2021/04/11 - 2021/04/11
802位(同エリア1540件中)
かるあみるくさん
- かるあみるくさんTOP
- 旅行記157冊
- クチコミ1137件
- Q&A回答12件
- 162,395アクセス
- フォロワー11人
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
アップが遅くなってしまいましたが、5月にアップした4月11日の横須賀散策旅行記の後編です。
浦賀船渠跡を眺めた後少し戻り浦賀コミュニティセンターにある郷土資料館を訪れました。ここでは浦賀奉行所与力中島三郎助についてや浦賀奉行所について解説されていました。
この後東浦賀に行くためにバスか愛宕丸か悩みましたが雰囲気のある愛宕丸を選びました。東浦賀では中島三郎助の墓がある東林寺、東西に分かれている叶神社を見学しました。本当はもう少し動く予定だったのですが、脚を痛めてしまったので浦賀はここで探索を終了しバスと鉄道で久里浜へ。
ペリー来航の記念碑と記念館があるペリー公園を見学した後久里浜花の国を夕方少し散策して終了となりました。
この時期横須賀や横浜の散策を行っていたので、旅行記と並行して少しずつアップしていこうと思っています。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
浦賀ドック跡から少し戻った場所に浦賀コミュニティセンターがあり、その二階の郷土資料館がなかなか良い展示がされているということでやってきました。コミュニティセンターの壁面にも黒船を模した船が描かれています。
浦賀奉行所について学べます。 by かるあみるくさん浦賀コミュニティセンター分館 (郷土資料館) 美術館・博物館
-
階段で二階に上がると郷土資料館が。入り口は浦賀奉行所を模した形になっています。中島三郎助をモチーフにしたキャラもマスクをしてお出迎えです。
入口で確認したら撮影自体は撮影禁止の場所以外自由だけど、SNSなどにアップするのは禁止とのことで中の写真はアップできません。
内容としては浦賀奉行所について、黒船来航について、中島三郎助についてがメインです。中島が箱館戦争で死ぬことを覚悟した際の母あての手紙などもありました。浦賀奉行所について学べます。 by かるあみるくさん浦賀コミュニティセンター分館 (郷土資料館) 美術館・博物館
-
コミュニティセンターから東叶神社方面に行くときに方法は一度浦賀駅まで行きそこからバス、渡船場まで戻り東浦賀に船で渡るの二通りがあります。京急の乗り放題パス持っていたので費用の面ではバス使った方が安いのですが、せっかくの観光なので江戸時代の気分になり?渡船で向かいます。ちなみにコミュニティセンターから渡船乗り場まではバスで1停留所ですが、バスが良い時間になく歩いて向かいました。
到着しましたが浮き桟橋には愛宕丸はなく、よく見ると対岸に停泊しています。 -
渡船は一隻で東西浦賀を行ったり来たりしています。特にダイヤが決まっているわけではなく、利用したいときにボタンを押すと対岸からやってくる形です。ちなみに昼休みがあって12時から13時は運航していないそうです。
ちなみにここは浮桟橋ではないのでここで待っていると酔う事を防げます。愛宕丸 (浦賀の渡し船) 乗り物
-
呼ぶとすぐに来てくれます。対岸から向かってくるのを見ているのも結構楽しいです。乗り込むと料金皿にお金を置いて座りますと出発です。他に乗船する人がいる場合は全員が乗り込むのを待つはずですが、他に誰もいませんでした。
景色を見ていて気付かなかったんですが、料金は航行中に回収したみたいです。 -
決して広くない浦賀湾内を横断する形なので時間もかかりませんし風景もこちらは湾内が見えるだけ。でも古くから続いている渡船に乗って浦賀湾を渡るのはいい思い出になります。
奥が浦賀湾の最深部で浦賀ドック跡も見えます。 -
約三分の船旅で東浦和地区にやってきました。今ではバスで浦賀駅を経由すれば簡単に来れますが、それでも時間が一番早いのはこの渡船です。
短い船旅ですけど雰囲気もありますし時間短縮もできるのでとても使いやすい渡船です。 -
愛宕丸の乗り場からすぐの所に東林寺というお寺があります。東浦賀だと東叶神社が有名でそちらはかなりの人出でしたがこちらは閑散としていました。
前編から話題に出ている浦賀奉行所与力で函館で戦死しした中島三郎助の墓があるお寺です。浦賀を愛し函館で散った与力中島三郎助が眠るお寺 by かるあみるくさん東林寺 寺・神社・教会
