2017/12/22 - 2018/01/02
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giantpandaloverさん
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カンパーニャ州の旅も後半。ナポリでは美術館・博物館をゆっくり鑑賞。世界遺産のカゼルタ宮にも行ってきました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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12/26(火)9:20にサレルノを出発し10:00にナポリ到着。宿泊はパラツッオ・カラッチョーロ(Palazzo Caracciolo)。ナポリ・シチリア王国(両シチリア王国)の貴族カラッチョーロ家が1584年に建てたパラツッオをホテルに改装してある。
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ランチはナポリ・ピザ認定の看板を掲げているLombardi 1892へ。
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期待どおりのピッツァ・マルゲリータ!
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海の幸のリングィーネは、アサリやイカ以外にホウボウが一匹丸ごと載ってきた。さすがナポリ、豪快。仕上げに甘みのあるミニトマトを入れてソースを乳化させるのがナポリ・スタイル。
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お腹も満たされたところで、カポディモンティ美術館をゆったり鑑賞。
同じ街でも、年を重ねると楽しみ方が変わる。10年前にナポリを旅した時は、只々、慌ただしく回っただけのカポディモンティ美術館も今回はお目当ての一つ。 -
美術館に入ってまず目にするのが、ラファエロ作「アレッサンドロ・ファルネーゼ枢機卿の肖像」(1511年)。大した絵ではないが、この人がのちの法王パウルス3世。この美術館の所蔵品は全てこのアレッサンドロの栄達から始まる。
トスカーナのファルネーゼ家出身のアレッサンドロは、人文主義者として知られ、法王インノケンティウス8世の頃から法王庁で頭角を現しつつあったが、妹ジュリアが法王アレクサンデル6世の愛人となったことから1493年枢機卿に大抜擢される。その後、彼は法王パウルス3世(在位1534年 - 1549年)となり、ファルネーゼ家は名家に発展していく。
法王即位後パウルス3世は孫のアレッサンドロ・ファルネーゼを枢機卿に任命。また、1545年には法王領のパルマとピアチェンツァを息子(カトリックの聖職者は独身の近いを立てるため非嫡出子)のピエール・ルイージに与えて初代パルマ公に任命した。 -
「アレッサンドロ・ファルネーゼ枢機卿の肖像」の隣に飾られているのが、ティツィアーノ作「法王パウルス3世とその孫たち」(1546年)。法王パウルス3世の左に非嫡出の息子ピエール・ルイージの長男で枢機卿に任命されたアレッサンドロ、右に次男で父ピエール・ルイージの死後パルマ公を継いだオッタビオが描かれる。
ティツィアーノはパウルス3世に重用されたが、この絵の完成前に法王の権勢が衰え、未完に終わった。その後、この絵は100年間、額装もされずファルネーゼ家の倉庫に眠っていたらしい。
ともあれ、ファルネーゼ家は、法王パウルス3世以降、芸術のパトロンとして膨大なコレクションを蓄えたが、その最後の相続人がスペイン王フェリペ5世の王妃エリザベッタ・ファルネーゼで、その息子のナポリ・シチリア国王カルロ7世がファルネーゼ家の膨大なコレクションを相続することになった。このファルネーゼ家のコレクションを納めるために1738年、建設に着手されたのがカポディモンティ宮殿。 -
アンドレア・マンテーニャ作「フランチェスコ・ゴンザーガの肖像」(1461年頃)。
ルネサンスの画家マンテーニャはゴンザーガ家が支配したマントヴァのドゥカーレ宮「夫婦の間」に傑作の壁画を残している。この絵のモデルはマントヴァの壁画の依頼主ルドヴィコの次男で17歳で枢機卿に任命されたフランチェスコ。マンテーニャがマントヴァの宮廷に招かれた頃の作品。 -
マゾリーノ「サンタ・マリア・マッジョーレ教会の創建」(1423-25年)。
352年法王リベリウスの枕元に聖母マリアから「雪の降る場所に教会を建てよ」とのお告げがあった。すると真夏の8月5日に、ローマのエスクイリーノの丘にお告げどおり雪が降った。そこに聖母マリアに捧げる最初の教会が建てられたという伝説がモチーフ。イエスとマリアが天から見守る中、法王リベリウスが雪の降った場所に教会の縄張りをしている。この絵はサンタ・マリア・マッジョーレ教会の祭壇画だったもの。 -
ベッリーニ作「キリストの割礼」(1500年)。旧約聖書「創世記」では、アブラハムと神の永遠の契約として、男子は生まれてから8日目に割礼をおこなうと説かれている。
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ペルジーノ作「聖母子」(1502年)。
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ティツィアーノ作「ダナエ」(1544年)。ダナエが黄金の雨に身を変えたゼウスに誘惑され男児を身籠もるというモチーフ。ティツィアーノのダナエは評判となり、5点製作されたが、これはその最初の作品。
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初期ルネサンス・シエナ派の巨匠シモーネ・マルティーニの「トゥ―ルーズの聖ルイの祭壇画」(1317年)。ルイはナポリ王アンジュ―家のカルロ2世の次男でフランシスコ会の聖職者となることを熱望していたが、長兄の急死に伴い、ナポリ王を継がなければならない状況になった。彼は、父親の許しを得て、トゥールーズの司教となる代わりに王位継承権を弟のロベルトに譲った。ここでは天使がルイに聖人としての冠を授けているのと同時に、ルイが弟のロベルトにナポリ王の王冠を授けている。また、ルイの豪華な司教の衣服の下にはフランシスコ会の質素な僧衣と「服従」「清貧」「純潔」を象徴する3つの結び目の付いた腰紐がのぞいている。
