2015/06/10 - 2015/06/18
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ともしびさん
スプリットでの2日目は、ディオクレティアヌス宮殿の観光でした。ディオクレティアヌス亡き後、住み着いた人達によって作られた、入り組んだ細道の街や、1700年という時の流れを感じさせない宮殿の一部は、とても興味深く見どころが沢山でした。スプリットからドブロブニクへ向かう途中に見た、ネレトバデルタの景色も、息を呑むものがありました。その後、短距離ですが、ボスニアヘルツェゴビナを抜けていくのも、面白い経験でした。そして、ドブロブニクの夜も、美しく、楽しく、快いものでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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遊歩道リヴァからの眺めです。ここからも鐘楼が見えています。鐘楼は高さ60m、城壁は20mほどあり、厚みは2mもあるのだそうです。
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リヴァにあった街の模型です。宮殿を東側から見る位置です。
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これは反対の西側からです。
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東西南北四つある門のうち、南側のリヴァに面しているのは、青銅の門です。リヴァは19世紀、ナポレオン時代の埋立地で、かつては城壁ギリギリまで海だったのだそうです。
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まずは宮殿の地下へ。土産物屋さんが並んでいました。
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奥に見えているのはディオクレティアヌス帝の死後、捨てられてきたゴミでしょうか。中世にはオリーブ油や葡萄酒を搾る場所として使われていたそうですが、いつしかゴミ捨て場にしたり、天井に穴を開けてトイレにしたり、、、廃墟がゴミ捨て場にされてしまうのは、日本でもよくあることです。
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もう説明を忘れてしまっています。青いのは水道でしょうか。
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この奥にもゴミの遺跡?が残っています。現在、地上となっている部分への影響が出てしまうため、取り除くことができないのだそうです。
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その手前に展示されているのは、ローマ時代の木の柱だそうです。
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役割を終えた今は、完全に乾ききっているように見えます。
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スプリットの成り立ちについての日本語の説明もありました。ここだけでなく、クロアチア中のいろんなところで日本語での説明や案内を目にしました。ありがたいことです。今もまだあるかな。
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地下の案内図でしょうか。建設時は地上も同じ作りだったと聞きました。
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こちらは地下宮殿についての説明です。ここにも日本語があります。ありがとう。
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ローマ時代に水道を成していた水道管だそうです。
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天井の様子です。
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これは忘れてしまいました。
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天井がドーム状になっています。何の場所だったか?
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ディオクレティアヌスから後の、子孫の家系図です。元老院議員に仕える奴隷の子供という境遇から軍を経て皇帝になり、20年も無事に在位し、計画通りに退位して、そのために建てた宮殿で余生を送るとは。でも、キリスト教を徹底して排除した為、迫害されたキリスト教徒によって遺体を納めていた石棺が海に棄てられ、ご遺体の行方がわからないそうです。幸せとか不幸とかの基準では、はかれない生涯だと思いました。ディオクレティアヌスの子供の代で、直系は絶えたようです。
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ご本人は左斜めからのお顔が気に入っていたのか、像は常にこの角度だったそうです。
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これは何だったか?
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聖ドムニウス大聖堂へ。かつてはディオクレティアヌス帝の霊廟で、帝の石棺が安置されていた場所です。313年にキリスト教が公認となった後、7世紀頃に霊廟は壊され、大聖堂に変えられたそうです。
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その時、303年の大迫害で殉教した、サロナの司教だった聖ドムニウスの棺が安置されたのだそうです。聖ドムニウスは、スプリットの守護聖人になっているとのことでした。一番豪華な主祭壇です。天井は金色の額に収められた絵で飾られています。
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奥に見えている所から出入りします。右側に小さなパイプオルガンが見えます。その左には13世紀の説教壇があります。説教壇の手すりに鷲がとまっています。
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説教壇の色々な大理石の装飾です。
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13世紀に作られた精巧な木工細工の聖歌隊席です。
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聖歌隊席の上に掛けられている絵です。裸に近い男性に囲まれながら、膝をついて祈っている人がいます。聖ドムニウスの処刑の場面でしょうか。
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美しい装飾です。ディオクレティアヌスの霊廟だった頃は、どんなだったのか。それはそれで美しかったのでしょう。この写真上部に、当時のディオクレティアヌスとプリスカ妃の顔のレリーフがあるはず、、、ぼんやりとした写りでよくわかりません。ドーム天井にモザイクタイルの装飾があったようですが、キリスト教徒によって剥がされたとのこと。
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こちらも祭壇です。四つあるのだそうですが、二つしか撮っていません。旅行者らしき西洋人の男性が、じっくりと見入っていました。
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上の祭壇上部です。乳白色の大理石と、焦茶の柱の取り合わせ、とても良い感じです。コリント式?の柱も素敵です。でも、美しい祭壇の写真を撮っている時は、そんな風には感じていませんでした。見るべきものが多過ぎて、見ているようで見ていません。情報量が制限されて初めて目に留まるということ、私の海外旅行あるあるです。
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13世紀に造られたドア。ロマネスク様式の彫刻で、キリストの生涯が、樫の木の板に彫られているそうです。ドア本体はクルミ材ということなので、樫の板がすっぽりと嵌め込まれているのでしょう。
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左右一対の反対側です。
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大聖堂の周りの何処かか?
