2022/11/01 - 2022/12/05
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kawausoimokoさん
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人生の再生を目指して、「お気に入り」と再会し「初めまして」に出会うために、ロンドン、パリ、ヘント&ブルージュ、デン・ハーグ、アムステルダムを35日で巡りました。
旅の26日目はブルージュへ行き、ヤン・ファン・エイク「ファン・デル・パーレの聖母子」に再会し、メムリンク美術館と聖母教会を訪れます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2022年11月26日(土):(Day26)
今日はブルージュへ行き、グルーニング美術館で「ファン・デル・パーレの聖母子」に再会し、メムリンク美術館と聖母教会を訪れます。
朝早く目が覚めてしまい、ヘント駅から7:48分のICに乗り、お隣のブルージュへ -
ホテルを出る時にレセプションの方から教えられ、ヘント駅の券売機で半額のウィークエンドチケットを購入しました。
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聖母教会 Onze-Lieve-Vrouwekerk
ブルージュ駅に到着し、駅前からバスに乗り、3駅目のBrugge Onze-Lieve-Vrouwekerkで降ります。
この教会を見ると、ブルージュに来たなと実感します。
ブルージュ(英語:Bruges、フランス語: Bruges、オランダ語: Brugge)は、12世紀に運河を建設して北海へ出る港が造られ、13世紀には貿易拠点・金融センターとして発展し、14~15世紀に最盛期を迎えました。
しかし、15世紀末になると港と運河が土砂の堆積で埋まり、舶が航行できなくなってしまったことから港としての機能を失い、衰退しました。
以降、都市や建物の大規模な改変が行われなかったため、中世の面影そのままの町並みが多く残ったそうです。 -
聖母教会とグルートフーズ博物館
薄い朝靄の中、通りには誰もおらず、まるで中世の世界にタイムスリップしたかのようです。 -
グルートフーズ博物館 Gruuthusemuseum
この博物館は、15世紀に「グルート」と呼ばれたビール用の調合ハーブを専売してブルージュで富を築き、繁栄を極めたグルートフーズ一族の邸宅だったそうです。
豪華な美術品・工芸品・衣装、その他の生活用品諸々が展示されていて、中世のブルージュの裕福な人々の暮らしを見ることができます。
聖母教会とつながっている邸宅内の礼拝堂も有名です。
5年前に見学しているので今回は見学しませんが、開館前でも中庭に入れたので、ちょっとお邪魔します。 -
グルートフーズ博物館 Gruuthusemuseumの中庭から見た建物
ゴシック風の見事な大邸宅です。 -
グルートフーズ博物館 Gruuthusemuseumの中庭から見た建物
中世そのまんまです。 -
Otomat
Simon Stevinplein 12, 8000 Brugge
シモン・スティーヴィン広場の角にあるカフェ・レストランで、5年前に来た時に居心地が良くお気に入りだったので、記憶を頼りに探し当てました。
運よく、朝9時前でも開いていたので、良かったです。 -
ショコラ・ショーが冷えた体に沁みます。
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グルーニング美術館 Groeningemuseum 入り口
朝一番9時半、来館者は私ただ一人で「ファン・デル・パーレの聖母子」に再会です。
監視員の方にご挨拶し、「日本から、はるばる、これを観に来ました!」と、少々大袈裟に伝えると、「ゆっくり観て行きなさい。」と言ってくれました。
それからも来館者は少なく、ソファが置かれていたので、立ったり座ったりしながら、心ゆくまで鑑賞できました。
今回、意を決して、はるばる旅に出て本当に良かったと思いました。 -
ファン・デル・パーレの聖母子:ヤン・ファン・エイク , 1434-1436年
The Virgin and Child with Canon van der Paele : Jan van Eyck
オーク板に油彩で描かれた大きな作品(122.1 cm × 157.8cm )です。
あらゆる部分が精緻で繊細に質感まで描きだされており、まさに「神の手」、只々驚愕しかありません。
