2022/03/28 - 2022/03/31
443位(同エリア451件中)
ヒビーさん
東北海道一周の旅その13です。
宿をチェックアウトした後はバスターミナルからバスに乗って日本最東端の納沙布岬に向かいました。
納沙布岬で昼食を食べようとしましたが、想定外の事態に・・・
いったいどうなってしまうのでしょうか?
更にぷー君を貼り付ける粘着テープが磁石ごと紛失、果たしてバスが来るまでに見つける事ができるのでしょうか?
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
8時15分頃にバスが来ました。
8時20分発、根室交通 納沙布線 納沙布岬行きです。
ぐでたま「バス、来たんだわ」
ぷー 「これから日本最東端の地に行くんだね」 -
バスに乗ろうとすると・・・
ぷー 「あれ?整理券が出てこないよ」
ぐでたま「始発だから、なくてもいいんじゃね?」
運賃表を見たら一番最初に券なしの欄がありました。
ぷー 「なるほど~これなら紙の無駄にならないよね」
ぐでたま「少しでも経費を浮かせるんだわ」
それにこの日は一日フリー乗車券なので、運賃を気にする必要はありません。 -
根室交通有磯営業所前を通過して行きました。
本社は根室市観光インフォメーションセンターの中にあるようです。
ぐでたま「本社は駅前だけど、車庫はここなん?」
ぷー 「多分そうだと思うよ」 -
根室市街地を抜けると周りは一気に建物のない平地が続きます。
ぐでたま「バスの中のぐでたま達の写真はないん?」
ぷー 「窓枠には置くスペースがないから厳しいね」
バスでの撮影はこの点が問題となります。
なので今までの旅行でバスの中でのぷー君達の写真はあまりありません・・・ -
しばらくすると海岸線が見えてきました。
ぐでたま「誰も乗り降りしないのに、バス、停まったんだわ」
ぷー 「理由があるみたいだね」
バスは乗降客がいなくても、時折停留所に退避して、後ろの車を追い越させます。
ぷー 「思いやりがあるね」
ぐでたま「車も無理にバスを追い抜く必要が、ないんだわ」 -
9時4分、バスは定刻通りに終点の納沙布岬に到着しました。
運賃目安は1090円です。
下車する時に運転手さんは帰りのバス停留所は反対側だと教えてくれました。
ぐでたま「ついに日本最東端の地に来たんだわ」
ぷー 「ここにたくさんの日本最東端があるんだね」 -
終点部分のバス停留所を撮影しました。
ぷー 「日本最東端の終点のバス停留所だね」
ぐでたま「記念撮影するんだわ」 -
イチオシ
道路を渡って反対側のバス停留所に来ました。
ぷー 「ここが正真正銘、日本最東端のバス停留所だね」
ぐでたま「みんなで写真、撮るんだわ」 -
こちらには納沙布岬周辺の案内板がありました。
ぐでたま「どこから見るん」
ぷー 「東の方から見て行こうかな?」
他の観光客がオーロラタワーの方へ行ったので、東の方から見る事にしました。 -
東灯(ともしび)の前で撮影しました。
ぷー 「食堂みたいだね」
ぐでたま「やってないんだわ」 -
東灯の反対側には根室警察署納沙布駐在所がありました。
ぷー 「日本最東端の駐在所だね」
ぐでたま「ここも記念撮影するんだわ」
ぷー 「ここで何か記念になるものって貰えないかな?」
ぐでたま「さすがに無理じゃね?」
ぷー 「例えば、ヒビーが自分のお金か物を道に落ちてた事にして駐在所に届けて、日本最東端の拾得物件預り書を貰うとか?」
ぐでたま「それ、やばくね?」
本当に他の人の落とし物が落ちていた場合ならそれでいいのですが、自分の物で行なう事は出来ません。 -
たけうち商店の前で撮影しました。
ぷー 「ここは食事と海産物が買えるお店みたいだね」
ぐでたま「ここもやってないんだわ」 -
道中で納沙布岬灯台の方向を撮影しました。
ぐでたま「納沙布岬灯台が、見えてきたんだわ」
ぷー 「ここからの風景、いいね~」 -
今度は北西方向を撮影しました。
ぷー 「あの先に納沙布岬の撮影スポットがあるみたいだね」
ぐでたま「後で見に行くんだわ」 -
