2021/07/09 - 2021/07/12
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しにあの旅人さん
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鉄壁のコンビを誇るしにあ夫婦ですが、今回は事前に意見の相違がありました。
海住山寺(かいじゅうせんじ)、行ったことないなあ、By夫。
来ているわよ、すごい坂を上るの、By妻。
たしかに奈良、宇治あたりは何回も来ています。4トラのブログを始めた2018年以降は別にして、3回かな。
すごい国宝の五重塔があるそうだ、とにかく行ってみよう。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
京都府木津川市です。山の中だ。
山を上り始めて、来たことある感じ。ヘアピンカーブ連続でした。前回は軽自動車でなんとか這い上がった思い出が。今回は1500ccの四駆なので、余裕あり。
一書に曰く、
海住山寺は二回目です。
あんなにくねくね曲がって登ったお寺は、そんなにはないと思うのに、by夫は忘れていたそうです。
同じ場所にいても、背の高さが違うから吸っている空気も違うし、考えていることも違うのですね。改めて別人格なのだと。な~にが鉄壁のコンビだぁ?
By妻 -
着いた!
-
お寺の前の駐車場に車をとめて、この白壁を見たら、はっきり思い出しました。来たことある。
記憶って、なにかのきっかけで、ドドド~という感じであふれ出てくるのですね。 -
東に向いた本堂とその南の五重塔。
はっきりしない空模様でしたから、着いたときは参拝者は私たちだけ。平坦じゃない! 駐車場あり。 by しにあの旅人さん海住山寺 寺・神社・教会
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国宝五重塔から見学しました。
-
鎌倉時代の建築だそうです。そういえば、法隆寺や薬師寺の塔より、単純、豪壮。薬師寺の塔に似合うのは持統天皇とすれば、こちらは頼朝か。
-
一書に曰く、
今回の海住山寺は、雨に濡れて、実に美しかった。
ここのところの雨続きで、庭の手入れはされておりませんでしたが、それさえも雨越しに見ると、しっとりして風情あり。
ご本堂をお参りして、外に出ようと靴を履いているときに、御近所の小学生がばらばらっとやって参りました。
ご近所ではないのかもしれませんね。修学旅行かしら。
下でバスを降りて登ってくる間に、グループがばらけて、二、三人づつ位で走ったり、傘に寄り集まったりして歩いてきます。
ご本堂の軒の下で、雨の様子を見ながら、子供達の顔を見ると、当たり前ですが、楽しくて楽しくてという顔の子供もいれば、なにやらうち沈んだ様子の子供もいます。
なるほどねえ。同じ空間に存在しても、感じていることは違うのねえ。
子供ながらに、色々あるんだわ。
どちらの子供も、海住山寺の庭の美しさには興味はなかったみたいでしたが。
それでもいつの日か、この日のことを思い出し、なにか、例えば歴史、例えば文学、例えば美術面で興味を引き起こされるかもしれません。
その日のための種を蒔いたのでしょうね。修学旅行は。
By妻 -
本堂。
中には本尊、十一面観音様が安置されておりました。平安時代作の重文だそうです。
撮影できません。
4トラのブログを始める前は、写真などは旅の邪道、風景、仏像はしっかりと記憶に焼き付けると、思っておりました。今はさかさま。写真をとってブログを書くのが旅の楽しみ。したがって写真がとれないと、とたんに気もそぞろ、記憶が曖昧になります。
よくない、よくないけれども、そっちの方が楽しいので、しかたがありません。
創建は明らかではないそうですが、寺伝では天平7年(735年)良弁開山となっています。これに従うと、天平12年(740年)、聖武天皇による恭仁京遷都に先立ちます。
恭仁京は海住山寺を下りて、真南、徒歩2kmです。
740年から745年にいたる、恭仁京、紫香楽京、難波京とさまよった聖武天皇の遷都道楽を、見下ろしていたのです。
こういう話になるととたんに活気づきます。
お寺のある海住山のふもとに広がる一帯は、古代みかの原と呼ばれていました。このあたりは古くから天皇家とつながりがありました。
平城京から輿でゆったり来ても1日、馬なら日帰りも出来ます。
続日本紀だと、和銅元年(708年)には、聖武天皇のお母さん、元明天皇が岡田離宮に行幸しています。現在の岡田鴨神社が岡田離宮の跡地といわれております。海住山寺の南東直線2.2kmくらいです。708年以前にここに離宮があったことが分かります。
