2016/01/03 - 2016/01/04
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エンリケさん
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2015~16年の年末年始のベトナム旅行7日目後半。
ベトナムの首都ハノイの観光を続行。
国立歴史博物館を見学した後は、ベトナム女性博物館、ホアロー収容所と巡っていき、タンロン水上人形劇場にて、ハノイ名物の水上人形劇を鑑賞。
そして内外からの大勢の観光客が集うホアンキエム湖に浮かぶ玉山祠にて、帰国前の最後のひとときを過ごします。
<旅程表>
2015年~2016年
12月28日(月) 成田→マカオ
12月29日(火) マカオ→ダナン→ホイアン
12月30日(水) ホイアン→ミーソン→ホイアン
12月31日(木) ホイアン→ダナン→フエ
1月 1日(金) フエ→
1月 2日(土) →ハノイ→ハロン湾→ハノイ
〇 1月 3日(日) ハノイ→
〇 1月 4日(月) →マカオ→成田
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- マカオ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
1月3日(日)
11時、国立歴史博物館の見学を終了し、ハノイの街歩きに戻ります。国立歴史博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
国立歴史博物館からホアンキエム湖方面へ戻る道を歩いていると、観光客を乗せたハノイ名物の人力車、“シクロ”に遭遇。
情緒ある乗り物ですが、ハノイ市当局は交通渋滞の緩和を図るため、2013年にシクロの禁止を決定したそう。
【ベトナム・ハノイの名物人力車が禁止に(2013年8月19日AFPBBNews)】
https://www.afpbb.com/articles/-/2962517
2016年のこの時は、観光用には許されていたようですが、コロナ禍で外国人観光客が激減した2021年の現在はどうなっていることでしょう・・・。 -
路上では椅子ひとつで床屋をやっている人もいて、風情が伝わってきますね。
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さて、早朝も訪れたホアンキエム湖に戻ってきました。
広々としていて、まさに都会のオアシスという感じ。ホアンキエム湖 滝・河川・湖
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湖畔では、散策を楽しむ地元の人々の姿が。
平和な日曜日の風景ですね。 -
ホアンキエム湖を過ぎ、そのままずんずんと歩いて行きます。
街なかには、1月に入ったというのにまだクリスマスツリー。
左の広告板には子供を抱えるホーチミンのイラストが見えますね。 -
てくてく歩いて11時30分、白を基調とした博物館らしき建物を発見。
ベトナム女性博物館(Vietnamese Women's Museum)です。
先ほどの国立歴史博物館などで、“男性と一緒に戦う強いベトナム人女性”の姿を見てきたことから、興味があって入ってみることに。ベトナム女性博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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早速入館料30,000ドン(約165円)を支払ってベトナム女性博物館に入館。
最初に出てきたのは、こんな鮮やかな民族衣装。
サパやラオカイに住むザオ(瑶、Dao)族の、結婚式での新郎(右)、新婦(左奥)、そして介添人(手前)の衣装です。 -
こちらは中華系のホア(華)族の結婚式における新郎の衣装。
中華系らしくやっぱり赤が好きなのですね(笑)。 -
“Wedding costumes of Nguyen Duc Thinh and Le Diem Thi”と題された新郎新婦の婚礼衣装。
ベトナムの中でも有名人の結婚式の衣装なのでしょうか。 -
こちらは眉を剃り(髪も?)お歯黒を塗った赤ザオ族の女性。
彼女らの住むサパなどの北部山岳地方もいつか訪れてみたいものですね。 -
こちらは日本でもお馴染みのベトナムの民族衣装アオザイ。