鈴木食堂の前で撮影しました。
ぷー 「ここが日本最東端の食堂みたいだね」
ぐでたま「ここもやってないんだわ」
観光シーズンではないので、開いているお店は限られているようです。 -
こちらには北方領土奪還と書かれた碑がありました。
-
こちらには返せ北方領土と書かれた碑がありました。
-
こちらには高碕達之助先生顕彰碑がありました。
高碕達之助氏は、1882年に設立した「現・一般社団法人大日本水産会」という団体の会長を務め、戦後千島列島全域がソ連の実効支配下におかれ、不当な拿捕などで根室沖での操業ができなくなった事からソ連と交渉を重ね「日ソ民間漁業協定」の締結に導いた功労者だそうです。
当時の日ソ漁業交渉では安全操業問題も話し合う事を提案し続けてきたが、ソ連側の回答では「ソ連領域」と位置づけられていたようです。
しかし日本側は領土問題とは別個に取り扱うことを希望していたが、ソ連側より平和条約が締結されていないことを理由に、安全操業問題を話し合う条件にないと通告されたが高碕氏は根気強く交渉を続けたそうです。
政府代表として、時には大日本水産会会長として北方領土付近の漁の安全操業のために尽力した。
1963年貝殻島周辺水域でのコンブ漁は、大日本水産会とソ連側が協定の締結を目指すことになったそうです。
6月に行われた出漁式には根室の政治家や漁業者代表などが出席したが、高碕氏は病床にて出席は叶わなかったがその時の新聞を見て喜んだそうです。
1964年秋、高碕氏の功績を讃え。後世に永く伝えようと地元の沿岸漁民などから浄財を集め、納沙布岬に関係者によって高さ4.8メートルの「高碕達之助先生顕彰碑」が建立されたそうです。
ぷー 「漁師の人達が安全に漁が出来るようになったのはこの人が粘り強く交渉を続けたからなんだね」
ぐでたま「この人がいなかったら、今頃漁が出来ていたかどうか、わからないんだわ」 -
イチオシ
9時25分頃です。
納沙布岬灯台に来ました。
北海道根室市にある納沙布岬の突端に立つ白亜塔形の中型灯台です。
北方領土や南鳥島を除いた日本の最東端の地に位置するようです。
また、「日本の灯台50選」にも選ばれているそうです。
周辺は、北方四島や知床半島を望む、風光明媚の地だそうです。
ここと水晶島の間にある珸瑶瑁(ごようまい)水道は暗礁浅瀬が多く、航海の難所として恐れられていて、灯台の建設が求められていたそうです。
納沙布岬灯台は1870年に開拓使判官の松本十郎氏が難破船の帆柱を利用して灯竿(標木)を建てたのが始まりだそうで、1872年8月15日に工部省の山尾庸三氏と「灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントン氏の設計・指導による八角形の木造での灯台が建てられて初点灯したそうで、北海道の洋式灯台としては最初のものだそうです。
1930年11月3日に現在のコンクリート造灯台に改築され点灯し、1998年4月に無人化されたそうです。
灯台の入り口左側には北海道灯台発祥の地と書かれていました。
光のエネルギー源は石油からアセチレンガスを経て電気に変わったようですが、光りを放つ四等レンズだけは当時のままだそうです。高さは13.5メートルのようです。
ぷー 「ついに来ました日本最東端の灯台に」
ぐでたま「いい記念に、なったんだわ」 -
納沙布岬灯台付近から北西方向を撮影しました。
四島のかけ橋も見えました。 -
納沙布岬灯台の先端部分まで来ました。
ぷー 「ここが正真正銘の日本最東端だよ」
ぐでたま「ここから先は、行けないんだわ」
もっとも日本最東端と言っても現在一般人が立ち入る事が出来る場所が納沙布岬だそうです。
本当の日本最東端は南鳥島ですが、こちらは一般人の立ち入りは出来ないようです。
ここからわずか3.7キロ先に貝殻島があるようです。
この場所からうっすら見えました。
ちなみに前日の夜に北方領土付近でロシア軍による照明弾が発射されたと知ったのは旅行から帰った後でした・・・ -
納沙布岬灯台の東側に納沙布岬野鳥観察舎がありました。