ブルージュで生まれたヨリス・ファン・デル・パーレは病を得て、自身が埋葬される教会の墓碑祭壇画用に、ヘントの祭壇画完成後のヤン・ファン・エイクに1434年に制作を依頼し、1436年に完成したとされています。 -
幼児キリストを抱いた聖母マリア
ヤン・ファン・エイクの聖母マリアの表情は、他の聖人や偉人、登場人物が写実的であるのに対して、硬く無表情のものが多いです。
その理由は諸説あるようですが、中世ゴシックの延長線上にあったフランドル初期絵画では、特に聖母マリアは人間味ではなく、気高さが求められたためではないかとされています。 -
幼児キリストを抱いた聖母マリア
幼子キリストは寄進者ファン・デル・パーレを見ています。
聖母マリア髪の毛は極細の線で一本一本丁寧に書き込まれており、ローブの質感まで伝わってきます。 -
幼子キリスト
子供らしくない大人のような顔をしています。
15世紀当時のフランドルでは、幼子キリストの顔は知恵深く気高さが求められており、16世紀イタリア・ルネサンス最盛期のラファエロに代表されるような可愛らしい顔の幼子キリストは描かれませんでした。
それに対して幼子キリストの身体は、柔らかな皮膚をした幼児の特徴が余すところなく描きだされています。 -
聖母マリアの髪の毛、青いドレスの布地、赤いローブの縁取り、手、花束、鸚鵡など、全てが驚異的な緻密さで、それぞれの質感の違いが描き出されています。
花束は、今まで気づきませんでしたが、聖母マリアの代表的なアトリビュートであるユリやバラ、あるいは、ひな菊やスズランでもなさそうです。
画面に描き込むもの全てに何らかの意味や寓意を込めているヤン・ファン・エイクのことですから、改めてこの意味を知りたいと思いました。
後で調べたところ、この花は誠実さと控えめを象徴するスミレだそうで、聖母マリアのアトリビュートとして描かれた絵画は少ないそうです。 -
聖母マリアのローブを縁取る宝石
宝石の輝きと透明感が見事にグレーズ(薄く透明な絵具を重ねて塗る)技法で描きだされています。
宝石にしか見えません。 -
聖ドナトゥス
聖ドナトゥスは、依頼主であるファン・デル・パーレが死後に埋葬されるブルージュの聖ドナトゥス協同教会の守護聖人です。
着用している豪華な祭服、宝石、左手に持つ司教杖、右手に持つ車輪に火のともったロウソクの炎などが驚異的な写実性で描きだされています。
14世紀には、顔料を溶かす亜麻仁油やラベンダー油などを高度に蒸留した揮発性油が開発されました。
15世紀に入り、揮発性油を使用することにより、古くから存在していた油彩画の技法は革新的に進化し、板絵のフランドル技法が生み出されました。
ヤン・ファン・エイクは、金属石鹸を乾燥剤として使用するなどの独自の研究により、油絵具とフランドル技法を更に飛躍的に向上させました。
そして、板絵に適したフランドル技法と装飾写本画家として培った細部への精緻な書き込み技術を駆使することで、これらの驚異的な表現が実現できたとされています。 -
聖ゲオルギウスと寄進者ヨリス・ファン・デル・パーレ
右側には甲冑に身を固めたドラゴン退治の聖ゲオルギウスが立ち、右手で兜を持ち上げて聖母子に挨拶し、左手でファン・デル・パーレを紹介しています。
白い冥衣を着て、祈祷書を読み終えて眼鏡を置き、祈りを捧げていたファン・デル・パーレに奇跡が起こり、聖人たちが現れた瞬間を捉えているとされ、虚構と現実が入り混じっています。 -
ファン・デル・パーレは現実の人間として、理想化されずに、しわ、ひげ、血管まで写実的に描かれています。
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聖ゲオルギウスの甲冑の胸飾り
革、金属、貴石などの異なる素材の質感と光の反射が見事に描き分けられています。 -
聖ゲオルギウスの甲冑
超絶技巧の光の反射表現です。
写真では判りにくいですが、聖ゲオルギウスの兜や甲冑の金属部分には赤とブルーの聖母のローブが写り込み、光が反射しています。
これらの光の反射や写り込みを実際に目の当たりにすると、まさに感動します。 -
聖ゲオルギウスの金属製のグリーヴとソルレット
金属の質感がこれ以上ない写実性で描かれています。 -
聖母子が座る玉座の大理石、ファン・デル・パーレの白い着衣、聖ゲオルギウスの金属製のグリーヴとソルレット、木製の旗棒、そして、床の絨毯、それらの質感の違いが本当に見事に描き分けられていることが、この部分で判ります。
-
聖母の赤いローブの美しいひだ、台座の階段に波打つ毛織絨毯の写実性
この絵がダ・ヴィンチの約70年前に既に描かれていたなんて、Amazing!