18世紀頃、中国の清から伝わったチャイナドレス(満洲服)を起源としているとのことですが、こんなにカラフルなバリエーションがあるとは知りませんでした。 -
こちらもどこかの少数民族の衣装ですね。
何やら少数民族展ぽくもなってきました(笑)。 -
“女性革命家たち”と題されたこちらは、近現代においてベトナムの独立のために活動した女性たち。
中にはフランス植民地政府に拘束されて非業の死を遂げた方もいるとか。
19世紀から20世紀半ばにかけては、欧米人のアジア人に対する人権意識が、現在とは(現在も?)全く異なるものだったのでしょうね。 -
こちらはベトナム戦争で“南ベトナム解放民族戦線”として米軍やサイゴン政権と戦った女性たち。
いずれも戦後も政治家として活躍されているそうで、よかったよかったという感じです。 -
こちらはベトナム戦争に身を投じた女性たちが使った小物や衣服など。
こんなものまで展示しなくてもいいのにと思うほどの女性持ち上げぶり。
ある意味プロパガンダでしょうかね・・・。 -
最後は戦う(活躍する)女性を全面に出したポスター群。
日本ではこういうのをあまり見ないところを見ると、やはりここまでやらないと女性の社会進出は難しいということか・・・。
12時20分、以上でベトナム女性博物館の見学を終了。
いろいろと気付きのあった博物館見学でした。 -
さて、博物館を出たところで街の食堂のような店に入って昼食。
ベトナムに来て麺料理ばかり食べていたことから、ここらでご飯料理でもと思い、定食っぽいメニューを注文しましたが(30,000ドン=約165円)、出された料理は冷たく、味はそれほどでもという感じ・・・。
ハノイビール(12,000ドン=約66円)だけは美味しくいただけました(笑)。 -
13時10分、次は市街の中心部にある“ハノイで最も恐ろしい”観光スポット、ホアロー収容所(Hoa Lo Prison)へ。
フランス植民地政府によって1896年に建設され、1954年のインドシナ戦争終結までは1651人のベトナム人革命家が、その後はベトナム戦争での米軍捕虜などが囚われてきたという、いわゆる“負の遺産”となっている施設です。ホアロー収容所 (ホアロー刑務所) 建造物
-
入館料30,000ドン(約165円)を支払って入館すると、まず最初はこんな収容所の模型。
このホアロー収容所、現在は一部しか残っていませんが、最も大きいときで、敷地の広さは1km2に及んだとか・・・。
ちなみに見学者はこれまで見てきた国立歴史博物館や女性博物館よりも多く、やはりこういう“負の遺産”系のものは若者を中心に関心が高いのかなあと感じました。 -
こちらは当時使われていた囚人の衣服や食器など。
随分ときれいですが、レプリカでしょうか。 -
こちらは当時の集団房を再現したもの。
囚人にはそれぞれ片足に足枷がはめられていますね。 -
こちらは独房の様子。
あばらの浮いた人形がこちらを見つめていて、思わずギョッとさせられます。 -
最近作られたものでしょうか、拷問に耐える囚人の様子を描いたこんなレリーフも。
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狭い下水溝の中を這う囚人の人形も。
実際、1945年3月には下水溝を伝って脱獄した囚人たちがいたとのことで、その数は100人以上にも及んだとか・・・。 -
こちらはこの収容所に配備されていた2台のギロチンのうちのひとつ。
実際に1930年代には5名の革命家が処刑されたとか・・・。
ちなみにもう1台は、午前中に見学した国立歴史博物館に展示されていたものでしょうかね。
【年末年始ベトナム北中部紀行(10) ハノイの国立歴史博物館のギロチン】
https://4travel.jp/travelogue/11690225#photo_link_69650231 -
こちらは1930年から1945年までにフランス植民地政府によってホアロー収容所に入れられた女性革命家たちの写真。
ここでも祖国の独立に尽力した女性たちの姿がクローズアップされていますね。 -
施設のところどころにはこんな独房が。
隔離された部屋でも足をつながれているのが痛ましい・・・。 -
中庭には収容所廃止後に描かれたものか、囚人の様子を表現した現代壁画と、収容所で亡くなった方々を追悼する祭壇が。
周りには巨大な近代ビルが建っていますが、この場所だけは、当時の記憶を留める異空間のようですね。 -
こちらは1967年10月26日、ハノイの火力発電所を爆撃しようとした米国海軍のスカイホークを北ベトナムの地対空ミサイルが撃墜した際、スカイホークから脱出したジョン・マケイン少佐(John MacCain、1936-2018年)が身に着けていたフライトスーツとパラシュート。