2012年に建てられたそうです。
野鳥観察舎は英国が発祥でハイドと呼ばれていたそうで、野鳥を観察する為の小屋だそうです。ハイドに入る事で野鳥を脅かすことなくゆっくり観察が出来るようです。
根室市内には他にも東梅・明治公園・市民の森・別当賀泉があるそうです。
根室市観光協会には書いてありませんが、前日の花咲港車石野鳥観察舎もあります。
ぷー 「車石にあった物と同じみたいだね」
ぐでたま「ここでゆっくり、野鳥を観察できるんだわ」 -
イチオシ
せっかく自由に立ち入れる日本最東端なので全員で撮影しました。
ぷー 「ここが全員で撮影できる限界点だね」
ぐでたま「落下しないで無事に撮れたんだわ」 -
日本最東端の駐車場です。
他の車がいなくなったので撮影しました。
ぷー 「今度車で来たら一緒に撮ろうね」
ぐでたま「え?また来んの?」
日本最東端を公共交通機関だけでは回りきれない為、車が必要になります。
まあ~いつになるかはわかりませんが・・・ -
ぷー 「日本最東端のマンホールだよ」
ぐでたま「灯台も入って分かりやすいんだわ」 -
納沙布岬灯台の途中で海岸へ下りる坂があったので来ました。
この位置から西の方向を撮影しました。
写真奥にオーロラタワーが見えました。 -
ぷー 「日本最東端の海岸だね」
ぐでたま「あんまり近づくと、波がかかるんだわ」 -
海岸付近から納沙布岬灯台を撮影しました。
ぷー 「日本最東端の海岸から日本最東端の灯台を望む」
ぐでたま「よく撮れてるんだわ」 -
こちらには北方領土返還祈願碑がありました。
-
こちらには若者たちが望郷の念に燃え、北方帰れと社会に祈願し、必ず帰ると願った望郷の詩が書かれていました。
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根室十景納沙布岬の看板の前で撮影しました。
根室十景で花咲灯台車石同様、今回行く事が出来る場所の一つです。
ぐでたま「根室十景では、二ヶ所目なんだわ」
ぷー 「残りはまたの機会だね」 -
イチオシ
10時5分頃です。
本土最東端納沙布岬の碑にで記念撮影です。
純粋に納沙布岬として記念撮影となるのはこちらの碑が有名のようです。
根室半島の先端、東経145度49分1秒、北緯43度23分7秒に位置し、離島を除けば日本の本土最東端にあたるようです。
日本の実効支配地域において、一般人が訪問可能な日本最東端地点だそうです。
元旦には北海道一早く初日の出を拝める場所として「納沙布岬初日詣」が行われ、日の出の時刻に合わせてJR根室駅前発着の臨時バスも運行されるそうです。
ぷー 「さっきが納沙布岬灯台で、こっちは納沙布岬としての碑なんだね」
ぐでたま「どちらにしても、いい記念になるんだわ」 -
こちらには岬の駅と書かれた建物がありました。
日本最東端のライダーハウスだそうで、7月1日から10月10日まで開設されているそうです。受付は17時までで不定休のようです。
男女相部屋1室で、約10名まで宿泊できるようです。
素泊まりで2000円だそうです。
またフードコーナーもあるようです。
ぷー 「バイクでの旅行者には最適だね」
ぐでたま「この時期はやってないんだわ」 -
イチオシ
納沙布岬で唯一開いていたお店がこちらの納沙布請望苑でした。
納沙布請望苑は創業者の竹村孝太郎・一枝夫婦が北方領土返還運動の先駆者でもあり、戦後望郷の念にかられ納沙布岬を訪れる元北方領土住民に、一杯のお茶を提供しようと無料の休憩所を建て”請望苑”と名付けたそうです。
営業時間は夏期は9時から17時頃まで、冬期は9時10分から15時30分頃までだそうです。
なお、夏期は10時から16時頃まで食堂も営業しているそうです。
ぷー 「今回日本最東端で開いているお店でお土産を買おう」
ぐでたま「日本最東端の物を、たくさん買うんだわ」
この時点では撮影だけで、お土産は後程買う事にしました。 -
こちらには呼び返そう祖先が築いた北方領土と書かれた碑がありました。
-
