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2022年3月5日(土)11時半、京都亀岡の古刹、穴太寺に到着。旧穴太村の南端にあり、門前は旧西条(にしじょう)村の民家が茨木街道沿いに南に並ぶ。穴太は寺の名前が先なのか地名が先なのかは不明だが、地名が先かな?<br /><br />天台宗の寺院で、山号は菩提山。ご本尊が薬師如来、札所本尊が聖観世音菩薩(聖観音)で、西国三十三所第21番札所。「あなおじ」と読むが、「あなおおじ」、「あのうじ」、「あなおうじ」と読まれることもあり、穴穂寺あるいは穴生寺とも表記された。また菩提寺とも称した。<br /><br />室町時代、1450年成立の「穴太寺観音縁起」によれば、平城京遷都前の705年に文武天皇の勅願により大伴古麻呂(古麿)が開創したとされる。古麻呂は後に遣唐副使として、鑑真一行を自分の船に乗せ、来日させた人物。<br /><br />ご本尊の薬師如来は疫病退散に霊験があると云う。また聖観音像は「身代わり観音」の伝説で知られる。「今昔物語集」所収の説話によると、平安中期の962年、丹波国桑田郡の郡司をしていた曽我部(宇治)宮成が、妻の勧めにより、仏師感世を都から招き聖観音像を刻ませた。像高110㎝。<br /><br />宮成は感世に秘蔵の名馬を褒美に与えたが、惜しくなり家来に命じて大江山で待ち伏せして射殺す。ところが、後で確認すると仏師感世は健在で、聖観音像の胸に矢が刺さっていた。改心した男は仏道を信じるようになったと云う。<br /><br />同様の説話は「扶桑略記」や「元亨釈書」にもあり、平安時代末期には観音霊場として当寺が知られていたことが分かる。なお、この聖観音像は重文に指定されていたが、1968年に盗難に遭い、その後も発見されてない。<br /><br />鎌倉時代に三十三所観音霊場の一つになる。室町時代には山門西塔院の末寺になり、足利将軍家の庇護を受けた。応仁の乱の戦火によって伽藍が被害を受ける。戦国時代には明智光秀の丹波攻めに巻き込まれて焼失した。<br /><br />江戸時代に入り行廣上人が再興する。享保年間の1728年に本堂が焼失するが、1735年に再建。1896年(明治29年)に本堂の天井裏から釈迦涅槃像が発見された。布団の中のお釈迦様で、涅槃に入る姿の彫像は珍しい。<br /><br />茨木街道の突き当りに仁王門が建つ。八脚門、入母屋造、本瓦葺で門の内部に阿と吽の仁王像が建つ。江戸時代、17世紀中期の再建。楼門古材を再利用したと云う。江戸時代の狩野永納「穴太寺観音縁起絵巻」(1676)に楼門が描かれている。亀岡市指定有形文化財(下の写真1)。<br /><br />境内に入ると右手に亀岡市指定有形文化財の鐘楼、そしてその奥(北)に手水舎。手水舎は龍の口から水が出るオーソドックスなものだが、コロナ禍の影響で水は出てない(下の写真2)。<br /><br />境内左手には、鎮守堂、多宝塔、平和塔、三十三所観音堂が並ぶ。鎮守堂は京都府登録有形文化財。正面の天満宮と左にある稲荷明神から成る。天満宮の御祭神には菅原道真公が祀られ、江戸時代の18世紀頃に建立された。稲荷明神も江戸時代の1759年(宝暦9年)の建立。<br /><br />多宝塔は江戸後期の1804年(文化元年)の再建で府指定文化財。亀岡市では唯一の木造塔。桟瓦葺で高さは約13m。擬宝珠高欄を付した縁をめぐらし、中央間格子戸、脇間連子窓。<br />塔の内部には四天柱、来迎壁、須弥壇があり、多宝如来・釈迦如来を安置している。<br /><br />三十三所観音堂には西国三十三所観音霊場のそれぞれの札所の砂が納められており、このお堂に参るとすべての霊場をお参りしたことになる。平和塔については詳細不明。<br /><br />境内正面の本堂の右手には御朱印をもらえる納経所があり(下の写真3)、その横に寄棟造の念仏堂がある。江戸中期の1705年(宝永2年)に中興2世・禅海により建てられた念仏道場。禅海はここで念仏を広めたとされている。亀岡市内諸所の古い位牌を安置している。亀岡市指定有形文化財。<br /><br />念仏堂に安置されている阿弥陀如来坐像は、鎌倉時代以前の古仏に鎌倉時代の頭部と胸部を組み合わせて造仏されたもの。<br /><br />その前、南寄りに西面で建つのが地蔵堂。近代の昭和期初めに建立された。万体地蔵が安置されている。地蔵堂の南側には紀念碑、(筆道先生)木内伝左衛門之碑、宇治宮成の墓と並ぶ(下の写真4)が、身代わり観音伝説の主人公の宇治宮成しか分からなかった。<br /><br />境内北側、仁王門を抜けた参道の突き当りに建つのが京都府指定有形文化財の本堂。江戸時代中期の享保年間、1728年に前身の堂が焼失して7年後の1735年に再建されたもの。観音堂とも呼ばれる。入母屋造の本瓦葺。桁行5間、梁行5間の吹き放しの外陣に3間の土間の向拝下が付く。<br /><br />本堂左手には円応院(本坊)の庫裏・方丈がある。亀岡市指定有形文化財。中興初代の行廣が江戸時代前期、1677年(延宝5年)に建立した。玄関車寄より南は方丈建築になっており、南面は数寄屋風で庭園がある。表門は京都府登録有形文化財で、1705年(宝永2年)に再建されたもの。<br /><br />拝観料500円を払って中へ入ると、まずは渡り廊下で本堂へ進む。写真撮影禁止なので写真はないが、本堂の内部は中央3間分の格天井に花鳥図を描き、内内陣に禅宗様の須弥壇が設け華麗な彫刻と彩色を施した宮殿を据えて、ご本尊の薬師如来と聖観世音菩薩の三尊を安置している。<br /><br />内陣には上述の天井裏から発見された釈迦涅槃像(なで仏)が右肩を下にして横たわる。普段は像には布団が掛けられており、枕下には蓮華座が置かされている。自分の体の病のある部分と同じ箇所の涅槃像の体の部分を触ると病気が良くなると伝わっている。<br /><br />円応院に戻って南側の方丈に進む。まずは西側の露地庭・枯山水風の庭園。西の大城山の借景が美しい。晩春から初夏に掛けてのお花がきれいそう。さらに奥に進むと広い座敷(下の写真5)を抜け、廊下の前に南側の池泉鑑賞式庭園が広がる。<br /><br />京都府指定名勝に指定されているこの庭園は江戸時代中期の築。多宝塔を借景にした優美な庭園。石組の周囲に皐月やつつじの刈込や背の低い松が植えられている。多宝塔をバックにした池の中には舟をかたどった石が可愛い。広縁に座って、しばしこの景色を楽しむ。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.9759489620787641&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />小幡神社へ向かうが続く