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宮殿の正面玄関と、ペリスティルという広場です。1700年前のものと思えない状態の良さでした。茶色っぽい壁と柱がモダンな雰囲気で、お洒落に見えます。ディオクレティアヌスがここで過ごしたのは5~6年だったようです。
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当時は領土だったエジプトのルクソールから運んだスフィンクスが鎮座していました。これは最も古いものだったか?記憶が曖昧です。この茶色い柱もエジプトからのものだそうです。ペリスティルのカフェの名前もルクソールでした。宮殿の柱の奥に、本当ならあり得ないはずの民家?があるのが面白いです。
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城壁内の南東部です。
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少し東に移動した辺りか。
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何処だったか。
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この先のブーゲンビリアが咲いている辺り、とても良い感じでした。左に折れると下の写真の所、銀の門に出ます。
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銀の門から入ってすぐ左手の細道にありました。ローマ時代のモザイクタイルが残っている場所だったか?
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何処だったか?ペリスティルから撮ったような、、、記憶違いかもしれません。
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銀の門です。城壁の中から撮った写真です。
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洗礼室の洗礼盤を前にして立っているヨハネ像です。
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洗礼盤です。11世紀のもので、クロアチアの王が十字架を持っている姿が彫られているのだそうです。普段、教会で見る浅いものと違って、まるで日本の昔のお風呂のような深さでした。この洗礼室は、元はジュピターの神殿として、ディオクレティアヌスによって造られたそうです。
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中を覗くとコインが。願い事をするのでしょうか。
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側面から。
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クロアチアの伝統のプラッターという網目紋様が、各面に彫られています。この紋様の意味を忘れてしまいました。日本だと籠や籠の目の模様は、魔除けの意味があったと思います。クロアチアではどうだったか、、、。
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盤の上は彫刻のドーム状になっています。殆どこれきりの小さい部屋でした。でも、とても良い雰囲気がありました。
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宮殿の正面玄関奥のドーム天井がある場所で、お昼前にクロアチアの男性合唱クラッパの方々が現れました。トロギールでは4人でしたが、この時は8人でした。
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すると、何処からともなく、この小さなわんこちゃんも現れ、一生懸命に大きな人間の顔を見上げます。きっといつも、クラッパを聴くために集まってくる人達から、何か美味しいものを貰っているのでしょう。私もあげたかったのですが、何も無し、残念でした。次に行ける時にも居てほしいな。とっても可愛いわんこでした。
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ナロドニ広場の辺りだったか。このようにドアとウインドウが鍵型になっている店舗を多く見かけました。これはいつの時代だったか?昔は、扉は頑丈な鉄製で常に施錠されており、客はウインドウから品を定め、買うと決めたらノックして入れてもらっていたのだそうです。ここは靴屋さんで、夏らしいお洒落なサンダルが沢山展示されていました。なぜなのか、靴屋さんが沢山ありました。
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こちらはガラス張りのオフィスです。ここにも遺跡がありました。階段下に回廊にあるような柱、左手に太い柱?壁?、白いロープで囲ってある床にも何かあります。こんな職場なら、働いてみたいです。オフィスの賃料は高くなるのでしょうか?
