2023/04/27 - 2023/04/27
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hijunoさん
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丹波の柏原を歩きました。ここは、織田信長の弟、織田信包が藩主として3万6千石を与えられ、柏原藩がはじまり、その後も織田家の血筋の引く人々が10代にわたり廃藩置県までこの地を治めていました。
織田家の城下町として栄え、柏原藩の陣屋跡、織田家旧邸の長屋門などを見学しました。
まず、柏原歴史民俗資料館と併設されている田ステ女記念館を見学しています。柏原藩の貴重な資料や田ステ女の資料が展示されていました。
静かな城下町を歩き、織田信長の弟信包から統治が始まった柏原藩の歴史を感じながら歩いています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JR特急 JRローカル 徒歩
-
今回はローカル電車をのりつぐぞぉーと意気込んで出かけました。
行きはなんとか、到着しましたが、帰りはへこたれて、特急に乗ってしまいました。(-_-;) -
小さな駅です。
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綺麗なペイントがありました。
そうそう、木の根が橋のようになっているところ、、、行きたい場所のひとつ。 -
可愛い駅を出て、歩きだします。
この日は、太陽ギラギラ。
とても暑い日でした。
(一気に日焼け) -
地図をみても、見て回りたいところがいっぱい。
しかし、時間もあるので、今日はとりあえず、どうしても行きたいところだけを回る予定です。
なんせ、年々、歩く速度も遅くなっています。しかも、ついつい、寄り道をする人。
よくばらず、行けるところまで、時計を見ながら出発です。 -
駅で像を見つけました。
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説明書きがありました。
田艇吉氏の像。
議員などを務めた人物。
トンネルや現在のJR福知山線を造り、それ以降、柏原が発展したとあります。 -
遠くから見ても、木造りの可愛い駅です。
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ちょっと方向に迷いましたが、こんな案内板があったので、そちらの方向へ。
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やぐら公園へ来ました。
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太鼓櫓がありました。
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イチオシ
近くでよく見えませんでしたが、帰りに遠くから見ましたら、人形と太鼓。
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地図や見どころがあります。
歴史のある街並みのようです。 -
静かな街並みです。城下町の雰囲気。人も見えません。
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酒屋さんや、
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和菓子屋さんもあって、恐竜のたまご、、、お菓子のようです。
帰り寄って買おうとおもってましたら、すっかり忘れてしまいました。
そういえば、丹波は恐竜の骨が発見されたことでも知られています。 -
マンホールのふたからも土地の様子がわかります。
木の根橋のデザイン。 -
狭い路地ですが、時間が止まったような雰囲気。
古くて趣ある雰囲気。 -
お蕎麦屋さん発見。
お昼に近いので入ってみましたが、予約でいっぱいで、メニューも限られていたので、恥ずかしながら、退散しました。
次回は予約をして利用してみたいなぁ。 -
こちらもカフェ?レストラン?のようでした。
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茅葺きの家も残っています。
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小さな公園のところに出ました。
お隣は税務署。 -
陣屋の跡らしき建物のところまできました。
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柏原歴史民俗資料館の隣の一角があって、顕彰碑や像、礎石なども保存されていました。
こちらは顕彰碑。 -
小島省斉の顕彰碑とありました。
藩校の設立や、藩政改革を行った人物だそうです。 -
イチオシ
こちらは柏原藩を治めた初代織田信包。
織田信長の弟です。
象の下には説明がありました。
織田信長から信頼され、浅井攻めのときは、お市のお方や彼女の子供三姉妹を預かっていました。
治水事業や殖産の事業にも貢献したそうです。 -
礎石や古い道標も。
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極楽寺の礎石と伝わるものと、あります。
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こちらの道標は大正時代のもの。
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イチオシ
そして、こちらは田ステ女の石像です。
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説明にもありますが、昭和28年にできた像だそうです。
1633年に柏原で生まれ、元禄の四俳女といわれた俳諧の人です。幼いころから俳句に優れたといわれた田ステ女の石像です。 -
お隣は柏原歴史民俗資料館。
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田ステ女の句。
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柏原の歴史と田ステ女記念館があります。
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中は撮影可能でした。
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小さな資料館ですが、柏原藩の歴史のわかる展示です。
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こちらは写真でしたが、織田信長の者と伝わる鎧などの武具。
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織田信長の所蔵と伝わるものたち。
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イチオシ
織田信長の者と伝わる硯箱。
上品な模様でした。 -
こちらも織田信長所用と伝わる兜のたてもの。
勇ましいです。
このような黒漆のものは珍しいのだそう。 -
織田氏伝来の将棋の駒。
なんだか、信長所有のものって、上品な雰囲気が漂っています。 -
織田氏の家系図。
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柏原藩に関しての様々な資料の展示。
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柏原藩の歴史が詳しく説明されています。
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イチオシ
右下の写真、織田家のお墓も実は行きたかったところの一つですが、
今回は時間がなくて諦めました。 -
火縄銃の説明です。
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柏原藩の支配体制について。
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城下街としての賑わいや当時使われていた品々。
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柏原藩の陣屋跡の模型。
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江戸末期ころの陣屋を再現しています。
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続いて,田ステ女記念館へ。併設されています。
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入口には大名行列らしきものを再現。
小さな人形の模型。 -
昔はこのように区分けをされていたことがわかります。
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小さな記念館ですが、田ステ女に関しての資料が多く展示されていました。
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俳人 田ステ女についての説明。
1633年に柏原で生まれた田ステ女を300回忌を記念して記念館が造られています。
元禄の四俳女といわれる田ステ女。
幼いころから俳句に優れていた人だったようです。 -
俳句の人々、系統。
元禄の四俳女といわれる人々、□の囲みの人々です。 -
田氏の家系図。
19歳で結婚し、夫が亡くなってからも俳諧を続けたといいます。 -
自筆の句集など。
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イチオシ
可愛いステ女像。
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42歳の時に、夫に先立たれたステ女は出家します。
左から二番目の掛け軸に肖像がありますが、貞閑となります。 -
剃髪のち、師の姫路の網干にある寺の近くの庵に住みます。
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こちらが、田ステ女の年表。
66歳で亡くなっています。 -
近世以降の伝記集にも田ステ女のことが記されています。
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出家したあとの田ステ女が師の教えを書き写したもの。
美しい字でした。 -
小さな空間でしたが、貴重な資料が沢山。
そして、休憩しながら、鑑賞できます。 -
自筆の証文ですが、几帳面でしっかりとした綺麗な文字。
亡くなる二か月前に書いたものとは思えないほどです。
遺言書みたいです。 -
亡き夫を偲んで詠んだ句が納められています。
夫の死への悲しみと夫への愛情がひしひしと感じられます。 -
公園もあるのですね。
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ステ女作の刺繍の作品です。
とても細かく、また力強く優しい雰囲気です。 -
出家のちの貞閑尼。
夫の死が彼女に与えた深い悲しみと仏門の道に平安を求めたことがつたわってきました。
資料館の見学を終えて、陣屋跡や見学予定の場所へ向かいます。
城下街の散歩、静かで人も少なく、お天気で太陽はギラギラですが、空気は洲ガスがしく、本当に気持ちの良い一日でした。
最後までお読みいただきありがとうございます。^^
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