2025/03/14 - 2025/03/14
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zenkyou01さん
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墨田区散策(2)緑・両国・亀沢 東京都墨田区 全行程 4時間30分
菊川駅~(12分)長谷川平蔵屋敷跡~ (8分)榎稲荷神社・元徳稲荷神社・小林一茶旧居跡~(39分)両国公園・吉良邸・吉良邸表門跡・裏門跡 ~(35分)回向院(7分)~(18分)両国駅西口 (5分)~(17分)伊藤宗印屋敷跡・榛稲荷神社 (7分)~(15分)緑町公園・葛飾北斎生誕の地・江川太郎左衛門屋敷跡・能見宿禰神社(25分)~(39分)徳之山稲荷神社・日本左衛門首洗い井戸・若宮公園・摂社若宮牛嶋神社(15分) ~(14分)本久寺 ~(11分)本所吾妻橋駅
「日時」2025年3月14日 「アクセス」地下鉄新宿線菊川駅
「参考案内書」東京都23区地図
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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9時48分、都営地下鉄新宿線菊川駅を出発。北に向かう
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長谷川平蔵宣以・遠山金四郎景元屋敷跡 丸山歯科医院前に記念碑が建っています。長谷川平蔵は十八世紀の江戸幕府旗本、先手弓頭や火付け盗賊改役に出世する。平蔵をモデルとした池波正太郎の小説「鬼平犯科帳」はテレビ・映画化されています。金四郎景元は十九世紀の江戸幕府旗本、勘定奉行、北町奉行、大目付、南町奉行に出世する。刺青を入れた遠山の金さんの名奉行ぶりがテレビ・映画化されています
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榎稲荷神社鳥居 創建年は1682年、ご祭神は宇迦御魂命です。鳥居をくぐると社殿があります
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地蔵尊 榎稲荷神社の隣に建っています。太平洋戦争中、敵爆撃機による空襲により多くの焼死者が出て、菊川公園にも埋められた。当町の生存者の間から、犠牲者の冥福と恒久平和を念じて地蔵尊建立の運動が起き、石黒善次氏の浄財に寄り、昭和21年菊川公園に建立される。昭和40年、現在地に移転される
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元徳稲荷神社 創建年は1596~1615年、三河国の武士河村徳右エ門が伏見稲荷神社の分霊を勧請して自邸に稲荷神を祀ったのが始まりです。ご祭神は宇迦御魂命です。鳥居をくぐると社殿があります
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軍鶏なべ屋五鉄跡 池波正太郎作品「鬼平犯科帳」に出てくる鬼平(長谷川平蔵)行きつけの店「五鉄」はこの二ツ目橋辺りだと推定されます
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小林一茶旧居跡 竪川に架かる二の橋の袂(北側)に小林一茶紹介版は建っています。一茶は十七世期から十八世期にかけての俳人で、日本全国俳諧行脚しています。1804年現江東区大島から現墨田区緑一丁目に移り住んでいます
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烏亭鴛馬宅跡 江戸時代中期の戯作者・狂歌師です。生まれてから没するまで相生町(現緑一丁目を含む江戸時代町名)に住んだことから「相生町のはえぬき」と呼ばれました
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本因坊屋敷跡 馬車通りにある「パイオニアINN」ビル(両国小学校の南)の角に説明版は建っています。本因坊家は江戸時代、安井・井上・林家と並ぶ囲碁界の家元四家の一家です。1938年第二十一世本因坊秀哉引退後、本因坊の名跡を日本棋院に譲渡し、名跡を家元制から実力制に移行された
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両国公園 面積3,000㎡弱の区立公園で、複合遊具、滑り台、砂場、トイレ、勝海舟生誕の地碑、勝海舟絵巻物等があります
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勝海舟生誕の地 墨田区立両国公園の中に生誕の地石碑は建っています。勝海舟は幕末に、ここ本所亀沢の父の実家男谷家で生まれる。佐久間象山に蘭学を学び、その後太平洋横断の快挙、西郷隆盛との会見での江戸城無血開城等を成し遂げています。明治時代にも活躍伯爵になっています。石碑後ろの塀に勝海舟絵巻が展示されています
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前原伊助宅跡 竪川にかかる塩原橋を渡る道と馬車通の交差点南東角にあるビルの前に説明版は建っています。赤穂義士四十七人の一人で、浪人後、米屋五兵衛と名を変え、吉良邸裏門近くに店を構えて商いをし、吉良邸の動向を探っていました
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吉良邸跡 本所松阪町公園の入口に吉良邸跡の石碑は建っています。吉良上野介義央が暮らしていた邸宅があったところで、赤穂浪士討ち入り事件の現場です。上野介は江戸時代前期の江戸幕府高家肝煎です。世田谷城主吉良氏は東吉良と呼ばれ、赤穂義士事件の吉良氏は西吉良と呼ばれた。上野介は赤穂義士事件では敵役になっているが、地元吉良庄(愛知県西尾市)では名君として慕われている
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吉良邸正門跡 両国小学校の南西隅の西の道を隔てたビル(ラフィーヌ510)の前に説明版は建っています
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吉良邸裏門跡 竪川にかかる塩原橋を渡る道を北に進み、前原伊助旧居跡を通り過ぎ、道1本過ぎた右側のビル前に説明版は建っています
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加藤千蔭の墓 右 回向院の墓地にあります。別名橘千蔭といい、江戸時代中期から後期のかけての江戸町奉行所吟味役与力、国学者、歌人、書家です
