2022/10/14 - 2022/10/14
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alchemistさん
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イベントのスタートは原発事故の被災地と福島第一原発を巡るエクスカーション。
全町が避難指示区域になってしまったためゴーストタウンと化した双葉町は、8月30日に11年ぶりに避難指示が一部解除されようやく駅周辺に人影が戻りつつある。双葉町の状況を見つつ福島第一原発へ。
構内では驚くほどの人海戦術で作業が進められている。びっしりと並ぶ無機質な処理水タンクを見るにつけ、人類の愚かさの象徴を見る思い。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 観光バス JR特急
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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初日のエクスカーションは11:10双葉駅東口集合。新しい綺麗な駅舎だ。
東京駅を7:52発の特急ひたち3号が着くのがこの時間だ。双葉駅 駅
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現地組とわれわれ前泊組は、10時にいわき駅前に集合し、貸し切りバスで一足先に到着。
双葉駅 駅
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道を挟んで反対側には、8月30日の避難指示解除に先立って8月27日に出来上がったばかりの双葉町庁舎。
双葉駅 駅
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33名のエクスカーション参加者が集まった。
双葉駅 駅
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コロナのおかげでこの仲間と顔を合わせるのも2年ぶり。
双葉駅 駅
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2011年3月11日。突然三重苦が双葉町を襲った。
14:46震度6の地震発生、15:30頃津波襲来、19:03原子力緊急事態宣言発令。
翌3月12日朝、町は全町避難を決定。14:00に町役場を閉鎖した後、15:36に第一原発の1号炉が水素爆発を起こした。双葉駅 駅
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それ以来11年半、双葉町全域が避難指示区域となり町民は住処を失った。
8月30日に避難指示が一部解除されたにせよ、それは駅周辺のみで、全町の11%にとどまっている。双葉駅 駅
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双葉駅の西口では新しい生活拠点の整備事業が始まっている。
住居と商店街が作られていくのだろうが、まだ、スーパーもコンビニもない。双葉駅 駅
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復興公営住宅建築には現在30組の家族が入居している。
ちなみに震災時の双葉町の人口は7,140人、世帯数は2,611世帯だった。双葉駅 駅
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東口に戻ると町役場庁舎前に移動販売車。
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隣町の浪江にあるイオンがEVの移動販売車を派遣してくれている。
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町に戻ってきた役場の職員も昼食はここで調達することが多いようだ。
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しかしこれだけで生活が成り立つはずがない。
この町に帰還しても長く不便をかこつことになるのだろう。 -
たしかにカップ麺は手軽だが、こればかりというわけにはいくまい。
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役場は木を活かしたおしゃれな庁舎だ。
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会議室を拝借して、被災と復興の現状を伺う。
講師を務めてくださった双葉町のH課長は、町外に避難し北茨城市に三世代住宅を建てて暮らしてきたとのこと。
避難指示解除に伴い、役場の裏手に建てられた寮に入り、単身赴任生活だという。
大変だなあ。 -
これまで町民は、さいたま市や加須市に集団で避難した人たちを含め、全員町外で生活してきた。今後帰還者が増えたとして、実際に町内に住む帰還者と、未帰還の町民と、それぞれどのように対処すればいいのか、未知の状況への対応方針を早急に固めなければならい段階のようだ。
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用意していただいたお弁当は、町内にオープンしたペンギンのもの。
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震災前に地元の高校生のおなかを満たし「ペンギンのおばちゃん」と慕われていたこの店は、被災で店を閉め、ペンギンのおばちゃんは埼玉県加須市に避難している。
町から復興計画を聞いたおばちゃんは子どもたちと相談し、店の再開を子どもたちに委ねた。 -
食事をしているときに、おばちゃんの娘で、いまペンギンの店長を務めるYさんがその間の経緯と苦労を話してくれた。
良い話だった。リアリティに満ちた話だけに、心にしみた。
被災者のそれぞれが、皆それぞれの物語を持っているんだなあ。 -
町役場庁舎でのセミナーと昼食を終え、バスで被災地を回る。
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ガイドしてくれるのは町議会のY議員。
Y議員は東京生まれで、災害後ボランティアとしてこの町に入り、この町で被災された奥様と結婚。その縁でこちらに移住し、今は町議会に議席を持っている。
彼に限らず、この土地で災害ボランティアとしてスタートし、長く復興に携わる人たちには面白い人がいる。Futaba Art District 名所・史跡
