2022/06/07 - 2022/06/11
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Masakatsu Yoshidaさん
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航空会社の期限切れ間近のマイレージが残っていたので、函館、青森、十和田湖方面に出かけました。
学生時代に住んでいた札幌から上京した時は、青函連絡船に乗って函館や青森を通ったことはありますが、どちらも市街地に出たことはありませんでした。したがって、青函トンネル、青森観光は最初の経験でした。
青森県観光の旅程は、次の通りです:
6月7日 (火) AM 函館→青森 (新函館・新青森間は新幹線)
PM 青森観光(繁華街、三内丸山遺跡) 青森伯
6月8日 (水) 終日 八甲田山トレッキング 酸ヶ湯温泉泊
6月9日 (木) AM 酸ヶ湯温泉→十和田湖 十和田湖泊
PM 十和田湖観光(休屋付近)
6月10日(金) 終日 奥入瀬渓流トレッキング 十和田湖泊
6月11日(土) AM 十和田湖→青森駅
PM 青森エイエリア観光
夕方 青森駅→青森空港→羽田 JAL150便
主な観光体験
「北海道新幹線」:新函館北斗駅・新青森駅間を地底トンネルでつなぐ「北海道新幹線」を利用。
「三内丸山遺跡」:青森市郊外にある縄文時代の大規模集落遺跡を見学。
「八甲田山」:ロープウエイで山頂公園駅に上り、トレッキングコースで八甲田の景観を満喫。
「奥入瀬渓流」:十和田湖を源流とする渓流沿い遊歩道を歩き、滝や急流などの自然美に観賞。
「十和田湖」: 休屋付近の「十和田湖観光交流センター」、「乙女の像」、「十和田神社」などを散策。
「青森ベイエリア観光」:A-FACTORY、青函連絡船「十和田丸」、ねぶたの家「ワラッセ」などを見学。
第1日目の青森観光で見学した「日本最大級の縄文遺跡群・三内丸山遺跡」について、簡単に解説します。
三内丸山遺跡は、青森県青森市大字三内字丸山にあります。今から約5900年前~4200年前の縄文時代の集落跡で、長期間にわたって定住生活が営まれていました。1992年からの発掘調査で、竪穴建物跡、大型竪穴建物跡、大人の墓、子どもの墓、盛土、掘立柱建物跡、大型掘立柱建物跡などが見つかり、集落全体の様子などが分かってきました。
2021年7月には、ユネスコより、「北海道・北東北の縄文遺跡群」として世界文化遺産に登録されています。
では、三内丸山遺跡で、具体的に発掘されたり、復元されたりした縄文時代の遺跡を見てみましょう。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ ANAグループ 新幹線 JR特急 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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三内丸山遺跡の発掘作業の様子
(情報源:三内丸山遺跡センターのウエブサイト)
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青森駅前発のバスで、14:30に「三内丸山遺跡」に到着。
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「三内丸山遺跡」の入場口
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「三内丸山遺跡」で、私が歩いたコースです。(赤色)
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入場すると、「三内丸山遺跡へようこそ」と題する案内板が立っていました。
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この案内板付近から見えた「竪穴建物(’復元)」の集落
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「大型竪穴建物」の方角を眺めた景色。
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「南盛土」の現場を覆っている建物。
「盛土」は、大量の土器や土偶が捨てられて、約1,000年間で丘の様になった場所です。建物の内部には現場を発掘した時の状態が保存されています。、 -
復元された「大型竪穴建物」です。
長さが32m、幅が9.8m、床面積が250m2で、日本最大だそうです。。
建物は19本の太い柱で支えられ、材料はクリ材、屋根と壁は茅葺きとのことです。この建物の用途は、共同作業所や集会所などという説があります。 -
「大型竪穴建物」の内部
栗材の柱が並んでいるのが見えます。
縄文時代にこの様な広さの建物が造られたのは驚きですね! -
復元された「大型掘立柱建物」です。
三内丸山遺跡のシンボル的存在です。
高さは14.7mなので、遺跡の施設内で目だつ存在です。
この建物は高床倉庫であると考えられています。 -
「子供の墓」の埋葬地を覆っている建物です。
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内部を眺めると、子供の遺体を発掘した穴が並んでいました。
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「北盛土」の案内板。
案内板には、”盛土は、竪穴建物や穴などを掘った時の土やゴミ、焼け土や炭、石器や壊れたどき土器などが同じ場所に長期間継続して捨てられて、小山のようになって盛り上がっている”と書かれていました。
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「北森土」の現場。
沢山の土器や石器が捨てられています。 -
「北の谷」と呼ばれる低湿地です。
「北盛土」に隣り合った位置にありました。
縄文時代前期にゴミ捨て場として利用された場所です。
水分が多く空気に触れていなかったので、木製品や漆器などが残っていましたが、現在は埋め戻されています。
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復元された高床式の「掘建柱建物」です。
地面に穴を掘り、柱を建てた糧物跡です。
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これも復元された高床式の「掘建柱建物」です。
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「大人の墓」(土坑墓)。
地面に掘られた穴に埋葬されたとのこと。 -
ここは、「大型竪穴建物跡」です。
集落の中心に大型の建物が建てられていた様です。 -
復元された「竪穴建物」です。
床は、地面を彫り込んで造られています。
これまでに、550棟以上見つかっているとのことです。
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この「竪穴建物」内部の様子です。
多数の柱が並んでいます。 -
この付近には、復元された「竪穴建物」が並んでいました。
縄文時代の集落の様子が覗えます。 -
この様に外部に柱が組まれた住居もありました。
非常に簡素な形状ですね! -
帰路、東側を眺めると、原野が広がっていました。
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帰路の北側には、遠方に「大型竪穴建物」が見えました。
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カメラをフォーカスすると、「大型竪穴建物」の後方に「大型掘立柱建物」も見えました。
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出口に近づくと、「三内丸山遺跡の石碑」が立っているのに気づきました。
遺跡に入場した時には気づきませんでした。
これで、遺跡見学は終了です。
この後、縄文時遊館に入りました。そこには、常設展示室やミュージアムショップがあります。
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さて、「縄文時遊館」に入り、展示品を見学しました。
最初に見たのは、「縄文土器」でした。縄文時遊館 公園・植物園
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次に見たのは、「大型板状土偶」(重要文化財)でした。
三内丸山遺跡ではほかに2000点を超える土偶が出土しているとのことです。
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これは、「地層の重なり」を示す展示です。
「盛土」には茶色や黄色などの様々な土が重なっていますが、地面を掘った時の地層を示したものです。 -
出土した大小さまざまの土器も多数展示されていました。
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色々な「土偶」が並べられた展示棚です。
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縄文人の生活を再現した展示もありました。
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「子供の墓から出土した土器」。
縄文の模様がはっきり見えます。 -
縄文時代の三内丸山地区は、他の地域と活発な交流がありました。
その一例として、展示館に「北海道の黒曜石」が展示されていました。
詳しくは、次の画像をご覧ください。、 -
他地域との交流について(情報源:三内丸山遺跡センターのウエブサイト)
約5000年前から、色々な地域と活発に交流・交易が行われるようになりました。例えば、ヒスイは新潟県糸魚川周辺から、黒曜石は、北海道十勝や白滝、秋田県男鹿、山形県月山などから、琥珀は岩手県北部の久慈周辺などから運ばれて来ました。
三内丸山遺跡を訪れて、6,000-4,000年前の縄文人の生活に触れることが出来ました。
三内丸山遺跡から青森駅行きのバス発車時刻は16:51でしたので、遺跡見学に要した時間は2時間強でした。
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