こちらには返せ全千島樺太北の防人と書かれた碑がありました。
ぷー 「こうして見ると北方領土の返還を願う碑がたくさんあるよね」
ぐでたま「きりがないんだわ」
アップした碑の写真はほんの一部でまだまだありました。 -
こちらは展望スペースとなっているようで、地面に北海道東部と北方領土の地図が設置されていました。
地図の先には足形を合わせる場所があり、その位置からの距離の先に北方領土や知床半島の山までの距離が書いてありました。 -
イチオシ
展望スペースの先には返せ北方領土納沙布岬と書かれた碑がありました。
ぷー 「ここでも記念撮影だね」
ぐでたま「記念撮影する場所が、たくさんあるんだわ」 -
イチオシ
きぼうの鐘に来ました。
望郷の岬公園にある北方館の北側にありました。
ここから目の前に見える北方領土の島々が早期返還されることを祈念してつくられた「鐘」だそうです。
ぷー 「日本最東端の鐘だね」
ぐでたま「やっぱ鳴らすん?」 -
ぷー 「あたりまえでしょ、日本最東端の鐘だよ」
ぐでたま「早期返還を祈って、鳴らすんだわ」
カーン! -
希望の道に来ました。
様々な石がぎっしりと敷き詰められたこのスペース、よく見ると47都道府県の名が刻まれているようです。各都道府県産の石が埋められているのこの道は、北方領土の返還を願って造られたようです。石は全国の青年、婦人、労働、宗教、市民団体などの諸団体と北海道の各市町村から送られたものだそうです。
ぷー 「どれがどこの石かわかるかな?」
ぐでたま「わかんね・・・」 -
イチオシ
10時25分頃です。
四島のかけ橋に来ました。
世界の平和を願い、世界の正しい秩序を求める中で、北方領土の占領を許すまいとする国民の強い願いと、祈りの心を結集し、北方領土が返還されるまでねばり強く、返還運動を続ける決意を象徴するために作られたものだそうです。
北方四島を4つのブロックで表現し、それが互いに連なり合って大きなかけ橋となり、「領土返還を祈るゲート」を表現しているそうです。
1981年9月27日に完成し、長さ35メートル、高さ12.7メートル、厚さは3~5メートルだそうです。
材質は耐候性鋼板で、総重量は171トンだそうです。
ぷー 「北方領土の返還はみんなの願いなんだね」
ぐでたま「長い道のりなんだわ」 -
四島のかけ橋の下にある灯火台には「祈りの火」が灯されていました。
この火は1972年5月15日に祖国復帰を実現した、沖縄の南端に位置する波照間島で自然発火したものだそうで、石垣島、那覇市を経て鹿児島から青年団体によるキャラバン隊により太平洋、日本海の両コースを通って各都道府県庁に立ち寄り根室納沙布岬まで運ばれたもので、「北方領土返還運動の火を絶やすな」という合言葉のもとに、現在も燃え続けているそうです。
ぷー 「波照間島からやって来た火なんだね」
ぐでたま「消えないように運ぶのが、大変なんだわ」 -
こちらにはガソリンスタンドの跡地がありました。
ぷー 「ここが開いていたら日本最東端のガソリンスタンドだったんだね」
ぐでたま「そういう事」 -
ぷー 「日本最東端の電話ボックスだね」
ぐでたま「ここで電話かけんの?」
さすがに電話はかけませんでした。 -
根室市北方領土資料館を撮影しました。
「戦前の北方領土の生活」にスポットをあてた各種資料が展示されているようです。
北方領土関連の書籍や思い出の品、当時の写真が展示されているほか、ジオラマコーナーやシアタールームなどもあり当時の四島の生活を知ることが出来るようです。
また、ここでは「日本本土四極踏破証明書(最東端)」の発行や「日本100名城 根室半島チャシ跡群」スタンプがあるようです。
開館時間は9時から17時までだそうです。
休館日は5月から10月までは無休、11月から4月までは毎週水曜日が休館日だそうです。
年末年始は12月29日から1月3日まで休館だそうです。
入館料は無料のようです。
ぐでたま「ここ見てくん?」
ぷー 「後で見に行こうね」 -
ぐでたま「日本最東端の、公衆トイレなんだわ」
ぷー 「後で用を足そうね」 -
