2021/10/17 - 2021/10/17
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hijunoさん
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昨年10月の旅行記です。
事前申し込みをして京都仙洞御所を訪れました。
コロナ禍で緊急事態宣言が出され、しばらく延期になっていて、やっと叶った見学でした。
仙洞御所とは皇位を退いた天皇(上皇、院など)の御所といわれています。後水尾上皇の御所として1630年に完成。
同時に東福門院(後水尾上皇の皇后)の女院御所も建設、その後、5代の上皇の御所として使われていましたが、1854年の大火によって焼失し、再建されないままになっていました。今は御殿などの建物はありません。
築地塀は1855年に建造。
築地塀内北西にある大宮御所は皇太后の御所のことで、1867年に英照皇太后のために女院御所の跡に造営されたものです。英照皇太后が東京に移ってからは、御常御殿を残して整理。
庭園は小堀遠州が作庭。
女院御所と仙洞御所の庭園が掘割に結ばれた回遊式大庭園。総面積は9万1千㎡。
御常御殿の建物は今では、天皇皇后両陛下や上皇上皇后両陛下のお住まいにもなると説明にありました。
- 旅行の満足度
- 5.0
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やっと、仙洞御所の見学ができます。
申し込みをしていたものの、緊急事態宣言で中止となってました。 -
御所の近くには梨木神社。
萩の宮と呼ばれています。 -
説明板。
明治期に三條實萬、三條實美を祭神として創建。
境内の近くに、藤原良房の邸があり、京都御所の東側は公家の屋敷が立ち並び、神社と御所の間にある梨木通りは公暁が散大する参内道といわれているそうです。
時間がなく、参拝できませんでした。 -
門の先、かなり先に建物があるようです。
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地図。
広大な敷地。 -
土御門第の跡。
藤原道長の邸宅あと。
1000年もの昔、この世をば、わがよとぞ思ふ~と詠んだ、望月の歌はこの邸宅でつくられたものだそうです。
道長の栄華の時代を過ごした邸宅があったと感慨深いです。
後一条天皇、後朱雀天皇、後冷泉天皇、も母親が道長の娘であったため、
母親の実家を里内裏として住まいとしたそうです。 -
砂利道、歩きにくいです。
自転車が通るのですが、自然と道のようなものができてました。 -
あちらは京都御所。
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門。
時間が来るまでは外で待機。
厳しい警護。 -
受付を済ませ、中へ。
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イチオシ
まず、目に飛び込んできたのは、大宮御所の玄関、御車寄。
現在も天皇皇后両陛下、上皇上皇后両陛下が入洛した際に使われているそうです。 -
重厚な建物。
時代劇でも出てきそうな雰囲気です。 -
柱は支えをつけて補強してます。
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イチオシ
このランプシェードがとても素敵でした。
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雅な玄関です。
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案内の方に導かれ、どんどん進みます。
松の樹が多くて、根も力強い。 -
イチオシ
正式名、京都大宮御所御常御殿。
その前の南庭。
大正時代に内部を洋風に変えて、ガラス戸になってます。
レースのカーテンが洋風でした。
ダイアナ妃も来日時に宿泊したそうです。
庭には紅梅白梅、竹林松が植えられていて、
「松竹梅の庭」といわれるそうです。 -
立派な松。
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竹林も見えました。
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仙洞御所の池は北池と南池に分かれています。
こちらは北池。
船も見えます。 -
紅葉前ですが、樹々がきれい。
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紅葉の時期もあでやかでしょう。。。
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鯉も見えて、
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六枚橋。
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このあたりの小高い丘に紀貫之邸跡の石碑。
地名も阿古瀬淵。
紀貫之の幼名が「阿古久曾」(あこくそ)というそで、そこから由来するとか。
かわいそうな名前ですが、悪魔が寄らず、無事に育ってくれることを願い、昔はわざとこんな名前をつけたそうです。
綺麗な名前だと、早く連れていかれてしまう、、みたいな。。。
(おまじないみたいですね。でも、親の切実な願いがこめられているように思えます。) -
又新亭。
1884年。
近衛邸から献上された茶室。 -
水面に映る景色もきれい。
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上のほうには、鎮守の社が見えます。
伊勢神宮、上賀茂神社、下鴨神社、石清水八幡宮、春日神社の神々を祀っています。 -
ちらりと、紅葉の始まっている樹々も見えます。
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イチオシ
苔むした土橋。
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下のほうはこんな小さな木で支えています。
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面白い橋があります。
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なんだか、おしゃれです。
でも、手すりがないから、気をつけないと。。 -
緑の中を歩いて、
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鷺の森といわれる樹々。
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カラスが多くてびっくりしました。