京都 亀岡 穴太寺(Anao-ji Temple,Anao,Kameoka,Kyoto,Japan)

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2022/03/05 - 2022/03/05

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旅行記グループ 亀岡穴太

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ちふゆ

ちふゆさん

2022年3月5日(土)11時半、京都亀岡の古刹、穴太寺に到着。旧穴太村の南端にあり、門前は旧西条(にしじょう)村の民家が茨木街道沿いに南に並ぶ。穴太は寺の名前が先なのか地名が先なのかは不明だが、地名が先かな?

天台宗の寺院で、山号は菩提山。ご本尊が薬師如来、札所本尊が聖観世音菩薩(聖観音)で、西国三十三所第21番札所。「あなおじ」と読むが、「あなおおじ」、「あのうじ」、「あなおうじ」と読まれることもあり、穴穂寺あるいは穴生寺とも表記された。また菩提寺とも称した。

室町時代、1450年成立の「穴太寺観音縁起」によれば、平城京遷都前の705年に文武天皇の勅願により大伴古麻呂(古麿)が開創したとされる。古麻呂は後に遣唐副使として、鑑真一行を自分の船に乗せ、来日させた人物。

ご本尊の薬師如来は疫病退散に霊験があると云う。また聖観音像は「身代わり観音」の伝説で知られる。「今昔物語集」所収の説話によると、平安中期の962年、丹波国桑田郡の郡司をしていた曽我部(宇治)宮成が、妻の勧めにより、仏師感世を都から招き聖観音像を刻ませた。像高110㎝。

宮成は感世に秘蔵の名馬を褒美に与えたが、惜しくなり家来に命じて大江山で待ち伏せして射殺す。ところが、後で確認すると仏師感世は健在で、聖観音像の胸に矢が刺さっていた。改心した男は仏道を信じるようになったと云う。

同様の説話は「扶桑略記」や「元亨釈書」にもあり、平安時代末期には観音霊場として当寺が知られていたことが分かる。なお、この聖観音像は重文に指定されていたが、1968年に盗難に遭い、その後も発見されてない。

鎌倉時代に三十三所観音霊場の一つになる。室町時代には山門西塔院の末寺になり、足利将軍家の庇護を受けた。応仁の乱の戦火によって伽藍が被害を受ける。戦国時代には明智光秀の丹波攻めに巻き込まれて焼失した。

江戸時代に入り行廣上人が再興する。享保年間の1728年に本堂が焼失するが、1735年に再建。1896年(明治29年)に本堂の天井裏から釈迦涅槃像が発見された。布団の中のお釈迦様で、涅槃に入る姿の彫像は珍しい。

