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旅の想い出として、数年前から郵便局の風景印のコレクションを始めましたが、2020年に東海道五十三次の切手が発売され、五十三次の郵便局を訪れて、風景印を集めるのは楽しいかもと思いつきました。<br /><br />ルールは、電車とバスと徒歩で、タクシーは使わない。<br />郵便局は、五十三次の宿場名と同じか、または宿場名が郵便局の名前の一部に入っていることとしました。<br /><br />東京に近い宿場は、会社が終わってから回り、遠いところは、何回か分けて、西へ西へと進みました。色々な方々のお世話になりながらの楽しい東海道五十三次でした。<br /><br />本旅行記は、32番目の宿場の白須賀宿から43番目の四日市宿までです。

電車とバスで行く東海道五十三次 郵便局風景印の旅(4)(白須賀宿~四日市宿)

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2021/08/10 - 2021/08/11

256位(同エリア298件中)

しょうさん

旅の想い出として、数年前から郵便局の風景印のコレクションを始めましたが、2020年に東海道五十三次の切手が発売され、五十三次の郵便局を訪れて、風景印を集めるのは楽しいかもと思いつきました。

ルールは、電車とバスと徒歩で、タクシーは使わない。
郵便局は、五十三次の宿場名と同じか、または宿場名が郵便局の名前の一部に入っていることとしました。

東京に近い宿場は、会社が終わってから回り、遠いところは、何回か分けて、西へ西へと進みました。色々な方々のお世話になりながらの楽しい東海道五十三次でした。

本旅行記は、32番目の宿場の白須賀宿から43番目の四日市宿までです。

旅行の満足度
5.0
同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • 東海道五十三次の風景印の旅は、静岡県湖西市の白須賀宿から再開です。<br />東京駅から静岡駅までは、新幹線を利用しました。<br />今回の旅で、初めて頂上から裾野まで見える富士山を拝むことが出来ました。<br />写真は、新富士駅の少し手前で、五十三次で言えば、吉原宿の近くです。<br />やっぱり富士山は綺麗ですね。

    東海道五十三次の風景印の旅は、静岡県湖西市の白須賀宿から再開です。
    東京駅から静岡駅までは、新幹線を利用しました。
    今回の旅で、初めて頂上から裾野まで見える富士山を拝むことが出来ました。
    写真は、新富士駅の少し手前で、五十三次で言えば、吉原宿の近くです。
    やっぱり富士山は綺麗ですね。

  • 静岡駅でJR東海道線に乗り換え、西に向かいましたが、金谷駅と菊川駅間は。お茶畑の景色が楽しめます。

    静岡駅でJR東海道線に乗り換え、西に向かいましたが、金谷駅と菊川駅間は。お茶畑の景色が楽しめます。

  • 東海道線の新所原駅に到着。<br />東海道32番目の宿場、白須賀宿は、鉄道が通っておらず、新所原駅から出発するコミュニティバスで向かいます。

    東海道線の新所原駅に到着。
    東海道32番目の宿場、白須賀宿は、鉄道が通っておらず、新所原駅から出発するコミュニティバスで向かいます。

  • バスの出発まで、小一時間ほど時間があり、駅前のパン屋さんが喫茶室も営業しているお店で、ナポリタンをいただきました。<br />野菜たっぷりで、美味しくいただきました。

    バスの出発まで、小一時間ほど時間があり、駅前のパン屋さんが喫茶室も営業しているお店で、ナポリタンをいただきました。
    野菜たっぷりで、美味しくいただきました。