聖武天皇自身も神亀4年(727年)に「甕原(みかのはら)離宮」に行幸しています。「甕原離宮」が厳密にはどこか分かりませんでしたが、現在の恭仁宮跡の近くらしい。 -
海住山寺、岡田鴨神社、恭仁宮跡の位置関係です。
-
岡田鴨神社。
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恭仁宮跡。
このお話は次のシリーズの、恭仁京訪問記で例によってしつこくやりますので、ここでは番宣がてらさっと流します。
いずれにしてもみかの原一帯は聖武天皇ゆかりの地です。この地に寺伝のとおり天皇の発願、または支援で、お寺が建てられたことは十分にありえます。 -
突然あらわれたヤマザキパン。
車に戻ったら突然の雷雨。大雨。あの急坂は滝のようになっているはず。四駆とはいえちと怖い。車の中でお昼にしました。そのうちやむだろう。
コロナ騒ぎのため私たちは、この旅では夜はホテルの部屋食、昼は車中で適当に食べると決めていました。コロナワクチン接種後2週間はたっていましたが、念には念をいれます。
そこででてきたのが、ヤマザキパン。といっても普通のヤマザキパンではない。我が房総の僻地では売っていないシロモノです。
「薄皮白桃ゼリー入り白桃クリームパン」という長い名前。もうひとつは、
「薄皮栗入りつぶあんぱん」
2020年11月「冷や水サイクリング 飛鳥」で食べた飛鳥限定ご当地パン(じゃないかと)の続編です。
こういうの、皆さんの地元では売っていますか。
一書に曰く、
プチあんパン。やっぱりわがアズマの国では、都ほど、種類はありませんでした。
あの後、スーパーマーケットで、心がけて見るのですが、粒あん、さらしあん、クリームパン、チョコレートパン、くらいですね。
やっぱり文化果つるところでしょうか。
今回のニューフェイスは、桃入りと栗入り。
うん、ゼリーだ。たしかに栗だ。ところで、栗よりうまい十三里って、、と、話題が栗からお芋へと変化し、やがて、関西ではおいもさん、飴ちゃんというけれど、なにゆえ、お米にはさんもちゃんもつかないのかと不毛の議論へと向かう雨の日の車内でありました。
By妻 -
このお寺はBy妻のリクエスト。
リクエストは、行ってみるとあたりが多いので、必ず(?)行くようにしています。
一書に曰く、
よかったです。絶対お勧め。
お庭もよかったし、建築も格調あって、しかも家庭的という、ちょっと理解し難い、相反する言葉になりますが、それでも、そうとしか言いようがない感じです。
内部は、ちょっとお城を見学している気分になりますが、もっと身近で、昔のお金持ちなら、こんなお家かなって思えるところが家庭的なのかしら?入口付近にいろりが在ったような。そういうところが家庭的。
By妻 -
京田辺市、同志社大学京田辺キャンパス近くです。
「酬恩庵」(しゅうおんあん)というのが正式な名前です。 -
総門をくぐり、
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酬恩庵への参道が素敵です。
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秋篠寺を思い出すきれいなコケです。
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酬恩庵とは、一休禅師が宋祖の大應国師の師恩に報いるために1455年ごろ堂宇を再興し、「酬恩庵」と命名したものだそうです。禅師が1481年に亡くなるまで晩年を過ごされたので、「一休寺」の通称が知られるようになりました。
したがって厳密にいうとお寺ではなく、一休さんのお住まいだったということです。駐車場完備。 by しにあの旅人さん酬恩庵(一休寺) 寺・神社・教会
-
一休さんはここでなくなれたので、お墓があります。
「一休禅師墓所」となっており、宮内庁が管理する陵墓です。後小松天皇の落胤とされているからでしょう。例の三禁立て看があるそうですが、気がつきませんでした。
一休禅師という高位のお坊さんなのですが、私たちの子供時代からの親しみを込めて、一休さんで押し通します。 -
酬恩庵の内部は公開されております。その1部屋に、一休さんの輿が展示されておりました、前後2人で運んだようです。
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「一休禅師ご使用の輿
八十一歳の時大徳寺四十七世住職となられた時もこの輿で京都紫野の大徳寺に通われたものです」 -
