2017/01/01 - 2017/01/01
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エンリケさん
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2016~17年の年末年始の北タイ旅行5日目後半。
タイ最北部の県チェンライでのツアー観光を続行。
チェンライ中心部近くにある白亜の寺院、ワット・ロン・クンを見学した後は、かつて麻薬の栽培地帯として悪名を馳せた、ミャンマー・ラオスとの国境地帯のゴールデントライアングル、そしてタイ最北端の町メーサイへ。
最後はビルマ語系の少数民族であるカレン首長族の村も訪れ、盛り沢山の一日となりました。
<旅程表>
2016年~2017年
12月28日(水) 成田→香港→チェンマイ
12月29日(木) チェンマイ
12月30日(金) チェンマイ→スコータイ
12月31日(土) スコータイ→チェンマイ
〇 1月 1日(日) チェンマイ→チェンライ
→チェンセン(ゴールデントライアングル)
→メーサイ→チェンマイ
1月 2日(月) チェンマイ→香港
1月 3日(火) 香港→成田
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- キャセイパシフィック航空 キャセイドラゴン航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
1月1日(日)
11時40分、チェンライ県中心部近くにある白亜の寺院、ワット・ロン・クンの見学を終え、ツアーのワンボックスカーに戻って次の目的地へ。ワット ローン クン 寺院・教会
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次に向かうのは、ワット・ロン・クンから北北東へ約90kmのチェンセン郡にあるミャンマー・ラオスとの国境地帯、“ゴールデントライアングル”。
“ゴールデントライアングル”というと、わたしの子どもの頃はケシなどの“麻薬の栽培地帯”として悪名高かったところですが、現在は(少なくともタイ側は)治安が良くなって、積極的に観光客の呼び込みを行っているとか。
・・・車窓には暑さに対応した南国風の家屋などの田舎の風景を映しながら、ワンボックスカーは北上していきます。 -
タイ最北端に近い地域でも、街道のあちこちに前国王陛下のお写真が飾られていますね。
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車はその後しばらくこんな田園風景の中を走り続け・・・。
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13時10分、チェンセンの市街に入り、車から降ろされて、こんな民家のようなオフィスでパスポートチェック。
ゴールデントライアングル観光では船で国境をまたいでラオスに入国するというので、一応、その手続きがされます。 -
パスポートチェックを終えた後は、オフィスのすぐ脇を流れるメコン川に降りていきます。
おあつらえ向きに“黄金三角”と書かれた看板があり、ツアー参加者の皆さんはこの前に立って記念撮影・・・と思ったら、関心があるのは漢字文化圏のわたしくらいのものでした(笑)。ゴールデントライアングル (黄金の三角地帯) 文化・芸術・歴史
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こちらがタイ、ミャンマー、ラオスの国境がぶつかるゴールデントライアングルの地図。
なるほど、“トライアングル”(逆三角形のかたちですが)になっているのはタイ側というよりもむしろミャンマー側のようですね。 -
その看板の脇から階段を下って、メコン川へと降りていきます。
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13時20分、メコン川の畔にまでやってきたところで小雨が降り出しますが、ここまで来たらそんなことには構っていられず、そのままツアー船に乗り込みます。
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ここで皆、救命胴衣を身に着け、乗船。
安全対策は一応、採られているようです。 -
そんなこんなでガイドの案内により、ゴールデントライアングルのクルーズ開始。
少し雨模様の中、船はメコン川の国境地帯を進んでいきます。 -
少しすると、タイ側に金ピカの大仏を発見。
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金ピカの大仏は何か船のような乗っていますね。
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この大仏、“プラ・プッタナワラーントゥー”(Pra Puttha Nawalanteu)と言い、高さ約16m、重さ約69トンあるというゴールデントライアングルのシンボルとして建立されたもの。
もともとはチャクリー朝のラーマ3世(在位:1824~51年)時代に造られたもので、メコン川へ水没してしまったものを2004年8月に復元したものだそうです。
【タイ国政府観光庁~プラ・プッタナワラーントゥー】
https://www.thailandtravel.or.jp/pra-puttha-nawalanteu/ -
大仏を見た後もクルーズ船の航行は続いて行きます。
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東南アジアを貫くように流れるメコン川も、この辺りはまだまだきれいな方かな?