-
東林寺の入り口には石仏がありました。1523年開山の寺院ですが、割と最近のものですかね。浦賀の歴史などを考えると明治初期頃なのかもしれません。
浦賀を愛し函館で散った与力中島三郎助が眠るお寺 by かるあみるくさん東林寺 寺・神社・教会
-
このお寺の中に中島三郎助の墓があるそうですが、少し探したけど見つかりませんでした。後で調べたら普通に墓所の中にあるようですね。
浦賀を愛し函館で散った与力中島三郎助が眠るお寺 by かるあみるくさん東林寺 寺・神社・教会
-
東叶神社の前から対岸を見てみるとこんな感じで大型の漁船?が入港していました。3倍程度の望遠でもこんな近くに見えるほど浦賀湾は小さな湾でした。
-
東浦賀で一番の観光スポット、東叶神社にやってきました。前編でも記載した通り江戸時代に浦賀村が東西に分かれたので東側にも建立された神社です。1692年建立で現在の拝殿は1929年に建築されたものです。
「願いが叶う」ということで多くの人が参拝していました。東叶神社 寺・神社・教会
-
西叶神社と同じく山を背にした神社ですが、こちらの東叶神社の方が少し境内が広く感じます。
前編の通り東叶神社と西叶神社の間を愛宕丸で移動し願うと願いが叶うと言われているのでやはり人気のある神社の様です。東叶神社 寺・神社・教会
-
まず本殿に向かうのではなく階段脇に進んでいきます。この鳥居の奥にある祠は身代わり弁天。古来よりこの弁天様は信仰した人はあらゆる不慮の事態に直面し生命の危機に瀕してもその際に弁天様が身代わりとなり、災いから守ってくださったという伝説があるようです。
東叶神社 寺・神社・教会
-
東叶神社には万延元年遣米使節としてアメリカに派遣される前、勝海舟が航海の無事を祈り断食をした際に利用された井戸が残っています。身代わり弁天よりさらに奥にこの井戸はありました。
正使などはアメリカ海軍のポーハタン号で渡米しましたが、随行船として、護衛として咸臨丸で勝らは渡米しました。通訳として乗り込んだ旗本の中浜万次郎以外日本人で外洋を航海した人はおらず大変な航海になったそうです。東叶神社 寺・神社・教会
-
本殿の所で振り返ると西浦賀方面が・・・。微妙に東西の叶神社の位置が違うのでここから西叶神社は見えませんが、西浦賀方面、元々住友重機械工業の川間工場があったあたりがよく見えました。
東叶神社 寺・神社・教会
-
この上に江戸時代以前に廃城になっていた浦賀城跡があり、そこまで歩いていけるのですが、階段で足を痛めてしまったのでここで引き返すことになってしまいました・・・。勝海舟が断食した場所などが残っている様なのですが・・・。ちょっと残念。またいつか来たいと思います。
ちなみに階段途中左側によくテレビに出てくる喫茶店があります。東叶神社 寺・神社・教会
-
東叶神社から歩いてバス停に向かい、そこからバスで浦賀駅へとやってきました。歩くと20分くらいかかりそうですが、足を痛めたのであまり歩かない方がよさそうだったのですがいいタイミングでバスが来てくれました。
浦賀駅駅舎が高台になっているので撮影しましたが、バスターミナルのソテツがいかにも南国風です。
奥にあるのは学校っぽいですね。浦賀駅 駅
-
浦賀駅からこの列車でいったん堀之内駅へと向かいます。京急本線は堀之内駅から浦賀に至るこちらの路線ですが、運行系統の上では久里浜線と本線が優等列車で一体化していて、日中時間帯は浦賀へは本線普通列車が入ってきます。ただ堀之内での乗り継ぎは割と良かったです。
浦賀駅は島式1面2線ですが、当初はここから久里浜方面へ延伸する計画があったようです。浦賀駅 駅
-
堀之内駅を経由して北久里浜駅にやってきました。北久里浜駅は昔ながらの構造で相対式二面二線のホームで、久里浜方面駅舎からは跨線橋を渡り上大岡方面ホームに出てホームにある改札を出ていきます。
とは言えこの駅の立地を考えるとこの構造のままで仕方ないのかなとも・・・。北久里浜駅 駅
-
久々に家系を食べたくなったので北久里浜駅に来たのです。北久里浜に本店があるきたくり家と逗子家で迷いましたが、逗子家へ。約2年ぶりですが相変わらずネギのボリュームが特大で良かったです。
前回来たときはクーポン券もらいましたが今回はなかったです。まあ横須賀市民じゃないのでなかなか来られないですけど・・・。逗子家 グルメ・レストラン
-
