2022/02/11 - 2022/02/11
747位(同エリア795件中)
壱岐照三さん
秘境、新河岸川の下流域をちょこっと探検後、荒川に出て文明の地、台場を目指すクルーズの旅。
写真は四ツ木橋。「(河川敷で行われる)荒川ロックフェスティバル」の案内告知ではなく、「荒川ロックゲート」の臨時閉鎖予告を伝えるもの。
-
岩淵水門から荒川に入り、最初に見える名所(?)は芝川水門。芝川は元々上尾、樋川を源流として、見沼田んぼを経由し流れてきた芝川を元にする。が、この川を巡る複雑な埼玉の事情については端折ることにする。
-
鹿浜橋(環七通り、1965年架橋)いわゆる「荒川放水路」としては一番上流部に架かる橋。水上バイクはここまで、という標識も地上からはなかなか分からない。
-
五色桜大橋(首都高速中央環状線、2002年架橋)五色桜、という名前自体は由緒ある名前で、足立区の名物である。ワシントンのポトマック川の桜はここの桜の子孫、とのこと。隅田川道路橋の続き、である。
-
江北橋(江北橋通り 1923年架橋)隅田川の豊島橋につながる橋である。前述の「荒川の五色桜」で有名な荒川堤の近くである。
-
この辺の川岸はコンクリで固められていなくて、水鳥も多い。
-
荒川橋梁走る日暮里舎人ライナー。
-
扇大橋(尾久橋通り 1974年架橋)隅田川の尾久橋とほぼ一体化している。
-
河川敷の鉄塔。増水分だけかさ上げされているが、本当に荒川が「荒く」なった時はこんなものではすまないだろう。電線に水が来なければいいのかなあ。
-
西新井橋(尾竹橋通り 1922年架橋)この橋も1924年の荒川放水路の通水に備えて作られた橋、とのことで、最初に出来た当時は水がなかったはず。重機もない時代に、よくこんな川を作ったね、と改めて感心する。
-
千住新橋(国道4号線 1924年架橋)荒川放水路掘削時に作られた初めての鉄橋ということで、大工事だったらしい。今は特徴もない普通の橋だが・・・
-
手前から、東京メトロ、JR、つくばエクスプレスの3路線の荒川橋梁。これもなかなか壮観である。
-
前述3路線の少し下流にある東武線の荒川放水路橋梁(1914年架橋)。「放水路」の文字がまだ入ってる。ちなみに前述の3路線もJRは「放水路」が入ってるのが正式名称のようだ。後述する綾瀬川への標識があるので、船で行く人がいるのだろう。
-
東京都下水道局 小菅水再生センター。簡単に言うと下水処理場・・・のことをこう言うのか。なお、東京都水道局水源管理事務所小菅出張所、と言うのが山梨県北都留郡小菅村にあるので、きちんと区別しないととんでもないとこに行くことになる。・・・
-
スカイツリーを見る。川岸を見てると、まだまだ未開の土地だということがよく分かる。
-
国土交通省の綾瀬排水機場。この近辺がやはり荒川一帯の治水の肝になるせいか、いろんな施設が多い。
-
綾瀬川水門。綾瀬川は芝川同様、桶川を源とする利根川・中川系の川で隅田川に流れていたのが、荒川(放水路)によって分断、仕方なく(?)荒川と並行に流れ、やはり分断された中川に流れ込むように流路を変えられた。その綾瀬川の分断地点にある水門。実際にここをくぐって、綾瀬川のどこまで船で行けるのか、埼玉県が企画しないかなあ。
-
堀切橋(川の手通り 1924年架橋)変な角度の写真なのは、通り過ぎて下流側から慌てて写したため。綾瀬水門が右側になっている。ここも放水路通水前に出来た橋の一つ。
-
隅田水門。隅田川とつながっているが、氾濫時にはここも閉める。より低いところを流れる隅田川に水が流れないようにする、といえば聞こえがいいが、やはり荒川側は犠牲になるのね、と思わなくもない。
-
並行して隣を流れる綾瀬川の堀切菖蒲水門。1991年の綾瀬川氾濫に対応するため、1997年に作られたもので、現代においても(?)治水対応が続いている。
-
墨田緊急用船着場。このような船着き場はいくつかあるが、手続きを取れば使える、らしい。
https://www.ktr.mlit.go.jp/arage/arage00128.html
緊急時に使うためには、平常時も頻繁に使ってもらう方がよい、というのは珍しくお役所らしくない(?)考え方と思う。 -