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クルーズ開始から30分後の13時50分、船はラオス側の岸に接舷。
ここから少しの間、ラオス側に上陸です。 -
ラオス側の岸に上陸すると、ちょっとした集落のようなところがあり、入口にはこんな“ラオスアピール”の看板が。
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そして集落内に入ると、一面が土産物屋街に。
この集落の人々は我々のようなゴールデントライアングルツアーの観光客相手に稼いでいるのでしょう。 -
売られている商品を見ると・・・ご当地衣服などの観光地御用達のものに混ざって、こんなヘビやサソリの入ったゲテモノ酒(?)の販売も。
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2014年のラオス旅行で毎日飲んで好きになった懐かしのビアラオも。
これは嬉しいですね。 -
しかしどの店を見ても店員は表に出ず、積極的な宣伝も行っていないようで、あまり売る気が感じられません。
この集落全体で動いているのは観光客のみで、せっかくラオス側に渡ったのに、ラオスの人々の生き生きとしている様子が見られないのは非常に残念ですね・・・。 -
そんな期待外れなところもあって、さらっと見ただけでこの土産物屋街を退散。
あとは船の出発時間まで、メコン川沿いをぶらぶら・・・。 -
土産物屋街から出て、メコン川沿いを歩いていると、こんな中国資本によるリゾート計画の看板が。
この看板を見たのは2017年の年頭ですが、その間、コロナ禍もあった2022年の現在はどうなっていることでしょう・・・。 -
14時20分、約30分の上陸時間が終わって、タイ側に戻るべく、岸に接舷されていた船に乗り込みます。
前述のようにラオス側はこれといったおもしろみがなく、単に“国境をまたいだ”という意識だけが残りました・・・。 -
帰路は相変わらず穏やかなメコン川をすーっと横切って、難なくタイ側へ。
14時50分、これにてゴールデントライアングルクルーズ終了です。 -
ワンボックスカーに戻った後は、次の目的地、タイ最北端のこれまた国境の町メーサイを目指して北上。
・・・とその前に、15時20分、少し走ったところで、ロードサイドのお店に入って遅めの昼食です。 -
昼食はビュッフェ形式で、同乗していたバンコク在住という中国人の若い男性や、オーストラリア人の女性3人組とともにいただきます。
味の方は、これといって特徴がない感じで、皆さん黙々と食べていました・・・。 -
16時、昼食を終え、再びワンボックスカーに乗って、メーサイを目指して北上。
途中、道路脇にはあまりタイっぽくないギリシャ彫刻風のモニュメントも。 -
そして16時10分、ひと際人通りが賑やかなところにやってきました。
もしやここが・・・。 -
そう、タイ最北端の町メーサイ。
その大通り、ミャンマーとを結ぶ“パホンヨーティン通り”(Phahonyothin Rd.)は様々な露店が出て、まるでお祭りのように大混雑。
この写真、よく見ると前国王陛下も屋台の背後にいらっしゃいますが、ここにいる人々はそんなのお構いなしといった感じで、買い物など各々の活動を楽しんでいるように見えます。 -
16時15分、車から降りて、その賑やかなメーサイ市場の見学を開始。
国境の町と言っても、隣接するミャンマー側はたいした資源がないはずですが、“国境”という雰囲気に惹かれてやってくる観光客たちで賑わっているのでしょうかね。メーサイ市場 市場
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商品の中には某サンリオのキャラクターも。
ちゃんと許可はとっているのかという感じです。 -
こちらはたくさんの甘栗を売る屋台。
美味しそうですね(笑)。 -
さて、半分歩行者天国のようになっているパホンヨーティン通りを進んでいると、向こうに巨大な門のような建物が。
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近づいてみるとそこはパスポートセンター。
外国人観光客もここで手続きを受ければミャンマー側に渡れるようですが、このツアーの見学時間では時間がなさそうなので、残念ながらパス・・・。メーサイ イミグレーション (入国管理局) 建造物
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この門の先はミャンマー側の国境の町タチレイ(Tachileik)。
国境越えをしようとする車で混み合っています。
