2011/05/01 - 2011/05/03
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2011年の広島旅行記2日目です。
この日は広島で人気の「長崎堂のバターケーキ」を購入した後呉に観光に行きました。
5月でつつじが満開の時期だったので音戸の瀬戸公園に行った後呉と言えば海軍・海自ということで、てつのくじら館や大和ミュージアムを見学したあと広島に帰りました。
つつじが満開の音戸の瀬戸公園はとても美しく、最高の時期に行けたと思います。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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2日目、5月2日の朝です。実は電車では割とアクセスの悪いホテルに宿泊していたのですがそれはこのため。隠れた広島名物ともいわれていた長崎堂のバーターケーキです。甘すぎず素朴な味のバターケーキは大人気。日曜日・祝日は休みの為前日が日曜日、翌日が祝日だった事もありこの日に来るしかありませんでした。写真は購入した後お店を出た後のもので、道路を曲がって左奥まで長蛇の列になっていました。
その場で配送手続きを取れたので楽でした。バターケーキの長崎堂 グルメ・レストラン
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長崎堂でバターケーキを購入したので目的地の呉に向かうために広島電鉄にのり広島駅へと向かいました。
この日5月2日は平日ですが、翌日からのフラワーフェスティバルにそなえ平和大通りで準備は着々と進んでいました。平和大通り 名所・史跡
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広島電鉄で広島駅電停にやってきました。宿泊していた東急ホテルは平和大通り沿いなのですが、広島電鉄のどの路線にもそこそこ歩く位置だったので少し大変でした。まあ何より上で書いた長崎堂に並ぶために東急ホテルを選んでいたのですが・・・。
広島電鉄広島電停はターミナル駅で様々な方面への路線が発着するのでホームの数は多かったです。広島駅電停 (広島電鉄) 駅
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2011年3月12日に九州新幹線は全通し、山陽新幹線と直通運転を開始して大阪と鹿児島中央が結ばれました。それにともないJR九州仕様の車輛も山陽新幹線区間に入るようになったのでその座席の展示です。
東日本大震災の翌日だったので祝賀イベントも中止になり、私自身関東住みなのであまり九州新幹線について知ることもなく、これをみてそういえば開通していたなあとか思ったりしたのは覚えています。広島駅 (JR) 駅
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これはグリーン車の座席ですかね。九州新幹線の車輛は普通席でも指定席は2-2配置でゆったりしているのでかなり良い感じがします。後々何回か乗っていますが、これならグリーン車じゃなくて指定でもいいかなと思わせる車両でした。
広島駅 (JR) 駅
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昨日の交通科学館では水素自動車のRX8が展示されていましたがこちらは一般販売用のプレマシーです。普通に駅構内にこんな一般車が置かれているのがさすがマツダのおひざ元広島です。
プレマシーが置かれているのとか見ると時代を感じるなあ。広島駅 (JR) 駅
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当時は、というか今でもそれなりに数の車輛がですが、広島では国鉄車輛が多く見られ115系、103系、105系などが当たり前の様に見られました。
広島駅 (JR) 駅
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湘南色の113系もいました。この時点では関東では房総でスカ色の113系がかろうじて見られたくらいだったかなあ。
広島駅 (JR) 駅
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呉にはこの103系で向かいました。既に関東では見なくなっていてJR西日本と九州で運用されている車両になっていました。現在では新型の227系で呉線の運航車輛は統一されています。
呉線に入ると海を見ながら走る区間も多いので景色を見ていても飽きませんでした。広島駅 (JR) 駅
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呉駅までやってきました。広島から呉の少し先の広駅まではそこそこの本数があるので鉄道移動でも来やすいです。クレストという名称の駅ビルがある駅舎でした。
呉駅 駅
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呉期前にはずいぶんと古い雰囲気の呉市交通局のバスが停車していました。調べてみると1995年製のバスの様です。
このバスの行先的にこのバスではないと思いますが、バスで警固屋方面へと向かいます。呉駅 駅
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バスでやってきたのは音戸の瀬戸公園。平清盛が開削したとされる音戸の瀬戸を見下ろせる公園です。つつじがたくさん咲き誇りゴールデンウイークは見ごろとのことで本当に見事な光景を作り出していました。
つつじも色とりどりに咲いています。音戸の瀬戸公園 公園・植物園
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音戸の瀬戸には音戸大橋が架橋されていますが、広島や呉から瀬戸内海の航路に出るための重要な海峡で低い橋だと船運に支障が出るので桁下23mと高いところに橋があります。手前の呉市警固屋側は山を削りループ線で高度を稼ぎ、奥の倉橋島の音戸側ではループ橋で高度を稼いでいます。
音戸の瀬戸公園 公園・植物園
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ちょうど最高の季節でしたね。ゴールデンウィークの中日という事で混みすぎている事もなく落ち着いてつつじを見る事が出来ました。
音戸の瀬戸公園 公園・植物園
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少し離れたところに見えるのは第二音戸大橋。音戸大橋は倉橋島と呉市を車道で結ぶ画期的なものでしたが交通量の増加でループ部分がボトルネックになってしまったことやや歩道がなかったためもう一本の架橋が計画されこの時は工事中でした。
音戸の瀬戸公園 公園・植物園
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まだ第二音戸大橋の倉橋島側は地上部分と接続されてはおらず一目で工事中とわかる様子でした。この約2年後の2013年3月に無事に開通しています。