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スプリットにもネクタイなど絹製品の店、クロアタがありました。ガラスドアの真鍮製の取っ手が、グラゴル文字をあしらったネクタイの形をしています。クロアチアはネクタイ発祥の国だと、この旅で知りました。17世紀、傭兵として戦場に赴く夫に、貧しくて何もしてあげられない妻が、無事を祈って首に赤いスカーフを巻いて送り出していたので、クロアチア兵は皆お揃いの赤いスカーフ姿だったそうです。それを見たフランス人が気に入り、広まったとのこと。若い頃読んだ何かの小説で、登場人物が首に巻くものをクラバッタと言っていたのは、このことかと30年ほどのちにピンと来たのでした。クラバッタというのは当時その赤いスカーフを巻いていたクロアチア人の呼び名だそうです。ヨーロッパではネクタイをクラバッタと呼んだりもしている?いた?そうです。この店舗はペリスティル広場の真正面にあります。
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家人に記念にネクタイを買うことを勧めましたが、もう使わないからと聞きません。それで、家人の勧めもあって、身内にお土産として買う以外に、自分用に大判のスカーフを買ってしまいました。勿体無くてほとんど使っていませんでしたが、そろそろ人生も終盤に入るのだからと思って、このごろぼちぼち使い始めています。
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クロアタで買い物をした時にもらった葉書です。下の方のはグラゴル文字と現在クロアチアで使われているラテン文字?の対照表のようになっています。グラゴル文字は、9世紀に作られた、スラブ最古のアルファベットなのだそうです。キュリロスという宣教師が、聖書を翻訳し、スラブ語圏の土地で布教する為に、兄弟の協力を得ながら作ったとのこと。他にも、プラッターという伝統の網目模様がデザインされていたり、とても素敵でした。私のスカーフにもグラゴル文字がさりげないデザインで配されています。私の宝物です。
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共和国広場のカフェだったか。
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共和国広場の建物も素敵です。
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クロアチア国旗は市松模様に親しみがあるので、すぐに覚えられました。
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西側の鉄の門から出た所、旧市街のナロドニ広場です。
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ここにも時計塔が。
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イタリアの貴族の館と聞いたような。他の建物とは全く趣が違って、鉄の門と相対していることもあり、目立っていました。
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ローマ時代の兵士の装束を身につけた人が現れて、何だろうと思っていたら、この後のパフォーマンスの演者でした。
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強そうな人が現れました。勇ましく大きな声で何かを喋り、先触れのようなことをします。
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シックスパックどころではないです。レオナルド・ダ・ヴィンチが見たらクレームをつけるかもしれません。お腹が少し出っ張って見えるのは、老練を誇示する為でしょうか?それとも、帝よりカッコよく見えてはいけないということか?余計な想像です。
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バルコニーからは、それに先だって、音楽が吹き鳴らされます。さほど広くはない広場の壁に反響し、耳をつん裂くような大音量で、気分が高揚しました。
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次に紋章を象ったものか?を持った人達が現れて。
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その次は盾です。
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今度は槍です。
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いよいよ皇帝と妃のお出ましです。毎日定刻に、この儀式が行われていたそうです。少し高くなってはいますが、距離はかなり近いです。
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ディオクレティアヌスより、華やかなプリスカ妃にばかり目が行きました。
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この日、昼食をとったレストランです。バスのドライバーさんが道に迷って、細い住宅街に入ってしまい、抜け出すのに相当苦労していました。やっと抜け出した時は、みんなから歓声が上がるほど、角を曲がるのに緊張感がいっぱいでした。
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私はこの料理を、観光2日目に頂いたのだと記憶違いしていました。新鮮でぷりぷりの鯖?のトマトソース煮に、コーンの粉末?をふわっと固めた付け合わせの献立でした。美味しかったです。
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今も思い出すラドラー。美味しかった。またきっと飲みに行きます。
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レストラン奥の回廊にも席がありました。下に降りると海水浴場です。
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ドブロブニクに向かう途中、ボスニアヘルツェゴビナの手前くらいだったか、ネレトバ川流域のデルタ地帯も見ました。日本では見られないような広大な湿地で、そこで農業が行われていました。車しか通らないような民家も何も無い道路に、ポツンポツンとこのような小屋があり、農家の人達が家族で売店を出しています。野菜や果物の他に、自家製のジャムなどもありました。マンダリンのジャムを買ったのですが、その美味しいことといったら。これまでに食べた全ジャムのトップを独走中です。