なお、出国手続きをしていなくても、この先の途中までは歩いて行けるようなので、少し行ってみることに。サーイ川 国境の橋 建造物
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16時25分、歩道を伝って門の先へ行ってみると、こんな碑が。
これはタイ最北端の碑。
どの国も自国の領土が尽きるところには、こんなものを造りたがるのでしょうね。タイ最北端の碑 モニュメント・記念碑
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その先のサーイ川を越えたところにはミャンマー側の町タチレイが。
こんな平和に見える国境地帯でも、道路の両側にびっしりと立てられているフェンスの上には、恐ろし気な有刺鉄線が張り巡らされています。
しかし、2021年2月のミャンマーにおける軍事クーデターと、その後の内戦を経た現在は、この国境地帯はどうなっていることでしょうね・・・。タチレク イミグレーション (入国管理局) 建造物
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タイ最北端の碑を反対側からもパチリ。
“WELCOME TO THAILAND”とはありますが、タイの方々は本音のところでは、ミャンマー側から来る人々のことをどう思っているのでしょうね。 -
タイ最北端の碑を見た後は、ツアーの出発時間までメーサイの市場をぶらぶら。
特に欲しいものはありませんでしたが、こういう人々の活気に満ちた姿を見ていると、どこか元気になるものですね。 -
もはや半分歩行者天国のような大通り。
まさに“アジアの雑踏”です。 -
こんな光景も、やがて時が経てば日本のように見られなくなるのでしょうかね・・・。
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そんなこんなで16時40分、約30分が経過し、ツアーの出発時間近くなったので、車に戻ることにします。
ミャンマーの内戦が終わってまた平和な世界になったら、こんなところから東南アジアの国境越えをしてみたいものですね。 -
メーサイにはこんな中国風の建物も。
バンコクやチェンマイよりもずっと中国い近いし、中国系移民もきっと多いのでしょうね。 -
16時50分、車はメーサイを出発し、再びタイ最北部の田舎道を進んでいきます。
-
陽が沈みかけ、だいぶ薄暗くなってきた17時50分、車は最後の目的地に到着。
そう、ここはツアーに組み込まれていたカレン首長族の村。
ただ、ツアーメンバーの中で降りるのはわたし一人のみの様子・・・。
タイの首長族観光は“人間動物園”という悪評も立てられており、敬遠する方が多いのでしょうか。
いろいろな意見がある中ですが、わたしは実態を見ておきたいという気持ちが強まり、他のツアーメンバーの視線を背中に感じながら、車を降りることにしました。
さて、まず村の入口に掲げられていたのは、こんな呪術的とも言える人形。
宗教観からして、仏教徒の多い一般のタイ人とは違うようですね。 -
道を進んでいくと、こんな粗末な藁ぶきの家々が見えてきました。
-
泥の地面の上に連なっているのは高床式の家々。
・・・首長族はミャンマーに多く居住するカレン族の一派で、少数民族であるゆえ、迫害を受けている人々も多いとか。
こんなところに“住まわされている”といった感じなのでしょうか。 -
その中の一つに入ってみると、中はこんなお土産屋に。
村はしっかり観光化されているようで・・・すると、当人たちは実はここには住んでいないのかな?
ちなみにこの方は例の首輪は着けておらず、首長族ではない他の部族の方のようです。 -
そしてガイドに促されて次の家に入ってみると、今度は金色の首輪を着けた首長族の女性が。
ガイドから“さあ、写真を撮って”と促されるままに、一緒に写真を撮ったりしたのですが、彼女らについての説明は一切なく、まさに“写真を撮らされるため”だけに存在しているようで、このような観光のやり方では、そりゃあ批判は起こるわなというような、ちょっと残念な感じの内容でした・・・。 -
次の家には母子か姉妹か、ちょっと年齢不詳な若い女性たちが。
彼女らは本当にここに住んでいるのか、観光のための出張なのか・・・。
顔や衣装があまりにもきれいすぎて、現実感がないですね・・・。 -
子どもを抱く若い母親も。
彼女とは英語で少し話をしましたが、若いのにえらく落ち着いていたのを記憶しています。
その後コロナ禍もあり、観光客も少なくなって彼女らも生活の変容を迫られたことと思いますが、元気で暮らしているでしょうか・・・。 -
以上、ツアーメンバーも待っているので、カレン首長族の村の滞在は10分ほどで終わりとなり、あとはチェンマイに戻るだけ。
