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2023年5月ドバイーリスボン経由で西アフリカのカーボベルデ(サンチャゴ島(プライア シダーデ・ヴェーリャ)フォゴ島(カノ火山とカルデラ 島一周)とギニアビサウ(ビサウ市内・近郊 ビジャゴ諸島)を13日間で回りました。<br />(写真)1919年、ポルトガル総督が建てた建築でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(今は廃墟)<br />ルバネ島からボラマ島に向かいます。<br />(ボラマ島)1941年までポルトガル植民地時代の首都です。その後は、首都はビサウに移る。各種建物は余り利用されず、廃墟になっており、歩いて島を回ります。(総督府跡 給水塔 教会 グラント将軍像 陸軍建物跡 イタリア飛行機墜落事故記念碑 聖なる木等を見ます。)ボラマ島よりビサウに戻ります。夕食は中華料理。<br />翌日、市場を見学し空港に向かい、リスボンまで飛び、リスボンの空港近くのHに宿泊します。   <br />⑩5月17日(水)<br />朝食(7:20-7:40) 7:50-8:00(海で泳ぎます。)<br /> ルバネ島9:10(船)10:15ボラマ島に着き、歩いて観光します。<br />1)(ボラマ島)島を歩いて回ります。<br />1941年まで首都だが、今はポルトガル植民地時代の建物の廃虚となっています。<br />(ポルトガル銀行 イタリアの飛行機墜落事故記念碑 カポックの木 総統府跡 スペインの建物 イギリスの商館跡 ポルトガル軍駐屯地跡 グラント将軍像 最初の教会 中央広場 旧役所跡 陸軍建物 給水塔跡 中央市場等を見学します。<br />2)(昼食)地元の伝統料理のR(12:00-13:25)美味しく戴きました。<br />ボラマ島13:40(船-トルコの動力船 漁の船 桟橋)15:35ビサウ港15:40(バス)15:50H(休息)に戻ります。<br />3)(夕食)R「Bayana」(19:30-20:35)中華料理(車で5分)を戴きます。<br />                                 (泊)ビサウ島(H Azalai Dunia)アザレ<br />⑪5月18日(木)時差リスボン(-8H) <br />朝食(7:00-7:45)を戴き、 9:15Hを出発。途中、市場見学(9:25-9:45)(屋台 牡蠣・コーラナッツ) 10:05空港に着きます。<br />ビサウ13:10(4:20TP1476)18:30リスボンに着きます。<br />(夕食)HのR(20:15-21:00)ビュッフェ形式を戴き、22:15就寝します。<br />              (泊)リスボン(H Star Inn Lisbon)<br />{旅程}<br />①5/8(月)関空23:45(EM317ー機中泊)5:15ドバイ<br />②5/9(火)ドバイ7:25(EM191)12:35リスボン(簡易観光)20:50(TP1543)23:10カーボベルデ(サンチャゴ島)泊<br />③5/10(水)シターデ・ヴェーリャ歴史地区(サンチャゴ島)13:35(飛)14:05フォゴ島観光泊<br />④5/11(木)フォゴ島(カノ火山カルデラ散策 ワイナリー 島一周)泊<br />⑤5/12(金)フォゴ島(サン・フェリペ散策)16:20(飛)サン・チャゴ島16:50(プライア観光)1:40(AT591)4:25ギニアビサウ泊<br />⑥5/13(土)ギニアビサウ(午後ビサウ観光ー大統領府 カトリック大聖堂 アムラ砦 ビサウヴェーリョ)泊<br />⑦5/14(日)ビサウ近郊観光(アムニズムのベベル族村 信仰診療師 ラム・カシューナッツ)ビサウ泊<br />⑧5/15(月)ビサウ(船)ソガ島(フラミンゴ 村) ブバケ島(博物館) ルバネ島泊<br />⑨5/16(火)ビジャゴ諸島(オランゴ島ー村 墓)ブバケ島(土着ダンス))ルバネ島泊<br />★⑩5/17(水)ルバネ島(船)ボラマ島(植民地の廃墟跡)(船)ビサウ泊<br />★⑪5/18(木)ビサウ(市場見学)13:10(TP1476)18:30リスボン泊<br />⑫5/19(金)リスボン観光(ベレム塔 発見のモニュメント 修道院)14:15(EK192)0:50ドバイ2:40(EK318機中泊)<br />⑬5/20(土)ドバイ2:40(EK318)17:35成田