ぷー 「日本最東端の水飲み場みたいだね」
ぐでたま「この時期はやってないんだわ」 -
北側には北方館と望郷の家がありました。
北方館は納沙布岬に位置しており、北方領土返還要求運動原点の地で、目の前に広がる日本固有の領土である北方の島々を望みながら、北方領土問題の発生の状況や歴史的経緯について様々な資料展示がされています。「北方領土返還要求署名」や「北方領土視察証明書」の発行なども行われているようです。
望郷の家では第2次世界大戦後、北方領土の島々を追われた元島民の拠り所として開設され、戦前の島民の生活関連資料や島々における街並みや住居表示を折り込んだ地図などが展示されているようです。
開館時間は9時から17時までで、11月1日から2月28日の間は9時から16時30分までのようです。
休館日は5月から10月までは無休で、11月から4月までは毎週月曜日のようです。但し月曜日が祝日の場合は開館しているようです。
年末年始は12月29日から1月3日まで休館だそうです。
入館料は無料のようです。
ぷー 「ここも後で見よう」
ぐでたま「他に行くとこあるん?」
資料館関連は時間がかかる為、先に時間のかからない場所を撮影してから残りの時間で見る事にします。 -
10時40分頃です。
ポンモイチャシ跡に来ました。
北海道内には約700のチャシが確認されているが、根室半島は特にチャシが集中している場所の一つであり、約30のチャシが確認されているそうです。
このうち24ヶ所が史跡となっているようです。
「根室半島チャシ跡群」の一つとして国史跡に指定されているようです。
チャシは、納沙布岬の近くにある海に突き出た小規模な岩場の上に築かれたようです。 根室半島に数多く残るチャシ跡の中でも最も東に位置しているようです。
チャシは一般的には「砦」と考えられているそうですが、見張場や聖地、談判の場としても活用されていたと思われているようです。
ぐでたま「場所的に、納沙布岬灯台見てからこっち来た方が、良かったんじゃね?」
ぷー 「まあ~結果論だけどね」
限られた滞在時間なので少し時間をロスしてしまいました・・・ -
ポンモイチャシ跡周辺の風景を見て行く事にします。
南西方向の風景です。 -
南東方向の風景です。
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東方向の風景です。
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南方向の風景です。
ぐでたま「よくわからんけど、日本最東端のチャシなんだわ」
ぷー 「そうみたいだね」 -
西方向の風景です。
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北東方向の風景です。
納沙布岬灯台が見えました。 -
北西方向の風景です。
オーロラタワーが見えました。 -
11時頃です。
ぐでたま「のど、乾いたんだわ」
ぷー 「東灯の自動販売機で飲み物を買おう」
日本最東端の自動販売機は請望苑にありますが、動いていませんでした。
この時点で日本最東端の動いている自動販売機で飲み物を買いました。(130円) -
日本最東端の公衆トイレの中に入りました。
中には誰もいなかったので撮影しました。
ぐでたま「この写真で、日本最東端の公衆トイレって、わかるん?」
ぷー 「壁にでも書いてあればいいんだけどね」 -
11時5分頃です。
納沙布金刀比羅神社に来ました。
納沙布金刀比羅神社は1915年創祀で、こちらが日本最東端の神社のようです。
ぷー 「日本最東端の神社だね」
ぐでたま「ちゃんとお参り、するんだわ」 -
一度納沙布請望苑まで戻ってお土産を買いました。(4958円)
お土産を買った後でオーロラタワーに向かう途中で温度計を見つけました。
こちらには根室納沙布岬の只今の気温が表示されていました。
ぷー 「11度にもなっていないよ」
ぐでたま「まだ春は先なんだわ」 -
こちらには北方領土返還運動原点之地と書かれた石碑がありました。
