2024/01/07 - 2024/01/08
353位(同エリア7880件中)
はんけんさん
ベトナム戦争の悲惨さと真実を伝える戦争証跡博物館、3時間かけてじっくり拝見しました。世界平和を祈念いたしました。第三次世界大戦前夜の様な世界情勢の中、アメリカ人に、特に戦争大好き共和党支持者に来て欲しい博物館だと思いました。「もしトラ」が現実となったら、本当に世界の破滅だと強く危惧していますので、、、、。
その後は、ホテルで荷物をピックアップして、バスでタンソンニャット空港へ。食事とビールで残った現金をほぼ使い切りました。
初のベトナム訪問、8か所の世界遺産のうち5か所を回り、フォー、バインミー、コムタンなど地元料理を味わい、とってもフレンドリーな地元民との触れ合いがあり、ベトナム戦争という負の遺産で世界平和の重要さを再認識し、、、、インパクトの強い旅行になりました。
□ 12/30 成田->ハノイ ハノイ泊
□ 12/31 ハノイ観光 ハノイ泊
□ 1/ 1 ハロン湾観光 ハノイ泊
□ 1/ 2 ニンビン、チャンアン観光 ハノイ泊
□ 1/ 3 ハノイ->フエ フエ観光 フエ泊
□ 1/ 4 フエ観光、ダナンへ移動 ダナン泊
□ 1/ 5 ホイアン観光 ダナン泊
□ 1/ 6 ダナン->ホーチミン ホーチミン泊
■ 1/ 7 ホーチミン観光、ホーチミン->機内泊
■ 1/ 8 →羽田
■:当ページの旅行記で記述している部分です。
この旅行の初回からご覧になりたい方は、こちらをどうぞ
https://4travel.jp/travelogue/11877992
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ANA ベトナム航空
-
戦争証跡博物館、屋外展示を見学して館内へ
-
フロアマップ
-
建物は3階建ての吹き抜け
-
1階の特別展示室
ベトナム戦争で戦った無名の人たちにスポットを当てる企画だったようです -
アメリカの侵略に反対する世界の活動のコーナー
-
「ベトナムに平和を!市民連合」通称「ベ平連」の旗とその活動状況
-
「アメリカはベトナムから手をひけ」というゼッケンをつけて、8年間会社に通った日本人もいたそうです
-
「侵略の張本人」アメリカでの反戦活動
-
アメリカで反戦活動をする人たちに向けた、ホー・チ・ミンによる1968年正月のメッセージ
-
ヨーロッパでの反米活動
-
2階、戦争の罪と題された展示室
-
弾薬
-
米軍による大虐殺
-
「戦争の恐怖」別称「ナパーム弾の少女」
1973年にピューリッツァー賞を受賞した衝撃的写真
この少女は、重度のやけどを負い17度の手術を経て生存
のちに、ユネスコ親善大使に任じられたそうです -
各種弾薬
-
米軍(およびフランス軍?)は、300万人のベトナム人を殺しました
うち200万人は、非武装の一般人です
狂気の沙汰としか思えません -
銃
-
ライフル
-
Agent Orangeって何だ?と思ったら枯葉剤のことなんですね
-
枯葉剤が散布されたエリア
-
枯葉剤をまく米軍
-
Before(左)とAfter(右)
枯葉剤により、緑が一気に消滅しました -
枯葉剤による奇形児たちの写真
あまりの衝撃で、声も出ません
かつて日本でも頻繁に報道されていましたが、ここまで酷い写真は初めてみました
皆、無言沈痛な表情で展示に見入っていました
広島の原爆記念館の雰囲気を思い出しました -
3階「レクイエム」
この部屋は、報道写真家の写真をメインに構成されています -
ロバート・キャパの写真
彼は1954年にベトナムで亡くなりました -
ライフ誌の表紙となったベトナム戦争の写真
-
沢田教一さんの写真
-
インドシナで殉職した写真報道家たち
-
沢田教一さん、峯弘道さん、一ノ瀬泰造さんの写真もあります
-
沢田教一さんが1966年にピューリッツァー賞を受賞した「安全への逃避」
-
峯弘道さんの写真
-
砲弾で穴の開いた一ノ瀬泰造さんのカメラ