(48)2023年5月(9)ギニアビサウ(ビジャゴ諸島(ボラマ島(植民地時代の廃墟の建物)) 船でビサウ 飛行機でリスボンヘ)

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2023/05/17 - 2023/05/18

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愛猫シロネコ

愛猫シロネコさん

2023年5月ドバイーリスボン経由で西アフリカのカーボベルデ(サンチャゴ島(プライア シダーデ・ヴェーリャ)フォゴ島(カノ火山とカルデラ 島一周)とギニアビサウ(ビサウ市内・近郊 ビジャゴ諸島)を13日間で回りました。
(写真)1919年、ポルトガル総督が建てた建築でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(今は廃墟)
ルバネ島からボラマ島に向かいます。
(ボラマ島)1941年までポルトガル植民地時代の首都です。その後は、首都はビサウに移る。各種建物は余り利用されず、廃墟になっており、歩いて島を回ります。(総督府跡 給水塔 教会 グラント将軍像 陸軍建物跡 イタリア飛行機墜落事故記念碑 聖なる木等を見ます。)ボラマ島よりビサウに戻ります。夕食は中華料理。
翌日、市場を見学し空港に向かい、リスボンまで飛び、リスボンの空港近くのHに宿泊します。
⑩5月17日(水)
朝食(7:20-7:40) 7:50-8:00(海で泳ぎます。)
ルバネ島9:10(船)10:15ボラマ島に着き、歩いて観光します。
1)(ボラマ島)島を歩いて回ります。
1941年まで首都だが、今はポルトガル植民地時代の建物の廃虚となっています。
(ポルトガル銀行 イタリアの飛行機墜落事故記念碑 カポックの木 総統府跡 スペインの建物 イギリスの商館跡 ポルトガル軍駐屯地跡 グラント将軍像 最初の教会 中央広場 旧役所跡 陸軍建物 給水塔跡 中央市場等を見学します。
2)(昼食)地元の伝統料理のR(12:00-13:25)美味しく戴きました。
ボラマ島13:40(船-トルコの動力船 漁の船 桟橋)15:35ビサウ港15:40(バス)15:50H(休息)に戻ります。
3)(夕食)R「Bayana」(19:30-20:35)中華料理(車で5分)を戴きます。
(泊)ビサウ島(H Azalai Dunia)アザレ
⑪5月18日(木)時差リスボン(-8H)
朝食(7:00-7:45)を戴き、 9:15Hを出発。途中、市場見学(9:25-9:45)(屋台 牡蠣・コーラナッツ) 10:05空港に着きます。
ビサウ13:10(4:20TP1476)18:30リスボンに着きます。
(夕食)HのR(20:15-21:00)ビュッフェ形式を戴き、22:15就寝します。
(泊)リスボン(H Star Inn Lisbon)
{旅程}
①5/8(月)関空23:45(EM317ー機中泊)5:15ドバイ
②5/9(火)ドバイ7:25(EM191)12:35リスボン(簡易観光)20:50(TP1543)23:10カーボベルデ(サンチャゴ島)泊
③5/10(水)シターデ・ヴェーリャ歴史地区(サンチャゴ島)13:35(飛)14:05フォゴ島観光泊
④5/11(木)フォゴ島(カノ火山カルデラ散策 ワイナリー 島一周)泊
⑤5/12(金)フォゴ島(サン・フェリペ散策)16:20(飛)サン・チャゴ島16:50(プライア観光)1:40(AT591)4:25ギニアビサウ泊
⑥5/13(土)ギニアビサウ(午後ビサウ観光ー大統領府 カトリック大聖堂 アムラ砦 ビサウヴェーリョ)泊
⑦5/14(日)ビサウ近郊観光(アムニズムのベベル族村 信仰診療師 ラム・カシューナッツ)ビサウ泊
⑧5/15(月)ビサウ(船)ソガ島(フラミンゴ 村) ブバケ島(博物館) ルバネ島泊
⑨5/16(火)ビジャゴ諸島(オランゴ島ー村 墓)ブバケ島(土着ダンス))ルバネ島泊
★⑩5/17(水)ルバネ島(船)ボラマ島(植民地の廃墟跡)(船)ビサウ泊
★⑪5/18(木)ビサウ(市場見学)13:10(TP1476)18:30リスボン泊
⑫5/19(金)リスボン観光(ベレム塔 発見のモニュメント 修道院)14:15(EK192)0:50ドバイ2:40(EK318機中泊)
⑬5/20(土)ドバイ2:40(EK318)17:35成田