  • これが、コミュニティバスのこーちゃんバスです。

    これが、コミュニティバスのこーちゃんバスです。

  • JR新所原駅から、白須賀の中心地まで、バスで約25分です。<br />白須賀は旧東海道らしい道幅でした。

    JR新所原駅から、白須賀の中心地まで、バスで約25分です。
    白須賀は旧東海道らしい道幅でした。

  • 旧本陣跡の案内板はありましたが、本陣の建物はありません。

    旧本陣跡の案内板はありましたが、本陣の建物はありません。

  • 白須賀郵便局は、旧東海道沿いに建っています。

    白須賀郵便局は、旧東海道沿いに建っています。

  • 白須賀郵便局の風景印の図案は、旧東海道の潮見坂、古民家、白須賀尺の火防樹のホンバの木です。<br />ホンバの木とは、何でしょう・・・

    白須賀郵便局の風景印の図案は、旧東海道の潮見坂、古民家、白須賀尺の火防樹のホンバの木です。
    ホンバの木とは、何でしょう・・・

  • 新所原駅から、東海道線に乗って一駅目、JR二川駅です。<br />二川宿は、東海道の33番目です。<br />二川から三河国(愛知県)に入りました。

    新所原駅から、東海道線に乗って一駅目、JR二川駅です。
    二川宿は、東海道の33番目です。
    二川から三河国(愛知県)に入りました。

  • JR二川駅を出たところに、二川宿の大きな説明版がありました。<br />宿場のPRに力が入っていますね。<br />

    JR二川駅を出たところに、二川宿の大きな説明版がありました。
    宿場のPRに力が入っていますね。

  • 二川駅のすぐ近くを旧東海道が走っています。

    二川駅のすぐ近くを旧東海道が走っています。

  • この辺りは直線で、道幅も旧東海道らしい雰囲気でした。

    この辺りは直線で、道幅も旧東海道らしい雰囲気でした。

  • 二川郵便局は、旧東海道から、わき道に少し入ったところで、駅から徒歩15分程度でした。<br />ちょっと分かりにくくて、すこし迷いながら、到着した郵便局です。

    二川郵便局は、旧東海道から、わき道に少し入ったところで、駅から徒歩15分程度でした。
    ちょっと分かりにくくて、すこし迷いながら、到着した郵便局です。

  • 二川郵便局の風景印の図案は、二川本陣と市花のツヅジ木です。

    二川郵便局の風景印の図案は、二川本陣と市花のツヅジ木です。

  • 二川郵便局の近くに、立派な神社かありました。<br />大岩神明宮てず。

    二川郵便局の近くに、立派な神社かありました。
    大岩神明宮てず。

  • このお宮は、古来から武門・武将の崇敬が篤く、織田信長が陣太鼓を寄進したり、徳川家康が御朱印社領三石五斗を安堵したとのこと。<br />信長と家康に関係しているとは、凄いお社ですね!<br />もちろん、お参りしました。

    このお宮は、古来から武門・武将の崇敬が篤く、織田信長が陣太鼓を寄進したり、徳川家康が御朱印社領三石五斗を安堵したとのこと。
    信長と家康に関係しているとは、凄いお社ですね!
    もちろん、お参りしました。

  • 再び、JR二川駅に戻り、東海道線に乗って一駅目、JR豊橋駅に、この日の最終目的地の豊橋駅に到着しました。<br />江戸時代には、ここ豊橋は、「吉田」といわれていたのです。<br />東海道五十三次でも、吉田宿となっていて、34番目の宿場です。

    再び、JR二川駅に戻り、東海道線に乗って一駅目、JR豊橋駅に、この日の最終目的地の豊橋駅に到着しました。
    江戸時代には、ここ豊橋は、「吉田」といわれていたのです。
    東海道五十三次でも、吉田宿となっていて、34番目の宿場です。

  • 豊橋は大都会で、市内には路面電車も走っていました。

    豊橋は大都会で、市内には路面電車も走っていました。

  • 豊橋郵便局です。旧東海道の宿場名が、郵便局の名前に入っていない4局の一つです。<br />駅から、徒歩10分強でした。<br />旧東海道は、ここからもう少し北側で、吉田城跡もこの近くです。

    豊橋郵便局です。旧東海道の宿場名が、郵便局の名前に入っていない4局の一つです。
    駅から、徒歩10分強でした。
    旧東海道は、ここからもう少し北側で、吉田城跡もこの近くです。

