2022/10/16 - 2022/10/17
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ゆうこママさん
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東近江市観光協会主催の秘仏ツアー2日目。湖南市、野洲市の寺院をめぐる旅は聖徳太子の足跡を巡ると同時に、東大寺文化圏としての滋賀に触れる旅ともなった。
この日の仏像ナンバー1は、三上山のすぐ北に建つ宗泉寺で出会った不動明王。お顔はあまりタイプではないが、立ち姿が超ステキ。キメ過ぎず真っ直ぐに立つ姿がよいのだ。
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秘仏めぐり2日目は、湖南市の阿星山あせいざん常楽寺からスタート。
常楽寺は、長寿寺、善水寺とともに湖南三山として知られる。中でも常楽寺は、仏像ファンにとってとても魅力的だと思う。 -
常楽寺を訪れるのは数年ぶりである。美しく整えられた境内や静かな佇まいは以前と変わらない。
708年、元明天皇勅願、良弁僧正の開基ということは、奈良の東大寺創建よりも半世紀近く前のこと。 -
良弁は、東大寺創建に関わる主要人物で、常楽寺の建つ湖南の阿星山あぼしやま付近が良弁の出身地だそうだ。
渡来系知識人が多く住んだというこの地域、水を治めるこの寺を、都づくりや東大寺大仏建立のバックヤードとし、人材、資材その他を調達したということか。 -
奈良時代に始まる寺だが、本堂は1360年に落雷で焼失。このとき本尊も焼けるが、二十八部衆、風神、雷神は助け出されたそう。本堂はほどなく再建され今に残る。松材の床などは室町時代の再建当時のものとのこと。
入母屋造り檜皮葺きの大屋根の美しさは、なんと表現したらよいのか、何度見ても心地よい。 -
三重塔も1400年頃の建立で国宝。樹木に囲まれ、本堂と寄り添うように並ぶ姿は言葉にできない美しさ。
常楽寺は、戦国時代、信長の焼き討ちには遭わなかったが、山門を秀吉に伏見城城門として持っていかれる。その山門は、さらに家康によって三井寺に移築され、今は三井寺大門となっている。 -
本堂の前の石灯籠も重要文化財で、1406年のもの。細身の姿がこれまた優しく美しい。
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本堂に安置される本尊千手観音は重要文化財で33年に一度開帳の秘仏。南北朝時代のもの。
写真は境内の石仏。 -
本堂の額は常楽堂となっている。
秘仏本尊の厨子の左右には二十八部衆と風神、雷神が並ぶ。いずれも鎌倉時代のもので重要文化財だが、内陣にまで入らせていただき間近で拝観。照明に玉眼が光り、表情豊かで躍動感にあふれる像が所狭しと並ぶ様は圧巻。 -
本堂の後陣には平安末の優美な釈迦如来(重文)。その他にも多くのほとけさまがいらっしゃる。
境内のあちこちに写真のような小さなお堂があり、これらのお堂のほとけさまを後陣でお守りしているようだ。 -
というのも、風神始め3体の仏像が昭和56年に盗難に遭い、うち2体は今も見つかっていないのだ。以来、お寺は盗難対策に大変なご苦労をされている。
現代の仏敵は信長ではなく、泥棒なのだ。
檀家の無い祈願寺ゆえ、貴重なお堂やほとけさま、広い境内の維持管理をひとりでされるご住職のご苦労はいかばかりか。それを飄々と面白おかしくお話しされるご住職に頭が下がる。 -
昼食は湖南市のたから船さんで。近江牛やお寿司など美味しくいただきました。
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このツアーでは、バス車内でも講師から様々な話を聞かせてもらえ、勉強になる。
近江の寺の繁栄の絶頂期は南北朝時代。それまでは武家の精神構造は平安貴族と同じで、仏を心底恐れていた。だから、寺は侵しがたいもの。が、南北朝時代を境に様相が変わってゆく。武士たちは仏を恐れなくなり寺領を奪うようになっていった、のだそうだ。
なーるほど。 -
午後イチは、浄土宗 日陽山 宗泉寺。
天武天皇の病気平癒のため建立された日陽山 東光寺が始まり。その後、天台宗として百坊を超す大伽藍を誇る寺となり、琵琶湖をはさんで西の比叡山、東の日陽山として栄えた。 -
宗泉寺薬師堂。
比叡山の焼き討ち、信長の焼き討ちと2度にわたり焼かれ、消滅。
そのような中、ほとけさまは古墳の中に隠し守られたとか。無惨な姿で残されていたほとけさまを村人が小さな庵を建てて祀ったのが、宗泉寺。
信長焼き討ちがなければ比叡山の根本中堂と同じようなお堂があり、西の比叡山と並ぶ寺であったはずと、住職は残念げに話された。 -
日陽山 東光寺は、野洲川流域、三上山の北側の妙光寺山に建ち、三上山の御上神社の神宮寺であったそうだ。本尊は薬師如来。
講師によると、東方浄土に住まう薬師如来は太陽の神様であるが、近江では琵琶湖の中から出現する水の世界の神としても祀られるそうで、薬師は太陽であり水でもあるそう。
この辺り、野洲川のデルタ地帯には卑弥呼の時代の百余国のひとつと見られる弥生、古墳時代の集落があったそうだ。その集落の人々にとって、三上山は野洲川の水の恵みを見つめる山として、信仰されていたのでは、と。 -
宗泉寺薬師堂は小さなお堂だが、濃密な仏像空間が待っていた。
天台宗横川の形式によるまつり方で、中央に薬師如来座像(東光寺伝来、平安、重要文化財)、左右に日光月光菩薩と十二神将。さらに左側厨子に毘沙門天(平安、重要文化財)、右側厨子に不動明王(鎌倉、重要文化財)と勢揃い。
何よりもカッコいいのは、園城寺の仏画の黄不動を写したといわれる不動明王像。若い歌舞伎役者の初々しい見得姿を切り取ったよう。従うこんがら童子、せいたか童子も可愛い。
みずらを結って合掌する聖徳太子像は、ここのみの珍しいものとのことで、わざわざお厨子を開けて拝観させて下さった。これまた可愛らしい太子さまでした。 -
最後は蓮長寺。豊かな田園の広がる比留田の集落に建つ。浄土真宗のお寺で本尊は阿弥陀如来。来歴不明の十一面観音が別のお堂にいらっしゃる。聖徳太子開基伝説を持つ。
平地におわす十一面観音は基本的には居ないため、野洲のどこか山の中の寺にいたのではとのこと。 -
十一面観音は、重要文化財。
目鼻立ちが大ぶりでエキゾチックなお顔。腰を極端に右側へふり、反対の足は、膝の内側を見せ、色っぽい。衣は柔らかく幾重にも重なり、ねっとりした絹という感じ。
見たことない雰囲気の十一面観音様で、秘仏ツアーはおしまい。濃かったです。 -
夕刻、米原から新幹線で名古屋に。夕食は、駅ホームのきしめんで軽く済ませた。
たまーに、きしめん食べたくなるのよね。それも、駅ホームの一番安いの。
おしまい
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