタッフに罵倒されたそうです。
保守のスタッフは、次の列車が来るまでに歯車を交換しなければならないので、その気持ちは分かります。 -
トロッコ列車。
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当初のレンガ製の橋脚が残っています。
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峠の湯で昼食。おぎのやの「峠の釜めし」です。
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包装紙は、この廃線ウォークのために特別に作られたものです。
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安定の美味ですね!
容器も、この廃線ウォーク向けの特別カラーリングだそうです。
今まで、容器は捨ててしまっていたけど、一合のご飯が美味しく炊けるそうなので、初めて容器を持ち帰りました。 -
トロッコ列車の終着駅、峠の湯駅です。
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1時間のお昼休み、まだ時間があるので、アプトの道の一号トンネルへ。
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更にここで、峠の力餅を買いたかったが、12個入りと多すぎて断念。
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裏妙義。
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午後の部は、ヘルメットをかぶってスタート。
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「新線」の廃線跡。普段は、立ち入り禁止。ワクワクします。
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歩き始めます。
さほど急勾配ではないな?と思っていたが、 -
何と!63パーミル!
この標識は、廃線後に盗まれたためのレプリカです。
図面は残っていたようで、設計図をみながら再作成したとのこと。 -
最初のトンネルです。
この下り線には、合計18個のトンネルがあります。 -
トンネルを抜けると、この上り線の標識。
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ズームアップ、66.7パーミルです!国鉄の最勾配区間です!!
残念ながら、この標識も廃線後に盗まれたため、レプリカです。
ガイドさんが、「66.7と言えば、鉄道ファンには碓氷峠(越え)を意味します」と宣ったので、吹きました。 -
最急勾配の66.7パーミルは、上りルートなので、この区間は、上りルートを歩くことも可能。
したがい、この上りルートを歩いている人は、鉄分の高い人たち? -
二つ目のトンネルへ。
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トンネル内の架線も既に盗まれ済み。
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真っ暗なので、各自ライト点灯です。
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1.2kmのトンネル。この辺まで来ると前後真っ暗。なので、
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全員がライトを消すと、本当に真っ暗です。
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二つ目のトンネルを出て、
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右手は、新線の上り。
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左手は、
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アプトの道のメガネ橋です。
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刎石山、かつての中山道はこの山を通ります。
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三つ目のトンネル。映える写真の撮り方指導。
このトンネルも900mと長め。 -
かつての信号が点灯!
この廃線ツアーに参加した方が、ボランティアで直したそうです。 -
トンネル内の灯りと出口付近の青信号も点灯されました。
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トンネル内で、醤油を熟成。一瓶、3000円だそうです。
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緊急用の電話。
今は、繋がりません。 -
トンネル内で、貴重な映像を視聴。
鉄分高いです。 -
青信号。
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熊ノ平に到着。ここでアプトの道と合流。
熊ノ平のトンネルや線路は、最近色々なドラマで撮影されいているそうで、上白石さんも来られたそうです。 -
殉難の碑、昭和25年に山崩れにより国鉄職員とその家族が犠牲になり、それを鎮める碑です
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崩落警報の信号も点灯されました。
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熊ノ平駅跡。
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アプト式開通の碑。
ガイドさんが「アプト式のアプトはこれを発明したドイツ人の名前で、、、」と仰ったので思わず「いやいや、アプトさんはスイス人のはず、、、」と小さな声で言ったら、嫁はんに「ガイドさんが間違える訳ないやん!」と怒られました。 -
アプト式開通の碑は、レールで補強されています。
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アプトの道はこの熊ノ平で折り返します。
が、このツアーでは、更にこの先に進みます。 -
ここから先は、15個のトンネルがありますが、総距離は4km程度で、ひとつ一つのトンネルは短いです。
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基本的に枕木はコンクリート製だが、レールの継ぎ目の枕木は木製。強度を補足するために、その前後のコンクリートの枕木は距離が近い。
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ここで上りルートへ移動。
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下りルートが、2019年の台風19号でやられてしまったためです。
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危険回避した後、下りルートへ戻ります。
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トンネルの先にまたトンネル。
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塗り固められた旧ルートのトンネル。
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EF63が重すぎるので、レールが後ろ(横川方面)へズレていってます。ここは微妙なカーブなので、内側の重さがかかる(この写真で)下側のレールの方がズレが大きい。
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このトンネルは横から外にでることが可能。
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外に出ると、レンガ!
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標高900m前後
結構、雪が残っています。 -
国道18号はかなり上。
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最後の18号トンネル。
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後から押しているEF63の運転手がこの灯りを見えた時は、先頭車両は既に登り終えているので、この灯りを見てEF63の運転手は、ホッとしたとのことです。
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県境です。
ってことは、この真上あたりが碓氷峠ですかねっ!?
