2023/04/02 - 2023/04/02
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worldspanさん
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今回は山陽道の宿場町、岡山の矢掛宿と広島の福山に位置する神辺宿、そして府中市を旅する。先ずは矢掛宿から紹介。
旧山陽道の宿場町町の一つ矢掛宿は、岡山の東部、備中の国に位置する。江戸時代の宿場町の様子を今に伝える。藩主が宿泊する本陣や家老の家格が宿泊する脇本陣もそのまま残りまるでタイムスリップをしたかのような町並みを楽しむことができる。
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広島のアストラムラインの中筋駅にある中筋バスターミナルを出発する。
中筋駅 駅
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ローズライナーで一路福山へ。
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ローズライナーは広島と福山の都市間高速バスだ。トイレもついている。
ローズライナー 道の駅
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今回はトモテツバスだ。トモテツバスは机もついている。
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広島交通、中国バス、トモテツバスの三社共同運行便だが、トモテツバスが一番よかった。
トモテツバス 乗り物
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福山駅に到着した。ここから福塩線に乗り神辺まで行き、井原鉄道で矢掛へ。
福山駅 駅
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福塩線の神辺駅で井原鉄道に乗換えた。井原鉄道は第3セクターで、福山市神辺と総社市の総社市まで結んでいる。
井原鉄道 井原線 乗り物
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井原鉄道の車両の座席はクロス転換シートで座り心地が良い。何せ良いのはディーゼルエンジンの気動車なので、エンジン音が心地よい。
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神辺を出発し、約45分で宿場町の矢掛に到着した。
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駅には宿場町の本陣の絵があしらわれている。
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旧山陽道の宿場町として栄えた町だけあり、伝統的な和風の駅舎となっている。
矢掛駅 駅
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駅前には時計台がある。
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駅の全景。桜が良いアクセントになっている。
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矢掛駅から宿場町にまっすぐ伸びる道を進むと、最初に現れるのが、白い蔵だ。しかし蔵をよく見るとホテルになっていることがわかる。それが蔵イン Kurabi
古い木造の米蔵をリノベーションして作られた宿泊施設「蔵INN KURABI」。全7室すべてがシングルルーム仕様なのだとか。
大きな梁のある室内は木のぬくもりが感じられる落ち着いた空間となっている。 -
蔵インの横は細い路地になっている。これは専教寺小路と呼ばれる南北に走る小路だ。真っ直ぐ突き抜けると旧山陽道が東西に走っている。
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専教寺小路を抜けたすぐ右側にある古民家は矢掛ビジターセンター問屋だ。赤紫のノレンが目印だ。
矢掛ビジターセンター問屋 名所・史跡
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江戸時代には「因幡屋」という屋号で、幕府公用の書類や品物を次の宿場町まで輸送する飛脚の役割を担っていた。
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建物は明治時代に建築された。因みに「問屋」は、「といや」と読むのだそうだ。
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旧山陽道の宿場町町の一つ矢掛宿は、江戸時代の宿場町の様子を今に伝える。藩主が宿泊する本陣や家老の家格が宿泊する脇本陣もそのまま残りまるでタイムスリップをしたかのような町並みを楽しむことができる。
矢掛宿街並み 名所・史跡
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矢掛ビジターセンター問屋と脇本陣高草家住宅の狭間にある昔ながらの建物の商店があるが、それは高草商店。恐らく以前は脇本陣の一部だったのではないだろうか。創業して100年の酒屋を雑貨店にリノベして生まれ変わった。ちょっとしたお土産を購入するのに立ち寄ってみよう。
高草商店 専門店
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高草商店の隣ある建物は高草酒店
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神田ラジオ店
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手前の建物は旧渡辺邸だ。明治前期に建てられた建築物だ。普通の家らしく正面の間口が狭く、正面の小体な妻入が目に留まる建物。そしてシンプルでありながら力強いガラス格子で、二階は低くやや控えめにできた厨子二階となっているのは、江戸時代の建築法を踏襲している。