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駅の近くに相馬妙見宮初發神社。相馬氏ゆかりの神社だ。
境内に国旗が掲揚されている。
地域住民の心のよりどころとして、最近屋根の葺き替えなど再建の試みが始まっている。相馬妙見宮初發神社 寺・神社・教会
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双葉駅周辺の空き家の壁面にはさまざまなイラストが施されている。
アートの力を信じるOVER ALLsという東京の青山を拠点としたアート集団が、住民の笑顔をテーマに元住民をモデルに、制作し続けているもの。
これにより、この一画はFutaba Art Districtと称されている。Futaba Art District 名所・史跡
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信用金庫の外壁に描かれたこの笑顔もその活動成果のひとつ。
モデルはどうもY議員ご夫妻のようだ。
女性の顔の下の柱にあるQRコードを読み取ると、制作者であるOVER ALLsのサイトに飛ぶ仕掛けになっている。Futaba Art District 名所・史跡
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町並みは風化が進んでいる。
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かわいそうに、この家はすっかり傾いてしまった。
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生い茂る植物が住民にとって代わってしまった。
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こうなるともはや再建はできず、取り壊すしかない。
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結果として街のあちこちにこんな空き地が増えてゆく
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一歩町を出ると、田畑は除染も進まぬまま帰宅困難地域として立ち入れが禁じられ、荒れるに任せられている。
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目立つのはセイタカアワダチソウばかりだ。
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双葉町の一部は「中間貯蔵施設」として、除染土壌等汚染物質が運びこまれている。
30年以内に県外の最終処分場に移されることになっているらしいが、果たして最終処分場は探せるのだろうか。
また国に騙されたということにならなければいいけれど。 -
Y議員が廃墟となった奥様の実家に案内してくれた。
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この家で大きな地震に遭い、津波から逃れようと着の身着のままで退避し、そのまま原発から半径10km県内住民に対する避難指示を受けて戻れなくなってしまったのだ。
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ガラスの内側には11年前の日常が、そのままフリーズされている。
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とはいえ、今は廃墟そのものだ。
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ガラス窓をのぞき込み、スマホで記録しようとする。
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双葉町の視察を終え、東日本大震災・原子力災害伝承館へ移動。
ここで東京電力差し回しのバスに乗り換えて福島第一原発に向かう。 -
第一原発に入るには、事前に申し込みの上、新型コロナへの感染状況と放射線治療の状況を確認。当日は本人確認書類を持参する必要がある。
手荷物、貴重品、カメラ、携帯電話、飲食物、たばこは持ち込めない。
服装は長袖、長ズボン、靴下着用。履物は靴底が平らなもので、サンダル、下駄、ヒールは不可。
放射線防護ベストと線量計を身に着けて入構する。 -
まず、入退域管理棟で現状の説明を受け、さまざまな確認を行い、防護態勢を整えて構内専用バスで中に入る。
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スマホもカメラも持ち込めないので、アテンドしてくれた東電スタッフが撮影してくれた写真を後日受け取ることになる。ここに掲載しているのがそれ。
欲しかった満杯状態の汚染処理水タンクや汚染土の土嚢などの写真は得られなかった。 -
入退域管理棟では多くのスタッフが立ち働いている。
最近どこの工場に行っても、ロボットの進化の結果、立ち働く職員を見ることが少なくなった。これだけ多く生身の人間が働いている職場は久しぶりだ。
安全確保のためとはいえ、やたらスタッフが多そうに見える。 -
バスから降りたのは「1~4号機原子炉建屋外観俯瞰エリア」。
1号機2号機の海の反対側の小高い丘。
下を見ると原子炉周囲で働いている人が、小さく豆粒のように見える。 -
2号炉は燃料棒は既に取り出され、上部が四角いパネルで囲まれている。
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1号炉は上部をパネルで囲む工事が進行中。
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3号炉の上部にはかまぼこ状のドームが設置されている。
この中には燃料棒取り出し用のクレーンが設置されており、3号炉と4号炉の燃料棒取り出しは完了している。 -
どの原子炉も冷温停止状態は継続している。
とはいえ、原子炉底部にたまっているとされる燃料デブリ取り出しのめどは全く立っていない。 -
改めて見る原子炉の惨状が胸に迫る。人海戦術の廃炉作業や限界に近づくアルプス処理水のタンクの列を見ると、人類の愚かさの結末を見る思い。やはり現場の迫力は違う。ちなみに今回の見学で浴びた線量は0.02μSv。
歯科のレントゲン2回分らしい。
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