同行者
一人旅
交通手段
観光バス 徒歩
航空会社
TAPポルトガル航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  • 朝食(ビュッフェ形式)

    朝食(ビュッフェ形式)

  • 朝食(ビュッフェ形式)

    朝食(ビュッフェ形式)

  • 朝食(ビュッフェ形式)

    朝食(ビュッフェ形式)

  • H Ponta Anchaca(内部)

    H Ponta Anchaca(内部)

  • H Ponta Anchaca(フロント)

    H Ponta Anchaca(フロント)

    Lodge Ponta Anchaca ホテル

  • H Ponta Anchaca(美しい庭の花)

    H Ponta Anchaca(美しい庭の花)

  • H Ponta Anchaca(コテージ)

    H Ponta Anchaca(コテージ)

  • H Ponta Anchaca(コテージと花)

    H Ponta Anchaca(コテージと花)

  • H Ponta Anchaca(プライベートビーチ)

    H Ponta Anchaca(プライベートビーチ)

  • H Ponta Anchaca(浜辺)

    H Ponta Anchaca(浜辺)

  • H Ponta Anchaca(朝日の浜辺)

    H Ponta Anchaca(朝日の浜辺)

  • H Ponta Anchaca(少し、泳ぎました。)

    H Ponta Anchaca(少し、泳ぎました。)

  • 高速ボートのあげる水しぶき(ルバネ島からボラマ島に向かいます。)

    高速ボートのあげる水しぶき(ルバネ島からボラマ島に向かいます。)

  • ボラマ島が近づきます。

    ボラマ島が近づきます。

  • ボラマ島が近づきます。<br />ボラマ島の上陸します。島を歩いて回ります。

    ボラマ島が近づきます。
    ボラマ島の上陸します。島を歩いて回ります。

  • 何かしらのJICAの協力があります。

    何かしらのJICAの協力があります。

  • 漁網を修理している人

    漁網を修理している人

  • ポルトガル銀行

    ポルトガル銀行

  • 看板

    看板

  • この島は6200平方kmで1879-1941年の間、ポルトガル時代の首都でした。その理由は大陸と離れているため、攻撃を受けにくい事とマラリアが少ない事でした。その後は、ビサウに移す。ポルトガル人の後にボラマ島に英国人が来て、シオラレオネ(英国領)併合しようと考えた。<br />ポルトガル時代の総督府<br /><br />

    この島は6200平方kmで1879-1941年の間、ポルトガル時代の首都でした。その理由は大陸と離れているため、攻撃を受けにくい事とマラリアが少ない事でした。その後は、ビサウに移す。ポルトガル人の後にボラマ島に英国人が来て、シオラレオネ(英国領)併合しようと考えた。
    ポルトガル時代の総督府