-
皆さん無言、固唾を飲んで鑑賞しています
-
石川文洋さんのコーナー
-
石川文洋さんが撮影したベトちゃんとドクちゃん
-
中村梧郎さんの枯葉剤関連写真のコーナー
-
枯葉剤により草木が無くなった北緯17度線
-
結合双生児、ベトちゃんドクちゃん
1988年に分離手術が行われ、日本でも大きく報道されました -
歴史的真実のコーナー
-
このコーナーは、1945年9月2日ホー・チ・ミンの独立宣言から始まります
それ以前はフランス、そして日本に支配されていました
日本の無条件降伏を契機にベトナムは独立を宣言するものの、すぐにフランスに支配されました -
独立宣言
-
1954年、フランスの敗北を決定づけたディエンビエンフーの戦い
-
アメリカによる侵略
-
17:15、悄然としたまま、本館の見学終了
屋外に出ました -
「別館」の収容所に関する展示
-
セブンイレブンで、
-
ビールを購入
-
ベンタン市場
-
ホテルで荷物をピックしました
二輪でカオスなベトナムともお別れです -
バス停
-
バス
行きと同じく10000ドン(約60円)
運賃5000ドン、荷物代5000ドン と思われる -
車窓にすき家
-
空港に到着
19時なのに28℃の暑さ
到着場所が1階、到着フロアなので、上の出発フロアまで上がる必要あり -
19:00、チェックインはまだ始まっていないので、
-
バーガーキングで夕食
海外でしか食したことがなく、しかもいつもワッパーだ
私はチーズが苦手、メニューをみてもほとんどにチーズが入っている
なので、店員さんに「チーズが苦手なので」と聞いてみると「ならばワッパーね」
(国際空港のお店なので英語は難なく通じました) -
ワッパー(128,000ドン)とビール(57,000ドン)、合計約1070円
これがかなりの美味でした
ハンバーガーのファーストフード店にビールがあったのは、ドイツのマクドナルド以来、二度目の体験です -
20:00ごろからチェックイン開始
チェックインカウンターは20名ほど並んでいましたが、オンラインチェックインしていてよかった
荷物ドロップの列は短く3番目でした -
重量は7.4kg
-
この数か月前に旅行者の情報で、「出国とセキュリティで1時間半ほどかかった」とのことで、ビビッていたが、10分ほどで済みました
-
ゲートは、前の便で大混雑
-
現金が少し残ったので72,000ドン(約410円)でビールを購入
-
空いている場所で、ビールを飲む
ベトナムのSIMカードは、10日間30GB(1日あたり3GBまで)を使用しましたが、10日間で合計1.7GBしか使用しませんでした
今回、海外旅行で初めてSIMカードを購入しましたが、とても便利でした -
結局、現金は22000ドン(約130円)が残りました
フエの銀行で女性行員に、200万ドンをキャッシングされた事件で、かなり焦りましたが、何とか使い切ることができました。
2024新春 ベトナム10:ハノイからフエへベトナム航空で移動、世界遺産の古都フエをブラ散歩
https://4travel.jp/travelogue/11885552 -
イミグレ出るとバーガーキングも料金はドル表示
-
残った22,000ドンは寄付しようと思うのだが、この「TIA」が何者かわからないので、ここはスルー
-
22:30、搭乗します
NH892便、23:05発 -
機内はこんな感じ
-
飛行ルート
-
寝て起きると朝食
-
6:30、羽田に到着
-
羽田空港にユニセフ募金がありました
-
残ったベトナム現金22,000ドンを投入
これにて、楽しかったベトナム旅行も無事終了
長きに亘ってご覧いただきありがとうございました
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ホーチミン(ベトナム) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
72