  • 豊橋郵便局の風景印の図案は、路面電車の東田本線、手筒花火です。<br /><br />この日は、豊橋駅近くのビジネスホテルに宿泊しました。

    豊橋郵便局の風景印の図案は、路面電車の東田本線、手筒花火です。

    この日は、豊橋駅近くのビジネスホテルに宿泊しました。

  • 今回の旅の2日目です。<br />朝、豊橋のビジネスホテルを出て、豊橋駅から名鉄(名古屋鉄道)の名古屋本線(豊橋~岐阜の基幹路線)の特急に乗車し、国府駅で普通電車に乗り換え、一つ目の「御油駅」で下車するつもりでしたが、国府駅で乗り換えに失敗!<br /><br />やむを得ず、国府駅でタクシーを頼み、直接、御油郵便局にたどり着きました。<br />タクシー代は、800円台でしたので、それほど国府駅からは遠くありません。<br /><br />御油宿は、東海道の35番目の宿場です。

    今回の旅の2日目です。
    朝、豊橋のビジネスホテルを出て、豊橋駅から名鉄(名古屋鉄道)の名古屋本線(豊橋~岐阜の基幹路線)の特急に乗車し、国府駅で普通電車に乗り換え、一つ目の「御油駅」で下車するつもりでしたが、国府駅で乗り換えに失敗!

    やむを得ず、国府駅でタクシーを頼み、直接、御油郵便局にたどり着きました。
    タクシー代は、800円台でしたので、それほど国府駅からは遠くありません。

    御油宿は、東海道の35番目の宿場です。

  • 御油郵便局の風景印の図案は、御油赤坂宿、天然記念物の松並木です。

    御油郵便局の風景印の図案は、御油赤坂宿、天然記念物の松並木です。

  • 旧東海道です。御油郵便局は、旧東海道沿いにありました。<br /><br />御油宿と次の赤坂宿の宿場間の距離は、東海道五十三次でもっとも短く、約2kmです。<br />もともとは赤坂御油宿として、一つの宿場だったようですが、あまりに大きいかったので、徳川家康の命で、間に松が植えられ、2つの宿場に分けられたようです。<br /><br />私も、御油郵便局から御油駅に戻って、名鉄で一駅の名電赤坂駅下車、赤坂駅から音羽郵便局に行くよりも、直接、旧東海道を歩く方が断然早い!ということで、御油宿から36番目の赤坂宿までは歩くことにしました。

    旧東海道です。御油郵便局は、旧東海道沿いにありました。

    御油宿と次の赤坂宿の宿場間の距離は、東海道五十三次でもっとも短く、約2kmです。
    もともとは赤坂御油宿として、一つの宿場だったようですが、あまりに大きいかったので、徳川家康の命で、間に松が植えられ、2つの宿場に分けられたようです。

    私も、御油郵便局から御油駅に戻って、名鉄で一駅の名電赤坂駅下車、赤坂駅から音羽郵便局に行くよりも、直接、旧東海道を歩く方が断然早い!ということで、御油宿から36番目の赤坂宿までは歩くことにしました。

  • 御油宿本陣跡にあった御油宿の案内板です。

    御油宿本陣跡にあった御油宿の案内板です。

  • 天気もいいし(朝から暑いくらいでしたけど)やっぱり旧東海道を歩くのは、気分がいいですね。

    天気もいいし(朝から暑いくらいでしたけど)やっぱり旧東海道を歩くのは、気分がいいですね。

  • 御油の松並木の入り口です。<br />この松並木が、御油宿と赤坂宿を分けた松なのですね。<br />弥次喜多の本にも書かれているようです。<br />

    御油の松並木の入り口です。
    この松並木が、御油宿と赤坂宿を分けた松なのですね。
    弥次喜多の本にも書かれているようです。

  • この御油の松並木は、樹齢300年以上の黒松が350本が600m続いています。<br />松の種類は、三河黒松とのこと。<br />

    この御油の松並木は、樹齢300年以上の黒松が350本が600m続いています。
    松の種類は、三河黒松とのこと。

  • 松並木の道を歩いていると、なんか昔の旅人になったような気分で、とても良い気持ちでした。<br />夏の暑い日に歩いてみて、感じたのですが、松並木が日陰を作ってくれて、とても歩きやすいです。<br />冬は、風も防いでくれるし、良く考えていたのですね。