  • 教育省

    教育省

  • 昼食のR(伝統料理)でトイレを借ります。(昼食の注文もします。)

    昼食のR(伝統料理)でトイレを借ります。(昼食の注文もします。)

  • 昼食のR(伝統料理)でトイレを借ります。(昼食の注文もします。)

    昼食のR(伝統料理)でトイレを借ります。(昼食の注文もします。)

  • ゲーム機

    ゲーム機

  • 昔の建物

    昔の建物

  • 1930年、イタリア人飛行士がローマからリオに大西洋縦断飛行に挑戦した際にこのボラマ島に墜落事故を起こし、6名のパイロットの命が失われた。その記念碑です。

    1930年、イタリア人飛行士がローマからリオに大西洋縦断飛行に挑戦した際にこのボラマ島に墜落事故を起こし、6名のパイロットの命が失われた。その記念碑です。

  • 1930年、イタリア人飛行士がローマからリオに大西洋縦断飛行に挑戦した際にこのボラマ島に墜落事故を起こし、6名のパイロットの命が失われた。その記念碑です。

    1930年、イタリア人飛行士がローマからリオに大西洋縦断飛行に挑戦した際にこのボラマ島に墜落事故を起こし、6名のパイロットの命が失われた。その記念碑です。

  • 1930年、イタリア人飛行士がローマからリオに大西洋縦断飛行に挑戦した際にこのボラマ島に墜落事故を起こし、6名のパイロットの命が失われた。その記念碑です。

    1930年、イタリア人飛行士がローマからリオに大西洋縦断飛行に挑戦した際にこのボラマ島に墜落事故を起こし、6名のパイロットの命が失われた。その記念碑です。

  • 樹齢4-500のカポックの木(聖なる木)(町の中心にあります。)柱などとして家の材料になります。

    樹齢4-500のカポックの木(聖なる木)(町の中心にあります。)柱などとして家の材料になります。

  • ポルトガル時代の総統の建物

    ポルトガル時代の総統の建物

  • 1949年、スペインの建物(今でも現役で使われている。)

    1949年、スペインの建物(今でも現役で使われている。)

  • カブラルst(独立に貢献した人)

    カブラルst(独立に貢献した人)

  • 朽ち果てたアメリカンピースコース(アメリカの生活を助ける組織)の建物(かつてはイギリスの商館でこの建設をしたのが初めだとイギリスは領土権を主張していた。)<br />1800年代の建物で、その後、アメリカが使った。1970年代、内戦が始まりアメリカ人は国に帰り、この建物は使われなくなった。一時、消防署として使用された。農業や漁業で季節限定で使われていた。その後は使わない。首都がビサウに移り、大きな建物は作らない。<br />

    朽ち果てたアメリカンピースコース(アメリカの生活を助ける組織)の建物(かつてはイギリスの商館でこの建設をしたのが初めだとイギリスは領土権を主張していた。)
    1800年代の建物で、その後、アメリカが使った。1970年代、内戦が始まりアメリカ人は国に帰り、この建物は使われなくなった。一時、消防署として使用された。農業や漁業で季節限定で使われていた。その後は使わない。首都がビサウに移り、大きな建物は作らない。

  • 朽ち果てたアメリカンピースコース(アメリカの生活を助ける組織)の建物(かつてはイギリスの商館でこの建設をしたのが初めだとイギリスは領土権を主張していた。)<br />1800年代の建物で、その後、アメリカが使った。1970年代、内戦が始まりアメリカ人は国に帰り、この建物は使われなくなった。一時、消防署として使用された。農業や漁業で季節限定で使われていた。その後は使わない。首都がビサウに移り、大きな建物は作らない。

    朽ち果てたアメリカンピースコース(アメリカの生活を助ける組織)の建物(かつてはイギリスの商館でこの建設をしたのが初めだとイギリスは領土権を主張していた。)
    1800年代の建物で、その後、アメリカが使った。1970年代、内戦が始まりアメリカ人は国に帰り、この建物は使われなくなった。一時、消防署として使用された。農業や漁業で季節限定で使われていた。その後は使わない。首都がビサウに移り、大きな建物は作らない。

