2023/03/03 - 2023/03/05
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nichiさん
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この旅行記スケジュールを元に
大原で浜焼きのランチを戴いた私たち3人は、車で約30分。大多喜の街へやって来ました。
大多喜は城下町です。
まずは高台にある大多喜城へ。
ココは徳川四天王のひとりであった本田忠勝のお城だった所。
今のNHK大河ドラマ「どうする家康」では山田裕貴君が演じています。
お城の中は博物館になっていますが、現在改装中で中は見れませんでした。
お城見学の後は、街中の市営駐車場に車を停めて散策。
かつて城下町として栄えた古き良き建物が残る街大多喜。
江戸時代の面影を残す歴史的な建造物が点在する街を3人でプラプラしました。
- 旅行の満足度
- 4.5
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大原の浜焼き屋さんのランチを終えて車で大多喜城の駐車場にやって来ました。
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駐車場からこんな道を進んで行きます。
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ココは何?
表示板は老朽化していてめっちゃ読みにくい、、、、 -
これは人の手によって掘られた大多喜水道。
そもそも水に恵まれていませんでした。
大多喜城の最後の城主の時、この水道が掘られました。
明治2年の11月に工事が始まり、明治3年の5月に完成しました。
これによって城下200戸が潤い、水田の灌漑がおこなわれました。
全長5.8㎞にもなる水道で、そのうち4㎞はトンネルなんですね。
トンネルの中を覗くと反対側の光がチラッと見えます。 -
坂を上りきるとお城の天守が見えてきました。
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梅が咲いてる~~
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天守は昭和50年(1975年)に天保13年模写の三層天守絵図などを元に建築されたものです。
標高73mの小高い山の上に本丸。
一段低いところにある山麓には二の丸、その外側に三の丸がありました。
三の丸のあったところに今は県立の大多喜高校があります。 -
でもこうやって見るといい感じですね。
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これから咲くしだれ桜ですね。
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建物の中は千葉県立中央博物館大多喜城分館で、今は改装中。
初めは小田喜城(おだきじょう)と言う名のお城だったようです。
真里谷信と言う豪族が1521年に築城したお城でした。
しかし南総を治めていた里見氏の武将正木時茂によって真里谷氏は城を奪われてしまいました。
以後、3代に渡って正木氏がこのお城を拠点にして上総国を治めていました。
1590年、里見氏から徳川家康の領地となり、この城には家康の四天王の一人である本田忠勝が入城しました。
江戸時代には大多喜藩10万石が誕生しました。 -
本多の家紋ですね。
丸に立ち葵。 -
こちらは最後の城主だった松平家の家紋です。
三つ扇です。 -
こちらにもこれから咲くしだれ桜。
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石垣は残念ながら昭和に積まれたものです。
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本丸広場を歩いてみました。
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高台であることがわかります。
右下の赤い鉄橋を黄色いいすみ鉄道が丁度通過したのでが撮影間に合わず。 -
後ろを振り向いたら天守。
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復元された本丸広場の土塀。
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本丸広場から下を見ると大多喜高校がありますが、その敷地内に井戸があります。
二の丸にあった大多喜城の井戸です。
周囲10m、深さ20m、日本一の大井戸といわれる。今でも満々と水を湛えているのだとか。。。 -
河津桜が咲いていたのでお城をバックに撮ってみました。
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お城が博物館になっていますが現在改装中でが入れず。
隣に研修館という建物があり、パネル展を開催していたので入ってみました。 -
入口には兜。
右は三日月が見えるから伊達政宗ですね。
左は誰だろう? -
奥に入っても兜。
左は山中鹿之助
真ん中は真田幸村
右は井伊直政
ですね。
もちろんレプリカですが、特徴的ですのですぐにわかりますね。 -
さらに奥に三つも兜。
左は鹿の角が象徴的な本多忠勝の子供の時の兜。
真ん中は前田犬千代。
右は真田幸村の子供のころの兜
ですね。 -
ココでビックリ!