    松並木の道を歩いていると、なんか昔の旅人になったような気分で、とても良い気持ちでした。
    夏の暑い日に歩いてみて、感じたのですが、松並木が日陰を作ってくれて、とても歩きやすいです。
    冬は、風も防いでくれるし、良く考えていたのですね。

  • 赤坂宿から見た松並木の入り口です。

    赤坂宿から見た松並木の入り口です。

  • 36番目の赤坂宿も、旧東海道らしい雰囲気でした。

    36番目の赤坂宿も、旧東海道らしい雰囲気でした。

  • 音羽郵便局です。旧東海道沿いで、本陣跡のすぐ近くでした。<br /><br />こちらの郵便局でも、今までの風景印を見ていただいたり、お話も弾みました。<br /><br />局員の方に、「ここは名称が赤坂局ではなくて、音羽局なんですね。」とお話ししたところ、赤坂は他もあること(中山道69次の宿場でも関ヶ原の少し手前に、赤坂宿がありますよね)や、もともと、ここは音羽地区と言われていたとのことで、歴史がある地名だそうです。<br />なるほど、納得です!

    音羽郵便局です。旧東海道沿いで、本陣跡のすぐ近くでした。

    こちらの郵便局でも、今までの風景印を見ていただいたり、お話も弾みました。

    局員の方に、「ここは名称が赤坂局ではなくて、音羽局なんですね。」とお話ししたところ、赤坂は他もあること(中山道69次の宿場でも関ヶ原の少し手前に、赤坂宿がありますよね)や、もともと、ここは音羽地区と言われていたとのことで、歴史がある地名だそうです。
    なるほど、納得です!

  • 音羽郵便局の風景印の図案は、赤坂宿の大橋屋、東名高速の音羽蒲郡インターチェンジです。

    音羽郵便局の風景印の図案は、赤坂宿の大橋屋、東名高速の音羽蒲郡インターチェンジです。

  • 音羽郵便局から、徒歩15分弱で、名電赤坂駅に到着。<br /><br />吉田宿(豊橋)から、御油宿、ここ赤坂宿、次の藤川宿、岡崎宿、知立宿、鳴海宿、そして宮宿(神宮前・熱田)まで、現JRの東海道線沿線ではなく、名鉄本線の駅にずっと沿っています。<br /><br />なぜ東海道線ではなく、名鉄本線なんだろうと思って調べたところ、分かりました!<br /><br />東海道線が、豊橋から蒲郡に向かう海沿いのルートになったため、旧東海道の宿場町はすたれてきてしまい、それで鉄道の威力が分かり、鉄道の誘致を始めたようです。<br />それが名鉄だったということですね。<br /><br />これまで訪れた日坂や白須賀も鉄道が通っていない場所でしたので、ちょっと賑わいはなくなっていました。

    音羽郵便局から、徒歩15分弱で、名電赤坂駅に到着。

    吉田宿(豊橋)から、御油宿、ここ赤坂宿、次の藤川宿、岡崎宿、知立宿、鳴海宿、そして宮宿(神宮前・熱田)まで、現JRの東海道線沿線ではなく、名鉄本線の駅にずっと沿っています。

    なぜ東海道線ではなく、名鉄本線なんだろうと思って調べたところ、分かりました!