  • 朽ち果てたアメリカンピースコース(アメリカの生活を助ける組織)の建物(かつてはイギリスの商館でこの建設をしたのが初めだとイギリスは領土権を主張していた。)<br />1800年代の建物で、その後、アメリカが使った。1970年代、内戦が始まりアメリカ人は国に帰り、この建物は使われなくなった。一時、消防署として使用された。農業や漁業で季節限定で使われていた。その後は使わない。首都がビサウに移り、大きな建物は作らない。

    朽ち果てたアメリカンピースコース(アメリカの生活を助ける組織)の建物(かつてはイギリスの商館でこの建設をしたのが初めだとイギリスは領土権を主張していた。)
    1800年代の建物で、その後、アメリカが使った。1970年代、内戦が始まりアメリカ人は国に帰り、この建物は使われなくなった。一時、消防署として使用された。農業や漁業で季節限定で使われていた。その後は使わない。首都がビサウに移り、大きな建物は作らない。

  • 現在の地元の人の家(高床式の家)

    現在の地元の人の家(高床式の家)

  • バオバブの木(この中で子供たちが遊ぶ。)

    バオバブの木(この中で子供たちが遊ぶ。)

  • 教員養成学校

    教員養成学校

  • ポルトガル軍の駐屯地

    ポルトガル軍の駐屯地

  • ポルトガル軍の駐屯地(大砲)

    ポルトガル軍の駐屯地(大砲)

  • グラント将軍(第18代米大統領グラント将軍の像)アメリカの南北戦争時代に北軍の将軍として活躍。このボラマ島でポルトガルと英国植民地化を巡り、一発触発の事態を迎えた中、同大統領の仲裁によりボラマ島はポルトガルの植民地になった。)<br />1792年、イギリスがここに来たが、その時は無人。1794年、英国はここを去る。(地元の人が戦った為)その後、ポルトガルが来る。1816年、シオラレオネと併合の為英国が再び、来る。1930年にポルトガルが訴え、一発触発になり、1960年、グラント将軍の仲介になる。

    グラント将軍(第18代米大統領グラント将軍の像)アメリカの南北戦争時代に北軍の将軍として活躍。このボラマ島でポルトガルと英国植民地化を巡り、一発触発の事態を迎えた中、同大統領の仲裁によりボラマ島はポルトガルの植民地になった。)
    1792年、イギリスがここに来たが、その時は無人。1794年、英国はここを去る。(地元の人が戦った為)その後、ポルトガルが来る。1816年、シオラレオネと併合の為英国が再び、来る。1930年にポルトガルが訴え、一発触発になり、1960年、グラント将軍の仲介になる。

  • グラント将軍(第18代米大統領グラント将軍の像)アメリカの南北戦争時代に北軍の将軍として活躍。このボラマ島でポルトガルと英国植民地化を巡り、一発触発の事態を迎えた中、同大統領の仲裁によりボラマ島はポルトガルの植民地になった。)<br />1792年、イギリスがここに来たが、その時は無人。1794年、英国はここを去る。(地元の人が戦った為)その後、ポルトガルが来る。1816年、シオラレオネと併合の為英国が再び、来る。1930年にポルトガルが訴え、一発触発になり、1960年、グラント将軍の仲介になる。

    グラント将軍(第18代米大統領グラント将軍の像)アメリカの南北戦争時代に北軍の将軍として活躍。このボラマ島でポルトガルと英国植民地化を巡り、一発触発の事態を迎えた中、同大統領の仲裁によりボラマ島はポルトガルの植民地になった。)
    1792年、イギリスがここに来たが、その時は無人。1794年、英国はここを去る。(地元の人が戦った為)その後、ポルトガルが来る。1816年、シオラレオネと併合の為英国が再び、来る。1930年にポルトガルが訴え、一発触発になり、1960年、グラント将軍の仲介になる。