一休寺から大徳寺まで現代の徒歩ルートで26.9kmあります。毎日の通勤は不可能です。そもそも毎日往復したとは書いてありません。大徳寺にも住まいはあって、定期的に行き来したと解釈します。
つまらんことに執着して、極めて恐縮です。 -
中庭がきれいでした。
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完璧に手入れされていました。
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建物を濡れ縁が回っていて、お庭を見て回れるようになっていました。
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出口近くにありました。
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一休さんだったら、こういうイラストを思いつくはず。
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お庭にあった一休さんの銅像、リアルタッチ。
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私たちのイメージの一休さん。
一書に曰く、
庭には、小坊主さんと、もうお偉くなられた一休さんがいらっしゃいました。
小坊主さんの像は、箒を持って掃除しているふう、お年を召した像は、托鉢姿で、民衆がいかに一休さんを、我がレベルに近づけたがっていたかを、ひしひしを感じました。
このお姿は我々庶民の願望で、本当は、我々庶民には、手の届かない上流階級のやんごとないお方だったのですよね。
私も、小坊主一休さんが大好きなので、蓮池の橋を、端を歩いて渡りました。玄関に虎の衝立はなかったみたいです。
By妻 -
お庭にありました。
京都の大徳寺の高僧、華叟宗曇(かそうそうどん)から与えられた「洞山三頓の棒」という禅の公案に対し、「有漏路(うろぢ)より無漏路(むろぢ)へ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」と答えたそうです。
ここから一休という道号を授かりました。
「有漏路は煩悩のこの世をあらわす
無漏路は煩悩のないあの世をあらわす
人生というのは、この世からあの世へと向かう
ほんの一休み。雨が降ろうが風が吹こうが
気にしない気にしない。」
という意味だそうです。
私め、煩悩の塊なので、この境地の1光年ほど手前です。
一書に曰く、
この世からあの世に帰るひと休みって、すごくないですか。我々が、七転八倒して悩み苦しみしている一生を「ひとやすみ」ですよ。
へえ!ひと休みかい?なら悩みなんて、ひと休み中のアリンコに刺されたようなもんだ。どおってことないや!
雨降らば降れ 風吹かば吹け
槍でも鉄砲でも持ってこい!
って、私が言うと、やくざの啖呵になることが かなしい。
これを、やけっぱちでも虚勢でもなく淡々と虚心坦懐に言えるって、すごい人物なのですね。
力づけられました。ありがとう 一休さん!
By妻
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この旅行記へのコメント (8)
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- 前日光さん 2021/11/10 00:07:22
- 南山城
- しにあさん&by妻さん、こんばんは。
南山城「海住山寺」と「笠置寺」、クネクネ山道を行きましたよ!
2014年9月末のことでした!
その後「柳生」に行ったら、これまた山道で、柳生は行っただけで終わってしまいました。
海住山寺の五重塔は、確かに見応えがありましたよ。
こんな所に国宝が!しかも超一級品。
行くのは大変でしたが、行った甲斐がありました。
笠置寺も、車で行けるところまでが狭い山道、ヘアピンカーブ、すれ違いは絶対無理!そして駐車場からキツイ上り坂!
でも磨崖仏が素晴らしかったです。
恭仁京跡は、実はとても気になっていて。
残念ながら未踏です。
今は石跡があるだけなのですか?
聖武天皇が、この後狂気のように遷都を繰り返すのは、何らかの強迫観念にでも駆られていたのでは?
まるでそれまでの、思い叶わず葬られた人々の怨念が、聖武に取りついているみたい。
彼は、ほとんど神経症にでも罹っていたのではないでしょうか?
一休寺って、ついつい愉快なとんち小僧のイメージが強くてスルーしそうですが、参道が素晴らしく美しいですね!
ここもメモですね!