茨木街道の突き当りに仁王門が建つ。八脚門、入母屋造、本瓦葺で門の内部に阿と吽の仁王像が建つ。江戸時代、17世紀中期の再建。楼門古材を再利用したと云う。江戸時代の狩野永納「穴太寺観音縁起絵巻」(1676)に楼門が描かれている。亀岡市指定有形文化財(下の写真1)。

境内に入ると右手に亀岡市指定有形文化財の鐘楼、そしてその奥(北)に手水舎。手水舎は龍の口から水が出るオーソドックスなものだが、コロナ禍の影響で水は出てない(下の写真2)。

境内左手には、鎮守堂、多宝塔、平和塔、三十三所観音堂が並ぶ。鎮守堂は京都府登録有形文化財。正面の天満宮と左にある稲荷明神から成る。天満宮の御祭神には菅原道真公が祀られ、江戸時代の18世紀頃に建立された。稲荷明神も江戸時代の1759年(宝暦9年)の建立。

多宝塔は江戸後期の1804年(文化元年)の再建で府指定文化財。亀岡市では唯一の木造塔。桟瓦葺で高さは約13m。擬宝珠高欄を付した縁をめぐらし、中央間格子戸、脇間連子窓。
塔の内部には四天柱、来迎壁、須弥壇があり、多宝如来・釈迦如来を安置している。

三十三所観音堂には西国三十三所観音霊場のそれぞれの札所の砂が納められており、このお堂に参るとすべての霊場をお参りしたことになる。平和塔については詳細不明。

境内正面の本堂の右手には御朱印をもらえる納経所があり(下の写真3)、その横に寄棟造の念仏堂がある。江戸中期の1705年(宝永2年)に中興2世・禅海により建てられた念仏道場。禅海はここで念仏を広めたとされている。亀岡市内諸所の古い位牌を安置している。亀岡市指定有形文化財。

念仏堂に安置されている阿弥陀如来坐像は、鎌倉時代以前の古仏に鎌倉時代の頭部と胸部を組み合わせて造仏されたもの。

その前、南寄りに西面で建つのが地蔵堂。近代の昭和期初めに建立された。万体地蔵が安置されている。地蔵堂の南側には紀念碑、(筆道先生)木内伝左衛門之碑、宇治宮成の墓と並ぶ(下の写真4)が、身代わり観音伝説の主人公の宇治宮成しか分からなかった。

境内北側、仁王門を抜けた参道の突き当りに建つのが京都府指定有形文化財の本堂。江戸時代中期の享保年間、1728年に前身の堂が焼失して7年後の1735年に再建されたもの。観音堂とも呼ばれる。入母屋造の本瓦葺。桁行5間、梁行5間の吹き放しの外陣に3間の土間の向拝下が付く。

本堂左手には円応院(本坊)の庫裏・方丈がある。亀岡市指定有形文化財。中興初代の行廣が江戸時代前期、1677年(延宝5年)に建立した。玄関車寄より南は方丈建築になっており、南面は数寄屋風で庭園がある。表門は京都府登録有形文化財で、1705年(宝永2年)に再建されたもの。

拝観料500円を払って中へ入ると、まずは渡り廊下で本堂へ進む。写真撮影禁止なので写真はないが、本堂の内部は中央3間分の格天井に花鳥図を描き、内内陣に禅宗様の須弥壇が設け華麗な彫刻と彩色を施した宮殿を据えて、ご本尊の薬師如来と聖観世音菩薩の三尊を安置している。

内陣には上述の天井裏から発見された釈迦涅槃像(なで仏)が右肩を下にして横たわる。普段は像には布団が掛けられており、枕下には蓮華座が置かされている。自分の体の病のある部分と同じ箇所の涅槃像の体の部分を触ると病気が良くなると伝わっている。

円応院に戻って南側の方丈に進む。まずは西側の露地庭・枯山水風の庭園。西の大城山の借景が美しい。晩春から初夏に掛けてのお花がきれいそう。さらに奥に進むと広い座敷(下の写真5)を抜け、廊下の前に南側の池泉鑑賞式庭園が広がる。

京都府指定名勝に指定されているこの庭園は江戸時代中期の築。多宝塔を借景にした優美な庭園。石組の周囲に皐月やつつじの刈込や背の低い松が植えられている。多宝塔をバックにした池の中には舟をかたどった石が可愛い。広縁に座って、しばしこの景色を楽しむ。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.9759489620787641&type=1&l=223fe1adec


小幡神社へ向かうが続く

  • 写真1 仁王門内側

    写真1 仁王門内側

  • 写真2 手水舎

    写真2 手水舎

  • 写真3 納経所

    写真3 納経所

  • 写真4 紀念碑、筆道先生 木内博(伝)左衛門之碑、宇治宮成の墓

    写真4 紀念碑、筆道先生 木内博(伝)左衛門之碑、宇治宮成の墓

  • 写真5 円応院方丈座敷

    写真5 円応院方丈座敷

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