-
イチオシ
11時30分頃です。
オーロラタワーに来ました。
正式名称は望郷の塔だそうで、旧称は笹川記念平和の塔、または平和の塔だったそうです。
笹川良一氏が北方領土返還運動の象徴として建設、1987年夏竣工したそうで、7月19日に「笹川記念平和の塔」落成式典が挙行されたそうです。
最初の一年で約30万人が来訪したそうです。
高さは96メートルあり、展望台から北方領土を一望できるようです。
ぐでたま「何か様子、おかしくね?」
ぷー 「やってないみたいだね・・・」
2012年には外観の汚れや電気設備などの老朽化が問題となった為、施設のリニューアルを行ない、「オーロラタワー」としてリニューアルオープンしたそうです。
しかし2020年までの数年間の入場者は、年間8千人~1万人と落ち込み、運営資金は関係者や支援者の寄付に頼ってきたそうです。
2020年3月以降は新型コロナウイルスの影響で来場者が見込めないため休館し、今回訪問した時点でも休館していました。
財政状況が悪化し、電気や水道、エレベーターの保守点検を休止しているそうです。
かつてレストランが入居していた併設する建物は損壊が進んでいるが、撤去できずに放置されているそうです。 -
ぐでたま「ところで、お昼ご飯どうするん?」
ぷー 「どうしよう~、お店で聞いてもどこも開いてないんだって」
ぐでたま「もしかして、お昼抜きなん?」
ぷー 「うう~、とりあえずお腹に入る物を買わないとね」
ぐでたま「とりあえずさっき買った飲み物、飲むんだわ」
ぷー 「まさか網走に引き続き、根室でもご飯抜きになるとは・・・」
この時期は観光シーズンではないので納沙布請望苑で聞いた話では東灯は大抵開いているそうですが、この日は休みとの事でした・・・
後は根室駅の近くのお店でオランダ煎餅を買って凌ぐしかないとの事でした・・・
バスで根室駅に到着しても買いに行く時間があるかどうかわからないので、納沙布請望苑で花咲ガニせんべい(1000円)を買いました。 -
11時45分頃です。
残った時間で望郷の家・北方館・北方領土資料館を見学する事にしました。
2つの建物は2階部分が繋がっているようです。
右側の北方館から入る事にします。
ぐでたま「時間、大丈夫なん?」
ぷー 「微妙かな?」
滞在時間残り1時間を切った時点で3ヶ所を見学するとなるとじっくり見学している時間はなさそうです・・・ -
北方館の中に入りました。
入ってすぐ左が総合案内、右側のロビー付近では北方領土返還要求の署名コーナーがありました。
そこで署名をして受付に申し出ると、北方領土視察証明書という五種類の中から1枚を選んで貰う事ができました。
裏には来館の日付をスタンプしてくれました。
ぐでたま「署名するん?」
ぷー 「北方領土視察証明書を貰う為には署名しないとね」 -
奥には北方領土エリカちゃんの置物(エリカちゃんポスト)がありました。
2008年度に政府広報の一環で制作されたフラッシュコンテンツにおいて、 北方領土問題をわかりやすく説明するキャラクターとして登場したそうです。
2015年7月より、領土返還関係のイベントに着ぐるみで登場しているそうです。
北方領土の周辺海域で生息する海鳥の女の子の設定で、「エリカちゃん」の名前は、アイヌ語で「くちばし(etu)が美しい(pirka)」を意味する鳥のエトピリカに由来するそうです。
エリカちゃんは北方四島が大好きで、四島それぞれにエリマルくん(択捉島)・エリオくん(国後島)・エリヨシくん(色丹島)・エリナちゃん(歯舞諸島)と言うお友達が住んでいるそうです。
ぷー 「う~ん、頭の上に乗せての撮影は無理だね」
ぐでたま「ここで記念撮影するんだわ」
最初全員をエリカちゃんの頭の上に乗せて撮影しようとしましたが、ダンボー君が滑って奥に落下してしまったので諦めました。
落下した音を聞いた受付の人がこっちの様子を見ていました・・・ -
こちらには四島のかけ橋と祈りの火の模型が展示されていました。
ぐでたま「外の火が消えたら、この火を使うん?」