    東海道線が、豊橋から蒲郡に向かう海沿いのルートになったため、旧東海道の宿場町はすたれてきてしまい、それで鉄道の威力が分かり、鉄道の誘致を始めたようです。
    それが名鉄だったということですね。

    これまで訪れた日坂や白須賀も鉄道が通っていない場所でしたので、ちょっと賑わいはなくなっていました。

  • 名電赤坂駅のホームから、旧東海道の方向を撮影しています。<br />山のふもと(手前側)を、旧東海道が走っています。<br />

    名電赤坂駅のホームから、旧東海道の方向を撮影しています。
    山のふもと(手前側)を、旧東海道が走っています。

  • 名鉄藤川駅に到着しました。<br />藤川宿は、37番目の宿場です。

    名鉄藤川駅に到着しました。
    藤川宿は、37番目の宿場です。

  • 旧東海道は、藤川駅のすぐ近くでした。<br />道幅も、旧東海道らしいです。

    旧東海道は、藤川駅のすぐ近くでした。
    道幅も、旧東海道らしいです。

  • 街道沿いにあった関山神社常夜燈です。本陣跡のすぐ近くでした。

    街道沿いにあった関山神社常夜燈です。本陣跡のすぐ近くでした。

  • 藤川宿の案内板や石柱など、PRに力を入れています。

    藤川宿の案内板や石柱など、PRに力を入れています。

  • 藤川宿の本陣跡です。<br />高札場も復元されていました。

    藤川宿の本陣跡です。
    高札場も復元されていました。

  • 昔の建物も残っており、とても雰囲気が良い宿場でした。

    昔の建物も残っており、とても雰囲気が良い宿場でした。

  • この建物は重要景観建築物に指定されています。<br />くぐり戸は、なかなか見れませんね。<br />

    この建物は重要景観建築物に指定されています。
    くぐり戸は、なかなか見れませんね。

  • 藤川郵便局です。<br />藤川駅から、徒歩約10分でした。<br />こちらでも、ここまでの53次の風景印を見ていただきましたが、静岡県の郵便局の風景印は、やっぱり富士山なんですねとご感想でした。

    藤川郵便局です。
    藤川駅から、徒歩約10分でした。
    こちらでも、ここまでの53次の風景印を見ていただきましたが、静岡県の郵便局の風景印は、やっぱり富士山なんですねとご感想でした。

  • 藤川郵便局の風景印の図案は、藤川宿の棒鼻(宿場のはずれ)、街道往還図、歌川豊廣の句碑、むらさき麦です。

    藤川郵便局の風景印の図案は、藤川宿の棒鼻(宿場のはずれ)、街道往還図、歌川豊廣の句碑、むらさき麦です。

  • 郵便局の帰り道、本陣跡の石垣を見ましたが、とても立派な石垣で、本陣の格式を感じました。

    郵便局の帰り道、本陣跡の石垣を見ましたが、とても立派な石垣で、本陣の格式を感じました。

  • 藤川駅から、再び名鉄本線の電車に乗って、東岡崎駅に到着。<br />JRの岡崎駅とはかなり離れているようでした。<br />岡崎は、東海道37番目の宿場です。<br /><br />岡崎と言えば、徳川家康が誕生した、特別な場所ですね。<br />家康が生まれた岡崎城も、この東岡崎駅が最寄駅ですし、旧東海道も岡崎城の北側を通っています。<br />

    藤川駅から、再び名鉄本線の電車に乗って、東岡崎駅に到着。
    JRの岡崎駅とはかなり離れているようでした。
    岡崎は、東海道37番目の宿場です。

    岡崎と言えば、徳川家康が誕生した、特別な場所ですね。
    家康が生まれた岡崎城も、この東岡崎駅が最寄駅ですし、旧東海道も岡崎城の北側を通っています。

  • 岡崎郵便局には、東岡崎駅から遠くて、路線バスで向かいましたが、バスの出発まで少し時間がありましたので、岡崎城が見える乙川の橋まで行って、岡崎城を撮影。<br /><br />岡崎城は、数年前に訪れたことがありますので、今回はパスです。

