2021/10/08 - 2021/10/08
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hijunoさん
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昨年10月の旅行記です。
以前から行きたかった岩倉具視の幽棲旧宅を見学しました。
ネットから申し込み、私達夫婦のみの見学説明で、ゆったりと見学することができました。
説明していただきましたが、とても歴史の興味深い説明がありました。
ここに坂本龍馬や中岡慎太郎、大久保利通などもこちらを訪れたこともありますが、王政復古など、新政府の基盤を造っていった経緯がよくわかりました。
洛中から追放され、命を狙われ、ひっそりとこちらの旧宅で暮らしていた時には緊張の毎日だったと思います。
質素ですが、ところどころにお洒落なたたずまいや趣ある庭など、こちらでの生活のあちこちにも上品さが観られました。
京に戻ってからも、こちらの人々に寄付などを行うなど、周囲の人々への感謝の気持ちを忘れずにいたことから、こちらでの生活が穏やかで心休まるときもあったのだと思いました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
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駐車場に車を置きますが、由緒あるお寺がありました。
文範(、紫式部の母方の祖父)が真覚を開祖として創建。
本尊の十一面観音は聖武天皇の姿を写して、行基が作製したものだそうです。
国宝の梵鐘は現在佐川美術館蔵。 -
近くに大きなお地蔵さんも。
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小さなお地蔵さんも。
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そのそばに、万里小路藤房の遺髪塔がありました。
万里小路藤房は鎌倉時代から南北朝にかけての公暁。
後醍醐天皇と倒幕運動にも参加し、建武の政権では重職につきますが、
突如として辞職して出家。
日本三忠臣の一人。 -
いけず石。
久々みた~。
狭い道だったから、建物への接触防止は必須ですね。 -
道しるべもあります。
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閑静な場所にあります。
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案内板、ちょっと見えにくくなってるのが、残念。
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中へ。
もう紅葉も始まってました。 -
入口には小さな池もあります。
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拝観案内。
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説明見学の時間まで少しありますので、まず、こちらの文庫の見学を勧められます。
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イチオシ
こちらは自由に見学できますが、中は撮影禁止。
昭和3年に建設。
岩倉具視の遺品類などを収蔵するためにつくられました。 -
岩倉具視に関して、また幕末、明治の資料などがありました。
こちらの洋風の建物も有形文化財になっているのですね。
対岳とは岩倉具視の雅号。
岳は比叡山を示し、その向かいに住んでいるという意味だそうです。 -
お庭、大きな樹もあります。
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あちこちに植物。
可愛い実。 -
小さな階段を上っていくと、
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イチオシ
旧宅が見えてきました。
1864年に大工の藤吉の旧宅であった付属部屋部分を購入。
あとで、主屋を増築したもの。
主屋は茅葺き、付属屋は瓦葺き。
三棟の建物からなります。 -
イチオシ
質素で近代和風の建築様式。
こちらのガラスは大正ガラスを用いていて、とても貴重だそうです。
桜や紅葉、スズメなども描かれていて、素敵でした。 -
中門。
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もうひとつの門も。
庭から。 -
説明の前に建物を自由に見て良いとのことで、建物へ。
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上り口。
気品があります。 -
説明がありました。
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消火用ポンプ。
幽棲中も命を狙われることを恐れていたそうですから、防備の一つでしょうか。 -
付属屋。
こちらには上がれません。
4畳半の部屋が4つあります。
生活の場所。 -
台所。
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説明。
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右が主屋、左が付属屋です。
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中庭もあります。
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こんな説明があちこち。
わかりやすいです。 -
この説明を読むと命を狙われ、いかに緊張した生活を送っていたか
想像できます。 -
暴風雨の日は、こんなこともあったのですね。
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主屋。
端正です。 -
こちらに幕末に坂本龍馬や中岡慎太郎などが訪れたといいます。
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画は見えにくくなっていますが、どことなく上品です。
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説明。
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こちらに幕末の志士たちが座っていたかと思うと感慨深いです。
庭が美しく見渡せます。 -
立派な松がありました。
庭園はだんだんと整備されていったようですが、有名な造園家小川治兵衛によって庭園が手入れされたようです。 -
苔の具合も、石の様子も静かな様子ですが、建物と調和してました。
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趣ありました。
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この石畳も素敵でした。
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イチオシ
もう一度主屋の中を見ますが、障子がなんともお洒落です。
現代風。 -
イチオシ
この障子の格子も珍しいと思いました。
下の画もさりげに素敵です。 -
主屋の様子。
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もう一度、ガラスを見ます。
貴重な大正ガラスに庭も映り素敵です。 -
こちらの縁側に座って説明を聞きました。
とても丁寧にわかりやすく説明してくださいました。 -
岩倉具視の遺髪碑もあります。
碑文があって、そこには、命を狙われ岩倉村に住んだけれど、志を失わず、やがて王政復古の大号令に結びつき、岩倉村の人々に助けてもらったことを忘れない、、、」などなど記されているようです。
命を狙われる緊張の毎日だったけれど、この地の人々は岩倉具視を助け、その恩は東京に戻ってからも終生忘れなかったようです。 -
息子たちの碑もあります。
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和宮降嫁から命を狙われた岩倉具視がひっそりと暮らした場所です。
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