2018/08/05 - 2018/08/05
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frau.himmelさん
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フランクフルトの有名な撮影スポットと言えば、ヴィリーブラント広場にある大きな「ユーロマーク」のオブジェですね。多くの旅行者が旅の記念として、欧州中央銀行の象徴とも言えるユーロマークをカメラに収めています。
しかし今ここに欧州中央銀行はありません。
オステンド地区に新ビルが完成し、2015年よりそちらに移転したのです。ですからこの「ユーロマーク」は言わば飾り物、単に撮影スポットとして残されているにすぎません。
私は、今回のフランクフルト観光の一つに、新しく移転した「新欧州中央銀行」に行ってみたいと思いました。
何もわざわざユーロマークのオブジェのない場所に行くわけではありません。実はこの地下に「ホロコースト記念館」があるということを調べておりました。
フランクフルトとユダヤ人。
昔から深い歴史がありました。私もフランクトフルトを訪れた折、いくつかの博物館や墓地・ゲットーなどを見ております。
新しく「ホロコースト記念館」が出来たのならぜひとも見学したい。
ところが・・・・。
-
フランクフルト2日目。
朝起きてテレビを点ける。
天気予報をやっています。
どうです、この温度。軒並み39度です。
本当に暑いのです。
2022年8月の今、日本は猛暑だとか危険な暑さだとか言っていますが、東京の猛暑だって39度になったことはないでしょう?
4年前はたぶん日本の方が涼しかったと思います。 -
このホテルの良いところ。冷蔵庫の飲み物が無料なのです。
ビールは夜用にとっておいて、ミネラルウォーターとジュースをペットボトルに入れ替えて持って出かけます。
セコイですね(笑)。
いえ、日本のように自販機が置いてないドイツでは、いつ飲み物が手にはいるかわかりませんので、これは本当に助かるのです。
この連日の猛烈な暑さですから。 -
フランクフルト中央駅にやってきました。
待合室のベンチに座っている人達も暑さでヘタっています。 -
駅ピアノ
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鉄道ジオラマ。
お金を入れれば電車が動き出すようです。暑いのでそんなので遊んでいる人もいない。 -
さあて、私は自販機でチケットを買います。
今日はフランクフルト市内観光だけですので、市内交通1日券を。
5.35ユーロ。
これでSバーン、Uバーン(地下鉄)、トラム、バスなど市内の公共交通機関は乗り放題です。 -
チケットを手にして、フランクフルト駅前の路面電車乗り場にやってきました。
新欧州中央銀行に行くには、11番のトラムで乗り換えなしで行けるので簡単です。 -
11番のトラムで、⑯とあるオストバーンホフ/ゾンネマンシュトラーセで降りればいいのです(下線)。
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電車は宿泊しているホテルの前を通って・・・。
-
2駅くらい行ったところで、女性車掌に「Am Ende!」(終点よ)と言って降ろされました。
なんで! -
ここに説明がありました。
「8月5日(日)6:00から13:00まで通行止め、迂回のご注意」
11番の路面電車もそれに該当します。
今10時半ですからまさにその時間に嵌ってしまいました。 -
まあ仕方がない。ともかく駅まで徒歩で引き返そう。
正面はメッセ方向の高層ビル群。まるで背比べをしているみたい。 -
この道をとぼとぼと引き返します。
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途中に見える大きなホテルは日本資本の「東横イン」。
ホテルの前にはドイツの長距離バス、Flixバスが何台も停まっています。 -
フリックスバスはここから出発するようになったのですね。前は駅前から出ていましたが。
運賃が安いから大勢の人が利用しています。私も何度か利用したことがあります。 -
中央駅に着きました。
近くにいた駅員さんに「欧州中央銀行に行きたいけど、11番が動かない。どうしたらいい?」と聞きました。
何だか要領を得ない駅員さん。
「えっ11番が動かない?おかしいな~。じゃ、SバーンでもUバーンでも、乗り換えてオストバーンホフで降りればいいよ」と。 -