「有漏路(うろぢ)より無漏路(むろぢ)へ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」は、一茶の辞世と言われている「盥から 盥へうつる ちんぷんかん」
を思わせますね。
これは一茶の作ではないとのことですが、高校時代にこの句を知ったとき、なんと!人生とは「ちんぷんかん」なのかと、妙に納得してしまいました。
人生は「一休み」、人生は「ちんぷんかん」、どちらも言い得て妙ですねぇ。
私たちは、毎日何をあくせくと思い悩んだりしているのでしょう?
「一休み」したり「ちんぷんかん」なのかと達観すれば、怖いものはないのかも。
聖武天皇に聞かせてやりたい歌や句ですね!(^^)!
でも凡人なので、こんな悟りの境地には辿り着けませんが( ̄∇ ̄)
一休寺、また行きたい所が増えてしまいました。
前日光
- しにあの旅人さん からの返信 2021/11/10 06:07:14
- Re: 南山城
- 恭仁京を含む聖武天皇の遷都道楽は、多分、12月から例によって延々とやるつもりです。恭仁京は冒頭2本。ドローン大活躍です。
聖武天皇強迫観念説は全く同感です。
「盥から 盥へうつる ちんぷんかん」
一茶じゃなくても一茶らしい。一休さんや一茶みたいな境地は、私には無理じゃないかな。自分が死んだ後の遺族年金をBy妻に移す手続きとか、色々考えると、なかなか一休みという感じにはならない。
笠置寺、さっそく調べました。海住山寺の近くですね。私たちはこの後和束経由で信楽でした。道は幹線ですからいいけれど、途中すごい山でした。笠置も山の中ぽい。奈良、三重あたりの山道の酷さには、ゾッとします。「古代人は歩いたんだぞ、車が通れるくらいに広げてやったんだ、文句言うな」ということでしょうか。
前日光さんの好みは、海住山寺や一休寺なのですね。次の禅定寺も気に入っていただけそうです。
南山城の山寺って、素敵なところがいっぱいあるようです。全部行ってみたいけれど、山道怖いし・・・
-
- kummingさん 2021/11/08 21:51:58
- 鉄壁の!?
- 鉄壁のコンビ、by夫by妻さんの間にも記憶のズレがある事が?!
記憶って、何かのきっかけで溢れ出て来る、同感です。4trの皆さまのブログやカキコのやり取りでも、よく昔の思い出がスルスルと蘇る事がございます。今回も、然り!ですが私事なのでか~っと^ ^
雨上がりの海住山寺も、酬恩庵への参道も、俗世の垢にまみれたこの身を置くだけで浄化されそうな、風情ある清らかな雰囲気♪
4trのおかげで、ホテル部屋(使用前、即ち、入室直後の)や食事(手をつける前)の写真を撮る、という習慣がつきました(-。-; よく忘れますが…。
風景、建物、芸術品の類いは、「はて、私はコレを実際に見たのであるや否や?」他の方のブログや美術誌、旅行案内で見たのかも、と記憶があやふやになった時の為、写真は必須アイテムです。
ヤマザキ薄皮パンシリーズ、うち辺りでも季節限定商品が日々新作発売されているかも?主食にはならないので、食後の甘いモノとして、手にします♪
一休さん、と聞くと、とんち話で解決する小坊主、というイメージでした。虎の屏風、この橋(端)を渡るべからず。
ココからネットネタですが、破天荒な方で戒律を顧みぬ「破壊僧」という一面と、時の足利幕府や金銭で動く仏教界を批判するような面を併せ持つ方で、所謂後世の「とんちの一休さん像」が定着したのは江戸時代、それは即ち一休禅師が民衆に人気があった。時の権力を批判する→民衆の味方、臆する事なく権力者を批判出来た←後小松天皇のご落胤、というお話。あってます?
人生とは~一休みの間、中々に達観された方だったのですね。そ~しゃるでいすたんすのイラストもいけてます♪
by妻さんのリクエストは必ず行きましょ~(?)無しで願いますm(_ _)m
- しにあの旅人さん からの返信 2021/11/09 05:54:06
- Re: 鉄壁の!?