北久里浜駅から京急久里浜駅へと向かいます。途中京急ファインテックがあり広大な敷地に京急車両が多数留置されていました。京急も昔は様々な形式が走っていましたが、随分と車両の統合が進みました。
例年5月末には基地開放が行われていますが、さすがに今年の情勢では難しいかなとか思ってみてました(やっぱりなかったっぽい。) -
久里浜のイオンの前にある久里浜天神社に来ました。前回来たときはちょうど例大祭の最中で本殿を見るのが大変な状態でしたが、何もないと本殿は目の前にしっかりと見えました。天神様なので合格祈願に来る方も多いようです。
久里浜天神社 寺・神社・教会
-
牛乗り天神も見やすい状態ではじめてしっかり見ました。頭をなでなでしてきました。
久里浜天神社 寺・神社・教会
-
久里浜天神社から歩いてペリー公園へ。京急久里浜駅から近くの東京湾フェリーまでのバスも出ているのですが、本数も少なく痛む足を押してきましたがさすがに痛みがやばかったです・・・。結構距離あるんですよね・・・。
ペリー公園は奥に見えるペリー来航記念碑を中心とした公園で、歴史公園でもあるんですが地元の子供たちが遊ぶ憩いの場にもなっています。ペリー公園 公園・植物園
-
ペリー公園の園内にはペリー記念館が立っています。アメリカ風のこの建物は1987年建築という事でもう30年前に立っている建物ですが、古さをまったく感じません。中の展示も割ときれいで新しい雰囲気の記念館でした。
ペリー記念館 美術館・博物館
-
入り口にはマシュー・ペリー代将の胸像が。ご存じの通り黒船艦隊を率いて日本に来航、開国させ幕末の動乱へと突入させたきっかけの人物です。アメリカでは海軍教育者の先駆けとして、アフリカのリベリアでは解放された黒人奴隷の帰国事業を行った人物として建国の英雄の一人にもなっています。
入り口反対側には幕府側で名目上の交渉を行った(実際は中島三郎助が行った)旗本で浦賀奉行の戸田氏栄の胸像がありました。ペリー記念館 美術館・博物館
-
浦賀沖に現れた旗艦サスケハナ、ミシシッピ、サラトガ、プリマスの様子を再現したジオラマが一階の入ってすぐのところにありました。さすがに海岸と比較してこんな大きな船じゃないと思いますが・・・。
ちなみによく4隻の蒸気船と勘違いされますが、外輪式の蒸気船はサスケハナ、ミシシッピの二隻です。ペリーは四隻とも蒸気船を希望したそうですが、2隻は帆装スループの艦隊でした。翌年来航の際も9隻のうち3隻だけが蒸気船でした。
一階ではペリー来航時や国書受け取りの時の様子を再現した新聞が展示されていました。ペリー記念館 美術館・博物館
-
二階ではペリー個人に関する展示や当時の世界情勢、ペリーがどういう気持ちで日本に来たかなどの展示もありました。ペリーは子煩悩で家庭を大切にしていたとはよく言われていますが、そのペリーが航海中に家族にあてて書いた手紙なども展示されていました。
ペリー記念館 美術館・博物館
-
ペリー公園内にあるこの碑には「北米合衆国水師提督伯理上陸紀念碑」と書かれています。1901年に日米海軍艦や桂首相、アメリカ関係者を招いてこの碑を建立、碑の揮毫は前首相で元老の伊藤博文が行いました。元々はペリー来航の際の乗組員が横須賀に記念碑があると思い来てみたら何もなかったことに憤り建立を促したそうです。
戦中の1945年にこの碑は一度倒されましたが、戦後に丁寧に修復されて現在に至っています。
この碑は子供たちの遊び場になっていたのがなんとも・・・(´・ω・`)。ペリー公園 公園・植物園
-
錨をモチーフにしたモニュメントがペリー公園に置かれていました。
ペリー公園 公園・植物園
-
ちょっと久里浜海岸の方にも行ってみました。とは言え道路を渡って海岸を眺めただけですが・・・。奥に見える山々は房総半島南部です。
久里浜から浜金谷まで東京湾フェリーで結ばれていますし、海を隔てているとは言え房総半島は割と身近な存在です。久里浜海岸 自然・景勝地
-
ペリー記念館での紹介によればこの横須賀市立南図書館にもペリー来航に関する資料があるようですが、時間も遅くなっていたのでパスして進んでいきます。まあ家から近いしいずれどこかで来てみようと思います。
-
くりはま花の国に来てみました。何回も来ていますがたぶん10年ぶりくらいかな、ずいぶんと久しぶりに来ました。花がとても綺麗な公園ですが夕方で、沢の様な場所にあるので日が既に当たらなくなっていたのが残念・・・。
くりはま花の国 公園・植物園
-
広大なスペースですが元々は米軍基地だったそうです。ということはその前は日本軍の基地だったのかな?