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パルミジャニーノ作「アンテア」(1535-1537年)。ローマの有名な遊女がモデルと言われている。ルネサンスに続くマニエリスモの代表的画家だが、この絵はルネサンス絵画的な気高さがある。
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フランチェスコ・グアリーノ作「聖アガタ」。サレルノのサンマッテオ博物館で注目した「ユディト」の画家だ。聖アガタはシチリアを支配していた古代ローマ人権力者の意に従わず信仰を貫いたため、乳房を切り落とされ殉教した。しかし、ここで描かれている聖アガタは古代ローマの聖女というより現代の女性だ。乳房切断という傷を負ったばかりとは思えない毅然としたアガタの態度とその気高く挑発的な視線が驚き。
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12/27(水)今日はナポリ駅からローカル線でカゼルタへ。
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カゼルタ駅を出たら直ぐにカゼルタ宮殿が目に飛び込んでくる。世界遺産。18世紀後半に、ナポリ王カルロ7世(後のスペイン王カルロス3世)の命令で建設された宮殿。ベルサイユがモデルになっている。国王はカゼルタにナポリ王国の新たな行政上の首都を築く構想だった。
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カゼルタ宮殿に入場。
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宮殿内部にある表敬の階段。スターウォーズでアミダラ女王の宮殿として使われていた。
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表敬の階段。
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壮大な階段が続く。
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表敬の階段のライオン。
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2階には豪華な装飾の広間が続く。
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ひと際豪華な「戴冠の間」。
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庭園もヴェルサイユに触発されたもの。120ヘクタールある。水源に向かって緩やかな丘陵となっている。徒歩だと大変なので巡回バスで奥まで行ける。
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庭園の一番奥まで行くと、世界遺産の「ヴァンヴィテッリの水道橋」を含む全長38㎞の水道システムを通り、はるばる運ばれてきた水の出口となるグランデ・カスカータがある。水が水源から階段状に流れてくる。
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グランデ・カスカータからの水は「ディアナとアクタイオンの噴水」に流れ込む。
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アクタイオンは半人半馬のケイローンに育てられた狩りの名手。あるとき仲間と狩りに興じた後、小休止のために泉を探していたところ、ディアナが聖域の泉で従者と水浴びしているところを目撃してしまう。ディアナの逆鱗に触れたアクタイオンは鹿に姿を変えられ、彼の猟犬に襲われる運命に。手前がディアナで奥がアクタイオン。
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泉で水浴びしているディアナと従者ご一行。
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聖域を冒してディアナの水浴姿をみたため、鹿に姿を変えられたアクタイオン。猟犬に襲われている。
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庭園の奥からのカゼルタ宮殿の眺め。生憎の曇り空で宮殿が霞んでいる。
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カゼルタ宮を出て、カゼルタの街へ。街の中心のダンテ広場。広場の周囲に老舗のカフェなどが軒を連ねている。
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雨上がりのカゼルタの街をぶらぶらして、昼過ぎにナポリへ戻る。
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ナポリに戻って午後、国立考古学博物館へ。南イタリアで最も重要な考古学博物館。ここにもライオンの彫像。
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ここにも、カポディモンティの絵画と同じくナポリ・シチリア国王カルロ7世が母親のエリザベッタ・ファルネーゼから相続した貴重なファルネーゼ・コレクションが展示されている。これはローマのカラカラ帝の浴場から発見された「休息するヘラクレス」(2世紀)。まさに筋骨隆々、堂々たるヘラクレス。
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亜麻布製のキトンの上に毛織物のヒマティオンを羽織ったフローラ或いはポーモーナ像。堂々とした女神のキトンは胸の下で絞られ、美しい襞をなしている。
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ファルネーゼの牡牛。これもローマのカラカラ帝の浴場から発見されたもの。一見、若者たちが暴れ牛を抑え込んでいる場面に見えるが、然にあらず。これは、ゼウスとアンティオペの間に生まれた双子が、母の美貌を嫉妬して奴隷のように酷使したテーベ王の妻ディルケーに復讐する場面。双子の一人が牡牛を抑えている間にもう一人の双子が手前の女性ディルケーの髪と牡牛を縄で繋いでいる。
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牡牛の角と手前のディルケーの髪が縄で結び付けられている。