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矢掛宿で代表的な建物の一つがこの脇本陣高草家住宅だ。江戸時代には参勤交代などで士族が矢掛宿に宿泊する際、本陣の石井家住宅に殿賀宿泊するが、こちらは家老級が宿泊した。江戸時代の様相を今に伝える風格ある建物だ。主屋は1843年から1845年に建て替えられた。
旧矢掛脇本陣髙草家住宅 名所・史跡
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Cafe&雑貨SEEDS藤原家は矢掛の注目されるべき建築物の一つ。江戸時代後期から受け継ぐ伝統的な建築物で厨子二階となっているのは、江戸時代の建築法を引き継ぎ格子が入れられ江戸時代にタイムスリップしたかのような建物だ。
なお、お店はモーニングは朝9時から11時まで、ランチは14時まで営業している傍ら、雑貨店としても営業している。シーズ藤原家 グルメ・レストラン
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川田商店は、1935年(昭和10年)築の建物。二階は洋風にこしらえられており、縦長の窓でつくられ、窓枠に沿ってレンガが張られたおしゃれな作りになっている。一方一階は和風の洋風をアレンジされた造りで一階と二階で和洋折衷となった面白い造りだ。一木彫りの看板がかっこええ。
川田商店 市場・商店街
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矢掛宿に並ぶ古民家
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旧新田製麺所は明治32年に建築された建物。昔ながらの状態をよくとどめた建物で、通り庭を持つ掲げの典型的な妻入り町屋造りの建物。江戸時代からの流れをくむ町屋造りでありつつ、厨子二階から普通の二階建てに変化を遂げつつある建物で、江戸時代の建物からの変化がみられるのがとても面白い。そして一階には出窓が作られ、新時代を感じさせる建物だ。
旧新田製麺所 名所・史跡
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ピンク色がとても印象的な大久保屋。明治42年に雑貨屋として創業し、のちに魚屋に変わった。建物は戦後に建て替えられて、矢掛の建物としては昭和の香りが漂くつくりになっている。
大久保屋 グルメ・レストラン
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魚屋で開業していた雰囲気は残され、間口が広く、おそらく魚が並べていたのだろうことは容易に想像つく、現在は再び先祖返りし、再び雑貨店として歩み始め、お土産なども販売されている。
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こちらは「矢掛マルヰ」という会社の建物
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矢掛マルヰはLPガス製造販売、ガス機器販売、ガス工事を生業としており操業が1955年だ。
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塩尻美容室は大正から昭和の哀愁が漂う建物だ。
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矢掛の町並み
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坪井本店(坪井醤油店)の建物は1916年(大正5年)に建設された建物だ。醤油店としては1918年(大正7年)に開業した老舗の店で、当初は「ヤマツ」という商標で生産されていた。現在はOEM生産に切り替え販売している。建物は江戸時代の厨子二階作りからから普通の二階建に代わり現代的に変貌遂げているが、一階は妻入り町屋造りを踏襲している。
坪井本店(坪井醤油店) 専門店
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洋服のメンズクラブは明治後期の建築物。創業は何と1906年(明治39年)と驚くほど歴史がある。明治時代の長屋を代表する建屋になっており、一階は妻入り町屋造で二階は江戸時代の造りの厨子二階を踏襲している。
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旧木口紙店は1922年(大正11年)にこしらえられた建物だ。
当初は呉服店営まれた店舗の間口は旧山陽道の宿場町の建物としてはかなり広い。一階の格子は宿場町としての景観を整えるために両脇に取り付けられた。二階の壁は黒漆喰があしらわれており、宿場町らしい建物として矢掛の観光をもり立てる。旧木口紙店 名所・史跡
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矢掛町にある老舗の和菓子屋さん。今回はどら焼きとまんじゅうを購入した。
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いずれも美味しかったが、どら焼きの特徴をいえば皮は甘みがよく染み込んでおり、どら焼きのあんこにはクリが入っている。
御菓子処 清邦庵 グルメ・レストラン
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クリの甘さがアンコがマッチして美味しさを引き上げている
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今回初めて佐藤玉雲堂のくず餅を口にする機会があった。くず餅はほのかにピーチの味がし、岡山らしい風味を感じさせる。かたさが意外とあって、食べていると、ピーチの香りがするだけに、くず餅ではなくゼリーを食べている食感に感じてしまうのはわたしだけだろうか?