歴史的には、16世紀に有名なジョルジョ・ヴァザーリの著書「画家・彫刻家・建築家列伝」によって、ヤン・ファン・エイクが油絵具を発明したといわれる伝説が生まれました。
しかし、その後、数世紀に亘ってフランドル絵画はイタリア・ルネサンス絵画に比べて軽視された存在となり、19世紀に入ってようやく見直され始めました。
当時はヤン・ファン・エイクよりメムリンクが高く評価されており、著名なドイツ人美術史家グスタフ・フリードリヒ・ワーゲンは、この作品は「まれに見るほどに醜い聖母マリア」であり、「聖ゲオルギウスは全く聖なる存在ではない」と評価したそうです。
ヤン・ファン・エイクが、「初期北方写実主義絵画の最高峰・最終到達点」と評価される現代では考えられませんが、結局、その時代のインフルエンサーが下す評価やエポックメイキングな出来事によって、作品への興味や関心、評価が定まってしまうのかも知れません。モナリザのように!
イタリアでの初期ルネサンスがギリシア・ローマ時代の理想化した美を目指したのに対し、初期フランドル派の画家たちが追求したのは、自然そのものを正確に観察して絵画に表現することにあります。
作品に対する評価が大きく変化するのは、いつの時代でもどこにでもありますが、やはり現代でも、イタリア・ルネサンス絵画が圧倒的に人気が高いのは、「好みの違い」なのか?
あるいは、単に「顔」が大きく左右しているだけなのか?
もしも、この絵の聖母マリアの顔がラファエロが描いたもののようであったとしたら・・・ -
マーガレット・ファン・エイクの肖像:ヤン・ファン・エイク 1439年
Portrait of Margareta van Eyck : Jan van Eyck ,1439
オーク材の油彩画で小さな作品です。(32.6 cmx25.8 cm)
オリジナルの大理石の額縁に刻まれた碑文から、この肖像画の女性が画家の妻であるマルガレータ・ファン・エイクであることがわかります。
碑文を翻訳すると「夫のヤンは1439年の6月17日に私を完成させました。私の年齢は33歳でした」と書かれています。
これにヤン・ファン・エイクのモットー「als ich can」が続きます。
この肖像画は、胴体と頭のスケールの違いで注目に値します。 マルガレータは光源、つまり目に映る窓の方を向いて、見る者を見つめます。
彼女の髪は、市松模様のヘアネットでまとめられた 2 本の角でファッショナブルに固定されています。 その上にはリネンのベールがかかっています。
彼女はリスの毛皮で裏打ちされた赤いローブを着ており、幅広のガードルで高く結ばれています。 描かれている人物は手を重ねています。 彼女は右手に指輪をしています。
Musea Brugge Collection解説を抄訳 -
奥さんを理想化せずに写実的に描写したであろう表情は、穏やかに、気のせいか少し悲しげにじっとこちらを見つめています。
ヤン・ファン・エイクにしてはどちらかというとサラッと、しかし、非常に繊細に優しく描かれており、リネンのベールの折りたたまれた細かなひだが目を引きます。
たぶん、夫婦の記念日、彼女の誕生日などの記念日を祝して描かれたであろうと思われ、この作品の2年後にヤン・ファン・エイクは亡くなっているので、夫が彼女へ残した最大の贈り物だったのかも知れません。 -
室内の聖母子像:ヤン・ファン・エイクの信奉者, 15世紀
Virgin with Child in an Interior, follower of Jan van Eyck, 15th century
2022年に新たに、英国の個人所蔵から購入された作品で、ヤン・ファン・エイクの死後に彼の工房で制作されたのではないかとされています。
形式と特徴は似ているし、部分的には非常に上手いと思いますが、IMBO「いまいち、なんだかなぁ?」 -
聖クリストファー祭壇画 : ハンス・メムリンク , 1484年
Moreel Triptych : Hans Memling , 1484
この三連祭壇画は、ブルージュの政治家だったウィレム・モレルとその妻バーバラ・ファン・ヴレンダーバーグが自分たちの埋葬地であるセントジェームズ教会の祭壇画として、当時人気画家であったメムリンクに制作を依頼したそうです。
写実的でありながらも、メムリンク特有の静謐で控えめな上品さが感じられます。
ヤン・ファン・エイクから50年経過すると、フランドル地方の人々の好みもイタリア・ルネサンスの影響を受けて、変わって行ったのでしょうか?
