1996/07/31 - 1996/08/04
87位(同エリア260件中)
偏西風さん
ヴァイマルからライプツィヒを経てアイゼナハへ。ライプツィヒではやはりトーマス教会とバッハ博物館。
アイゼナハでもバッハ博物館とルターがかくまわれている間に新約聖書をドイツ語に訳したというヴァルトブルク城に
行ってみました。
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
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ヴァイマルの市庁舎。
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ゲーテとシラーの像の前で記念写真。
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ライプツィヒ。
トーマス教会。 -
トーマス教会のふもとのバッハ像。
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バッハ像には「新バッハ協会」によるバッハ死後246年の献花が置かれていました。
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何を撮ったのか、しばらくは分かりませんでした。どこかふざけているようでもあり、トーマス教会の近くにこんな像があったのか、しばらくは思い出せませんでした。
やっと分かったのは、これがバッハ像を後ろから撮ったものだということでした。太ったおじさんではありませんでした。
バッハに関することなのでしょうが、何なのか不明です。
右の向こうにあるのがバッハ博物館でした。 -
バッハ博物館の入り口。
ここだったか、アイゼナハのバッハ博物館だったか、バッハについてベートヴェンが語ったという言葉が掲示されていました。
「バッハは、バッハ(小川)ではなく、メーア(海)という名であるべきだった。なぜなら、、、」というものでした。
メモがなくうろ覚えですが、こんな感じです。 -
ゲーテの『ファウスト』に登場する「アウアーバッハの地下酒場」の看板。
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「アウアーバッハス・ケラー」はこのメードラー・パッサージュ」の中にあります。ファウストとメフィストフェーレスの像があり、写真に撮りましたが、暗くて写っていませんでした。
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小雨降るトーマス教会。
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夕刻のライプツィヒの市場広場と旧市庁舎。
中に古書店なんかが入っていました。 -
アイゼナハ。
ヴァルトブルク城の入り口。 -
ヴァルトブルク城といえばこの角度からの眺めです。
中央の塔は「望楼」。 -
上の角度からは見えませんが、中庭を通ったら端っこに立つのがこの
「南塔」。
登っている人たちがいました。尖塔を行く白い衣装の人たちはどういう人たちなのか。 -
歌合戦が行われた「祝宴の間}?。
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ローマ教県皇に破門されたルターを保護したのが「賢公」と呼ばれるフリードリヒ3世。ルターは賢公フリードリヒ3世のヴァルトブルク城にかくまわれ、ここで新約聖書をギリシャ語からドイツ語に翻訳する。
これにより一般信徒の人たちがドイツ語で新約聖書を読めるようになった。
これは「ルターの部屋」と言われる部屋。ルターが翻訳に取り組んでいるとたびたび悪魔が現れ、ルターは悪魔めがけてインク壺を投げつけたそうです。
そのインクの跡を削る人たちがいて、近寄れないようになったとか。 -
アイゼナハの「バッハ博物館」。「バッハハウス」とも呼ばれるようです。
ここではバッハ当時の楽器を聞かせてくれました。
すでに「弱音器」もついていたそうです。
1907年にライプツィヒの「新バッハ協会」が開設。その時は誤ってバッハの生家とされていたそうです。
ベートーヴェンの言葉を見たのはここだったかもしれません。 -
ルターハウス。
ルターは1498年からあしかけ4年暮らした。 -
ヴァルトブルク城に近い所に「エリーザベト」という小さいホテルがあると聞いて宿泊しました。
若い頃にッ読んだシュトルムの『みずうみ』のエリーザベトを思い出したからです。
そのことを応対してくれた女性に話したら、にこにこしてくれました。(気のせいか)
すごく優雅なベッドで、こんなベッドで寝たことがないと感激したら、「蚊がいるのよ」というひと言。つまり蚊帳だったのでした。
ドイツで蚊帳を見るのははじめてでした。 -
朝食。
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屋根を修復中。
スレート葺などをこの筒状のものを通して下に落とす仕組みのようでした。
埃の拡散や騒音防止に役立ちそうでした。
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