ロンドン旅行記(ブログ) 一覧に戻る
ヨーロッパに住んでいて今更、ロンドン観光。いつでも行けると思っていると結局行っていない典型的な例。この旅行記は2020年2月のもので、世界的に、コロナ・パンデミックが始まったころ。まだ、ヨーロッパは自由に旅行できていました。ロンドン滞在4日目は、ロンドン塔、テンプル教会、テート・ブリテンをまわります。<br /><br />この旅行記では、第1部、ロンドン塔のホワイトタワー内部をメインにしています。<br /><br />ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />テンプル教会<br />Temple Church<br /><br />テート・ブリテン<br />Tate Britain<br /><br />タワー・ブリッジ<br />Tower Bridge

ロンドン(London) 4日目(1) ロンドン塔-ホワイト・タワー

20いいね!

2020/02/08 - 2020/02/11

2235位(同エリア9831件中)

0

52

something like that

something like thatさん

ヨーロッパに住んでいて今更、ロンドン観光。いつでも行けると思っていると結局行っていない典型的な例。この旅行記は2020年2月のもので、世界的に、コロナ・パンデミックが始まったころ。まだ、ヨーロッパは自由に旅行できていました。ロンドン滞在4日目は、ロンドン塔、テンプル教会、テート・ブリテンをまわります。

この旅行記では、第1部、ロンドン塔のホワイトタワー内部をメインにしています。

ロンドン塔
Tower of London

テンプル教会
Temple Church

テート・ブリテン
Tate Britain

タワー・ブリッジ
Tower Bridge

同行者
一人旅
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
個別手配

PR

  • 泊まっていたホテルをチェックアウト。

    泊まっていたホテルをチェックアウト。

    ペンブリッジ パレス ホテル ホテル

  • 最寄り駅、タワーヒルで降ります。

    最寄り駅、タワーヒルで降ります。

    トリニティ スクエア ガーデンズ 広場・公園

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />入り口です。

    ロンドン塔
    Tower of London

    入り口です。

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

    ロンドン塔 建造物

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />正式には「女王(国王)陛下のロンドン塔の宮殿および要塞(Her (His) Majesty&#39;s Royal Palace and Fortress of the Tower of London)」と呼ばれ、現在も儀礼的な武器などの保管庫、礼拝所などとして使用されている。ロンドンにおいては単に「塔(the Tower)」と称した場合はこの場所を指す。世界最大級のカット・ダイヤモンド「カリナン」はここで保管されている。<br /><br />沿革<br />1066年にイングランドを征服したウィリアム征服王が1078年にロンドンを外敵から守るために堅固な要塞の建設を命じ、約20年で現在のホワイト・タワーが完成した。その後、リチャード1世が城壁の周囲の濠の建設を始め、ヘンリー3世が完成させた。<br />以降、王朝が変遷してからも国王が居住する宮殿として1625年まで使われ、その間、14~19世紀にかけては造幣所や天文台も兼ね、1640年までは銀行、13世紀から1834年までは王立動物園でもあった。ロンドン塔に最後に居住した王はジェームズ1世とされる。1282年からは、身分の高い政治犯を収監、処刑する監獄としても使用されはじめ、14世紀以降は、政敵や反逆者を処刑する死刑場となり、城塞や王宮としてよりこれらの方で有名となった。第二次世界大戦中、対英和平交渉を結ぶべくドイツから単独で飛来し捕虜となった副総統ルドルフ・ヘスが1941年から1944年まで勾留され、最後の塔の収監者となった。<br /><br />現在もイギリス王室が所有する宮殿であり、ビーフィーターと呼ばれる衛兵隊によって管理されるほか、現役のイギリス陸軍近衛兵も警護に当たる。観光客が多く訪れる市内観光の目玉になっており、内部にある建物の幾つかは、世界最大のダイヤモンド「偉大なアフリカの星」など様々な歴史的展示物を陳列して、見学できるようになっている。1988年にはユネスコの世界遺産に登録されている。すぐ脇には世界的にも有名な跳ね橋であるタワーブリッジがあり、対岸には巡洋艦ベルファストが記念艦として係留されている。(wikiより)

    ロンドン塔
    Tower of London

    正式には「女王(国王)陛下のロンドン塔の宮殿および要塞(Her (His) Majesty's Royal Palace and Fortress of the Tower of London)」と呼ばれ、現在も儀礼的な武器などの保管庫、礼拝所などとして使用されている。ロンドンにおいては単に「塔(the Tower)」と称した場合はこの場所を指す。世界最大級のカット・ダイヤモンド「カリナン」はここで保管されている。