    岡崎郵便局には、東岡崎駅から遠くて、路線バスで向かいましたが、バスの出発まで少し時間がありましたので、岡崎城が見える乙川の橋まで行って、岡崎城を撮影。

    岡崎城は、数年前に訪れたことがありますので、今回はパスです。

  • 岡崎郵便局です。<br />東岡崎駅から、路線バスで10分弱でしたが、歩くにはちょっと遠い場所でした。<br />

    岡崎郵便局です。
    東岡崎駅から、路線バスで10分弱でしたが、歩くにはちょっと遠い場所でした。

  • 岡崎郵便局の風景印の図案は、岡崎城です。<br />岡崎はこれしかないというデザインですね。

    岡崎郵便局の風景印の図案は、岡崎城です。
    岡崎はこれしかないというデザインですね。

  • 知立駅に到着。<br />知立は、39番目の宿場ですが、江戸時代は、池鯉鮒と書かれていたようです。<br />名鉄知立駅は、訪れた時、高架工事の真っ最中でした。<br />郵便局のある出口は、おそらく繁華街とは別方向で、すぐ住宅地でした。<br />旧東海道は、こちらとは反対側(繁華街側)を通っています。

    知立駅に到着。
    知立は、39番目の宿場ですが、江戸時代は、池鯉鮒と書かれていたようです。
    名鉄知立駅は、訪れた時、高架工事の真っ最中でした。
    郵便局のある出口は、おそらく繁華街とは別方向で、すぐ住宅地でした。
    旧東海道は、こちらとは反対側(繁華街側)を通っています。

  • 知立郵便局です。駅から徒歩15分弱でした。

    知立郵便局です。駅から徒歩15分弱でした。

  • 知立郵便局の風景印の図案は、無量寿寺のカキツバタ、八つ橋、知立神社の多宝塔です。<br />無量寿寺は、在原業平ゆかりのお寺とのことで、業平が「かきつばた」を句頭に入れた和歌が有名だそうです。これで、風景印の意味が分かりました。<br />調べないと風景印の意味が分からない場所が少なくありません。

    知立郵便局の風景印の図案は、無量寿寺のカキツバタ、八つ橋、知立神社の多宝塔です。
    無量寿寺は、在原業平ゆかりのお寺とのことで、業平が「かきつばた」を句頭に入れた和歌が有名だそうです。これで、風景印の意味が分かりました。
    調べないと風景印の意味が分からない場所が少なくありません。

  • 名鉄の鳴海駅に到着。<br />鳴海宿は、40番目の宿場です。<br />旧東海道は、こちらの出口の反対側を通っています。

    名鉄の鳴海駅に到着。
    鳴海宿は、40番目の宿場です。
    旧東海道は、こちらの出口の反対側を通っています。

  • 名古屋鳴海郵便局は、駅から徒歩約5分の近さでした。

    名古屋鳴海郵便局は、駅から徒歩約5分の近さでした。

  • 名古屋鳴海郵便局の風景印の図案は、広重の東海道五十三次の「鳴海」です。<br />鳴海と言えば、やはり広重なんでしょうね。

    名古屋鳴海郵便局の風景印の図案は、広重の東海道五十三次の「鳴海」です。
    鳴海と言えば、やはり広重なんでしょうね。

  • 再び、名鉄本線に乗車して、神宮前駅に到着。<br />東海道五十三次の宮宿の「宮」は、熱田神宮のことで、この神宮前駅は、その名の通り、熱田神宮のすぐ眼の前です。<br />宮宿は、41番目の宿場です。

    再び、名鉄本線に乗車して、神宮前駅に到着。
    東海道五十三次の宮宿の「宮」は、熱田神宮のことで、この神宮前駅は、その名の通り、熱田神宮のすぐ眼の前です。
    宮宿は、41番目の宿場です。

