2023/12/13 - 2023/12/13
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hijunoさん
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兵庫区を歩くの続きです。
以前から行ってみたかった高田屋嘉兵衛記念館を予約していきました。
ボランティアの方が兵庫区についての歴史を詳しく説明してくださり、
多くの偉人がまたこの土地との関わりもあり、本当に楽しい時間でした。
感謝です。
この日も沢山歩いています。
兵庫区やその周辺の神戸、沢山の遺蹟があって、興味が尽きません。
関係のある人物も知らなかった人も多くて、その偉業も初めてしることも多かったです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 自家用車 徒歩
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今回はこちらから歩き始めます。
兵庫駅から歩いてきました。 -
満福寺は時宗のお寺です。
1308年に他阿真教上人が開基した歴史のあるお寺で、
一遍上人より教えを受けた遊行上人といわれた人物です。
菅原道真作の十一面観音菩薩像や運慶作と伝わる阿弥陀如来、聖観音、勢至菩薩も信仰を集めていました。 -
現代的な建物、、と思ってましたら、神戸空襲で前伽藍が焼失し、その後再建されたようです。
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そのすぐそばに、柳原天神社があります。
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菅原道真が大宰府に流されるとき、天候の関係で一時、兵庫の和田岬に上陸したそうで、道真が亡くなったあと、その分霊を受けて、建立したそうですが、最初は真光寺にあり、その後、満福寺に移ったそうです。
明治の神仏分離令により、柳原天神社となったと、由緒にありました。 -
由緒です。
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大きな銀杏の樹がありました。
二つの幹に分かれています。 -
イチオシ
青空に金色みたいに光っていました。
きれいです。 -
可愛い七福神の像。
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古い石灯籠がありました。
安政と見えます。 -
菅原道真と関係がありますから、守り神の牛の像。
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兵庫の七福神のひとつ。
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天神社のまわりに説明板がありました。
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こちらも歴史のある神社でした。
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札場の辻址に来ました。
行基によって開かれた港の一つ、大輪田の泊は子の近くにあり、平安末期には重要な地となり、鎌倉時代には兵庫津とよばれ、にぎわう場所になりました。
江戸時代には、高札、制札が建てられて、大切な政策や罰則規定を書いたものを人々に知らせていました。
その場所を札の辻、札場の辻と呼びます。
兵庫津には4カ所あったそうです。
明治の時代になっても新政府に引き継がれて慶応四年まで設置されていたようです。 -
西国街道の説明があります。
古代の山陽道は大道とも呼ばれて、律令時代になると、播磨道・山崎道と呼ばれました。
鎌倉時代以降にも兵庫津は発展していき、兵庫はその街道の中に組み込まれ地図をみると、V字のようになっています。
兵庫津の出入り口も東の湊口の総門、西の柳原の総門となります。
ここの札場の辻の場所はV字の底のところになります。 -
人の往来も多く、にぎやかな場所だったのですね。
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旧岡方倶楽部。
登録有形文化財。
江戸時代に岡方・北浜・南浜に分かれて惣ができ、連合自治会のような組織が活動していました。
昭和2年に、この岡北の場所に社交場を造ります。
これが、旧岡方倶楽部で、古典様式とアールデコの美しい建物です。
立ち入りはできなくて、改修工事などが行われる様子でした。 -
こちらの素敵な洋館のような建物は、地区の集会所?地区の建物です。
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イチオシ
冬の薔薇が一輪咲いていました。
冬の薔薇はより可憐に見えます。
とても美しい色と華やかなバラというより、とても謙虚に咲いている薔薇です。 -
イチオシ
こちらも綺麗なバラかとおもいきや、こちらは椿のようです。
可憐な色です。 -
七宮神社に来ました。
神社のHPをみましたら、歴史に関わることが多く書かれていました。
由緒ある神社です。 -
築造に当たっての、伝承が書かれています。
移築されたようです。 -
創建は明らかではありません。
主祭神は大己貴命です。
1161年に平清盛が築島建設のための土を利用しましたが、工事は難航します。調べると、その土を取った場所はそこは大己貴命が祀られているところで、清盛は現在の場所に社殿を造り、直筆の南無七大明神の神号を贈ります。
その後、築島は無事に完成したといいます。
それ以降、兵庫津の北浜の産土神として祀られているそうです。
(神社のHPを参考にしました) -
1582年いは正親町天皇から七宮大明神の勅額、三種の神宝の絵画を下賜され、1602年には片桐且元、大久保長安により、社殿の造営、太刀、金幣、狛犬などが寄進されています。
1799年には高田屋嘉兵衛が辰悦丸などの三隻の不燃の模型を奉納し、
航海の安全を祈願したそうで、それ以降、海上に関わる業者が七宮神社を崇敬するようになったそうです。
残念なことに、神戸の大空襲で、社殿やそれらの宝物は失われてしまいます。
こちらもHPを参考にしました。 -
こちらは、竹尾稲荷神社です。
京都伏見稲荷大社の分霊を祀ったのが始まりといわれています。 -
由緒が大きく書かれています。
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古い石灯籠がいくつかあります。
ここに、1813年や1818年の銘があるので、その時期に造られたのではないか、といわれています。 -
ここには、高田嘉兵衛の顕彰碑があります。
昭和28年のものです。 -
建物の間に小さく建つ神社です。
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こんなマークがとても可愛いです。
高田屋嘉兵衛の本店のあったところへ行きます。 -
高田屋嘉兵衛の本店があったところ。
淡路島出身、1790年の22歳のときにこの兵庫の西出町の廻船問屋「堺屋嘉兵衛」で働き、大阪と江戸の間の樽廻船の船乗りとなります。
その後、とても優秀であった高田屋嘉兵衛が、この土地に高田屋を設立し本店を置きます。 -
イチオシ
石碑が建っています。
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一画が綺麗に整備されています。