朝から全く無駄な動きをしてしまいました。
Uバーンで乗り換え駅のコンスタブラーヴァッヘへ。
ホームのスクリーンに見たくもない顔が映し出されています。またあの将軍様、なにかやらかしたのだろうか、全く!。 -
U6に乗り換えて、オストバーンホフに到着。
案内灯の出口の下にECB(下線)とあるのが「European Central Bank」(欧州中央銀行)の頭文字をとったもの。 -
地下鉄の出口。
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出口を出るとそのお隣にも地下鉄の出口。
かなり老朽化した古いけど味のある建物。窓の落書きが面白い。
近々取り壊されて新しいビルになるのだそう。 -
あ、新しい欧州中央銀行の高層タワーが見えます。
あそこまで歩きます。 -
途中に、私が中央駅からトラム11番1本で来れると思っていたオストバーンホフ/ゾンネマンシュトラーセの停留所があります。
バスが1台停まっています。
停留所の裏の木陰では暑さにへばって寝込んでいる人。
熱中症大丈夫かしら? -
あれぇ~、もう11番のトラムが動いていますね。まだ1時にはなっていないのに。
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逆光で大変見難い写真ですけど、これが欧州中央銀行の新しいビル。
この写真ではビルの形状がはっきりしませんが、不思議な形をしたビルですね。 -
ここが「EUROPEAN CENTRAL BANK」つまりECB。
欧州中央銀行本部。
欧州中央銀行はユーロ圏19か国の金融政策を担う巨大な中央銀行です、 -
ECBのビルの中にホロコースト記念館があると調べておりました。ぜひ、見学したいと思ってここまで来ました。
さて、どこにあるのだろう? -
私は今ここにいるらしい(矢印)。
この奥がEntranceとあるから入ってはいいらしい。
だけど誰一人として人影が見えない。
ここまで来たんだもの、勇気を出して中に進む。 -
ここでまた行く手を阻まれた。
高層ビルの前にひし餅をねじったような面白い形の建物が見える。
あそこが入口らしいけどどうやって入れば・・・? -
近くにはこんなものが。
これはまさか警報システムの何かではないでしょうね。
もしかして中の警備室では私がウロウロしている姿が映し出されていたりして・・・。 -
ここまでは侵入(笑)してきたのだけど、どこにもホロコースト記念館と表示がないし、それに人影もないし・・・。
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諦めきれない思いで、柵の中から手を差し入れて写真を撮る。
入口の前には金色の葉が絡まったゴールデンクーゲルのモニュメント。 -
これで少しはタワーの様子が判っていただけるでしょうか。
欧州中央銀行は、45階建てのノースタワーと43階建てのサウスタワーが抱き合っているように見えるダブルタワー。
その前に菱餅がねじれたように見える入口棟。
その両脇にはグロスマルクトハレの連なる建物(後述)。 -
グロスマルクトハレは、1920年代に建設された青果卸売り市場でした。
ナチス時代にこの地下に多くのユダヤ人が集められ、強制収容所や絶滅収容所に送るまでの拠点となっていました。
1941年から1945年の間、10,000人を越えるフランクフルトのユダヤ人は、年よりも子供も男も女も、この地下室を出て線路まで歩き、列車に乗せられて、収容所へ旅立ったのでした。
この写真にグロスマルクトハレが写っています。丸い屋根の連なりがそうです(星型)。そして手前には強制的に列車に乗せられて死の旅路へ連行された線路が写っています(矢印)。
このことは、私は旅行記を書いている時に知りました。
そしてホロコースト記念館見学は予約制のガイドツアーでしか入れないようです。次回がいつあるかわかりませんが、リベンジ要件です。 -
ユダヤ人と欧州中央銀行には深いつながりがあるのです。
私は過去にいくつかフランクフルトのユダヤ人関連の施設を訪れています。それらの写真を見ながら少しばかり振り返ってみたいと思います。
写真:2014.5月
ユーロマークとユ-ロタワー、懐かしい~、I女史が写っています。
このころはまだ後ろのユーロタワーに欧州中央銀行の本部が置かれていました。
さて、ユーロ圏の総合銀行とも言うべき欧州中央銀行がなぜここに置かれるようになったか?
