2023/07/08 - 2023/07/08
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kimi shinさん
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有馬稲荷神社。
灘の酒蔵巡りで訪れ、有馬温泉のTokyu Harvest Club有馬六彩に宿泊した際、宿のほゞ目の前に社頭を構える有馬稲荷神社を見かけ、早朝に訪れ参拝させてもらいました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 2.5
- グルメ
- 2.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
-
有馬稲荷神社。
灘の酒蔵巡りで訪れ、有馬温泉のTokyu Harvest Club有馬六彩に宿泊した際、宿のほゞ目の前に社頭を構える有馬稲荷神社を見かけ、早朝に訪れ参拝させてもらいました。
社頭全景。
早朝の凛とした雰囲気の中、朱の明神鳥居が一層は鮮やかに写る。
社頭右に「稲荷神社」社標が立ち、鳥居の先の石段正面に賽銭箱が見えます。 -
社頭右の有馬稲荷神社解説。
「舒明天皇、孝徳天皇(600年代)有馬温泉行幸の際、杉ヶ谷に行宮の守護神として祀られた始まり。
射場山の中腹でこぶしの花をはじめ四季折々の花の名所となっている」
有馬温泉を最初に発見したのは神代の昔、大已貴命と少彦名命の二柱の神とされ。
存在が知られるようになったのが、舒明天皇(593~641)、孝徳天皇(596~654)の頃、両天皇の行幸を機に有馬の湯が知られる様になったとされます。
有馬稲荷神社は有馬温泉とともに現在まで受け継がれている古社の様です。 -
鳥居右に苔に包まれそうなこま狐達が早朝に訪れた見知らぬおやじを見つめている。
-
鳥居扁額は「有馬稲荷神社」、視線の先には行く気も萎えるような石段が続く。
-
石段脇に二つの社標、寄進年は見ていませんが以前赤く塗られていたよう痕跡。
そして石段の真ん中に賽銭箱が置かれ、左脇にはモノレール。
かみさんを誘うも「がんばってね」と言うのも頷ける。
ここは萎えておいた方がいいのだろうか、そんな気持ちと鬩ぎ合いながら登り始める。 -
昨晩は足の疲れを有馬の湯が癒したくれたが、取り敢えず一旦ここで足を止め一休み。
起き掛けの体に石段は当然の様に応えるが、あの鳥居まで行けば行くか、戻るか判断できるだろう。
願わくば「鳥居の先に社殿が広がる」であってほしい。 -
ニノ鳥居までやってきた。
その先には社殿は広がっていなかった。 -
参道は鳥居から右方向の斜面に延々と続いているようだ。
左の看板に残り200㍍とある、それなら登ってみようと進む事を選択。
この看板がなければ先の見えない登り坂はパスしていたかも知れない。 -
参道には参拝者を励ます様に看板が立てられている。
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・・・まだ続くか。
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なんとなく境内が見えてきた、まさに「やったー」の気分。
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紫陽花が咲き残る参道を手水舎に向け進む。
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手水舎全景、残念ながら清水は注がれていなかった。
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手水舎から左方向に社殿が広がっています。
正面が社務所で右手の一段上がった境内に拝殿がある。 -
石垣に掲げられていた解説。
「有馬稲荷大明神が鎮座する射場山は、阪神淡路大震災で大きく地割れが生じ山が動きましたが、神さまを祀る有馬稲荷神社はほとんど被害を受ける事はなかった。」 -
有馬稲荷と龍神さま
・孝徳天皇没後社殿を再建。
・鎌倉幕府に政権を奪われた後鳥羽天皇は、自分で作った刀と龍神の彫物を社殿再建時に奉納、武家政権の打倒を祈願した」という。