ぷー 「消えたらそうなるんだろうね」 -
こちらにはエリカちゃんにお手紙を書こう!のコーナーがありました。
ぐでたま「お手紙を書いて、さっきのポストの口から、入れるんだわ」
ぷー 「そうみたいだね」 -
2階へ上がる階段の前です。
こちらには古地図が語る歴史と書かれた昔の地図が展示されていました。 -
2階に上がると北方四島VRコーナーがありました。
ぐでたま「やってみるん?」
ぷー 「う~ん、残念だけど操作に手間取って時間がなくなるかもしれないからやめておこう」 -
こちらには北方領土に関する資料や地図等が展示されていました。
また、窓際には双眼鏡が複数設置されていました。
ぐでたま「いっぱい資料が、あるんだわ」
ぷー 「時間がないからさっと目を通すだけだね」 -
ぐでたま「双眼鏡、覗いてみるんだわ」
ぷー 「北方領土が見えるかな?」
中には案内のついた双眼鏡もあり、指示通り動かすとロシア国境警備隊の小屋等も見えました。 -
こちらには北方領土全島地図と写真が展示されていました。
ぐでたま「こうして見ると、結構大きいんだわ」
ぷー 「大きいし、近いけど、行けないんだよね~」 -
こちらには四島交流船の「えとぴりか」号の模型が展示されていました。
2012年5月に就航し、総トン数は1124トンだそうです。
こちらの船は「ビザなし交流」や元島民とその家族が故郷を訪れる「自由訪問」に使用され、根室市と北方四島との間を行き来する旅客船だそうです。
こちらの模型の奥には研修室があり、交流の風景の写真等が展示されていました。
ぐでたま「今は使う機会があまりないんだわ」
ぷー 「まあ~世界情勢がね~」
今回旅行に行く一か月程前に、ロシアがウクライナに軍事侵攻し、その影響で日ロ関係は冷え込み、北方領土問題どころではなくなってしまいました・・・ -
こちらには北方海域の魚たちの模型が展示されていました。
この辺りから望郷の家の2階部分となっているようです。
ぐでたま「本物のお魚さんが動いていたら、面白そうなんだわ」
ぷー 「水族館じゃないんだから」 -
こちらには北海道と北方領土の立体模型が展示されていました。
ぷー 「手前のボタンを押すと地図の場所が光るよ」
ぐでたま「これはわかりやすいんだわ」 -
こちらには北方領土の面積と本州の県の面積との比較の表がありました。
ぷー 「北方領土の面積全部合わせると、千葉県や愛知県や福岡県とほぼ同じなんだって」
ぐでたま「四国の4分の1にもなるんだわ」 -
こちらには歯舞群島貝殻島との距離や択捉島の比較が書かれていました。
また、それぞれの島の面積と人口と納沙布岬からの距離も書かれていました。
ぷー 「択捉島だけで沖縄本島や東京都や大阪府よりも広いんだって」
ぐでたま「日本で一番大きな島なんだわ~」 -
望郷の家の2階部分から1階に下りて来ました。
下りて来る途中には北方領土の歴史が展示されていたり、1階部分には当時の地図が展示されていました。
また、こちらにも返還要求運動の署名コーナーがありました。
ぐでたま「駆け足だったけど、いい勉強になったんだわ」
ぷー 「いつか車で来てゆっくり見たいよね」
こうして写真を撮影しているとそれは起こりました・・・
ぷー 「ひいい~SDカードの容量がいっぱいになっちゃったよ~」
ぐでたま「げっ、どうするん?」
ぷー 「予備に持って来たSDカードに入れ替えて凌ぐしかないよ~」
ぐでたま「早くしないと、時間がないんだわ」
予備のSDカードのデータを持って来ていましたが、それらも容量に余裕がなかったのである程度消して対応しました・・・
今思えばパソコンの方にデータは入っているのでフォーマットすれば済んだ話ですが・・・ -
イチオシ
納沙布請望苑には日本最東端のポストがありました。
ぷー 「日本最東端のポストだよ」
ぐでたま「いい記念になったんだわ」 -
こちらには日本最東端の自動販売機があったのですが・・・
ぷー 「ここが動いていたら日本最東端の自動販売機で買う事が出来たのにね」
ぐでたま「残念なんだわ」 -