これ、千葉県にあったお城。
こんなにあったの~~~?
一つ一つ細かく見入ってしまいます。 -
で、房総の大名。
これはまた面白い、、、、 -
数々の刀。
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城下町の屋号。
これまた面白い。
屋号にはいろいろな名前があって、
旧国名ー伊勢屋、越後谷、河内屋
専門業種ー酒屋、米屋、筆屋
福神ー恵比寿屋、大黒屋、稲荷屋
木草名ー桐屋、柳屋、橘屋
ふ~ん。
なるほどね~ -
この屏風の絵の着物が、
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これ!
豪華な着物。 -
アップで見てびっくり。
この織はすごいっす! -
これも。。。
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城をあとにして大多喜の街の降りてみましょう。
夷隅川に架かる赤い鉄橋はいすみ線です。 -
大多喜の駅近くの町営駐車場に車を停めました。
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3人で歩いて大多喜駅までやって来ました。
いすみ鉄道の駅です。
いすみ鉄道はココ大多喜に本社があります。
上総中野から大原まで14の駅で結んでいます。
元々は木原線。
今は千葉県を主要株主とする第三セクターです。 -
この門は大手門と呼ばれていますが、昭和57年に造られた門です。
実際の大手門は駅の反対側にあり、吊り橋が架かっていて、往来の際には人の力で持ち上げていたそうです。 -
大多喜駅には車庫があり、いすみ線の車両が留まっていました。
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線路際に河津桜と菜の花が咲いています。
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さあ城下町である旧市街を巡ってみましょう。
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お洒落な校舎である大多喜小学校の奥に大多喜城が見えました。
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えっ?
これ、現代風の二宮金次郎??? -
御菓子司津知家
大正8年(1019年)に創業の御菓子司です。
「津知家」の家伝の製法をとり入れた「最中十万石」が有名だそうです。 -
南房総の造り酒屋である豊乃鶴酒造。
創業1781-88年です。
現在は17代目だそうです。 -
何やら受賞されたようです。
おめでとうございます。
過去、全国の新酒観評会では、何度も受賞されれいる老舗の造り酒屋さんなんですね。
建物の中には入れませんが、昔のままの所が多く、ドラマや映画の撮影にもよく使われるようです。 -
大きな釜ですね。
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明治時代に建てられた主屋や煙突、酒蔵、元精米所などは、やはりいずれも国の指定有形文化財となっています。
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奥は広いですね。
奥に見える煙突も登録有形文化財に指定されているのですね。
このゆったりとした広さ、さすが老舗の造り酒屋さんですね。 -
いくつもの古い建物があります。
鱗の戸袋なんて古そうですね~ -
この建物は?
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商い資料館でした。
入場無料です。
お邪魔してみましょう。
この建物も元々は造り酒屋さんだそうです。 -
入ってすぐに帳場。
中にいらしたスタッフが中を案内してくださいました。 -
お帳場に座ってみました。
五つ玉のそろばんがありました。 -
右側には火鉢。
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これ、枡付き銭箱と言って、上から小銭を入れるようになっていて、下の引き出しには南京錠が付いていました。
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金升と江戸時代のお金。
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天秤秤です。
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分銅の形の説明を受けてびっくり!