    沿革
    1066年にイングランドを征服したウィリアム征服王が1078年にロンドンを外敵から守るために堅固な要塞の建設を命じ、約20年で現在のホワイト・タワーが完成した。その後、リチャード1世が城壁の周囲の濠の建設を始め、ヘンリー3世が完成させた。
    以降、王朝が変遷してからも国王が居住する宮殿として1625年まで使われ、その間、14~19世紀にかけては造幣所や天文台も兼ね、1640年までは銀行、13世紀から1834年までは王立動物園でもあった。ロンドン塔に最後に居住した王はジェームズ1世とされる。1282年からは、身分の高い政治犯を収監、処刑する監獄としても使用されはじめ、14世紀以降は、政敵や反逆者を処刑する死刑場となり、城塞や王宮としてよりこれらの方で有名となった。第二次世界大戦中、対英和平交渉を結ぶべくドイツから単独で飛来し捕虜となった副総統ルドルフ・ヘスが1941年から1944年まで勾留され、最後の塔の収監者となった。

    現在もイギリス王室が所有する宮殿であり、ビーフィーターと呼ばれる衛兵隊によって管理されるほか、現役のイギリス陸軍近衛兵も警護に当たる。観光客が多く訪れる市内観光の目玉になっており、内部にある建物の幾つかは、世界最大のダイヤモンド「偉大なアフリカの星」など様々な歴史的展示物を陳列して、見学できるようになっている。1988年にはユネスコの世界遺産に登録されている。すぐ脇には世界的にも有名な跳ね橋であるタワーブリッジがあり、対岸には巡洋艦ベルファストが記念艦として係留されている。(wikiより)

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />ここに宝石類が保管されている。写真撮影は禁止だったと思う。<br />(写真を1枚も撮っていないので)

    ロンドン塔
    Tower of London

    ここに宝石類が保管されている。写真撮影は禁止だったと思う。
    (写真を1枚も撮っていないので)

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />この場所で1674年に2人の子どもの骨が見つかり、行方不明となったエドワード四世の息子たち(エドワード5世とヨーク公リチャード)だと言われてきました。エドワードが1483年に死去した後、2人の王子はロンドン塔に連れてこられました。上の王子は王位継承者でしたが、叔父リチャードは王子が非嫡出子であると宣言し、自らがリチャード三世として戴冠しました。王子たちの消息はその後不明となりました。(説明板より)

    ロンドン塔
    Tower of London

    この場所で1674年に2人の子どもの骨が見つかり、行方不明となったエドワード四世の息子たち(エドワード5世とヨーク公リチャード)だと言われてきました。エドワードが1483年に死去した後、2人の王子はロンドン塔に連れてこられました。上の王子は王位継承者でしたが、叔父リチャードは王子が非嫡出子であると宣言し、自らがリチャード三世として戴冠しました。王子たちの消息はその後不明となりました。(説明板より)

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />ヘンリー8世のもの

    ロンドン塔
    Tower of London

    ヘンリー8世のもの

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />The 1540 Armour of Henry VIII

    ロンドン塔
    Tower of London

    The 1540 Armour of Henry VIII

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />The 1540 Armour of Henry VIII<br /><br />これが気になる。

    ロンドン塔
    Tower of London

    The 1540 Armour of Henry VIII

    これが気になる。

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />The 1540 Armour of Henry VIII

    ロンドン塔
    Tower of London

    The 1540 Armour of Henry VIII

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />The 1540 Armour of Henry VIII

    ロンドン塔
    Tower of London

    The 1540 Armour of Henry VIII

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />The Dwarf and the Giant<br /><br />Many curiosities featured in the Horse Armoury displays, including these extraordinary armours. The smaller armour was displayed as that of Jeffrey Hudson, Queen Henrietta Maria&#39;s court dwarf. In reality it was probably made for the future King Charles I as a boy of about five years of age.<br /><br />The &#39;Giant armour&#39; is a German field armour, etched and gilded by the Master AB, possibly Bonaventura Abt. It was probably a diplomatic gift from the Dukes of Brunswick early in the 17th century. By 1628 it had become known as the armour of John of Gaunt(1340-99), whose great stature was legendary.

    ロンドン塔
    Tower of London

    The Dwarf and the Giant

    Many curiosities featured in the Horse Armoury displays, including these extraordinary armours. The smaller armour was displayed as that of Jeffrey Hudson, Queen Henrietta Maria's court dwarf. In reality it was probably made for the future King Charles I as a boy of about five years of age.

    The 'Giant armour' is a German field armour, etched and gilded by the Master AB, possibly Bonaventura Abt. It was probably a diplomatic gift from the Dukes of Brunswick early in the 17th century. By 1628 it had become known as the armour of John of Gaunt(1340-99), whose great stature was legendary.

