2023/04/28 - 2023/05/07
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nichiさん
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3泊お世話になった神戸元町東急REIホテルをチェックアウト。
今回の10日間の旅行の最後の地、有馬温泉に向かいます。
お宿は東急ハーヴェストクラブの高級バージョンであるVIALAシリーズのVIALA annex有馬六彩です。
まだチェックインできないので、ホテルに荷物を預けて有馬の温泉街をプラプラしました。
有馬温泉も初めて訪れる場所。
全国的に有名な温泉地ですよね~~
夫婦共にあまり知識は無く、豊臣秀吉が愛した温泉であったことぐらい。。。
この秀吉に関するところが面白かったです。
特に、1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災で極楽寺の建物が半壊したら、下から豊臣秀吉が築造した「湯山御殿」の遺構の一部が発見されたというのが面白かった。
当時、ネットニュースか新聞でも見たような気がするな~
六甲山北側の標高350m~500mにある有馬温泉。
古い歴史ある温泉街をプラプラしました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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元町~三宮~谷上 と電車を乗り継ぎます。
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ココ谷上駅で乗り換え。
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有馬温泉行に乗ります。
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有馬温泉駅に到着。
多くの方々が下車しました。
ほとんどが旅行鞄を抱えた旅行者の方々ですね。 -
ココからホテルに電話。
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5分ほどでお迎えの車がやって来ました。
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VIALA annex有馬六彩に到着です。
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おじゃましま~す。
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初めて来たな~
有馬六彩 -
私は宿泊手続きと、まだチェックインできないので、お荷物を預けます。
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その間に家内はロビー付近を撮影。
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広いロビー
チラホラチェックアウトの方がいらしてます。 -
ロビーの奥は?
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ハーヴェスト特融の水盤ですね。
熱海伊豆山や那須、浜名湖にも水盤がありましたね。 -
さあ荷物を預けて有馬温泉街の散策に出発です。
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自然豊かな環境です。
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ずいぶん降りてきました。
ハーヴェストを振り返ります。 -
ハーヴェストの正面玄関ではなく、裏口から出ると、有馬温泉街に近いです。
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ハーヴェストの敷地から出ると、そこは寺田町界隈。
古くから寺社が集まっているエリアです。
古くなった寺社の鬼瓦が魔除け、邪気払いの意を持って町内各所に配置されています。 -
明治時代の日本の温泉地の番付です。
何故か横綱はいません。
有馬温泉は西の大関ですね。
ちなみに東の大関は草津温泉です。
熱海、箱根、伊香保が行事と言うのが面白い。 -
念仏寺にやって来ました。
創建は天分7年(1539年)で秀吉の正室のねね様の別邸跡に建つお寺です。 -
秀吉が有馬温泉が好きだったことは知っていますが、まさかねねの別邸まであったとは。。。
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これはビックリ!!!
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ココでは、神戸七福神の寿老人を祀っています。
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念仏寺の本堂は、正徳2年(1712年)に再建されていますが、有馬で一番古い建物です。
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念仏寺から細い道を挟んで反対側には極楽寺があります。
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雰囲気あるな~
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今から1300年前、全国を行脚していた行基上人が開いた古~いお寺。
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で、1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災でこのお寺の建物が半壊しました。
すると、豊臣秀吉が築造した「湯山御殿」の遺構の一部が発見されました!
1997年(平成9年)に神戸市史跡の指定を受け、遺構の上に建設された「神戸市立太閤の湯殿館」で1999年(平成11年)より一般公開されています。 -
太閤の湯殿館に入ってみましょう。
200円×2 -
この建物が、発見された「湯山御殿」の遺構の上に新たに建てられた建物です。
有馬温泉には太閤さんの湯殿があったと言われていましたが、ずっとどこだったのかわからなかったのですね。
それが阪神淡路大震災で明らかになったわけです。 -
再現された湯山御殿庭園です。
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そもそも有馬温泉は、日本書紀に「有間の湯」として記されているんだって。。。
有馬温泉には、金の湯と銀の湯の2種の温泉があるんですよね~ -
有馬温泉を語るのに絶対登場する太閤こと豊臣秀吉。
北政所(ねね)や千利休と共にたびたび湯治に訪れていた秀吉。
ココで茶会も開催していたんですね。 -
床がガラス張りになっていて、床下に遺構がありました。
これが湯山御殿の跡です。 -
昔は蒸し風呂だったのですね。
湯船に浸かるようになったのは、江戸時代から。。。。
当時の蒸し風呂は、治療や療養のためのもの。
それも着物を着ての入浴。
それが今の浴衣につながっているのですね。 -
湯山御殿の遺構なんですね。
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湯山御殿の遺構の上に建っているのがこの施設です。
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復元された蒸し風呂です。
これが当時の蒸し風呂か~~ -
発掘された食器類。
唐津焼や備前焼、中国の景徳鎮まで。。。
秀吉やねね様も使っていた食器もあるかも???? -
発掘の様子の写真。
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これが岩風呂の遺構ですね。
本物です。 -
共に信長の家来だった豊臣秀吉と柴田勝家が戦った賤ケ岳の戦い。
この戦いに勝利した後、秀吉は有馬温泉を訪れています。
あとは大阪城築城の前とか・・・
多くの武将に湯治を勧めており、もてなしの場所としてココ有馬を利用していたのですね。 -
秀吉は、ココ有馬でたびたび千利休を伴い、茶会も開催してます。
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湯女?
秀吉のころ、入浴前後の休息の場で、琴を弾いたり和歌を詠んだりしていた湯女。
明治になって廃止になるまで有馬には湯女がいたのですね。 -
1868年の神戸開港以降は、多くの外国人も訪れることになる有馬温泉。
鉄道も開通し、多くの入湯客が有馬温泉を訪れることになります。 -
これな~に?
龍?
秀吉が造らせたと思われる、龍の瓦です。 -
湯山御殿の正確な敷地の範囲はわかっていません。
でも、65軒の民家を退去させて造っているので、大きな御殿だったことが想像できます。 -
秀吉が湯山御殿に行く前に、「9月に行くからご馳走を」と命じている手紙です。
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有馬の茶会の記述です。
参加者は豊臣秀吉、千利休、小早川隆景他。。。 -
秀吉の奥方だった北政所(ねね)から阿弥陀寺に出された寄進状です。
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これが全国行脚をした行基上人です。
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こちらはお隣の温泉寺。
724年、行基上人によって建立された温泉寺です。 -
本尊は薬師如来です。
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次は温泉神社。
有馬温泉を発見したと言われている大己貴命と少彦名命などの神々が祀られています。
もう古くて神話の世界ですね。
歴史あるな~~ -
この常夜灯も古いのだろうな~
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これは温泉寺の鐘楼です。
立派ですね~ -
これは御所泉源。
有馬温泉の源泉のひとつです。 -
さあ有馬温泉の古い町並みを歩いてみましょう。
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いいな~~
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絵になるな~
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有馬検番?
芸者の検番? -
12時から芸妓の踊りが見れたのですね~
ちょっと遅かったな~ -
GWですから鯉のぼりが飾ってありますね。
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外湯で金の湯と銀の湯があるのですが、人が多すぎて撮影できず。
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人がいなくなったタイミングでパシャッ!
絵になるな~~ -
さらにプラプラ。
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景観が保全されているエリアです。
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このような古い町並みが残っている温泉街、他にはあまり知らないな~
訪れたことがある中では、山形の銀山温泉とか、長野の渋温泉とか?? -
良く残ったな~
途中、雑貨屋さんにも寄ってみました。 -
道路も狭いし、火事だけは気を付けてほしいですね。
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お腹が空いたので、ランチにしましょう。
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中はほぼ満席。
ちょうど空いた入り口近くの席に案内されました。
メニューー -
家内が瓶ビール頼んじゃった!
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かんぱ~い!
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私は天丼(1200円)
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家内は鉄火丼(1200円)
ご馳走様~~ -
ランチを終えてさらに温泉街をプラプラ。
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街の中にたまに新しい建物があると、少々違和感を感じます。
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有馬川まで降りてきました。
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この像は、北政所(ねね様)ですね。
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ねねの橋と言う北政所の名前の橋が有馬川にかかっています。
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ねねの橋から有馬川を見下ろします。
河川環境整備がされていますね。
みなさん、寛いでます。 -
そろそろホテルに戻りましょう。
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素敵な古い町並みを先ほどとは違うルートで戻ります。
途中、有馬炭酸煎餅をお土産に購入しました。 -
いい感じ。
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街中にあった、「うなわりの湯」と言う間欠泉。
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昭和30年を最後に今は噴出していません。
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これは源泉かな?
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この前を美人が通ると嫉妬してお湯が噴き出す?
昔は面白い話が色々ありますね~ -
ホテルに戻って来ました。
裏口から入ってインターフォンで名前言って入れてもらいます。
つづく
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