2021/01/21 - 2021/01/24
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mom Kさん
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咸宜園が忘れられない。ずいぶん遠い日。
南からの旅、博多へのバス乗り換え地、
「日田」に出会った。
バスの発車迄結構な時間があるので、足の向くまま歩きだしたら、垣根越しに低いかやぶき屋根が見えた。
木戸を押すと開き、玄関の前。
訪れの声掛けもしないうちに、
「どうぞ、お上がりください。」と、姿の見えない声がし、招き入れられた。
・・・奥座敷で伺ったことは、以来私の指針の一つです。
あの方の名前を知りたい。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩 Peach
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
福岡空港から直行バスで入った昼下がり。
ホテルに荷物を預け、まず駅とifへ。
日田駅は、天領日田の面目躍如。ふんだんに木材です。 -
待合室
塵一つなく、空気の清浄感。
日田は、そんな町。 -
立派すぎませんか。
-
それにしても,今新築したばかりと思えるばかりの美しさに驚く。 -
列車の本数は少なく、駅員さんも常時おられません。
(日田を発つ前日、切符を購入した折、代替えバス乗り場を尋ねたら、指で指し示してくださったらよいような近くなのに、中から出てきて導いてくださいました。雨の中、若い方でした。) -
明日の天気予報は雨。咸宜園に。
周辺の建物はなくなり、道幅も記憶と異なる。
敷地内の教育センターに向かった。
受付の女性に、昔、咸宜園で説明していただいた旨を伝え、
「出来たら、お名前を知りたいのですが」と尋ねてみる。
♀「調べてみます。ご覧に(館内展示品)なっていてください。」数分後、
男性とそろって出てこられ、「多分、田中先生と思います。・・・お亡くなりになっています。」と。
ご存命でも90歳を過ぎておられるはずと
心してきてはいたのですが‥‥頭を下げるのみでした。
お名前がわかっただけでもありがたいです。
これで記憶が一層確かなものに。合掌。 -
ここに立った時、田中先生が声をかけてくださった。
人の気配のないお家でした。
あの日の静けさを思い出す。 -
今日は、あがりません。先生はお留守ですから。
このおうちの守り人というふうに机の書物を前に座っておいででしたね。
あの頃は何の知識もなく、迷いネコのように上がり込んだ私。 -
土間続きのお台所へ。
-
流し台も木製。日本は、セメントタイルになったのもつい最近と実感。
-
すぐに裏手に抜けられる。
-
厠は、園は小さくても建物の反対側にも。学校ですからね。
-
塾生たちの声を聴こうと頑張ってみます。
-
ここで、田中先生は、塾生の名の入った江戸期の日本地図を広げてくださいました。
(私)「この遠く離れた東北の尼さんが、なぜここに誰でも受け入れてくれる塾が存在すると知ったのでしょうか。藩校でもないということですのに。」
(田中先生)「・・・・・どんな時代でも必要な人には必要な情報は届くものです。」
今思い出すと、先生はずっとお座りのままで、訪問者のいないときは、書物に向かっているようなたたずまいでした。あのとき、郷土史家のような方と思いました。
広瀬淡窓や咸宜園の営みを伝えるためにお留守を守っておられたかのようです。
「観光」という言葉が騒がしい時代以前に出会えたことが、つくづく幸せでした。 -
さきほど日田に着くなり、バスターミナル売店で出会った籠と。
豊後は、竹細工の地であることを実感。 -
美しい塾
身分を越えて、個性と実力と自主性を重んじたと伝えられる。
建物は大切。人の営みをためていますね。
たくさんを語ってくれます。 -
雨戸の古い方、「洋釘使用」に、立ち止まる。
-
大工さんたちは、「田中先生」と同様もう彼岸の彼方。
残してくださったものは大きい。
田中先生、ずいぶん後で、司馬遼太郎と葉室麟の本の中で、広瀬淡窓に出会いましたよ。なんだか、先生のお姿と重なって、日田恋しさがつのっていましたよ。 -
