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松代へ向かうために駅へ行く途中で苅萱山西光寺へ寄りました。<br />「絵解きの寺」として有名です。<br />長野駅から松代まではバスで約35分です。<br />いつものようにグーグルマップで検索したら鉄道で1時間以上のルートしか公共交通機関で表示されませんでした。<br />絶対バスがあるはずと調べたらありました。<br />結構グーグルマップは信用しているのですが、ローカルのバスの時刻表など情報が古いことが多いです。<br />松代で最初に松代藩鐘楼へ寄りました。<br />初代藩主真田信之公御霊屋がある長國寺へ行きました。<br />拝観はガイド付きのみで自由拝観はできません。<br />前のグループが出発したばかりで10分ちょっと待ちましたが見る価値はありました。<br />旧前島家住宅・寺町商家(旧金箱家住宅)・旧横田家住宅・旧樋口家住宅と家臣や商家を巡りました。

長野市苅萱山西光寺によってから松代へ行き初代藩主真田信之公御霊屋などを巡りました。

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2023/04/01 - 2023/04/01

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しろくまクンクン

しろくまクンクンさん

松代へ向かうために駅へ行く途中で苅萱山西光寺へ寄りました。
「絵解きの寺」として有名です。
長野駅から松代まではバスで約35分です。
いつものようにグーグルマップで検索したら鉄道で1時間以上のルートしか公共交通機関で表示されませんでした。
絶対バスがあるはずと調べたらありました。
結構グーグルマップは信用しているのですが、ローカルのバスの時刻表など情報が古いことが多いです。
松代で最初に松代藩鐘楼へ寄りました。
初代藩主真田信之公御霊屋がある長國寺へ行きました。
拝観はガイド付きのみで自由拝観はできません。
前のグループが出発したばかりで10分ちょっと待ちましたが見る価値はありました。
旧前島家住宅・寺町商家(旧金箱家住宅)・旧横田家住宅・旧樋口家住宅と家臣や商家を巡りました。

旅行の満足度
4.0
同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 駅に向かう途中で「かるかや山西光寺」へ寄りました。<br />「絵解きの寺」として有名です。<br />絵解きとは、説教・唱導(仏の道に導くため、教えを説くこと)を目的とする、宗教者による絵画を用いた文芸・芸能です。

    駅に向かう途中で「かるかや山西光寺」へ寄りました。
    「絵解きの寺」として有名です。
    絵解きとは、説教・唱導(仏の道に導くため、教えを説くこと)を目的とする、宗教者による絵画を用いた文芸・芸能です。

  • 慈光門です。

    慈光門です。

  • 苅萱山西光寺本堂です。<br />

    苅萱山西光寺本堂です。

  • 大師堂(園通殿)です。<br />弘法大師をお祀りしてい ます。

    大師堂(園通殿)です。
    弘法大師をお祀りしてい ます。

  • 右から石童丸の墓・苅萱上人の墓・千里御前の墓です。<br />

    右から石童丸の墓・苅萱上人の墓・千里御前の墓です。

  • 境内には玉取稲荷神社があります。

    境内には玉取稲荷神社があります。

  • 朝日山大蛇の塚です。

    朝日山大蛇の塚です。

  • 説明版です。

    説明版です。

  • 六地蔵憧です。<br />六道の主従を救い菩薩のお姿を六体の浮彫で和え合わした六角形のものです。

    六地蔵憧です。
    六道の主従を救い菩薩のお姿を六体の浮彫で和え合わした六角形のものです。

  • 長野駅から松代へバスで向かいました。<br />JA長野厚生連 長野 松代総合病院で下車しました。<br />街を時計回りで散策します。

    長野駅から松代へバスで向かいました。
    JA長野厚生連 長野 松代総合病院で下車しました。
    街を時計回りで散策します。

  • 松代藩鐘楼です。<br />江戸時代、藩では昼夜の区別なく一時(いっとき=約2時間)ごとに大鐘をつかせる決まりがありました。藩士や城下の人々は、この“時の鐘”で時刻を知り、時間管理を行いました。また、城下に火事が起きた際などには非常を知らせる役割も果たしていました。

    松代藩鐘楼です。
    江戸時代、藩では昼夜の区別なく一時(いっとき=約2時間)ごとに大鐘をつかせる決まりがありました。藩士や城下の人々は、この“時の鐘”で時刻を知り、時間管理を行いました。また、城下に火事が起きた際などには非常を知らせる役割も果たしていました。

  • このような道標も設置されています。

    このような道標も設置されています。

  • 長國寺へ行きました。

    長國寺へ行きました。

  • 天文16(1547)年、信濃国の在地領主であった真田幸隆が、畏敬する伝為晃運(でんいこううん)禅師を開山第一世に招き、一族の菩提寺として松尾城内に「真田山長谷寺(しんでんざんちょうこくじ)」を建立しました。

    天文16(1547)年、信濃国の在地領主であった真田幸隆が、畏敬する伝為晃運(でんいこううん)禅師を開山第一世に招き、一族の菩提寺として松尾城内に「真田山長谷寺(しんでんざんちょうこくじ)」を建立しました。

