2022/05/10 - 2022/05/12
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旅 夢太郎さん
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「草の庵に 足さしのべて 小山田の 山田のかはづ 聞くがたのしさ」
五合庵でのものか、乙子神社でのものかは定かではありませんが、村での托鉢を終え、厳しい山道を登りきり、くつろぎのひと時を過ごす時の歌と思われます。いよいよ今日からは、良寛の修行時代、そして良寛生涯の春といわれる貞心尼との出会いの地に向かいます。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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出雲崎から次の目的地である燕市の国上寺に向かいます。途中山沿いの道には、見たことのない綺麗な花が咲いていました。農家の人がおられたので聞いてみると、桐の木に咲いた花だそうです。
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それにしてもなんと新緑の美しいことか。
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山藤も至るところで見る事ができました。
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国上寺に着きました。
国上寺は国上山の中腹にある真言宗の寺院で、709年創建の越後最古の名刹です。良寛ゆかりの五合庵はこの敷地内にあります。 -
国上寺の境内です。ここも新緑が綺麗です。
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国上寺から地図をたよって、五合庵を目指します。10分位下った所にありました。
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想像していた以上に深い森のなかでした。
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五合庵に掲出されている案内文
良寛が玉島(岡山県倉敷市)の円通寺できびしい修行を終え、さらに各地の名僧をたずねて研鑽を重ねたのち、寛成8年(1796)頃から山麓の乙子神社わきの草庵に移り住む迄、約20年間住いしたところである。 -
五合庵の周りには杉の木立が生い茂り、後方は急な斜面。眺望のない静かな佇まいの中にありました。想像していたより遥かに厳しい環境の中でした。冬の寒さは特に身にこたえたようです。
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「山住の あはれを誰に 語らまし あかざ籠に入れ かへるゆふぐれ」
8畳一間での生活の寂しさを、しみじみと受け入れての生活だったようです。 -
千眼堂吊り橋
五合庵から少し下ったところに、五合庵と朝日山展望台を結ぶ124mの吊り橋があり渡ってみました。 -
朝日山展望台からの眺めです。
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国上寺のある駐車場から、少し下った所に乙子神社の駐車場があり、立ち寄りました。歩くこと4~5分で「乙子神社」に着きます。
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乙子神社草庵
国上寺の麓にあり、1816年、良寛が59歳のころ、それまで住んでいた五合庵が老朽化したことと、朝夕の山坂の登り降りが身にこたえるようになったことから、こちらの乙子神社草庵に移り住むようになったそうです。ここでの10年間が良寛芸術の円熟期とされています。ときおり、村の子供達が遊びに来たそうです。 -
晩年の良寛が74歳で遷化するまで暮らしていた長岡市にある島崎地区を訪れました。
道の駅「良寛の里わしま」に掲示されている案内板です。
「良寛が生涯唯一気を許した尼僧、貞心尼との出会いの地。足掛け5年間続いた心安らかな交流の足跡に心ゆくまで触れることができます。」(以上は案内文より) -
年をとっての山暮らしが耐え難いものとなり、島崎の木村家の裏屋に移りすんだ良寛。ここで貞心尼との出会いがありました。文政10年、良寛70歳、貞心尼30歳のときです。貞心尼は非常な美貌だったといわれています。17歳で医師のもとに嫁いだが、子供ができぬため5年目に離縁され実家に戻ったとも、あるいは夫と死別したともいわれています。良寛没後、38歳のとき、良寛の歌と、みずから良寛と唱和した歌を集めて「蓮(はちす)の露」1冊を完成させています。
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はちすば通り
良寛と貞心尼が清らかな師弟愛で唱和した歌を集めた「はちすの露」にちなんで地元の良寛会により平成3年に名付けられた小路。はちすば通りには、良寛が晩年を過ごした庵跡や墓など多数の史跡が点在していました。 -
はちすば通りの光景 その2
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はちすば通りの光景 その3
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はちすば通りの光景 その4
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はちすば通りの光景 その5
良寛が晩年を過ごした木村邸跡には碑が立っていました。 -
はちすば通りの光景 その6
「良寛終焉の地」天保2年(1831)弟の由之、法弟貞心尼、木村家の手厚い看護に感謝しつつ、74歳をもって空に帰しました。 -
はちすば通りの光景 その7
良寛のお墓がある、隆泉寺です。表紙の托鉢する良寛像もここ隆泉寺に立っているものです。 -
はちすば通りの光景 その8
良寛のお墓
「人の心が、さまざまな欲望やわずらいで一杯になっていたら、そこに自然の入る余地はない。」 良寛の空の教えには尊いものを感じます。 -
はちすば通り駐車場前からの光景
当時はこのような区画整理はされていないものの、広大な田んぼ風景を良寛も眺めたこどでしょう。 -
予定の旅も充実感を持って終わり、長岡ICから帰途につきました。ところが感動は終りではありませんでした。まず立ち寄った越後川口SA。「ようこそ越後川口へ」という看板に沿って展望台へ行ってみました。
「ここ川口は、信濃川と魚野川の合流点にあたり、展望台からは美しい越後の山河が眺望できます」案内文そのものの風景が広がっていました。 -
越後川口SAからの眺め
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続いて車窓には、まるで絵画を見ているような景色が次から次へと現れてきました。(写真は走行中パートナーがスマホで撮ったものです)
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「関越トンネル」
旅の最後を飾るのは関越トンネルです。
関東地方と越後地方の境界となる越後山脈を貫通している、全長11kmに及ぶトンネルです。高速自動車国道のトンネルとしては日本最長だそうです。
(写真はパートナーがスマホで撮ったものです)
新潟はまだまだ魅力に包まれた所が多数あるようで、今後の訪れを楽しみにしています。
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