厠の扉取っ手
文化は細部に宿るようで -
初めて見るもの
-
日田の夏はとても暑いらしい。
案内板も注意書きも何もない建物だけの清々しい保存と自由な公開。
今回も独り占めの贅沢時間。 -
教育センターから咸宜園を眺める。
遠景に別れを告げる。
静かだ。 -
あの頃の道筋を思い出しながら、歩く。
標識に「港」とある。水運利用の商いか。 -
短い部分に雁木仕様。
これは記憶にない。再現建築だろうか。 -
電信柱は地中に。地面は、新舗装に路側帯。うーーん。
この辺りに、初めて小鹿田焼にであった昔ながらの陶器のお店があったのに。
見つからない。記憶のガラス戸の商家さえない。
大八車で野菜を引き売りしておばあさんに出会ったのは、
ちょうどこのあたりだった。 -
二度目はフェリーを使い、わりとすぐに車で来た時だった。一子相伝の窯の地を訪れたかった。リーチ氏が長く滞在し作陶に取り組んだと知った里。
確かこの辺り、ガラス戸が広く開け放しで、雑貨屋さんのようなお店だった。
軒先に積み重ねた大皿が目に入った。白地にも印判の藍色にも雑器の貫禄。
よく使われているし、丈夫そう。手に取ると縁の小さな茶色の波形にきづく。
以来我が家で最も多い出番の器。
こんな店名の掲げるお店ではなかったけれど・・・。
思い切って入店。そのお店でした。大歓待を受けました。
旭荘のお軸も拝見でき、説明をしていただきました。
淡窓の書に「なんと書かれているのですか。」
「私も読めないのです。」と笑うご主人。
別れ際、店主夫妻から「また30年たったら、おいでください。」に送られる。
日田が身体に沁みていく。 -
あの時通りの終わりまで歩いたかなあ。
覚えていない。バスの時刻が気になり、バスターミナルにもどったと思う。
立ち止まっていたら、女将さんらしい人が声をかけてくれました。
お話を聞いていると、ご主人も外から現れて、日田の話をしてくれました。 -
担いで帰りたい背負い籠(野良仕事用)の前で思案。
-
お向かいは姉妹店。女性好みの雑貨工芸専科。
少し厚手のタビックス購入。母の下駄にも合う。 -
向かいのお店からもう一度眺めて、忘れないように。
丸ごとこのまんま持って帰りたい。 -
豆田町の終わりはこの橋。
怪しい雲行き。右手の川沿いに折れる。 -
ちょっと一休み空間。大人っぽい。さすが日田。
-
豆田町と並行の通りだが、こちらはかつて大店が並んでいた様子。
電線がないと街の格が上がるような。
空が汚されないなあ。 -
なるほど、そういうことですね。
造り酒屋さん。 -
豆田町とつながる横の道。明日歩こう。
-
向こうの橋が豆田町の「港」
-
その名も咸宜小学校。
広瀬淡窓先生はお身内ですね。
私も寄せて。 -
塀も低く、校舎デザインも「学び舎」の精神を放っているようです。
-
翌朝小雨の中、日田シネマテーク リベルテへ。
-
観客は私一人。
映画「ひまわり」を
ホームシアターのように観る贅沢。 -
見終わって、サロンに出てきたら、館主の方から途方もないところに
案内していただいた上、講義説明を受ける。
「頭がパンクしそうです。」と
悲鳴を上げて、ようやく帰途へ。 -
もう一度「左官こて屋」さんを見ておきたくと、そっと再訪。
雨は降ったり止んだり。昨日女将さんが教えてくださった市内循環バス
「ひたはしり号」100円で戻ります。 -
数コースがある上、左回りと右回りと。
小さなバスで、狭い道もひたはしります。出会ったとき、
その名にくすっと笑ってしまいました。
滞在中乗り回すこと四度。
いつも町人も乗り合わせていて、大活躍の「ひたはしり」コミュニティバスひたはしり号 乗り物
-
明日ここから代行バス乗車。長い道中になりそう。無事に乗り換えできるか。
向こうに見えるビルは、「寶屋」さん
<行程>
9:36 日田発
11:16 添田着
11:21 添田発(ここから列車に乗車)
11:35 田川後藤寺着
11:38 田川後藤寺発
12:33 小倉着
12:40 小倉発
12:57 下関着
<下関途中下車ミッション>
フグを食べること。お魚を買って帰ること。
地元の唐戸市場以外の古い市場か商店街を見つけること。
「ドーミーイン下関」に早めにチェックインすること。 -
帰る朝、
駅に向かってバスターミナルを通り抜けようといたら、なんだ!