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石井醤油店は1872年(明治4年)頃にこの地に移築した建物だ。醤油店としては本陣石井家から分家し、元々石井家が副業として営んでいた醤油醸造業を継承して1909年(明治42年)に創業された老舗のお店。醤油店としての魅力もあるが、建物に注目してほしい。元々二階は柱や梁を隠さない日本の伝統的な工法のひとつでもある真壁造りとなっていた建物で、二階は白壁に覆われ、一階の格子などの木材は朱色のベンガラが塗られ一階と二階のコントラストがさらに白壁を引き立てる美しい建物だ。
石井醤油店 グルメ・レストラン
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1928年(昭和3年)に建築された日上金物店。建築当初は農具などを販売していた。1948年(昭和23年)に金物店にかわった。一階の入り口に作られたベンガラ塗りの格子戸は1996年(平成8年)に景観整備のために作られたものだ
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矢掛で最大の建物でもある旧矢掛本陣でもある石井家住宅。屋号を佐渡屋という。1620年にこの地に構えられていた。
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主屋、屋敷、御成門を配し、西国大名や幕府役人、天皇の勅使等が宿泊していた。現在の主要建物は江戸時代後期(天保年間~安政年間)にかけて再建されたものだ。
旧矢掛本陣石井家住宅 名所・史跡
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山陽道の石碑
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旧山陽道に建ち並ぶ矢掛宿の白壁の町並みの少し背後に位置するやかげ郷土美術館。外観には高さ16メートルの火の見やぐらではなく、水見やぐらがある。近くに流れる小田川は大雨の際に氾濫をし、矢掛宿も水に浸ることがあったそうで、こうした川の確認のために昔はあったのだろう。
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水見やぐらからは矢掛宿を一望できる。
やかげ郷土美術館 美術館・博物館
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寳来寿司の建物は明治前期に建てられた、矢掛宿では古い建物。寿司屋としては1951年(昭和26年)。間口は2間(3.6メートル)しかないが、奥行きは何と100メートル近くある。東側の通り土間沿いに厨房があり、奥には宴会場がある。正面から見ただけではこんなに広い寿司屋とは全く思えない老舗のすしやだ。
宝来寿司 グルメ・レストラン
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江戸末期に建てられた旧小西屋商会の建物は、江戸時代には矢掛宿最大の旅籠屋だった。旅籠屋としての生業は1926年(大正15年)に廃業してしまったが、間口がいかにも旅館らしい建物で、江戸時代の旅籠屋の建物の様相を今に伝える貴重な建築物だ
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1872年(明治5年)に創業した難波肥料・プロパン店。現在のたてものは1924年(大正13年)にたてかえられたものだ。間口は3間(5.5メートル)だが、奥行きは何と106メートルもある、典型的なうなぎの寝床の建物だ。LPガスの販売は昭和35年からなのだとか
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侍が恋するパン屋の建物は明治後期の建築物。パン屋としての創業は2007年(平成19年)に創業された。この建物は明治・大正時代は呉服商だった。明治後期の建物にしては間口が広いのが特徴だ。高級生食パンの販売をする際、居間の欄間の透かし彫り8枚を軒先に持ち出し、幕板にしたのが特徴だ。昔ながらの建物ながらどこかおしゃれな雰囲気を醸し出している建物だ。
侍が恋するパン屋 グルメ・レストラン
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古民家を利用した宿泊所、矢掛屋 INN AND SUITES
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矢掛薄荷蒸留所は元々庭瀬藩の掛屋だった建物の東部分。40年ほど前に岡山の薄荷は輸入品に押されて衰退した。しかし河原に自生していたのが発見され、改めて矢掛の特産品として復活し、この蒸留所で卸油を搾油し、飴やモヒート、そしてジェラートなどの商品となって矢掛を盛り立てている。
矢掛薄荷蒸留所 名所・史跡
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テレビカメラも来る賑わい
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白壁の町並みが残る小田郡矢掛町にやかげ町家交流館があるが、交流館にはお土産のスイーツを数多く取り揃えている。
やかげ町家交流館 名所・史跡
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横に座敷もあり、座敷で食べることもできる。今回は地元の特産のおかきを食べたが、塩が効いてて美味しかった。
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購入したおかき
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矢掛の福本屋本店は進物などのギフトショップではあるが、休みの日などでは店頭でアイスクリームを販売していることがある。
福本屋 グルメ・レストラン
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特にこの時期は日中は暑いのでアイスクリームはとても助かるスイーツ。ダブルとシングルがある。
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矢掛の北側の風景
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矢掛駅に戻り、井原鉄道で神辺へ戻る
矢掛駅 駅
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神辺も旧山陽道の宿場町として栄えていた町。次回へ続く
井原鉄道 井原線 乗り物
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