  • 中心の広場

    中心の広場

  • 中心の広場

    中心の広場

  • 1877年の最初の教会

    1877年の最初の教会

  • 1877年の最初の教会

    1877年の最初の教会

  • 1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

    1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

  • 1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

    1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

  • 1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

    1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

  • 1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

    1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

  • 1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

    1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

  • 1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

    1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

  • 1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

    1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

  • 1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

    1919年、ポルトガル総督が建てた建物でアメリカのホワイトハウスを模したギリシャ風の建物(ポルトガルはアメリカの影響を受けていた。)今は完全に廃墟となり、倒壊の危険もあるようです。内部を見ましたが、木の根がはびこり、何十年後は林の中に埋もれているかもしれません。

  • 当時の中央広場

    当時の中央広場

  • ポルトガル人陸軍の建物(軍病院)

    ポルトガル人陸軍の建物(軍病院)

  • 1940年代まで使われていた給水塔跡

    1940年代まで使われていた給水塔跡

  • この辺りが、当時、白人と黒人の区画(居住地の境でした。)日中は白人の地で働き、夜は黒人居住地に帰る。

    この辺りが、当時、白人と黒人の区画(居住地の境でした。)日中は白人の地で働き、夜は黒人居住地に帰る。

  • この辺りが、当時、白人と黒人の区画(居住地の境でした。)日中は白人の地で働き、夜は黒人居住地に帰る。

    この辺りが、当時、白人と黒人の区画(居住地の境でした。)日中は白人の地で働き、夜は黒人居住地に帰る。

  • ソーラーパネル(EUが建設)

    ソーラーパネル(EUが建設)

  • ガソリンを売っています。

    ガソリンを売っています。

  • 学校

    学校

  • 食事を取ったR

    食事を取ったR

  • 料理は別の所で作り、ここに持ってきました。

    料理は別の所で作り、ここに持ってきました。

  • 添乗員さんが日本から持ってきた梅干しとたくわん

    添乗員さんが日本から持ってきた梅干しとたくわん

  • カルドリチェベ(郷土料理)(魚とヤシ油のソースです。)

    カルドリチェベ(郷土料理)(魚とヤシ油のソースです。)

  • フライドライス

    フライドライス

  • 所謂、魚のぶっかけご飯ですが、Rのビュッフェ形式の食事より美味しかったです。

    所謂、魚のぶっかけご飯ですが、Rのビュッフェ形式の食事より美味しかったです。

  • マンゴ

    マンゴ

  • 何かしらのモニュメント

    何かしらのモニュメント

  • 市場の中を通ります。

    市場の中を通ります。

  • 市場の中を通ります。

    市場の中を通ります。

  • イタリア人の墜落事故の記念碑と聖なる木の所に戻ります。

    イタリア人の墜落事故の記念碑と聖なる木の所に戻ります。

  • この桟橋より、高速ボートに乗ります。(干潮の為、ボラマ島より直接、ビサウには行けず、ボラマ島を南に迂回し、一回りしてビサウに戻ります。

    この桟橋より、高速ボートに乗ります。(干潮の為、ボラマ島より直接、ビサウには行けず、ボラマ島を南に迂回し、一回りしてビサウに戻ります。

  • 干上がった海

    干上がった海

  • ボラマ島をほぼ、一周してビサウに戻ります。

    ボラマ島をほぼ、一周してビサウに戻ります。

  • 高速ボートのあげる水しぶき

    高速ボートのあげる水しぶき

  • 漁をしている人

    漁をしている人

  • 漁をしている人

    漁をしている人

  • 何かしらの船

    何かしらの船

  • 船

  • ビサウの陸地が見えてきました。

    ビサウの陸地が見えてきました。

  • 魚市場

    魚市場

  • ビサウ沖合の小島

    ビサウ沖合の小島

  • トルコの動力船

    トルコの動力船

  • トルコの動力船

    トルコの動力船

  • トルコの動力船

    トルコの動力船

  • ビサウ

    ビサウ

  • ビサウの港(桟橋)