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湿地帯の中にある住宅街に架かる橋を渡っています。水面が近くてドキドキしました。小学生の時に習った輪中が思い出されました。
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この大きな丸い穴。あれは何だろう、隕石?と、ちょっとだけざわつきました。ドライバーさんも添乗員さんもご存じ無く、、、貯水?周りは水だらけだし、、、。
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細長い区画の畑の景色が続きました。見慣れないので、凄い景色に見えました。水の深さはどれくらいあるのでしょうか。
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ひとつの作物の畑が見渡す限りに続くのではなく、色々なものを作っているようでした。
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日本なら、ここは鎮守の森かと思いそうです。
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ボスニアのネウムで立ち寄った、ホテル地下のスーパーです。
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ボスニアの国境検問所を通過し、クロアチア側の検問所を出た辺りです。山の形が噴火口みたいで面白くて撮りました。向こう岸は、陸続きになっているので、半島ということになるのでしょうか。この日も長い移動がありましたが、景色が良く、楽しかったです。
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ビストリナ橋を過ぎたあたりの、Okrpunと地図に書かれている小さな島です。赤い屋根の家がポツンとあって可愛かったので撮りました。他にもこれくらいの小さい島がいくつか見られました。この辺は牡蠣の養殖場でもあるようで、写真の左端に、それらしきものが見えます。。ビストリナ橋はきれいなカーブを描く橋で、面白い景色だったのですが、写真を撮り忘れました。
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ドブロブニクに入る手前にある、フラニョ・トゥジマン橋です。クロアチア独立の父と呼ばれる、クロアチア共和国の初代大統領、フラニョ・トゥジマンの名が付けられています。そのたもとの展望台からの眺めです。橋の向こうはもうドブロブニクです。当時はわかりませんが、今は橋の向こうは大型のクルーズ船が寄港する場所のようです。
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家人が撮った写真だと思います。どうせなら橋を入れて欲しかったのですが。
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大きな道路をそれて、ホテルの集まる地区に入って行きます。
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トミーズというスーパーです。足の豆に貼る絆創膏が切れたので、ここへ買いに来ました。お釣りは大体な感じでしたが、それが普通のようです。この時、夕方6時過ぎた頃です。
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スーパーの向かいの、ヴィラのプールです。とても良い雰囲気で、泊まってみたいと思いました。そういう小さなホテルが、いくつもありました。
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グランドホテルパーク。
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忘れてしまって思い出せないのですが、多分、ホテルでの夕食の時に飲んだワインだと思います。
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この日から2連泊した、グランドホテルパーク別館です。新築の出来立てほやほやでした。本館は鉄筋コンクリートのビル型でしたが、別館は3階建てだったか?低層の、少なくとも外観は雰囲気の良い石造りでした。一階の一番奥の部屋で、眺望は無かったですが、お洒落で居心地の良い部屋でした。ドブロブニクの旧市街へは、バスかタクシーというのは残念な点でした。でも、翌日に頑張って夜の旧市街に繰り出しました。この晩は、暑さと歩行で疲れてダウンかと思っていたら、シャワーを浴びたら元気が復活しました。夕食の後に、ホテル横の広場に面したカフェに行きました。添乗員さんが教えてくれた、屋外のブランコ席がとっても気分の良いカフェです。近くの浜辺まで、夜風に吹かれながらそぞろ歩きをしたり、総合すると大満足でした。
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別館の入り口です。白いドアに白いベッドで、ドレッサーなども、全体にお姫様っぽい可愛い雰囲気でした。
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ホテル横の小さな広場です。後ろのレストランの通り沿いに、横並びにズラッとペアで座れるブランコが並んでいました。日本のホームセンターで、よく似たスチール製のものを見かけます。その度に思い出します。涼しい夜風に当たりつつ、ブランコをゆったりと揺らしながら過ごすのは、とてもくつろいだ良い気分でした。
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2階も良い雰囲気でした。
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若い人たちも沢山歩いていたのに、ここにいたのは高齢者が殆どでした。というより、中高年しか座っていなかったです。若い人にこそ、ふさわしいと思うのは、時代遅れの感覚なのでしょうか。でも、同年代ということで、安心感はありました。
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公園横の通りを歩いて行くと、入江に出ました。海水浴場のようでした。レストランの灯りが海に映って綺麗でした。この時、20時くらいでした。まだまだ沢山の人が、ぶらぶらと歩いていました。今はどうなのでしょう。
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ホテルの本館です。このような大規模なホテルもあれば、瀟洒なプチホテルも沢山ありました。叶うなら、瀟洒な方のホテルにも泊まってみたいな。この日も内容の濃い1日でした。翌日はドブロブニクの観光でしたが、自分の想像を超える感動の日となりました。でも、その感動を未だに上手く表現できないでいます。
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