- 「か~っと^ ^」された思い出を知りたい、などということでは、一休さんの境地にはほど遠い。
ベッドの上に荷物を放り出す前に部屋の写真を撮る、これぞ4トラベラーの悟りの境地です。並べちゃって、慌てて片付ける、よくやります。
風景、建物の類は、By妻の記録があるので、写真の時間と照合すると後でなんとか判別できます。移動中のスナップ写真が困りませんか。何を撮ったかわからない。
山崎パンシリーズは、次回九州一周の旅では各地で克明に写真を撮るつもり。九州各地でいかほど地域差があるか。これだけでブログが1本書けるかも。
山崎パンさん、スポンサーになってくれませんかね。
太宰府では梅枝もち食べ比べ、などという、胃にもたれそうなテーマも考えています。
一休さんという方は、とんでもないお坊さんだったみたい。どこまでホントでどこから伝説かわかりませんが、kummingさんのブログ調べはあっていると、思います。庶民の味方、水戸黄門と同じですかね。
一休寺に行こうと思ったきっかけは、By妻が、「大徳寺に通ったんだって」という話を聞き込んできた時。「どうやって通ったんだ」という素朴な疑問でした。
輿を見た時、これかあと思いました。素朴な好奇心は、ブログの原動力。
By妻の直感力に逆らわないと、心に決めました。多分。
- しにあの旅人さん からの返信 2021/11/09 05:58:11
- Re: 鉄壁の!?
- 追伸
kummingさん、ほぼジモティですよね。
梅枝もちって、店によって、違いがあるものですか。
↑やる気になってる。
- kummingさん からの返信 2021/11/09 17:07:45
- 風の噂…
- 梅枝餅食べ比べ、全店制覇、頑張って下さい!
因みに、あんこは同じ処で作ったモノを各梅枝餅屋さんが使っている?というあられもない噂が流布していますが、“根も歯もない噂”に惑わされずにLet’s try ^o^ 検証結果、お待ちしております♪
薄皮パンシリーズ、私も何種類か写真保存しています(笑)
九州一周旅のご予定がおありなので?車での移動ですか?
では、道端で“赤い薔薇を一輪口に加えて立っているばあば”を見たら、それは私です!?!(←ホントなら怖い!)
-
- mistralさん 2021/11/08 14:17:42
- この世からあの世へと向かうほんの一休み!?
- しにあの旅人さん
by妻さん
フィールドワークと称される寺社、博物館諸々、巡りをされているだけでなく
こう言った寺社にもお立ち寄りになっておられる事にホッと安堵し、
ご夫妻が身近にも感じられてきます。
鉄壁のコンビ!まさに仰せのとおりです。
シチリアドライブ旅行記の頃から、いやそれ以前からもずっと?、鉄壁具合は
すでにご健在でした。
しにあさんがハンドルを握れば、by妻さんは工程をこまめにメモされていました。
その辺は我が家とは大違い。
鉄壁とはいえ、記憶にはバラつきがあるみたいで、そこは女性は過去の詳細な
記憶の保持力には優れておりますので仕方ありません。
酬恩庵、by妻さんのご希望されたお寺とか、
素敵です。
秋篠寺、私も大好きなお寺ですが、苔むした様子など似ていますね。
一休さんが天皇のご落胤とは知りませんでした。
クリクリ頭で箒を持つお掃除姿、というイメージが私の中で定着してしまっています。
人生とは、この世からあの世に帰るまでのほんのひと休みの間、
そんなつかの間のことだったら、何が起きてもなんて事はないさあ、と
軽やかに生きてみたいと思いますが、
難しいことこの上ないですね。
mistral
- しにあの旅人さん からの返信 2021/11/09 05:18:28
- Re: この世からあの世へと向かうほんの一休み!?
- 観光旅行とはいえ、半分調査旅行みたいなもので、記録係をBy妻に依存しています。それで1000枚を超える写真もなんとか後で整理できます。
記憶力は明らかに向こうの方がいいみたいです。
一休寺は予想外によかった。一休さんを売りものにした観光寺だと思っていました。行ってみると静かないいお寺でした。コロナ騒ぎで人がいないからかもしれませんが、キリっとしたところがよかった。
コロナは本当に困りものですが、静かなお寺が静かなままでいるという、プラスの面もあります。
ワクチンして、マスクその他こちらも十分警戒して、このチャンスを活かしたい。「コロナちゃんと一緒」でやらないと、世の中持ちません。
コロナ下でも、一休さんのように軽やかに生きたいものです。
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