彼はこのホアロー収容所にも移送されるなど北ベトナムの収容所を転々とし、1973年1月のパリ和平協定締結により、同年3月に米軍がベトナムより撤退するに至って、ようやく解放されることとなったとのこと・・・。
ちなみにこのジョン・マケイン氏、その後は共和党の政治家となり、2008年には米国の大統領選に立候補して、民主党のバラク・オバマに敗れることとなりましたよね。 -
最後はベトナム戦争時の様子を撮影した数々の写真の中から、1972年12月26日の北爆で焼け野原になったハノイの街。
北ベトナムにとっては民族の自決、統一を求めた戦いだったのですが、米国にとっては共産主義拡大の恐怖(ドミノ理論)に駆られた戦争。
正義がどちらかにあるのかは・・・。 -
14時30分、ホアロー収容所の見学を終え、次はハノイ名物の水上人形劇を楽しむべく、ホアンキエム湖の北側にある“タンロン水上人形劇場”へ。
上演は1時間ごとにあり、15時からの席を購入して(100,000ドン=約550円、撮影料20,000ドン=約110円)劇場内へ。タンロン水上人形劇場 劇場・ホール・ショー
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上演会場はこんな感じ。
観客席はほぼびっしりで、ほとんど外国人といった構成です。 -
中央には中国風の建物と池(ホアンキエム湖?)、向かって左側にナレーターや楽団という配置となっています。
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そして15時、水面にスポットライトがあたり、人形が出てきて上演開始。
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人形はこのとおり、たくさん出てきてコミカルな動きを展開。
もともとはこの水上人形劇、紅河デルタにあるタイビン省(省太平)の農民たちの収穫祭として1000年ほど前から行われていたもので、ベトナムに長期の統一王朝ができた11~15世紀(李朝、陳朝期)に宮廷にまで広まったとのこと。
なるほど動きには目を見張るものがあるのですが、いかんせんストーリーが分からないので、途中、眠くなることも・・・。 -
ベトナム伝統の神獣、龍も出てきます。
【年末年始ベトナム北中部紀行(10) ハノイの国立歴史博物館の龍の展示】
https://4travel.jp/travelogue/11690225#photo_link_69641071 -
人形たちはけっこうな速さで動きまくり、操作をするのも大変だなと思わせます。
それにしてもどのように操作しているのか、この建物の裏側にいるにしても、舞台となっている水面はよく見えないですよね・・・。 -
次の場面は舞台が少し暗くなって、亀が登場。
ホアンキエム湖に棲むという、黎朝太祖の黎利に剣を授けたという“還剣伝説”の亀でしょうか。
【年末年始ベトナム北中部紀行(10) ハノイのホアンキエム湖】
https://4travel.jp/travelogue/11690225#photo_link_69640038 -
そして水上には天女風の女性たちが登場して、楽しそうな雰囲気で人形劇は大団円を迎えます。
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15時50分、50分間の上演終了後、人形使いたちが登場し、観客席に向かって挨拶。大きな拍手を浴びます。
途中、ウトウトしていたらあっという間という感でした。
それにしてもこの人形使いたち、上演中はどこにいて、どういうふうに人形を操作していたのか、そちらの方に興味津津といったところですね(笑)。 -
さて、帰り際に劇場内をちょっぴり撮影。
会場への通路にもこんなけっこうな大きさの人形が展示されています。 -
こちらは様々な大きさの人形たち。
サイズがそれぞれ違いますが、劇で使われるものではなく、販売用ということなのでしょうかね。 -
もちろん人形の土産屋もあります。
劇は楽しんでも、人形まで購入する人はそれほど多くないようですが・・・。 -
劇場を出ると16時。
陽もだいぶ傾いて、帰国時間も迫ってきました。 -
劇場の隣には、この日の朝も散策をしたホアンキエム湖。
最後にこのホアンキエム湖の中に浮かぶ玉山祠(ゴックソン祠)を訪れて、帰国の途に着くことにします。 -