首長族の村訪問、彼らの歴史や文化を紹介するなど、もっと工夫すればいいツアーになると思うのですが、民族問題も絡んでいてやはり難しいのでしょうかね・・・。
ちなみにすっかり暗くなった車窓には、“オランダレストラン”の看板とともに風車の姿が。
オランダ料理というとあまり美味しいという印象がありませんが、タイではオランダが流行りなのでしょうか?? -
途中、チェンライの町でオーストラリア人女性3人組を降ろすなどして時間がかかり、22時20分、4時間ほどかかってチェンマイに戻ってきました。
チェンマイ旧市街の通りはこの日も遅くまで露店が出て、“ハッピーニューイヤー”のお祭りが続いているよう。 -
こちらの一角ではステージが設けられ、何やらショーが行われている模様。
近づいてみると・・・。 -
ステージに立っているのはなんと女の子。
こんな遅い時間帯なのにと思うのですが、先ほどの首長族の村と同様、女の子はどの世界でも、客寄せに使われてしまうということなのでしょうかね・・・。
さて、翌日は今回の旅の実質最終日。
最後はチェンマイ旧市街の名所旧跡をじっくりと見て回ります。
(春うららの北タイ6日目~最後のチェンマイ観光~に続く。)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 川岸 町子さん 2022/06/12 18:29:08
- メーサイの移り変わり
- エンリケさん、こんにちは(*^^*)
この日のツアーは、ラオス・国境の町・ミャンマー・少数民族の村をまわり、これは旅行者が飛びつくはずですよね~(*^▽^*)
メーサイの様子をワクワクしながら拝見しました。
エンリケさんが行かれた時はキティちゃんらしきキャラクターとは、相変わらずですねぇ(苦笑)
私はクレヨンしんちゃんに会いました(笑)
小屋だったイミグレは立派になり、それだけ人の往来が多いのでしょうね。
当時はミャンマー側は中国の品がどんどん入り込んで、メーサイに物を運んでいるような印象でした。
タイ最北端の碑も造られ、観光に力を入れたいはずなのに、コロナ禍そしてミャンマーの内戦で、町の状況はどのようになったのでしょう?
以前は有刺鉄線は無かったので、国境警備が厳しくなったのかもしれません。
私もメーサイの市場が印象的で、うちの子ども達に優しく接してくれました。
帰国後にメーサイでの人身売買を取り上げたドキュメント番組を見た時、メーサイの別の顔を知ったようで驚きました。
お写真にあるカレン族の村、エンリケさんがお書きのように皆さんきれいだし、整った服装で、意外ですね!
町子
- エンリケさん からの返信 2022/06/19 22:45:41
- コロナ後の観光は・・・。
- 川岸 町子さん
こんばんは。
メーサイ旅行記にご訪問ありがとうございます。
> メーサイの様子をワクワクしながら拝見しました。
> エンリケさんが行かれた時はキティちゃんらしきキャラクターとは、相変わらずですねぇ(苦笑)
> 私はクレヨンしんちゃんに会いました(笑)
コロナ禍前のメーサイ、ミャンマーの軍事クーデターもまだなかったし、今から思えば本当に、賑やかで平和に国境越えができるところでしたよね。
あれからアゼルバイジャンやアルメニア、さらにはロシアやウクライナまでも戦争を始めてしまい、世界がおかしな方向に進み始めているのが本当に心配です。
コロナ感染者数の減少とともに、世間では“リベンジ観光”が始まっているようですが、世界への観光はまだまだ慎重にならざるを得ませんね・・・。
> 私もメーサイの市場が印象的で、うちの子ども達に優しく接してくれました。
> 帰国後にメーサイでの人身売買を取り上げたドキュメント番組を見た時、メーサイの別の顔を知ったようで驚きました。
やはり観光で一時的にその街を訪れるのと、そこでずっと暮らすのとでは、いろいろと見えるものも違うのでしょうね。
コロナ禍前は東南アジアへの移住がブームな時もありましたが、よくよく気を付けなければなりませんよね。
> お写真にあるカレン族の村、エンリケさんがお書きのように皆さんきれいだし、整った服装で、意外ですね!
カレン族の村観光、今思えば、もう少しガイドの説明や、現地の方との対話の時間が欲しかったところですね。
こういうところでは、ただ写真を撮ってくる観光より、現地の方との触れ合いが重要だと思うのですが、やはり効率的にたくさんの場所を巡っていくツアー形式では難しかったでしょうか・・・。
カレン族のその後の実の姿がどうなっているのか、またドキュメンタリーなどで取り上げて欲しいものですね。
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