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大高源吾句碑 国道14号線にある両国橋の東詰にある両国橋児童遊園内に句碑は建っています。大高源吾は赤穂義士四十七人の一人で、俳人でお茶を嗜むことから吉良上野介のお茶の師匠から上野介の在宅の日の情報を入手しました。源吾が本懐を遂げた後に詠んだ句「日の恩や 忽ち砕く 厚氷」です。後ろに大きな表中碑が建っています
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錦絵や富岳三十六景等が有名な江戸時代後期の浮世絵師の葛飾北斎の作品の題材となった墨田区内の場所や北斎ゆかりの土地に案内板が設置されています
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斎藤緑雨旧居跡 写真にある地図にも示されているように、JR両国駅西口を出て、右手に国技館通りを見て正面に見える道を挟んであるビル(サンマルクカフェ)の前に標識は建っているはずですが、ビルを一周しても見つけられませんでした。斎藤緑雨は明治時代の小説家・評論家です
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伊藤宗印屋敷跡 国道14号線にある両国交番の東の道を隔てた落語小屋「お江戸 両国亭」の横に説明版は建っています。将棋界第十一世名人位を世襲した第八代伊藤宗印の屋敷跡です。これまで名人位は大橋本家、大橋分家、伊藤家交互に寄る世襲制でした。八代宗印死後紆余曲折がありましたが、1935年から実力制名人位が始まり木村義男(八代宗印の孫弟子)が第十世代永世名人位になっています
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榛稲荷神社鳥居 創建年は不詳、ご祭神は宇迦御魂命です。鳥居をくぐると社殿があります。境内には、この神社の近くに住んでいた江戸時代後期の浮世絵師葛飾北斎の居住跡の説明版があります
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葛飾北斎住居跡 国道14号線と清澄通りの交差点の北西角1本北の道沿いにある榛(はんのき)稲荷神社内に説明版は建っています。葛飾北斎は江戸時代後期の浮世絵師で、錦絵、富岳三十六景等が有名です
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緑町公園 面積6,000㎡強の区立の公園で、ザイルクライミング、複合遊具、回転遊具、砂場、水施設、トイレ、葛飾北斎生誕の地説明版、津軽家上屋敷跡説明版等があります
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葛飾北斎生誕の地 北斎通りの南側にある緑町公園(墨田北斎美術館の北)内に説明版は建っています。葛飾北斎は江戸時代後期の浮世絵師で、錦絵、富岳三十六景等が有名です
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津軽家上屋敷跡 甲斐源氏の流れをくむ南部家の庶家を祖とする弘前藩主津軽家の上屋敷が今の緑町公園辺りにありました
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江川太郎左衛門屋敷跡 北斎通りの南側にある緑町公園(墨田北斎美術館の北)の西の道を挟んだところに説明版は建っています。伊豆国韮山を本拠とする江戸幕府世襲代官で、太郎左衛門は代々当主の通称です。鉄鋼を作る反射炉を完成させたことで有名です(韮山反射炉)
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野見宿彌神社拝殿 創建年は1884年、ご祭神は野見宿禰です。鳥居をくぐると拝殿と境内社稲荷社があります。境内には、歴代横綱の石碑二基が建っています
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歴代横綱の石碑。一基は初代横綱明石志賀之助から第四十六代朝潮、もう一基には第四十七代柏戸から第七十三代照の富士まで刻まれている
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初代三遊亭圓朝の住居跡 北斎通りと区役所通りの交差点(亀沢二丁目交差点)より1本西の道を北へ行くとある亀沢第一児童遊園内に説明版は建っています。幕末から明治時代にかけて活躍した落語家です
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日本左衛門首洗い井戸 清澄通りと蔵前橋通りの交差点の東北角にある徳之山稲荷神社の境内に説明版は建っています。歌舞伎の白波五人男の日本駄右衛門のモデルとなった日本左衛門(浜川庄蔵)は500人ほどの配下を引き連れ、東海道を中心に盗みを働いた盗賊。支柱引き回しの上斬罪される。その首を洗った井戸があります
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徳之山稲荷神社社殿 創建年は不詳、江戸時代前期、ご祭神は倉稲魂命と徳山五兵衛重政です。鳥居をくぐると拝殿があります。境内には、盗賊頭日本左衛門の首を洗った井戸と石碑があります。重政の孫秀栄が火付け盗賊改役頭に付き、日本左衛門追捕に従事したことによる。また徳山五兵衛屋敷跡の説明版も建っています
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高砂部屋 相撲協会所属の相撲部屋の一つです。明治初期、高砂浦五郎が角界を代表する相撲部屋に育てた。現在は八代目高砂(四股名は朝赤龍)が継承している
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若宮公園 面積4,500㎡強の区立の公園で、複合遊具、鉄棒、砂場、健康器具、トイレ等があります
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摂社若宮牛嶋神社社殿 創建年は不詳、ご祭神はスサノオノミコト、天之穂日命です。鳥居をくぐると拝殿があります。向島にある牛嶋神社の御旅所として利用されたことに始まります
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本久寺本堂 日蓮宗の一寺で、創建は1571年または1575年、開山は清眼院日宥上人、ご本尊は釈迦牟尼仏です。山門は閉まっていますが、隣から入ると本堂があります。境内には日蓮上人像が建っています。明徳小学校発祥の地石碑(1872年ここに寺子屋が設立)が建っています
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