後世、ヤン・ファン・エイクよりメムリンクが高く評価されたのは、たぶんこの差ではないかとも思います。
優劣ではなく、もはや、好みの差? -
中央パネルでは、聖クリストファーがキリストの子供を抱えており、左側に聖マウルス、右側に聖ギルスが描かれています。
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左側のパネルではウィレム・モレルがひざまずいて息子と一緒に聖人たちに祈ります。
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右側のパネルには妻バーバラが娘と一緒にひざまずいています。
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聖母を描く聖ルカ:作者不明 1435年 - 1440年頃
この作品は、ヤン・ファン・エイクの「宰相ロランの聖母」の構図を元に、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンが描いたオリジナルを原寸大で複製したものだそうです。
オリジナルはボストン美術館にあり、未だ観たことがありませんが、この複製は良くできているように思いました。 -
教えを説くバプテスマのヨハネ John the Baptist preaching
ピーテル・ブリューゲル 2 世とヤン・ブリューゲル 1 世 1601-1620年
ピーテル・ブリューゲル 2 世とヤン・ブリューゲル 1 世が父親のオリジナルを模倣して制作した作品の 1 つだそうです。
ピーテル・ブリューゲル 1 世(父)のオリジナル作品は 1566 年に作られ、ブダペストのシェプミュヴェセティ博物館にあるそうですが、未だ観たことはありません。 -
死と守銭奴:ヤン・プロヴォースト , 1515 -1521年
Death and the Miser : Jan Provoost
「死と守銭奴」は当時のネーデルランドでは人気のある寓意画のモチーフで、ヒエロニムス・ボッシュを始め、多く画家が描いたそうです。
地上で私腹を肥やした吝嗇家が、死神に賄賂を贈って死を逃れようとしますが、死は避けられません。
私たちが人生を費やして蓄積したお金と所有物は、私たちの最後の時間には何の役にも立たないことを表しているとされています。
ハイ、その通りです。年老いて、病を得ると身に染みて判ります。 -
帰り際にミュージアム・ショップで絵葉書を見ていると、係員の方から「貴女が日本から来た人?」と話しかけられました。
監視員の方へお話したことが、どうやらこの方へも伝わっていたらしく、コロナ以降、日本人は殆ど来館していないとのことでした。
そして、私がパリから移動して来たことをお話すると、「オランジュリーへは勿論行ったよね?」と聞かれました。
「未だです。パリへ戻ったら行くつもりです。」と答えると、「モネを観ないなんて!」と呆れられました。
彼女は「モネが大好きで、良くパリへモネを観に行く。」と話していました。
本当に、人のお気に入りは、様々です。
だから、今ここに無い、何かを求めて、皆、旅に出ます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- mom Kさん 2023/07/11 16:07:56
- ローブの真珠
- 素晴らしいショットですね、kawausoimokoさん。海外コロナ解禁は、ベネルクスを選ばれたなんて。しかも冷える晩秋。彼の地への熱い想いが伝わりました。乾杯!ブルージュの早朝カリヨンの響きに。
- kawausoimokoさん からの返信 2023/07/11 21:51:00
- Re: ローブの真珠
- mom K様
初めて書いている蕪雑な旅行記をお読みいただき、ありがとうございます。
ガンやコロナ等の色々辛い時を過ごした後に、思い切って一人旅に出て、ヤン・ファン・エイクを始めとする、お気に入りの絵画に再会できました。
旅の力、お気に入りがある幸せを改めて感じております。
mom Kさんの旅行記をこれから、ゆっくり読ませていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
kawausoimoko 拝
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