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説明板があり、この兵庫区の西出町との関わりが詳しく書かれていました。
当時の地図もあります。
当時はもっと海辺に近かったようです。 -
地図がわかりやすい。
現在の場所。 -
昔の地図。
にぎわった港町の様子がわかります。 -
兵庫の偉人として今も敬愛されています。
その後、蝦夷での活躍、ロシアにも拿捕されてしまいますが、無事に帰還。
ゴローニンの事件の解決にも尽力を尽くしています。 -
すぐ近くに、来たかった資料館があります。
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イチオシ
まちなか倶楽部。
高田屋嘉兵衛の資料館として水曜日の13時から15時まで開館しています。
あらかじめ、予約しました。 -
室内の中には、古い写真や
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高田屋嘉兵衛の資料が展示。
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様々な港町のパンフレット、資料。
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壁にぎっしり、海に関して、船に関しての資料が展示されていました。
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兵庫具に関して。
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古い道具なども展示。
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あらかじめ、時間を予約して見学させてもらいましたが、ボランティアで地元の歴史にとても詳しい方が手作りの資料で、兵庫に関わる人物を中心に説明してくださいました。
感謝です。 -
沢山のパンフレットもいただきました。
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イチオシ
いただいたパンフレット。
兵庫はとても面白いです。。 -
今まで知らなかった人物も、兵庫を歩く間に少しずつ知る事ができました。
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外にある手水鉢も古いものです。
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こちらの手水蜂。
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文政の銘。
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西出東出という街の地図。
歴史の遺蹟が沢山あります。
ぜんぶまわりたいなぁ~と思ってました。 -
近くの公園の道にあった道しるべ。
こんな場所があったんだ、、、と知らないことも多く。」 -
大同筋と呼ばれる道。。
かつて徳川家茂一行が通った道といわれています。
家茂一行を迎えるために道を広げて整備されたそうです。
そうえいば、このあたりの細い道にくらべると、ここは一段と広く感じる。
徳川家茂、近くの和田砲台の建設の見学に来ています。 -
西出町公園には東山魁夷の旧居あとの看板があります。
当時の地図もあり、興味深いです。 -
このあたりに東山魁夷の家がありました。
家は東山商店を経営(船具商)、幼稚園、小学校、二中と通いました。
小さなころから絵を描くのが得意な子供だったようです。 -
西出町鎮守稲荷神社に来ました。
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ここには、高田屋嘉兵衛が寄進したといわれる灯籠があります。
そのころは、もう引退していた高田屋嘉兵衛ですが、故郷の淡路にもどっても活躍していた兵庫のことを忘れず感謝していたことがつたわってきました。 -
立派な燈籠でした。
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イチオシ
兵庫とのつながりも深い高田屋嘉兵衛。
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小さな社ですが、大切に守られてきた鎮守稲荷です。
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創建年数は不明ですが、江戸時代にはすでにあったそうです。
祭神は宇賀魂命。 -
ここにもビリケンさん。
戦前につくられたものは、近くの松尾神社のビリケンさんとこちらの二体のみだそう。 -
こちらには平経俊のお墓がありました。
子供の神様、夜泣きの神様としての信仰を集める場所にもなっています。 -
平清盛の甥。
湊川の戦いで最期を迎えます。 -
兵庫区には、平氏の遺蹟も数多く残っています。
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説明板もあります。
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松尾神社に来ました。
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本堂へ。
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本堂。
中は暗いです。 -
奥のほうに、ビリケンさんがいました。
日本的な雰囲気からジャパンビリケンさんといわれているそうです。
西出町の鎮守稲荷にもビリケンさんがいますが、戦前のものはこのニ体だそうです。
松福さまとも呼ばれるビリケンさん。
貴重なビリケンさん。 -
こちらは、脇の方からの入り口。
スマホで歩いていると、こちらの入り口にたどり着きました。 -
さらに、この近くには横溝正史の生誕の地があります。
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イチオシ
不思議なモニュメントがあります。
メビウスの輪がつながったもので、難事件を解決する横溝文学をイメージしているそうです。 -
台座には横溝正史の説明がありました。
1902年に神戸市東川崎町に誕生、神戸大二中を卒業後、第一銀行神戸支店に入社していますが、その後、現在の大阪薬科大学に入学し、1924には家業の薬局の薬剤師として働いています。
上京したのは、その2年後です。
江戸川乱歩の招きで上京したとのことでした。 -
薬学部を出て薬剤師をしていたことも、全く知りませんでした。
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帰りは神戸駅へ向かいます。
アンパンマンやバイキンマンノ像があって、可愛かったです。 -
帰りは夫と待ち合わせをして、大好きなデンエンでラーメンを。
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チャーハンがサービスでついてきます。
大小も選べて。おとく。 -
私は油そば。
野菜もたっぷり入っていて、さっぱりとしています。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。(^^♪ -
追記です。
七宮神社の由緒の書かれた看板もありました。
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