  • 郵便局に行く前に、熱田神宮にお参りします。<br />立派な鳥居です。

    郵便局に行く前に、熱田神宮にお参りします。
    立派な鳥居です。

  • 熱田神宮の本殿です。

    熱田神宮の本殿です。

  • 熱田神宮は、織田信長が桶狭間の前に戦勝祈願したことで有名ですが、大勝したお礼に奉納した信長塀があります。桶狭間は、日本史では欠かせない一幕ですね。

    熱田神宮は、織田信長が桶狭間の前に戦勝祈願したことで有名ですが、大勝したお礼に奉納した信長塀があります。桶狭間は、日本史では欠かせない一幕ですね。

  • 信長塀の説明板です。

    信長塀の説明板です。

  • 熱田神宮近くには、熱田郵便局もありますが、「宮}の文字が入っいませんので、この熱田神宮西郵便局の風景印としました。

    熱田神宮近くには、熱田郵便局もありますが、「宮}の文字が入っいませんので、この熱田神宮西郵便局の風景印としました。

  • 名古屋熱田神宮西郵便局の風景印の図案は、熱田神宮の本殿です。

    名古屋熱田神宮西郵便局の風景印の図案は、熱田神宮の本殿です。

  • 熱田神宮西郵便局で押印いただいた後、本当ならば、宮宿から、次の桑名宿にわたる乗船場所の「七里の渡し」跡を見学したかったのですが、そうすると、本日の最終目的地の四日市郵便局に19時までにたどり着けなくなるため、やむを得ず断念しました。<br /><br />ということで、熱田神宮前近くの名古屋市営地下鉄の伝馬町駅から地下鉄で名古屋駅に行き、古屋で近鉄線に乗り換え、近鉄桑名駅に到着しました。<br />桑名宿は、42番目の宿場です。

    熱田神宮西郵便局で押印いただいた後、本当ならば、宮宿から、次の桑名宿にわたる乗船場所の「七里の渡し」跡を見学したかったのですが、そうすると、本日の最終目的地の四日市郵便局に19時までにたどり着けなくなるため、やむを得ず断念しました。

    ということで、熱田神宮前近くの名古屋市営地下鉄の伝馬町駅から地下鉄で名古屋駅に行き、古屋で近鉄線に乗り換え、近鉄桑名駅に到着しました。
    桑名宿は、42番目の宿場です。

  • 桑名郵便局は、駅から徒歩10分強でした。

    桑名郵便局は、駅から徒歩10分強でした。

  • 桑名郵便局の風景印の図案は、名産の白魚とハマグリ、七里の渡し碑、揖斐川堤の桜です。<br />やっぱり、桑名と言えば、その手は桑名の焼き蛤ですね。

    桑名郵便局の風景印の図案は、名産の白魚とハマグリ、七里の渡し碑、揖斐川堤の桜です。
    やっぱり、桑名と言えば、その手は桑名の焼き蛤ですね。

  • 桑名からは、再び近鉄線に乗車して、近鉄四日市駅に到着。<br />四日市宿は、東海道43番目の宿場です。

    桑名からは、再び近鉄線に乗車して、近鉄四日市駅に到着。
    四日市宿は、東海道43番目の宿場です。

  • 四日市郵便局は、近鉄四日市駅から徒歩20分強で、ちよっと駅から離れていました。<br />局が閉まる19時の10分前到着。ぎりぎりでした・・・<br />駅から郵便局に向かう道の中ほどで、旧東海道を横切っています。

    四日市郵便局は、近鉄四日市駅から徒歩20分強で、ちよっと駅から離れていました。
    局が閉まる19時の10分前到着。ぎりぎりでした・・・
    駅から郵便局に向かう道の中ほどで、旧東海道を横切っています。

  • 四日市郵便局の風景印の図案は、天然記念物のいぬなし、特産の万古焼、鈴鹿山脈です。<br />この日は予定通り、32番目の白須賀宿から43番目の四日市宿までたどることができ、近鉄四日市駅近くのビジネスホテルに宿泊しました。<br />翌日は、44番目の石薬師宿から、53番目の大津宿です。<br /><br />お読みいただき有難うございました。

    四日市郵便局の風景印の図案は、天然記念物のいぬなし、特産の万古焼、鈴鹿山脈です。
    この日は予定通り、32番目の白須賀宿から43番目の四日市宿までたどることができ、近鉄四日市駅近くのビジネスホテルに宿泊しました。
    翌日は、44番目の石薬師宿から、53番目の大津宿です。

    お読みいただき有難うございました。

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