返還後に横須賀市が整備し1988年にくりはま花の国としてオープンしたそうです。思ったより最近のオープンなんですね。といっても30年以上前ですが・・・。
なんとなく長津田の「こどもの国」と同時期のイメージを持っていたので -
綺麗なポピーが咲いていました。ここに日が当たる時間帯だったらもっときれいだっただろうなあ。この区画は春はポピー園、夏はコスモス園になっているそうなので、時期寄って違う姿を見る事が出来るようです。また秋に来ようかな。
くりはま花の国 公園・植物園
-
フラワートレインが戻ってきました。くりはま花の国の敷地はとても広く、さらに高低差があるのでこれに乗ると楽に移動できます。片道300円だったかな?
笛吹フルーツパークでも見ましたし、エストニアのタリンでも見たのでこんな感じのSL風の車輛が世界中で走っているんでしょうね。くりはま花の国 公園・植物園
-
くりはま花の国から京急久里浜駅へ向かうために歩いていると途中こんな看板が・・・。この付近で前方後円墳が見つかっていたようです。
地図にある図で見るとずいぶん前方が小さい古墳だったみたいですね。 -
フリー乗車券を購入しているので半分意味なく三崎口駅までやってきました。三崎口駅は終点ですが掘割の中に対面式ホームの二面二線になっていて途中駅の様な構造です。これは計画段階ではこの先油壷まで計画されていて、三崎口駅は暫定的な終点の予定だったためですが、2016年に事実上油壷への延伸を断念、さらに2021年9月末で油壷マリンパークの閉園が決まった為にこれ以上の延伸は完全になくなったと思います。
-
三崎口駅を出発していく600形。三崎口から京成本線を経由しての成田空港行きという結構な長距離を走る列車でした。
ちなみに京急久里浜線は久里浜以南で単線個所もあり、三崎口を出ると単線になるのでこんな出発の仕方です。三崎口駅 駅
-
三崎口駅からバスで行くことが出来る三崎港はマグロの遠洋漁業で有名。美味しいマグロ料理を食べられる店もあり観光客の人気もあります。
そんなわけで数年前から京急は一部駅名標をこんな感じの遊び心あるものに変えています。駅名をいじっているだけではなく、京急では最寄駅から三崎口駅経由で三崎港まで行ってマグロを食べられる企画乗車券なんかも販売しています。 -
三崎口からの列車は2100形でした。泉岳寺行き列車は2100形が当たる可能性が高いです。逆に浅草線以遠に乗り入れる列車は浅草線に2100形が原則入線できないため600形や新1000形になります。
このあたりは空いているのでできればこの列車で戻りたいです。 -
横須賀中央駅でいったん下車。もうすっかり夜ですね。横須賀中央駅は名前の通り横須賀の中心部。にぎやかな雰囲気があります。
一方JRの横須賀駅は中心部からかなり離れた位置にあります。 -
海軍カレーの街、横須賀のゆるきゃら「スカレー」の”等身大”人形が横須賀中央駅前には展示されています。横須賀海軍カレーが有名になった2003年に誕生したキャラで、ゆるキャラの中では相当古参のキャラです。
愛くるしい姿で結構好きなキャラです。横須賀中央駅 駅
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2021年春・神奈川の日帰り散歩の旅行記。
0
44