島への入口で入場料30,000ドン(約165円)を払い、こんな漢字で“玉山祠”と書かれた門をくぐって、玉山祠のあるゴックソン島に渡ります。
-
入場口とゴックソン島との間に跨るのは、赤で塗られた欄干が特徴のテーフック橋(棲旭橋)。
多くの人々が行き交っています。 -
橋を渡り切ると、“得月樓”と書かれた中国風の門が。
訪れた観光客は記念撮影をするなど、皆楽しそうな表情です。 -
門をくぐると“鎮波亭”と呼ばれるこんな四阿(あずまや)が。
外国人観光客も多くここでくつろいでいて、のんびりした光景ですね。玉山祠 建造物
-
鎮波亭の先にはこれまた赤い色をした正殿。
こちらも中国風の建物ですね。
この玉山祠、創建は13世紀の陳朝時代に遡るそうですが、現在の建物は1865年に再建されたものとのこと。 -
前堂に入ると、中国民間信仰の廟のような祭壇が。
こちら、祀られているのは3人で、前列から“武の神”関聖帝君(三国志に登場する関羽)、“医学の神”呂祖(中国の仙人)、そして“文学の神”文昌帝君となっています。
ちなみに後堂には1288年にフビライの元軍を白藤江(バクダンサン)の戦いで打ち破った陳朝の将軍、陳興道(チャンフンダオ、1228-1300年)が祀られており、多少の反中国(蒙古?)要素も混じっています。 -
建物内の一角にあったこちらは、巨大な亀の剥製。
1968年にこのホアンキエム湖で捕獲されたもので、当時、黎利の還剣伝説の亀ではないかと話題になったとのこと。 -
以上で、玉山祠の見学を終了。
かなり地元色が濃いですが、それでも、内外からのたくさんの観光客が集う、人気のスポットのようでした。
さて、時計を見ると16時20分、西の空が夕日に染まる時刻になってきました。 -
玉山祠からの帰り道、敷地の一角に設けられた窯で冥銭を燃やしている人も。
昔台湾でも見た光景ですが、亡くなった祖先にお金を送る、“冥銭を燃やす文化”も中国などと共通なのですね。 -
島と対岸とを結ぶテーフック橋も相変わらずすごい人出。
人が多すぎて、周りの風景が入るように写真を撮るのも大変です。 -
対岸に戻ると、往路では気付かなかったこんな大きな塔が。
高く積まれた石の山に立つこの塔は“筆塔”と言い、その側面には様々な格言が書かれているとのこと。 -
16時50分、ホアンキエム湖近くの宿に戻り、預けていた荷物をピックアップして、湖の南西のベトナム航空オフィス前にあるノイバイ国際空港行きのミニバス発着場へ。
その途中、薄暗くなりつつあるハノイの空に堂々とそびえるハノイ大教会をパチリ。
ここも、内外からの多くの観光客が集まっていますね。ハノイ大教会 (セントジョセフ教会) 寺院・教会
-
17時30分、ノイバイ国際空港行きのミニバスは、ベトナム航空オフィス前を出発(運賃40,000ドン=約220円)。
まだまだ見たいところがたくさんあったハノイの街ともこれでお別れです。 -
ハノイの街なかは、やはり自動車よりもバイクが多い感じですね。
ちなみに車内では隣に座ったベトナム人女性から、日本人?と話しかけられ、ソニーのXperiaを使っているとか、いつか日本に行きたいとか、いろいろと日本のことを聞かれました。
やはりベトナム人にとって、日本は人気の国なのですね。 -
18時、すっかり暗くなってきましたが、こんな色とりどりにライトアップされた橋を渡って、バスは空港目指し進んでいきます。
-
そして18時20分、バスはノイバイ国際空港に無事到着。
約50分の乗車時間でした。 -
バスを降り、空港の入口に向かうと、自動ドアには雪景色が。
外国人観光客へのおもてなしか、それとも、ベトナム人の雪国に対する憧れでしょうかね。ノイバイ国際空港 (HAN) 空港
-
空港の上階から見た外の景色はこんな感じ。
ノイバイ国際空港は2015年1月に、日本の政府開発援助により国際線専用の第2空港ターミナルビルが完成したばかりで、先ほどまでいたハノイの街なかとは全く違う、近代的な雰囲気の空港となっていますね。 -
フライトまでの待ち時間、空港のレストランでベトナム最後の食事。
頼んだのは“BÚN BÒ XÀO NAM BO”というベトナム南部風米麺料理で、これまた美味。
空港なのにお値段が58,000ドン(約320円)に、コーヒーが40,000ドン(約220円)と、それほど高くないのもうれしいところです。
そして深夜の22時20分、マカオ航空NX897便はハノイのノイバイ国際空港を離陸。
これでしばらく、ベトナム料理独特の酸っぱい味が食べられなくなると思うと寂しいですね・・・。 -