12時25分頃です。
根室市北方領土資料館に来ました。
中に入ると係の人がいて署名を求められました。
署名をすると、根室市観光インフォメーションセンターあった物と同じ四極踏破証明書を日付入りで渡されました。
ぐでたま「同じ物が2枚になったんだわ」
ぷー 「まっ、まあ~保存用という事で」
入り口左側には昔の北方領土の写真や、望郷の家側の2階にあったのと同じようなボタンを押すとその位置が光ったりする模型がありました。 -
入り口正面にはトドの剥製のトット君がいました。
根室管内羅臼町近海で捕獲されたものだそうで、体長約4メートル、体重約1トンで、剥製では道内最大級のもののようです。
ぐでたま「大きなトドなんだわ」
ぷー 「捕獲するのも大変だったんだろうね」 -
こちらは北方領土で生息していたとされる生き物の剥製が展示されていました。
ぐでたま「記念撮影しようとしても、プラスチックの鎖が、邪魔なんだわ」
ぷー 「それに加えて手を触れないで下さいって書いてあるからやめておいた方がいいかな?」
それに時間も限られているので並べている余裕はありません。 -
こちらにあるのは色丹神社の鳥居を再現したものと思われます。
クジラの顎の骨が鳥居に使われていたそうです。
ぐでたま「変わった形の鳥居なんだわ」
ぷー 「クジラの顎の骨を使っているみたいだからね」 -
こちらには北方領土イメージキャラクターのエトピリカのエリカちゃんの顔出しパネルが設置されていました。
ぐでたま「落ちないで撮影できたんだわ」
ぷー 「何せ時間がないからね」 -
こちらには北方領土に関する本や資料がありました。
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2階へ上がりました。
左側には根室国後間海底電信線の説明が書かれていました。
かつて根室と北方領土を結ぶ電信線があったそうです。
陸上の電信線と海底ケーブルを中継する機能を持ち、根室湾に面した「根室国後間海底電信線陸用施設」と国後側のケラムイ崎の施設を結ぶ、約38.2キロのケーブルが、郵便や通信等を所管した旧逓信省により1900年に整備されたそうですが、戦後旧ソ連日本双方が切断したそうです。
奥には戦前の北方領土の様子の写真や模型が展示されていました。
ぷー 「そんな昔にそれだけのケーブルがあったんだね」
ぐでたま「結構な長さだったんだわ」 -
こちらにはジョバンニの島のの紹介が書かれていました。
宮沢賢治氏の童話『銀河鉄道の夜』をモチーフとした、実話をもとにした作品だそうです。
太平洋戦争末期から終戦直後の色丹島を舞台に、ソ連の占領に伴い激変した島民の暮らしをとある家族の視点で描かれているそうです。
2014年2月22日公開の日本のアニメーション映画で日本音楽事業者協会創立50周年記念作品だそうです。
2014年9月12日から14日にかけてアメリカ合衆国・ロサンゼルスで開催されたLA EigaFest 2013では招待作品として上映されたそうです。
ぷー 「実話をものにした作品なんだって」
ぐでたま「それはリアルなんだわ」 -
こちらには昔北方領土で使用されていた衣服や道具が展示されていました。
ぷー 「これが実際に使われていたんだね」
ぐでたま「貴重なんだわ」 -
写真には入り切りませんが、こちらには思い出の北方領土と題して、北方領土の元居住者からご提供いただいた、当時の四島の様子を記録した写真・画像が展示されていました。
ぷー 「大事な写真や画像を提供してくれたんだね」
ぐでたま「大切に保管するんだわ」
こうして駆け足で根室市北方領土資料館の見学が終わると・・・
ぷー 「なっ、ない~撮影する為のボクの磁石がない~」
ぐでたま「急いで探すんだわ」
旅行終盤にはぷー君に貼り付ける粘着テープがとれかかっており、今回磁石部分と一緒に外れたのでした・・・
果たしてバスが来るまでに見つかるのか?
その14に続きます。
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