となると、碓氷峠越えではなく、碓氷峠くぐりですね。 -
大きな氷柱。
真冬はもっと大きいそうです。 -
最後のトンネル出口です。
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トンネルを出て振り向くとこんな感じ。
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トンネルを出て、少し歩いてから道路に出て、そこでツアーが終了。レシーバーとヘルメットを返却しました。
ここから軽井沢駅までは、1km強。 -
軽井沢駅から横川方面への線路は既に撤去されてしまいました。
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大満足で、軽井沢駅でゴール。
軽井沢は何度も来ているが、駅で乗降するのは初めてかも。 -
軽井沢駅のおぎのや売店に、ありました「力餅6個入り」
嫁はんが満面の笑みで購入、400円。 -
軽井沢から高崎まで新幹線。6時間かけて歩いた区間をわずか5分で通過。
高崎からは、もちろん18きっぷです。
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この旅行記へのコメント (9)
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- 横浜臨海公園さん 2024/03/23 09:39:55
- 碓氷峠
- はんけんさま、こんにちは。
旅行記を何時も興味深く拝見させて頂いております。
小生の記憶では横川-軽井沢間は昭和37年(1962年)夏に上野駅から軽井沢駅まで特急白鳥号に乗車したのが最初で、当時はアプト式だった事から、横川まで快適に走っていたのが横川-軽井沢間は子供が走っても列車に追いつきそうな速度で走行したおりました。
新線開通後、丸山の発電所跡の煉瓦建築は使用されなくなり、だんだんお化け屋敷状態化しましたが、廃線後に保存処置が講じられ今では見違えるようになりました。
実は軽井沢側の矢ケ崎にも同様の煉瓦建築物が残存しておりましたが、昭和53年(1978年)頃に解体撤去されてしまい、矢ケ崎の建造物の方が状態が良好だっただけに残念です。
上り線横川側隧道横川方坑門付近には、昭和50年(1975年)の回送機関車暴走脱線事故の痕跡が今でも見られます。
横浜臨海公園
- はんけんさん からの返信 2024/03/24 17:40:31
- Re: 碓氷峠
- 横浜臨海公園さん
コメントいただきありがとうございます。
アプト式の頃も乗車されているのですね!
丸山は、廃墟の時代は、通るたびにゾッとしたのを思い出します。
引き続き、旅行記をご覧いただければ幸いです。
はんけん
- 横浜臨海公園さん からの返信 2024/03/25 08:32:40
- 拝復
- はんけんさま、おはようございます。
ご存じと思いますが、80系気動車は冷暖房完備の特急車輌なので、窓は固定ですが、丸山、矢ケ崎発電所横を通過の際は固定窓を通して、機械音が車内に響いていました。
丸山発電所跡通過時で、特に夕方雷鳴時は、おどろおどろしい雰囲気を覚えております。
横浜臨海公園
- はんけんさん からの返信 2024/03/25 22:17:33
- RE: 拝復
- 横浜臨海公園さん、こんばんは。
再度コメントありがとうございます。
80系気動車で碓氷峠越え、羨ましすぎます!!
はんけん
- 横浜臨海公園さん からの返信 2024/03/27 17:30:43
- 白鳥号車内
- はんけんさま、こんにちは。
白鳥号ですが、現在とは異なりラフなスタイルでの乗客は皆無で、1等車キロ80に乗車の成人男性8割弱は盛夏にも拘わらず白かクリームの上下麻背広に、殆どの者が蝶ネクタイ姿でした。
列車給士と称するボーイも乗務しており、上野駅乗車時にホーム上で待機しており、荷物を持って席まで案内して頂きました。
当時の車内は喫煙可でしたが、喫煙者は少なく、それも殆どの人はパイプか葉巻を嗜んでいた様でした。
兎に角、当時の在来こだま号と白鳥号利用客は今から見ても、客層が 格段に良かったと思います。
横浜臨海公園
- はんけんさん からの返信 2024/03/27 22:07:52
- RE: 白鳥号車内
- 横浜臨海公園さん、こんばんは。
当時の特急一等車の様子、隔世の感ですね。
大変興味深い情報ありがとうございます。
はんけん
- 横浜臨海公園さん からの返信 2024/03/28 05:50:48
- 碓氷峠
- はんけんさま、おはようございます。
白鳥号1等車内、その時はわかりませんでしたがが、数年後に写真を見て、岸総理や川端康成さま、山田耕筰さまも乗っていた事を知りました。
それから、横川駅で碓氷峠登攀用に選べ ED42型電気機関車を列車前1両後3両連結しましたが、各機関車汽笛の音色が微妙に異なり、汽笛を合図に運転されておりました。
横浜臨海公園
-
- nichiさん 2024/03/20 13:52:44
- 素敵なツアーに参加されましたね。
- はんけんさん
こんにちは。
いつも「いいね」ありがとうございます。
横川ー軽井沢間はアプト式で、国鉄では最大の急こう配だった話は母から聞いていました。軽井沢に行く際は、かなりゆっくり進む列車だったそうです。
軽井沢の駅の隣の旧駅舎に軌道車と線路が展示されているのを見たことがあります。
普段歩けない場所を、それも横川から軽井沢まで、途中ヘルメットかぶって。。。
軽井沢はたまに行くので、普段歩ける「アプトの道」に夫婦一度行ってみたいです。。。。
- はんけんさん からの返信 2024/03/20 21:41:41
- RE: 素敵なツアーに参加されましたね。
- nichiさん
こんにちは、コメントありがとうございます。
そうですね、当時は本当にゆっくり進んでいました。約11kmを約15分だったので時速45kmほどですね。
是非、アプトの道、訪問されてください。
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