    ビサウの港(桟橋)

  • 高速ボートが桟橋の下を通り抜けます。

    高速ボートが桟橋の下を通り抜けます。

  • 3日間、移動でお世話になった高速ボート<br />バスでHに戻ります。

    3日間、移動でお世話になった高速ボート
    バスでHに戻ります。

  • (車窓風景)国立病院

    (車窓風景)国立病院

  • (車窓風景)モスク

    (車窓風景)モスク

  • (車窓風景)英雄広場の側を通ります。

    (車窓風景)英雄広場の側を通ります。

  • (車窓風景)警備会社

    (車窓風景)警備会社

  • (車窓風景)ハンドクラフトセンター

    (車窓風景)ハンドクラフトセンター

  • ビサウのH Azalaiに戻り、ジュースを戴きます。

    ビサウのH Azalaiに戻り、ジュースを戴きます。

  • ビサウのH Azalai(部屋)

    ビサウのH Azalai(部屋)

  • ビサウのH Azalai(洗面所など)

    ビサウのH Azalai(洗面所など)

  • 夕食はチェ・ゲバラ広場に面した中華料理R「Bayana」で戴きました。(19:30-20:35)昨年、出来たばかりだそうで、ビサウ始めての中華料理店だそうです。

    夕食はチェ・ゲバラ広場に面した中華料理R「Bayana」で戴きました。(19:30-20:35)昨年、出来たばかりだそうで、ビサウ始めての中華料理店だそうです。

  • 中華料理R「Bayana」

    中華料理R「Bayana」

  • 中華料理R「Bayana」地生ビール(ジュンバイ)

    中華料理R「Bayana」地生ビール(ジュンバイ)

  • カシューナッツ炒め

    カシューナッツ炒め

  • チンゲン菜 カシューナッツ炒め

    チンゲン菜 カシューナッツ炒め

  • 沢山の品が出てきました。

    沢山の品が出てきました。

  • 早朝のH Azalai Dunia(広い敷地に部屋が沢山、並んでいます。)

    早朝のH Azalai Dunia(広い敷地に部屋が沢山、並んでいます。)

    Hotel Azaalai - 24 des Septembro ホテル

  • 朝食(ビュッフェ形式)

    朝食(ビュッフェ形式)

  • いよいよ、ギニアビサウの空港に向かいます。

    いよいよ、ギニアビサウの空港に向かいます。

  • 時間がある為、市場で見学します。

    時間がある為、市場で見学します。

  • 屋台

    屋台

  • 屋台(ぶっかけ飯を売っています。)

    屋台(ぶっかけ飯を売っています。)

  • 牡蠣

    牡蠣

  • コーラナッツ

    コーラナッツ

  • (車窓風景)空港への大通り

    (車窓風景)空港への大通り

  • (車窓風景)ギニアビサウの空港

    (車窓風景)ギニアビサウの空港

  • ギニアビサウの空港

    ギニアビサウの空港

    オスヴァルド ヴィエイラ国際空港 (OXB) 空港

  • ギニアビサウの空港のポルトガル航空(TP1476)

    ギニアビサウの空港のポルトガル航空(TP1476)

  • ギニアビサウの空港

    ギニアビサウの空港

  • 機内食

    機内食

  • リスボンに着きます。(テージョ川)

    リスボンに着きます。(テージョ川)

  • H Star Inn Lisbonで1泊します。

    H Star Inn Lisbonで1泊します。

    ホテル スター イン リスボン アエロポルト ホテル

  • 夕食はHのRで戴きます。(ビュッフェ形式)

    夕食はHのRで戴きます。(ビュッフェ形式)

  • H Star Inn Lisbon(部屋)

    H Star Inn Lisbon(部屋)

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