2023/07/01 - 2023/07/01
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駿河大納言さん
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屋島は大規模な溶岩台地です。江戸時代以前は本当に「島」であり守りやすく、かつ、瀬戸内海のその位置から重要視されてきました。
そんな屋島といえば、源氏と平家の戦いで有名です。義経の「弓流し」や、那須与一の「扇の的」など、たくさんの逸話も残しています。
それより、500年位前、白村江の戦いで唐・新羅連合軍に敗れた大和朝廷は、日本の防衛のために、対馬から畿内に至る要衝に様々な防御施設を、朝鮮式山城として築いています。この屋島には667年(天智天皇6年)、高安城・金田城とともに屋嶋城が築かれました。
この旅行記は、その状況です。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
琴電屋島駅からシャトルバスで、屋島頂上へ。少し歩くと、屋島寺。
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本堂は、重要文化財。
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屋島寺の境内には、日本三名狸の1尊に数えられる化け狸の太三郎狸(屋島太三郎狸)が、蓑山大明神として祀られている。タヌキは一夫一婦の契も固く、家庭円満・縁結びの神・・・らしい。
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四天王像が守る四天門を抜けて、屋嶋城を目指します。
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しばらく歩くと、古代朝鮮式山城屋嶋城が見えてきます。
この写真は、石垣を上から見たところで、石垣が切れているところが門となります。 -
こんな石積みですが、古代にこのようにきれいにつまれていたかどうかには疑問が残ります。
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城壁の高さは6m。確かな防御力をもっているように思います。
城門のところが2.5mほど低くなっているので、外敵は、この城門から入ろうとするものの、突破は難しいと思います。このような城門は「懸門」って呼ばれるようです。
しかし、無理やりここを破らなくても、廻り込めそうで、それはそれなりに心配です。 -
この写真だと、その段差の2.5mほどがよく分かります。
手前の階段部分が、城門にあたります。 -
もし、城門(懸門)が破られたとしても、こちら側から攻撃することができるようになっています。このような構造を「甕城」と呼ぶそうです。
でも、この構造って、戦国時代以降に日本のお城で見られた枡形と同じように思えます。
このような構造は、百済を中心とする朝鮮からの人々によってもたらされたそうです。 -
雲の下に源平の古戦場を見ながら、帰途につきました。
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