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右にいるのが双子の母親のアンティオペ。なかなか凄まじい復讐劇。
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カラカラ浴場を建てたカラカラ帝の胸像。
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ヴィーナス・カリピギア。お尻の美しいヴィーナスの意味。自分の美しい臀部を愛でているところ。この像はローマのネロ帝黄金宮殿で発見され、ファルネーゼ家が取得したもの。
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続いてポンペイの遺跡から出土した古代ローマ時代のモザイク。「Cave canem(猛犬注意)」のモザイク。
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古代ローマ時代の旅芸人のモザイク。ポンペイのキケロ荘で発見された。紀元前2世紀頃のもの。
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世界史の教科書でもお馴染みの「アレキサンダー大王とペルシャのダレイオス3世のイッソスの戦い」のモザイク画。ポンペイのファウヌス荘から出土。紀元前333年イッソスの戦いの敗戦によって、ペルシャ王国は滅びた。マイクロモザイクの手法で合戦の緊張した瞬間が鮮やかに表現されている。
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アレキサンダー大王は愛馬のブケパロスに跨り、敗走するペルシャ軍を追撃している。
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対してペルシアのダレイオス3世は戦闘用馬車で敗走中。その前で王弟のオキシアテレスが王を守ろうと立ちはだかっている。
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次にポンペイなどのから出土したフレスコ画で、「女性(サッフォー)の肖像」。当時、女性は自分を知的に見せるために筆を唇に当てるポーズを好んで採用した。
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パクイオ・プロクロと妻の肖像。こちらの女性も同じポーズ。
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狩りの女神ダイアナ。水浴姿を覗いたアクタイオンを鹿に変えた女神だ。
考古学博物館を午後一杯見て回ったがまだ全然見たりない感じ。 -
12/28(木)ホテルの朝食。相変わらず、甘いペーストリーが充実。
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朝食後、ピオ・モンテ・デッラ・ミゼリコルディア教会へ。
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お目当ては、この教会に飾られているカラバッジョの「慈悲の七つのおこない」。
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①死者の埋葬、②囚人の慰問、③食物の施与、④衣服の施与、⑤病気の治癒、⑥巡礼者の歓待、⑦飲物の施与の7つの慈悲のおこないが一つの絵の中に描かれている。この構図がすごい。この絵は美術館などに持っていかず、ずっとこの教会に置いておいて欲しい。
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スパッカ・ナポリ通りに面したサンタ・キアラ教会。
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この教会の回廊(キオストロ)はマヨルカ焼きの柱で飾られていて独特の美しさ。
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夕食は初日のランチで食べたLombardi 1892へ。前菜はVerdure Cotte(温野菜の盛り合わせ)。
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海の幸のリゾット。具にはアサリ、マテ貝、イカ。
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アサリとムール貝のスパゲッティ。
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食後、ホテルの近くでカフェ・マッキャート。ナポリはエスプレッソ発祥の地と言われているが、一緒に出てくる水は、エスプレッソを飲む前に、口の中の雑味を漱ぐためのものらしい。
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12/29(金)早朝、ナポリのドゥオーモへ。
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朝早く降った雨も上がって青空に。
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ナポリの守護聖人、聖ジェナーロに捧げられた礼拝堂。聖ジェンナーロの血の入った小瓶が納められており、年2回の祝祭日には乾ききっているはずの血が液状化する奇跡が起こる。
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パエストゥムからサレルノ、ナポリと旅したカンパーニャ州の旅も終わり。大ギリシャから古代ローマ、そして中世、ルネサンス、バロック。新鮮なシーフードにピザに、甘いババにエスプレッソ。ノルマン、アンジュ―、ブルボンの王朝にファルネーゼ家のコレクション。カンパーニャ州はカレイドスコープのように煌めく多彩な魅力に満ちている。
10:15ナポリ発のイタロでローマに向かいます。 -
車窓から見えたヴェスヴィオ山。
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11:30にローマ・テルミニ駅に到着。旅も終盤です。
(下)に続く。
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