現在は音戸市街に向かう車以外はこちらを通ることが多いようです。音戸の瀬戸公園 公園・植物園
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こんな看板もありました。音戸大橋ができるまでは渡船が倉橋島と呉市を結ぶ唯一の手段だったのだと思います。日本一短い定期航路ということで運賃も安めですね。
浦賀の愛宕丸よりも見た感じで距離は結構短い感じました。音戸の瀬戸公園 公園・植物園
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音戸大橋の対岸は旧音戸町の中心部になっています。倉橋島は南部の方が人口が少なく北部は呉のベッドタウンにもなっているようで離島という雰囲気はあまりないようです。
この時も行けたら行ってみたかったのですが行けずその後も行けずじまい。当時はペーパードライバーだったので今度広島に行ったら行ってみたいなと思っています。音戸の瀬戸公園 公園・植物園
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倉橋島へのバスもある程度本数があり音戸大橋を通って呉と音戸・倉橋を結んでいます。音戸町、倉橋町は元々独立した自治体でしたが2005年3月にともに呉市と合併しています。
10年ちょっと前ですがバスも時代を感じます・・・。音戸の瀬戸公園 公園・植物園
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ループ部分にもつつじが植えられているので車道からも美しく見えるでしょうね。現在の様に長大橋で結ぶことは難しいので両側にループを造り高度を稼いだわけですが、その途中に公園を造りつつじを植えるというのは当時としては先進的な発想なのかなと思います。
音戸の瀬戸公園 公園・植物園
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こうやって倉橋島側のループ部分をみると音戸大橋がボトルネックになって渋滞が起きているというのがよくわかりました。
それにしても1961年にこの橋を造ったというのはすごいなと思います。実際ループ橋構造は日本初だったとか・・・。音戸の瀬戸公園 公園・植物園
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こちらが音戸の瀬戸の渡し船です。本当に昔ながらの渡し船という雰囲気ですね。
音戸の瀬戸 自然・景勝地
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音戸の瀬戸の最狭部に音戸大橋はかかっています。海峡自体のおおよその距離は90mほどだとか・・・。
伝承では平清盛がここを開削したと言われていますが、実際のところは海峡が自然に形成されていた様です。とは言え戦後すぐくらいまではこの付近に砂浜もあったようですね。音戸の瀬戸 自然・景勝地
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バスで呉市方面へ戻りますが途中下車してアレイからすこじまへとやってきました。この辺りは戦前呉海軍工廠の中心部だったそうです。呉らしさを伝える公園として1986年にオープンしたとのこと。
海上自衛隊の艦艇を気軽に見える公園で横須賀のヴェルニー公園の様な感じですが、公園としてはヴェルニー公園の方が大きかったです。アレイからすこじま 名所・史跡
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こちらは敷設艦むろと。1978年に三菱重工業下関造船所で竣工し、この翌年の2012年に退役したそうです。現在は同名の第三代目のむろとが敷設艦として活躍しているようです。
旅行記を作成するにあたって調べていて知ることが出来ました。アレイからすこじま 名所・史跡
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いつ造られた桟橋かはわかりませんが、結構年季も入っていそうな桟橋です。立派な門柱もあったので戦前に造られたものなのかなと思いますが、今でも現役利用されているようです。
アレイからすこじま 名所・史跡
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アレイからすこじまの道路を挟んで反対側には煉瓦造りの建物が並んでいました。現在では民間会社の倉庫になっていますが、元々は呉海軍造造兵廠の水雷庫として建造された海軍の建物だったそうです。
アレイからすこじま 名所・史跡
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こちらはてつのくじら館1986年に就役し2004年に退役したゆうしお形潜水艦、あきしおを展示し一部中を公開している海上自衛隊の施設です。正式名称は海上自衛隊呉資料館となっていますが、てつのくじら館でほぼ名前は通っていました。
なんと入場無料です。海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館) 美術館・博物館
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こちらは掃海用の機関銃だそうです。掃海時に機雷に向けて発射し機雷を貫通させ破壊するそうですが、解説には今ではこの方法はほとんど取られていないと書かれていました。
海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館) 美術館・博物館
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フロートも展示されていました。防諜上の問題もあり公開している範囲は少ないですがそれでも無料とは思えないほど展示は充実していました。
海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館) 美術館・博物館
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3段ベッドです。当然ですが一部区域しか公開されていませんでしたが、居住スペースは割とそのままの姿で見る事が出来ました。
これを見た時は狭いなあと思いましたが、2019年にエストニアのタリンで戦前のエストニア海軍潜水艦レムビットの中に入った時に思ったのは、この潜水艦は広かったんだなあということ。まあ戦前と戦後の潜水艦を比較すること自体があれですが・・・。海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館) 美術館・博物館
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こちらはシャワースペース。一般の艦艇と違いスペースが限られる潜水艦は生活スペースの確保も大変な様でした。
海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館) 美術館・博物館