・慶応4年(1868)有栖川宮織仁親王の令旨で永世宮家の祈願所とされ、後の昭和27年(1952)には、高松宮宣仁親王の参拝もあった。 -
拝殿正面全景。
入母屋銅葺屋根で桁行、梁行き3間の平入拝殿で四方吹き抜けのもので、周囲は高縁で囲われています。 -
拝殿前の年季の入った狛狐(寄進年未確認)。
-
兵庫県神社庁の当社解説によれば以下の様に書かれていました。
・主祭神 倉稲魂命。
・祭事 初午大祭には採燈大ごま修供行を斎行し、無病息災・家内安全・家業繁栄を祈願、併せて立春を祝い大ごま行を行なう。
・奥宮には古長大神・恒長大神を祀り、末社粟島神社には粟島大神、大宮姫大神、白霊大神を祀り、湯山稲荷神社には大島豊永大神を祀る。
・由緒
舒明天皇・孝徳天皇(630~670)有馬温泉行幸の際、有馬字杉が谷に有馬行宮(杉が谷行宮)が造営された。この有馬行宮の守護神として稲荷大神を勧請し、有馬稲荷の源となる。
以来、有馬行宮の跡に鎮座し、星霜千数百年の間、幾多の変遷あるも常に皇室の崇敬厚く、慶応4年(1868)5月9日、有栖川宮熾仁親王殿下のご令旨を賜り、永世宮家のご祈願所となる。
以来同宮家各親王殿下のご祈願ご参拝数度にわたる。
明治22年(1889)9月14日に有栖川宮親王・同妃殿下のご参拝があり、その後、久邇宮親王・同妃殿下、昭和27年(1952)には、高松宮親王殿下がご参拝された。
明治37年(1962)5月9日、丹波・丹後・但馬の三丹州を見下ろす海抜689メートルの射場山(功地山)の中つ処に、この山の古長大神(フルオサ)・恒長大神(ツネオサ)のお導きにより、在来の古松老杉清泉奇石の他、新たに四季の花木を植え、高潔優美の霊境となすことを目的として現在地に移転造営する。」
明治37年(1962)に現在地に遷座しているようで、造営当初の有馬字杉が谷とは地図で見ると炭酸泉源公園のある辺りとなります。 -
拝殿前から本殿方向の眺め。
中央の柱に木札が掛けられていますが「有栖川」までは読み取れますがそれより下は読み取れなかった。
拝殿の先で更に石垣で一段高く積み上げられ、その上に本殿域があります。 -
拝殿右側の境内社。
鳥居のある手前の神社は粟島神社で祭神は粟島大神、大宮姫大神、白霊大神の三柱を祀る。
その後方は湯山稲荷で祭神は大島豊永大神。
右手の石碑の脇にも小さな社が祀られているが詳細は不明、但し小さな狐が祀られており稲荷なのは間違いなさそうです。 -
粟島神社。
三社相殿の社の前には複数の小さな狐が守護しています。 -
石碑右の不明社、こちらにも狐の姿。
湯山稲荷は境内から望遠で撮ってみたが、手振れが酷く掲載できる代物ではないので見送りますが、前記した2社の様に社の前に白い狐の姿は見られなかった。 -
拝殿左側から境内の眺め。
拝殿を回り込めば石段を上り本殿域に行けます。 -
本殿域の入口から本殿方向の眺め。
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本殿域は透塀で囲まれ、神門をくぐると本殿を望むことが出来ます。
まずはこちらで参拝させて頂き、神門をくぐらせてもらう。 -
本殿全景。
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大きな切妻屋根を二本の掘っ立て柱が支え、鰹木は中央と左端の2本。
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参拝を済ませ神門前から拝殿方向を見下ろす。
深い軒を持つ屋根の姿は翼を広げた鳥が羽ばたくようにも見えます。 -
拝殿前から望む有馬温泉の眺望。
前夜からの雨が残りガスッてますが、萎える気持ちに打ち勝ってあの石段を登った者だけしか拝めない眺望です。
登ってきた以上今度は下らねば、躓かないように気を付けて降りていこう。 -
ニノ鳥居から社頭を見下ろす。
ゆっくり確実に社頭に戻り、宿の朝風呂に浸かり足の疲れを癒してもらおう。
有馬稲荷神社
創建 / 孝徳天皇(600年代)
祭神 / 倉稲魂命、古長大神・恒長大神
境内社 /
・粟島神社
祭神 / 粟島大神、大宮姫大神、白霊大神
・湯山稲荷
祭神 / 島豊永大神
・不明社
所在地 / 神戸市北区有馬町1745
公共交通機関アクセス / 神戸電鉄「有馬温泉駅」下車、徒歩20分
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