都営白鬚東アパート。このアパートは全体、長さが1.2キロほど、が、防火壁の役割を果たすように設計されていて、棟の間の隙間に門があり、閉まるようになっている。屋上の黄色いものは消火用水タンク。関東大震災の教訓、との事で、防災拠点になっている。だが、水害に対してはどうなんだろう。
-
四ツ木橋(国道6号線、1952年架橋)表紙の写真の続きである。
-
木根川橋(都道449号線 1969年架橋)さだまさしの「木根川橋」の木根川橋。ちょうどこの右手の方、京成押上線の橋梁との間くらいに、「関東大震災 朝鮮人殉難者追悼之碑」がある。
-
かつしかハープ橋(首都高中央環状線 1987年架橋)ちょうどこのあたりが、綾瀬川が中川に合流するところで、ここより下流は中川になる。
-
墨田清掃工場の煙突。23区内で唯一自由に見学できる清掃工場、らしい。煙突は150m。スカイツリーは634m。
-
中川水門。中川は埼玉の羽生を源とする利根川水系の川で直接東京湾に注いでてたらしいが、やはり放水路によってズタズタに分断され、今は荒川に並行して流れている。その最初の分断地点に水門はある。ここも埼玉県の探検ツアーに期待したい。
-
平井大橋(蔵前橋通り 1966年架橋)特段目立つ橋ではないが、周辺はチャリやジョギングにはもってこいの道が整備されている。
-
小松川橋(京葉道路 1922年架橋)余談だが京葉道路は千葉に入ると自動車専用道になるため、チャリで走れる国道14号線はもうちょっと東で大きく迂回することになる。これをよく知らずに昔、えらい目にあったことがある。
-
荒川大橋(首都高速7号線 1971年架橋)この辺までくると、もうすぐ河口が近い感が出てくる。
-
江戸川ボートレース場。川を利用した唯一のボートレース場、として有名だが、出資者が東京都六市競艇事業組合(八王子市、武蔵野市、昭島市、調布市、町田市、小金井市)と東京都三市収益事業組合(多摩市、稲城市、あきる野市)で、所在地の江戸川区はもとより、23区も入ってない。ボートレースは多摩人の遊びなのだろう。
-
船堀橋(新大橋通り 1971年架橋)荒川で最後から二番目の橋であり、二番目に長い橋とのこと。ここにも船用の電光掲示板がある
-
表紙の写真で触れた荒川ロックゲート。寸断された旧中川の二番目の分断地点の水門、と言えばよいだろうか。いわゆる閘門式のゲートになっていて、写真でお分かりのように、手前と奥のゲートの間で水を出し入れして水面高さを調整する(水位差は最大3m)パナマ運河みたいなやつのミニ版と思えばよい。クルーズ船は不定期だが、この旧中川クルーズもするそうなので、チェックしたいと思う。
-
小松川緊急用船着場近くにあった屋形船の係留地。ちなみに屋形船は隅田川と荒川で値段がえらく違う。
-
葛西橋(葛西橋通り 1963年架橋)この付近は昔、ハゼ釣りの名所として知られていたらしく、今でも釣具屋とかはあるが・・・。
-
清砂大橋(清砂大橋通り 2004年架橋)この橋の西詰で、清砂大橋通りが「永代通り」に変わる。皇居の所からは・・・遠い所に来たものである。手前は地下鉄東西線の荒川中川橋梁。
-
東京都下水道局東部スラッジプラント。下水道の汚泥処理をした後に焼却する施設。廃熱の再利用も行う。この辺がいわゆる昔の「夢の島」にあたる。
-
いよいよ荒川最後の橋、その名もズバリ「荒川河口橋」が近づいてきた。これを抜けると、(厳密にはもう少し先まであるのだが)東京湾である。
-
荒川河口橋(東京湾岸道路、1996年架橋)、荒川湾岸橋(首都高湾岸線 1977年架橋)をくぐる。水面から約25mあるとのこと。
-
荒川橋梁(JR京葉線)をくぐる。これが文字通り荒川にかかる最後の橋である。
-
ついに、ついに出たぞ、東京湾。秘境荒川の旅を終えて、いよいよお台場に向かう。続きは湾岸編へ。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
両国(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 秘境クルーズ
0
40