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八橋と呼ばれる橋が見えます。
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もみじ橋を渡ります。
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イチオシ
もみじのころは見事な美しさだそう。
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八橋と呼ばれる橋です。
藤棚におわれています。
このあたりにも、以前はいくつもの建物があったようです。 -
美しい橋のかたち。
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州浜。
小田原から取り寄せた石。
ここには約12万個の石が敷き詰められています。
一個につき、米一升を与え、運ばせたといわれています。
丸い石が綺麗です。
とても美しい浜の様子になってました。 -
緩やかな広がり。
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八橋の上から、平石「草上洗の石」と呼ばれる、小野小町と大伴黒主のエピソードがあります。
宮中の歌会で、小野小町が大伴黒主の虚言を見抜くために草紙を洗ったところがこの石といわれています。 -
御影石の素敵なデザインでした。
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橋を渡ったところが中島と呼ばれるところで、滝殿がありました。
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イチオシ
草屋型の灯籠。
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こちらは水戸家から献上された三脚雪見灯篭。
茨城特産、寒水石製です。
中島の南のほうには、釣殿がありました。 -
出島。
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自然の石と切石が交互になっている出島西側。
土佐の山内家から献上された土佐橋。 -
切石を積んだあたり。
小堀遠州の作庭当時の者が残るところ。 -
葭島。(よしじま)
蘆(あし)、別名はヨシが茂っていたのでこの名がついたそう。
奥に醒花亭が見えます。 -
静かです。
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醒花亭。
柿葺の茶室。 -
こちらにもひっそりと石の塔がありました。
加藤清正から献上されたという朝鮮灯籠でしょうか。。 -
南の一に北面していて、南池を眺めることができます。
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こけら葺き。4畳半の書院、5畳の縁側。
奥にちらりと見える、稲妻型の障子が斬新的です。
書院と縁側の間に仕切りもない、シンプルな造りでした。
敷地で最も古い建物。 -
醒花亭の醒花とは李白の詩から採られています。
額の字は中国明の郭子章の筆。
二行目に花醒という文字が見えます。
説明にもありましたが、今はない、止止齋、鑑水亭とともに、煎茶の回遊式庭園の三店、酒店、飯店、茶店を構成したと思われるそうですが、
この醒花亭の各部屋を三店に兼ねるという考え方もあるそうです。 -
イチオシ
織部灯篭、キリシタン灯籠がありました。
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とても美しい灯籠でした。
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静かな中にありました。
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樹々に囲まれた中を歩きます。
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サザエ山、こんもりとした山、こちらは古墳だと聞きました。
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柿本社。
柿本人麻呂を祀った神社。
なぜ、柿本人麻呂、、、と思いましたが。
1788年の天明の大火で御所が焼けたときに、光格天皇が建立。
「ひとまろ」が「火止まる」に似ているだからだそうで、
ちょっと、吉本的ではありませんが、案内の方も面白く説明してくれました。
それだけ、火災が多く、火災を避けたいという強い気持ちがあったのですね。 -
イチオシ
丸い石と八橋、南池、本当にきれいでした。
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鳥も優雅に飛び、のんびりとした風景。
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色づき始めたもみじ。
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あちこちに灯籠。
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又新亭。
火事で焼失してしまい、1884年に近衛家の茶室を移築。 -
裏千家十一請の玄玄斎精中が江戸末期に創建したといわれるそうです。
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円窓の不規則な竹の具合が、面白いです。
なんだか、現代的。 -
外腰掛。
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写真を撮るのを忘れましたが
説明の中に、このあたりのヒイラギの葉っぱがトゲトゲのあるものとないものがあると、聞きました。。
面白いです。
どのあたりだったのでしょう。 -
1周してきました。
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船も良く見えました。
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出口付近にあった、樹。
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可愛い実が沢山。
説明も詳しく、またわかりやすく、ジョークも交えて、とても楽しい時間でした。
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