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艦内のトイレもそのままの姿で公開されていました。身体を鍛え上げた自衛官の方が利用するには狭いのかなと思いますが、潜水艦の中と考えると広いなとも思います。
海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館) 美術館・博物館
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てつのくじら館で潜水艦を見学したあとは大和ミュージアムへと向かいます。隣接する区域にあるので見学しやすいのは良いですね。
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戦艦陸奥の主砲。戦艦陸奥は長門同様に国民にも広く知られる戦艦でしたが第二次世界大戦中に岩国沖で停泊していた際に謎の自沈事故を起こし沈んでしまいます。戦後の1971年3月にサルベージされいくつかの部品が国内各地に展示されています。
呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム) 美術館・博物館
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たぶん大和ミュージアムのテラスから撮影した写真だと思います・・・。記憶があいまいで前後の撮影時間や呉の地図から想像していますが・・・。
呉の港の様子がよくわかります。ここが昔は呉海軍工廠だったんですね。呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム) 美術館・博物館
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大和ミュージアムの目玉である1/10サイズの戦艦大和です。手前に人が写っていますが比べてみると1/10サイズとは言え大きさがよくわかると思います。この模型は呉市にある山本造船で建造し進水式も行われた立派な船なんです。2019年の鶴瓶の家族に乾杯で山本造船は少し取り上げられているのを見たことがあります。
呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム) 美術館・博物館
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後方から見てみました。図面は戦後に海軍が焼却処分したので証言や保管されていた部分ごとの図面を利用しているようですが非常によく再現されているされています。
世界最大の戦艦である大和は呉海軍工廠で建造され、坊ノ岬沖海戦の際も近隣の停泊地から出撃しています。呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム) 美術館・博物館
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大和だけでなく呉の歴史として呉で製造された軍艦の解説などもありました。
これは呉海軍工廠で建造された戦艦長門の模型。いまでこそ大和が日本の戦艦として有名ですが、戦中は秘蔵されていた事もあり一般的には長門、陸奥が日本を代表する戦艦として認識されていました。ダメージを追いながらも太平洋戦争を生き抜き最終的には米軍の標的艦として原爆の標的として沈没しました。
軍艦長門碑が横須賀のヴェルニー公園にあります。呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム) 美術館・博物館
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説明を撮影していないので確証を持っていないですが詳細を観察すると空母赤城の換装後の模型ですかね・・・。呉海軍工廠の建造ですし。
空母赤城はミッドウェーで炎上し航行不能となり撃沈処分されました。呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム) 美術館・博物館
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大和ミュージアムからてつのくじら館が見えました。駐車場にある車なども写っていますが、こうやって遠くから見るとあきしおの大きさが下から見るのよりもよくわかります。
呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム) 美術館・博物館
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世界最大の戦艦の大和。1/10サイズでも鳥瞰するととても大きいことがわかります。登場以来世界的に大型化が続いてきた戦艦ですが、第二次世界大戦で航空機が主力になると空母に取って代わられ大和以降戦艦が建造されることはありませんでした。そんなわけで今に至るまで大和型の二隻が世界最大の戦艦になっています。
三番艦の信濃はミッドウェー以降の戦局の変化で航空母艦として建造され横須賀から呉への回航中に撃沈されてしまいますが、信濃も当時世界最大の空母で戦後エンタープライズが登場するまで世界最大の空母でした。呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム) 美術館・博物館
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零戦も実機が展示されています。これは62型(A6M7)で戦争末期に製造されたタイプです。戦闘機というよりは戦闘爆撃機に近く500Kg爆弾を設置する事も出来ました。戦争末期で爆撃機仕様だったこともあり特攻に使われることも多い機体でした。
呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム) 美術館・博物館
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呉駅から呉線で広島駅まで戻ります。これは反対側の広方面へ向かう列車だと思います。たしか帰りも103系だった記憶がありますが、写真を一切撮っていないので不明。
呉駅 駅
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呉駅の駅名標にはこんな感じで戦艦大和を描いたものもありました。
呉駅 駅
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広島駅から平和大通りに戻ってくるともう明日のフラワーフェスティバルに備えて屋台なども完成していました。準備万端ですね。
明日はフラワーフェスティバルに行くのではなく、宮島の方に向かいます。平和大通り 名所・史跡
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ホテルに戻ってきました。実は広島駅から上の平和通り周辺までの撮影が一切なく、この間何をしていたのか不明・・・。食事でもしていたのかな・・・。
明日はいよいよ旅行最終日です。広島東急REIホテル 宿・ホテル
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