大好きな魚市。 -
「写真撮っていいですかああ~」
あの魚屋さんのお声で「よかよう~」と返してくれた。
よかよう。よかよう。私の中でしばらくリフレイン。 -
代行バスに乗る前に、寶屋さんの厨房にさようなら。
午前9時半、板場は大忙し。寶屋 本店 グルメ・レストラン
-
駅前「寶屋」さんは、同じ場所で記憶のままの建物でした。
あの時食べたのは、これでした。
チャンポンというものは、九州でしか食べられないものと思っていたころ。
おいしいは覚えていたけれど、お味は覚えていませんでした。
絶品!!!!!!これで小です。寶屋 本店 グルメ・レストラン
-
バスターミナル売店で、最初に目を止めた籠。編みも色も気に入ったけれど、迷って迷って、今回のコートの色に合わせたのがあれ。
今でも心残り。 -
これも
-
これも心残り
-
ここは、素敵なバスターミナル。みんなのバスターミナル。
朝は、農家の人が直接お花をどっさり真ん中に。声をかけずにはいられなかった。
持って帰りたかったお花たちだ。 -
古竹園さんで贖った火箸。早速現役復帰。
帰宅して気づきました。
銀杏模様の象嵌が入っています。
刀鍛冶が作ったそうです。
豊後で肥後物を入手する妙。あの運河から荷揚げされたものの一つだろうか。 -
寿通りの店頭ワゴンにたくさんの美しい漆器椀。
初めて見る形です。店主に尋ねたら、「柏椀」ということ。
「会津塗ですよ。もう家でこれを使う機会がなくなったからねえ。煮物を入れるのですよ。お祝い事などの時にもてなし用に使ったもんです。」
はい、私は私をもてなしてみます。
もとやさん、お二人ありがとうございます。
皿山への運転手さん、お話しありがとうございます。
寶屋のフロアのお母さん、靴屋さんの老紳士店主、
洋酒博物館のマスター、たこやきM&Mの若い店主、
建物に惚れ惚れ歯医者さん(偶然その夜のバーカウンターお隣に)
リベルテ館主の日田への愛。
代行バスの運転手さんからの別れの言葉は胸に納めています。
「30年たたないうちに、伺います!」
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この旅行記へのコメント (4)
-
- mom Kさん 2021/02/12 08:14:00
- 今日も生きていけます
- ちゅう。さん 心からの感謝を。人生最終コーナー周っています。もうわがままし放題です。mom
-
- pedaruさん 2021/02/12 07:32:55
- 日田
- mom kazukoさん おはようございます。
素晴らしい旅行記です。全体がポエムです。写真もいい、映像の後ろに歴史と、人の営みを感じます。あまり素敵なので、この雰囲気が最後まで続きますようにと、祈るような気持ちで読み進みました(笑)。期待にたがわず同じ雰囲気で終わりました。
写真にある手提げ籠、永井荷風の愛用していたのに似ていますね、晩年は私の街に住んでいました。手打ちの火箸、鍛冶屋さんが打ったもの、和釘と同じ形なんですね。
16歳のとき友と二人で旅行をしたとき、会津の漆器屋さんでお菓子入れを買ったことを思い出しました、まだ子供なのに、値引きを交渉して、断られました。
pedaru
- mom Kさん からの返信 2021/02/12 08:27:56
- 出会いは必然
- pedaruさん、身に余るお褒めの言葉。だめです。調子に乗ってしまいます。
なあるほど、合点。帰宅してしみじみ眺めてみると、釘の形です。良いことを教えていただきました。無知は寂しい。古竹園さんで何か記念をと珍しい小皿を手に取った後、ふと、我が家の火箸が壊れたことに気づき、尋ねてみました。なんと、鍵で開けるショウウインドウに数種の火箸が。2本好みがありましたが、お値段4倍差。うーん。祖母の声が聞えました。「迷ったときは、(お値段)良い方になさい。」諸処彼女の教えを守っています。大正解でした。
pedaruさんもお若い時からかけがえのない旅なさっていますね。聞かせてくださって私も楽しい気分の朝の始まりです。たくさんの感謝を。
-
- ちゅう。さん 2021/02/11 22:48:26
- いい旅
- mon Kazukoさん、こんばんは!
素敵な日田の街並みと人に、心に沁みるキャプションがいいですね。
ちゅう。
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