それにはフランクフルト生まれのユダヤ商人ロスチャイルド(ドイツ名:ロートシルト)家の存在がありました。 -
ユーロタワーの程近くにロスチャイルド家の邸宅があります。
写真の主が初代ロスチャイルド。彼はフランクフルトのゲットー地区(ユダヤ人居住区)に生まれ、金融業で大成しました。
彼は5人の息子に、フランクフルト、ロンドン、パリ、ウィーン、ナポリにロスチャイルド銀行を開業させます。
それらはヨーロッパの金融経済に大きな影響を持つようになりました。
1989年東西ドイツが統一され、通貨統合がなされ、ロスチャイルドの発祥の地フランクフルトに本店が置かれることになりました。(写真:2014年5月) -
ロスチャイルドが住んでいた邸宅。
金融業などで成功した裕福なユダヤ人は高級住宅地に住むようになりました。
マイン川に面した白亜の邸宅がロスチャイルド家のお屋敷だったところです(青矢印)。現在はユダヤ博物館として公開されています。(写真:2014年5月) -
位置関係をマップで。
上の矢印がユーロマークがある旧欧州中央銀行があったユーロタワー。
右側の矢印がオステンド地区にある現在の新欧州中央銀行の本店。
下のゲットー博物館(ユダヤ博物館)とあるのがロスチャイルドの邸宅があった場所。 -
ベルネプラッツ。
レーマー広場や大聖堂の東側に位置するベルネ広場は、ゲットーと呼ばれるユダヤ人居住区でした。
時代と共に呼び名が変わったゲットー地区がモニュメントとして残されています。
(写真:2011年5月) -
ベルネプラッツにはシナゴーク(ユダヤ人礼拝堂)が建っていました。
1938年11月9日、水晶の夜にナチスにより破壊されました。
水晶の夜:ナチスの時代にドイツの各地で発生した反ユダヤ暴動。ユダヤ人の住宅、商店地域、シナゴーグなどが次々と襲撃、放火された事件。
(写真:2011.5月) -
その碑が展示されているのは「ユーデンガッセ博物館」の壁です。
ユダヤ人街記念館です。
2013年に見学しました。大変充実した博物館でした。
(2013年写す) -
どこまでも続く長い長い石の壁が見えます。
その壁には黒いプレートみたいなものがずーっと並んでいます。
この塀の中は旧ユダヤ人墓地なのです。
このプレートみたいなものには、ナチスの犠牲となったフランクフルトのユダヤ人1万1135人(名前が判明している人達のみ)の名前と亡くなった場所が刻んであります。
(2011.5月写す) -
ここもマップで。
クルト・シューマッハ通りの左側がレーマー広場や大聖堂が建ちならぶ旧市街。右側のベルネプラッツの広範囲な一帯がゲットー地区。
左上○印はユダヤ人街記念館(ユーデンガッセ博物館)です。
そして広大な緑地地区に墓地があります。緑地の上の道路と面している境界線にユダヤ人の名前が彫られた長い塀が続いています。 -
さて、
ホロコースト記念館は見つけられなかった。
また新欧州中央銀行の建物の中にも入れなかった。私って何をしにここまで来たのだろう。
せめてユーロマークだけでも見に行こう。
因縁のトラム11番でウィリーブラント広場で下車する。
これも後でわかったこと。新欧州中央銀行はセキュリティーの関係で日曜日は閉館していたのではとの情報。私が訪れたのは8月5日(日曜日)でした。 -
目の前には、前の欧州中央銀行の本店が入っていたユーロタワーと、ユーロマークのモニュメント。
このビルが建っている場所も、ロスチャイルドの敷地だったところだそうです。 -
ユーロマークに近づきます。
ユーロのマークはギリシャ文字のイプシロンからとられたもので、ヨーロッパの始まりを意味しているそうです。
そして横の2本の線は通貨の安定を、また12個の星は2002年1月当時ユーロ通貨が12か国に流通していたことよりデザインされたものだとか。 -
ヨーロッパの通貨のシンボルであるユーロマーク、言葉は悪いけどちょっとチャチですね。ハリボテみたい(独り言です・笑)。
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私は歴史あるものの方が好き。
ビルの谷間に美しいバロック様式の建築物を見つけました。1905年に建てられたコメルツ銀行の支店だそう。
近代的な高層ビルがいくつ立ち塞がろうと、少しも引けをとらないギリシャの女神たちの彫像、いいですねぇ。 -
暑い!
ドイツ文豪シラーの彫像に挨拶したら、近くの木陰で涼もう。
シラーの背後の高層ビルはドイツ銀行。 -
皆さんも同じ気持ちだと見えて、木陰の下で涼んでいる人の姿が結構あります。
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しかしよく見ると、荷物一式を持ちこんだ移民か難民の方たちのようです。
ここはアジアのお婆がノコノコと立ち入るところではなさそうです。 -
面倒なことにならないうちに早々に退散します。
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