1月4日(月)
真夜中の1時10分、マカオ航空NX897便はマカオ国際空港に無事到着。
大多数を占める中国人乗客はわれ先にと到着ゲート目指して押し寄せていき、きちんと並んでいる欧米人の乗客たちが眉をひそめる異様な雰囲気に・・・。
そんなこんなでゲートの外に出たものの、成田へのフライトは早朝9時台のため、市内に出ずにそのまま空港内で仮眠して夜を過ごします。マカオ国際空港 (MFM) 空港
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空港では寒さもあってよく眠れずに過ごし、早朝8時、賑やかになってきた人の流れに乗って出発ゲートへ。
ガラス窓の上部には往路で見たギアの灯台など、マカオの世界遺産の写真が貼られていますね。 -
そして9時30分、マカオ航空成田行きNX862便は、マカオ国際空港を離陸。
14時55分、成田空港に無事到着して今回の旅が終わりました。
年末年始の旅行代金の高い時期の旅行でしたが、オトクなマカオ航空やベトナムの物価の低さも手伝って、比較的安価な旅ができたのかなと思います。
ベトナムはフォーやブンなどの米麺料理が美味しいし、サパなどの北部山岳地帯も少数民族が暮らす独特の魅力があるところなので、また近いうちに訪れてみたいですね。
そのためには早くコロナに収束してもらわないといけないですが・・・。
(年末年始ベトナム北中部紀行~終わり~) -
(おまけ)
ベトナムというとお菓子のお土産のイメージがないですが、こちらはハノイで購入した“Bao Nguyen”(宝元金龍)と“Minh Ngoc”という緑豆菓子(Bánh Đau Xanh)。
包みを開けると、黄緑っぽい色の四角い形をしたものが現れ(形が崩れている場合も)、口に含むと滑らかに溶けて、きな粉のような甘い味。
昔懐かしい感じの味で、茶菓子としてぴったり。
日本でも“ベトナム 緑豆”と検索すれば、Amazonや楽天で買えるようなので、興味ある方はどうぞ。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 川岸 町子さん 2021/05/23 20:54:06
- ベトナム女性
- エンリケさん、おばんでした(*^-^*)
ハノイへ行く時に調べた中に、「ベトナム女性博物館」があったのに、すっかり忘れていました。
ちょうどハノイの前に訪れたサパやラオカイ地方の衣装の展示があることも、興味の対象でした。
大国アメリカと戦い、隣国中国にも負けないようなたくましい女性が、ベトナム女性のイメージなのかも?
アオザイが有名でも、実際にアオザイを着るのは若い女性が多く、おばちゃんたちは、パジャマのような上下柄物姿が多いですよね。
ハノイ市内から空港までのミニバスがあることは知らず、タクシーでした。
次回ベトナムへ行けるのはいつになるのかな?
ベトナムの様々な事柄に興味を向けて、丁寧にお作りになった旅行記を楽しませて頂き、ありがとうございました。
町子
- エンリケさん からの返信 2021/05/29 21:19:58
- コロナもインド+シナ・・・。
- 川岸 町子さん
こんばんは。
こちらの旅行記にも続けてご訪問ありがとうございます。
> ちょうどハノイの前に訪れたサパやラオカイ地方の衣装の展示があることも、興味の対象でした。
わたしは逆に、ベトナム女性博物館を先に訪れて、少数民族のいるサパやラオカイ地方に興味を持ちました。
ベトナムは近いからすぐに行けるかな?と思っていたらこのコロナ禍・・・。
一体いつになったら以前のように自由に海外旅行ができるのやらです。
本当に海外旅行の仕方を忘れそうになりますね(笑)。
> アオザイが有名でも、実際にアオザイを着るのは若い女性が多く、おばちゃんたちは、パジャマのような上下柄物姿が多いですよね。
今回のベトナム旅行では、残念ながら生でアオザイ姿の女性を見かけることはありませんでした・・・。
アオザイは細身のシルエットが特徴ですし、年を取っても着続けるには、体型維持の努力が必要そうですよね(笑)。
> 次回ベトナムへ行けるのはいつになるのかな?
ベトナムはこれまでコロナの感染者数は一日当たり1桁か2桁で済んでいたのですが、5月下旬になって3桁を超え、インド型と英国型の“ハイブリット変異株”が発見されたとか・・・。
暑い国でコロナウイルスは変異を続け、まだまだ世界を悩ませ続けるようです・・・。
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