  • 棟にあしらわれた六文銭と、海津城から移設した身の丈1mのしゃちほこが印象的な本堂です。<br />ちょっとお城のように見えます。

    棟にあしらわれた六文銭と、海津城から移設した身の丈1mのしゃちほこが印象的な本堂です。
    ちょっとお城のように見えます。

  • 右手は本堂、左手は開山堂です。<br />もとは三代真田幸道公のために享保12(1727)年に建てられた御霊屋です。

    右手は本堂、左手は開山堂です。
    もとは三代真田幸道公のために享保12(1727)年に建てられた御霊屋です。

  • 手前は放光殿奥は相同です。

    手前は放光殿奥は相同です。

  • 本堂の横にあります書庫にて初代藩主真田信之公御霊屋拝観を待ちます。<br />お寺のスタッフが説明案内をしてくれます。

    本堂の横にあります書庫にて初代藩主真田信之公御霊屋拝観を待ちます。
    お寺のスタッフが説明案内をしてくれます。

  • 魚版です。

    魚版です。

  • 初代藩主真田信之公御霊屋です。

    初代藩主真田信之公御霊屋です。

  • 22年12月に修復作業が終わったばかりで光り輝く美しさです。

    22年12月に修復作業が終わったばかりで光り輝く美しさです。

  • 梁間4間の入母屋造り平入り、屋根は柿葺き(こけらぶき)の壮麗な建築です。いたるところに透かし彫りや丸彫りが施されています。

    梁間4間の入母屋造り平入り、屋根は柿葺き(こけらぶき)の壮麗な建築です。いたるところに透かし彫りや丸彫りが施されています。

  • 正面の唐破風の雌雄の鶴は左甚五郎作と伝えられています。内部の格天井には狩野探幽筆と伝わる天井画、奥に禅宗様仏壇が据えられています。

    正面の唐破風の雌雄の鶴は左甚五郎作と伝えられています。内部の格天井には狩野探幽筆と伝わる天井画、奥に禅宗様仏壇が据えられています。

  • 初代藩主真田信之公御霊屋前の門も真新しいです。<br />黒漆が輝いています。

    初代藩主真田信之公御霊屋前の門も真新しいです。
    黒漆が輝いています。

  • 黒漆に彩色が鮮やかです。

    黒漆に彩色が鮮やかです。

  • 四代真田信弘公御霊屋です。<br />真田信之御霊屋の南隣に並ぶ、四代・信弘の御霊屋(おたまや)です。

    四代真田信弘公御霊屋です。
    真田信之御霊屋の南隣に並ぶ、四代・信弘の御霊屋(おたまや)です。

  • 真田家歴代十代の藩主とその子女のお墓が並びます。

    真田家歴代十代の藩主とその子女のお墓が並びます。

  • 真田幸村父子の供養碑です。<br />真田信繁(幸村)とその子、幸昌(大助)の供養碑です。

    真田幸村父子の供養碑です。
    真田信繁(幸村)とその子、幸昌(大助)の供養碑です。

  • 松代藩初代藩主真田信之のお墓です。

    松代藩初代藩主真田信之のお墓です。

  • 旧前島家住宅へ行きました。

    旧前島家住宅へ行きました。

  • 前島氏は上田、松代を通じて代々真田家に仕えた家臣。一族の中には、真田昌幸・信繁(幸村)父子が和歌山県の九度山に幽閉された際に、お供をした人もいます。

    前島氏は上田、松代を通じて代々真田家に仕えた家臣。一族の中には、真田昌幸・信繁(幸村)父子が和歌山県の九度山に幽閉された際に、お供をした人もいます。

  • お雛様が展示されていました。

    お雛様が展示されていました。

  • 美しい御殿飾りのお雛様です。

    美しい御殿飾りのお雛様です。

  • 大きな池がある庭園には桜が咲いていました。

    大きな池がある庭園には桜が咲いていました。

  • 寺町商家(旧金箱家住宅)です。

    寺町商家(旧金箱家住宅)です。

  • 江戸末期から昭和初期まで質屋等を営んでいた商家・金箱家の旧宅です。

    江戸末期から昭和初期まで質屋等を営んでいた商家・金箱家の旧宅です。

  • 明治から大正までの商家の営みを伝える歴史的建造物と、泉水路と池をもつ庭園が現存しており、松代における明治期を中心とした豊かな商家の暮らしぶりを伝える貴重な屋敷です。

    明治から大正までの商家の営みを伝える歴史的建造物と、泉水路と池をもつ庭園が現存しており、松代における明治期を中心とした豊かな商家の暮らしぶりを伝える貴重な屋敷です。

  • 主屋と学問所です。

    主屋と学問所です。

  • 旧横田家住宅の長屋門です。

    旧横田家住宅の長屋門です。

  • 1800年代前半から中頃にかけて建築されたとみられる中級武士の武家屋敷です。

    1800年代前半から中頃にかけて建築されたとみられる中級武士の武家屋敷です。

  • 池を配したお庭です。

    池を配したお庭です。

  • 台所です。

    台所です。

  • 内側からの長屋門です。

    内側からの長屋門です。

  • 21年にリニューアルされた真新しい主屋です。

    21年にリニューアルされた真新しい主屋です。

  • 見事な枝垂桜がきれいです。

    見事な枝垂桜がきれいです。

  • 真田公園に面した旧樋口家住宅です。

    真田公園に面した旧樋口家住宅です。

  • 城の正面口にあたる大御門(大手門)や新御殿(真田邸)に近いこの界隈は、上級武士が多く住む武家屋敷町でした。樋口家はその中でも中心的な位置にあり、藩の目付役なども務めた家柄です。

    城の正面口にあたる大御門(大手門)や新御殿(真田邸)に近いこの界隈は、上級武士が多く住む武家屋敷町でした。樋口家はその中でも中心的な位置にあり、藩の目付役なども務めた家柄です。

  • お庭を望みます。

    お庭を望みます。

  • 邸内にはつるしびなが飾ってありました。

    邸内にはつるしびなが飾ってありました。

  • 池には枝垂桜がきれいです。

    池には枝垂桜がきれいです。

  • 素晴らしいたたずまいです。

    素晴らしいたたずまいです。

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