これ、地図の銀行の形ですね。
知らなかったな~ -
2階に上がると、立派な梁が。。。
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様々な展示がありました。
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大多喜には、小林一茶、十返舎一九、正岡子規 などの文人が訪れており、大多喜について記していました。
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何気なく置いてある鏡台ですが、金箔で葵のご紋があります。
これ、もしかして凄いものでは?? -
瓢箪型のケースに入った秤。
昔、祖父の家にありました。
矢立(昔の筆箱)もあります。
墨が入っていた場所は真っ黒ですね。 -
それにしても立派な梁ですね~
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この地図、面白い。
昔の観光案内だそうですが、何ともおおざっぱ。
スタッフの方に説明されなければわかりませんが、真ん中の川みたいに見えるのは何と東京湾。
上部の水色の部分は何と日本海。
富山の地名が見えます。
下にココ大多喜も書かれています。 -
これは茶道具ですね。
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鏡にも葵のご紋。
これももしかしたらすごいもの? -
商い資料館の裏手は小さな公園になってました。
以前は造り酒屋の敷地だった所です。
一番奥には当時の井戸が残ってました。 -
商い資料館を出て、大多喜の街をプラプラ。
この通りは城下町通りと言って、商業の中心地でした。 -
この建物は?
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釜屋(旧江澤邸)資料館です。
入場は無料です。 -
立派な外観です。
2階には重厚な観音開きの扉が開いています。
後でスタッフの説明で知ったのですが、真ん中の瓶には味噌が入っていて、火事の時には扉を閉めてドアの溝に味噌を塗り込んで防火したそうです。 -
お邪魔しま~す。
ココもスタッフが丁寧に解説してくださいました。
立派な桐箪笥が見えます。
元々は質屋、後に金物屋になったようです。 -
土間を挟んで左右に和室があります。
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う~~ん
障子の組子の模様も細やかです。
これは職人の仕事ですね~
素晴らしい。 -
2階に上がってみましょう。
私「お母さんは無理だよね?待ってて。」
母「私は上がる。」
私・家内「えっ?」 -
母も頑張って上がりました。
上から振り返りました。
急階段も片面が障子で明るい。 -
畳の廊下。
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和室が2間続き。
昔はココで結婚式も行われたそうです。 -
欄間は表裏両面に彫刻が施されています。
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両面で違うデザインです。
鶴や亀などの縁起物の絵柄が見事に浮かび上がってきます。
お金持ちだ・・・・ -
襖絵も見事。
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床の間上部の戸の引手が、、、
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こんなに凝ってる。
鳥の脚ですね。 -
釘隠しは鶴。
当時の繁栄ぶりを物語っていますね~ -
こっちの襖を開けると梯子。
屋根裏収納につながります。
隠し部屋ではないとのことです。 -
窓から外を覗くと、何とお城の天守が見えました。
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内装の隅々まで趣向が凝らされており、当時の繁栄ぶりがうかがえます。
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スタッフの方にお礼を申し上げて、土蔵造りの商家、釜屋(旧江澤邸)をあとにしました。
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これは伊勢幸酒店。
建物は国登録の有形文化財です。
なななんと、明治6年の廃藩置県の際、お城の大手門の部材を使用して建てられたそうです。
この街を代表する町家づくりの建物です。 -
さらに大多喜の街をテクテク。
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この大きな建物は、
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渡辺家住宅。
この建物も国の重要文化財に指定されています。 -
大多喜藩の軍用金御用達をつとめた豪商・渡辺家。
TV東京の「開運!なんでも鑑定団」のレギュラー鑑定士だった渡邉包夫さんの生家だそうです。 -
個人の方がお住まいでいらっしゃるため、公開はされていません。
渡邉家の方がお住まいなのかな? -
渡邉家住宅をあとにします。
大多喜の街をプラプラと歩いてきました。
88歳の母も良く歩きました。
駐車場に戻って車で移動しましょう。
母と家内にはこの辺りで待っててもらって、私は駐車場へ。 -
大多喜を出る前に橋の欄干でこんなものを見つけました。
本多忠勝の像です。 -
でも、小さいな~
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高台からお城が見えたので車を停めて家内が撮影。
大多喜の街越しに大多喜城の天守が見えます。 -
大多喜城をアップで。
昭和に復元された天守ですが、絵になりますね。
さあホテルに戻りましょう。
つづく
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旅行記グループ 88歳の母を連れて早春の勝浦へ。
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