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />Armour of Charles I and II as boys

    ロンドン塔
    Tower of London

    Armour of Charles I and II as boys

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />Norman Fireplace

    ロンドン塔
    Tower of London

    Norman Fireplace

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />セント・ジョン礼拝堂<br />イングランド王ウィリアム1世は、ホワイト・タワー内の王宮の一画に、このクリスチャンのための礼拝と祈りの場を築きました。信仰は王にとって公的イメージの重要な部分を占めており、彼の王権と権威を実証するものでした。この礼拝堂は900年以上に渡って王や女王、タワー・オブ・ロンドンのコミュニティの祈りのために使われてきました。(説明板より)

    ロンドン塔
    Tower of London

    セント・ジョン礼拝堂
    イングランド王ウィリアム1世は、ホワイト・タワー内の王宮の一画に、このクリスチャンのための礼拝と祈りの場を築きました。信仰は王にとって公的イメージの重要な部分を占めており、彼の王権と権威を実証するものでした。この礼拝堂は900年以上に渡って王や女王、タワー・オブ・ロンドンのコミュニティの祈りのために使われてきました。(説明板より)

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />セント・ジョン礼拝堂

    ロンドン塔
    Tower of London

    セント・ジョン礼拝堂

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />セント・ジョン礼拝堂

    ロンドン塔
    Tower of London

    セント・ジョン礼拝堂

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />Ledger of Receipts, Returns and Issues<br /><br />Discovered in store in 1914 and taken into the Armouries collection by the curator Charles ffoulkes, this 914-page ledger includes detailed lists of the items in the Armouries and Spanish Weapon House at the Tower of London. Such inventories provide a fascinating snapshot of the Tower collections at particular times. This volume covers the period between 21 June 1675 and 2 September 1679.

    ロンドン塔
    Tower of London

    Ledger of Receipts, Returns and Issues

    Discovered in store in 1914 and taken into the Armouries collection by the curator Charles ffoulkes, this 914-page ledger includes detailed lists of the items in the Armouries and Spanish Weapon House at the Tower of London. Such inventories provide a fascinating snapshot of the Tower collections at particular times. This volume covers the period between 21 June 1675 and 2 September 1679.

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />こんなところに日本の鎧が展示されている。<br /><br />下の説明板から。<br />1613年、2代目将軍徳川秀忠がジェームス王に贈った甲冑。この鎧の持ち主は、家紋(説明板中央)から、強力な戦国武将で、1575年の長篠の戦いに負けた武田勝頼のものではないかと推測している。<br />(We think the armour might orignally have belonged to the powerful lord Takeda Katsuyori, defeated commander at the battle of Nagashiro(1575).)<br /><br />長篠の戦い(ながしののたたかい、長篠の合戦・長篠合戦とも)は、戦国時代の天正3年5月21日(1575年6月29日)、三河国長篠城(現・愛知県新城市長篠)をめぐり、3万8千人の織田信長・徳川家康連合軍と、1万5千人の武田勝頼の軍勢が戦った合戦である。<br /><br />まさか、ロンドンの地で長篠の戦いの名前を目にするとは。

    ロンドン塔
    Tower of London

    こんなところに日本の鎧が展示されている。

    下の説明板から。
    1613年、2代目将軍徳川秀忠がジェームス王に贈った甲冑。この鎧の持ち主は、家紋(説明板中央)から、強力な戦国武将で、1575年の長篠の戦いに負けた武田勝頼のものではないかと推測している。
    (We think the armour might orignally have belonged to the powerful lord Takeda Katsuyori, defeated commander at the battle of Nagashiro(1575).)

    長篠の戦い(ながしののたたかい、長篠の合戦・長篠合戦とも)は、戦国時代の天正3年5月21日(1575年6月29日)、三河国長篠城(現・愛知県新城市長篠)をめぐり、3万8千人の織田信長・徳川家康連合軍と、1万5千人の武田勝頼の軍勢が戦った合戦である。

    まさか、ロンドンの地で長篠の戦いの名前を目にするとは。

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />武田氏の家紋?(花菱)

    ロンドン塔
    Tower of London

    武田氏の家紋?(花菱)

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />なにこれ?

    ロンドン塔
    Tower of London

    なにこれ?

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />処刑人が使用した斧。ロンドン塔内では22人「だけ」が処刑されたとのこと。そのうち、20世紀は12人って一番多い。<br />

    ロンドン塔
    Tower of London

    処刑人が使用した斧。ロンドン塔内では22人「だけ」が処刑されたとのこと。そのうち、20世紀は12人って一番多い。

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />この展示が少し生々しく怖かったのを覚えている。<br />何の展示か忘れたけど、、、

    ロンドン塔
    Tower of London

    この展示が少し生々しく怖かったのを覚えている。
    何の展示か忘れたけど、、、

  • ロンドン塔<br />Tower of London<br /><br />向けられた銃口と壊れた椅子。大体想像はできるけど。

    ロンドン塔
    Tower of London

    向けられた銃口と壊れた椅子。大体想像はできるけど。

  • ロンドン塔<br />Tower of London

    ロンドン塔
    Tower of London

20いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

something like thatさんの関連旅行記

something like thatさんの旅行記一覧

この旅行で行ったホテル

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

イギリスで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
イギリス最安 374円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

イギリスの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから海外旅行記(ブログ)を探す

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP