2020/11/29 - 2020/11/29
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AandMさん
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富岡製糸場は2014年6月に、日本の近代化と絹産業の発展に寄与したことが評価され、世界遺産に登録されました。明治期に建造された工場や大規模な施設が保存されており、当時の生産施設を見学できるので、一度訪れてみたいと思っていました。
GoToトラベル制度を利用すれば、経費を節約しての観光が可能です。日本の名湯の一つとされる伊香保温泉での1泊を入れて、1泊2日の群馬ドライブ旅行を計画しました。
富岡製糸場と伊香保温泉の間には榛名山があります。山腹にある1400年の歴史を有する榛名神社には、江戸時代に建立された社殿や神楽殿が保存されており、国の重要文化財に指定されています。富岡から伊香保に向かう途中、立ち寄ってみることにしました。
旅行期間中の天気予報は晴れです。いざ出発です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
11月29日
カーナビ案内で、「富岡製糸場」入り口に到着しました。
門前の民間駐車場、料金もリーズナブルで空きスペースがあったので、車を停めました。 -
徒歩2分程で、富岡製糸場の入り口に到着です。券売所でチケット(大人1000円)を購入し、見学開始です。
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券売所の前に幾つかの石碑が建っています。石柱に、「国指定史跡 旧富岡製糸場」と刻まれていました。
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明治天皇の皇后、昭憲皇太后の行啓70周年を記念して、昭和18年(1943)に建立された記念碑です。
「富岡製糸場」は、当時、皇后が皇居から出向いて見学されるほど重要な産業施設であったことが伺われます。 -
これは平成19年に片倉工業㈱が設置した記念碑で、富岡製糸場の簡単な歴史が書かれています。「片倉工業」は、官営であった製糸場を入札で購入し、昭和62年3月まで製糸業を運営していました。
操業終了後も工場施設の保全管理を続け、富岡製糸場が平成17年7月に「国史跡」に指定されたのを機に、工場施設を富岡市に寄贈しています。
明治期に建造された建物群を取り壊すことなく、長年保存し続けた努力があって、2014年の世界遺産登録に至ったことになります。
あまり語られていないようですが、「片倉工業㈱」の貢献度は多大です。もっと大きな石碑に、堂々と経緯を刻むべきと思います。 -
国宝に指定されている「東置繭所」です。明治5年(1872)に竣工した建物で、長さ104m、木骨レンガ造2階建です。1階は作業所や事務所、2階が繭倉庫として使われたとのことです。
富岡製糸場 名所・史跡
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「東置繭所」の説明版に建物の構成が簡単に記述されています。
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「東置繭所」の1階は、現在、展示館で「富岡製糸場」の歴史が写真やパネルで説明されています。
富岡製糸場 名所・史跡
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「富岡製糸場」で使われた繰糸機はフランスからの輸入品でした。当時使われて繰糸機の復元機が展示されています。約150年前の機械です。
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世界遺産に認定証書(コピー)がありました。
「世界遺産機関は、"富岡製糸所と関連施設"を世界遺産のリストに登録した。登録日:2014年6月25日」、と英文で記載されています。 -
繰糸機を駆動していた蒸気機関です。製糸場を設計し、創業機材の導入を指導したフランス人ののポール・ブリューナ(Paul Brunat)に因んで、ブリューナ・エンジンと呼ばれています。
1920年に動力が電化されると使われなくなりましたが、「片倉工業」が保存を続け、現物は、現在、博物館明治村で保存展示されています。この場所にあるブリューナ・エンジンは、「旧富岡製糸場」が世界遺産に登録されたのを機に復元されたもので、稼働している様子を見学することができます。富岡製糸場 名所・史跡
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ブリューナ・エンジンの説明パネルに、原理などが簡潔に記述されています。
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「西置繭所」で、「東置繭所」と同時期の明治5年(1872)の竣工です。こちらも国宝に指定されています。繭が保存されていた2階倉庫を見学できますが、ガラーンとした味気ない倉庫です。
富岡製糸場 名所・史跡
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「検査人館」で、本来はブリューナがフランスから連れてきた男性の技術指導者用宿舎でしたが、技術指導者達は殆ど定着しなかったため、外国人医師の宿舎として使われたとのことです。重要文化財です。
富岡製糸場 名所・史跡
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こちらは「女工館」で、ブリューナがフランスから連れてきた女性技術指導者(教婦)のための宿舎として建造されましたが、男性用の「検査人館」と同様に教婦達は来日後、短期間で帰国してしまったため、当初の目的では殆ど利用されなかったようです。
役員宿舎や工女達の食堂などに利用されました。
製糸場の首長を務めていたお雇い外国人のブリューナは、数年間と比較的長く日本に滞在しましたが、彼がフランスから連れてきた男性及び女性技術者たちは殆どが1年以内に故国に戻っていったようです。高給に誘われて日本まできたけれど、住み心地が余程悪かったのでしょう。富岡製糸場 名所・史跡
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「繰糸所」には、片倉工業で製糸が行われていた当時の繰糸機がそのまま保存されています。大部分はビニールシートで覆われていましたが、シートで覆われていない個所もあって、「繰糸機」を間近に見学することもできます。
富岡製糸場 名所・史跡
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明治期は、女工さんが1台づつ担当していた繰糸機は、その後、自動化されています。
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自動繰糸機の説明があり、複雑そうな機械の仕組みを何とか理解出来そうです。
これらの自動繰糸機は、片倉工業が昭和62年3月に操業を停止するまで使われていたものと思われます、 -
製糸場の首長ブリューナ一家が住んでいた「ブリューナ館(別名:首長館)」です。
指導技術者用の女工館や女工さん用の寄宿舎に比べ、各段に立派な館です。首長ブリューナは、明治政府のお雇い外国人ですが、破格の待遇をされていたことが分かります。富岡製糸場 名所・史跡
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首長館に隣接した建物は「榛名寮」で、明治29年(1896)頃に建設され、工女の宿舎として利用されました。日当たりの良い建物で、工女の住居環境は比較的恵まれていたことが伺えます。
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こちらは昭和15年(1940)に建てられた女子寄宿舎の「浅間寮」と「妙義寮」です。昭和初期の建物としては、立派な方だと思います。
富岡製糸場 名所・史跡
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富岡製糸場の「診療所・病室」です。当初はフランス人医師がいてフランス人だけでなく日本人の診療も行っていましたが、途中で日本人嘱託医師に引き継がれ、製糸場の操業が終了するまで「診療所」として運営されています。
大規模工場や事業部に設置されている医療施設が、明治初期の製糸場開設当初からあったことになります。従業員の健康管理が重視されていたようです。
「富岡製糸場」の見学を終え、次の目的地である榛名神社に向かう前に、製糸場の近くにある「こんにゃくパーク」に立ち寄ってみました。製糸場から車で10分程の距離です。 -
「こんにゃくパーク」の駐車場(無料)は車がほぼ満杯でした。人気が高いテーマパークのようです。
こんにゃくパーク 名所・史跡
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ピンク色の大鳥居と神社がありました。「運玉神社」とピンク色の額に書かれています。「運玉」と「こんにゃく」、関係があるのでしょうか?
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こんにゃく関連の商品、レストランがあり、イベント会場もありましたが、新型コロナの影響でイベントやこんにゃく試食は自粛中でした。
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屋外フード売り場やお土産店は営業中でしたが、あまり変わり映えしません。こんにゃくパーク、どちらかと言えば期待外れでした。
パークを早々に後にして、県道10号線、211号線、33号線を北に進み、榛名神社に車で向かいます。 -
曲がりくねった山道を登り、榛名山町の住居街を進み、榛名神社入口にたどり着きました。鳥居近くのお土産店前に、無料駐車場があったので、ここに車を停めさせて頂きました。
榛名神社 寺・神社・教会
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鳥居を通って進むと、立派な山門があります。弘化4年(1847)に建立された入母屋造、瓦棒銅板葺きの重厚感のある木造の「随神門」です。
明治元年(1868)に明治政府が神仏分離令を発行するまでは、「仁王門」と呼ばれていました。門上部に見事な霊獣の木彫像があります。 -
神社の由緒説明版です。
榛名神社は1300年以上前の第31代用明天皇の時代に建立され、明治期までは神仏混交で祀られていたこと、社殿は洞窟中に設けられていること、などが書かれています。 -
「随神門」に掲げられていた額、「大御神楽」と書かれています。
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「みそぎ橋」を渡って参道を進みます。
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杉木立の中の静かな参道です。
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参道横に石碑や像が並んでいました。布袋像などの七福神像、榛名神社講が建てた記念碑や歌碑です。
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参道横の杉林は「千本杉」と呼ばれています。千本はありませんが、多くの立派な杉が林立しています。
榛名神社 寺・神社・教会
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七福神の「福禄寿像」の横に、昭和62年に建立された「参拝百八十年記念 上鷺宮北原講中」と刻まれた記念碑がありました。
東京中野の榛名山講の方々が設置した記念碑で、200年近くも連続して神社参拝を行われてきたことが伺えます。榛名神社 寺・神社・教会
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三重塔(神宝殿)です。明治初期に再建されたものですが、見事です。
榛名神社 寺・神社・教会
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釣り竿と魚(鯛)を持った恵比寿像。榛名神社の参道にある七福神像の一つです。
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絶壁に設けられた参道を進みます。
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神橋を渡ります。
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琵琶を抱えた弁財天。
榛名神社 寺・神社・教会
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手水者の脇の石段を上ります。
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「神幸殿」は安政6年(1859)の建立で、古式仏堂に従った様式で彩色は施されていません。祭りの際に、神輿が出御しとどまる社殿だそうです。
榛名神社 寺・神社・教会
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社務所では、ご祈祷の受付やお守り販売などが行われていました。前に休憩ができるベンチが設置されています。
相当長い上り坂の参道を進んできましたので、本殿参拝前にここで小休憩するのも良かろうと思います。 -
本殿前、岩壁横にある「双龍門」は、安政2年(1855)の建立で、名称は竜の彫刻が施されていることに由来します。
門脇の岩壁は「鉾岩」、「双龍門」は国指定の重要文化財です。石段登り口に文部科学省が設置した石柱があります。榛名神社 寺・神社・教会
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「神楽殿」は明和元年(1764)の再建で、榛名神社の施設の中では最も古い建造物のようです。
榛名神社 寺・神社・教会
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榛名神社の本殿(本社、幣殿、拝殿)は権現造の複合社殿で、背後の御姿岩の洞窟にご神体が祀られています。文化3年(1806)の建立で、国指定の重要文化財です。
榛名神社 寺・神社・教会
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本殿前に国指定重要文化財であることを刻んだ文部科学書設置の石柱があります。
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本殿の柱や梁には見事な彫刻が施され、鮮やかに彩色されています。
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本殿の彩色彫刻、見応えがあります。
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本殿横の小さなお堂の梁にも彫刻が施されていました。
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本殿前の立派な灯篭。
榛名神社 寺・神社・教会
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榛名神社の本殿の見学を終え、神橋を渡って参道を下ります。
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途中に神社施設風の建物がありました。「公衆トイレ」です。トイレ建物デザイン、神社境内に相応しい配慮がされ、お洒落なトイレだと思います。
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参道を更に下ると「鞍掛岩(川向う崖の中腹)」と書かれた立て札がありました。
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川向うの対岸に岩があり、石灯篭も設置されています。ただ、対岸には道がありません。
「鞍掛岩」は、馬の鞍を掛けるのに適当な形をした岩であることから名付けられたようですが、多分、昔の状態と違っているためか、現在はそのようには見えません。榛名神社 寺・神社・教会
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榛名神社見学を終えて、今夜の宿として予約しておいた伊香保温泉に向かいます。途中、榛名湖に寄ってみました。
シーズンオフの榛名湖は静まり返っていました。観光客の姿も無く、静かな湖面が広がっていました。榛名湖 自然・景勝地
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目を転ずると、夕日に照らされた榛名山が見えました。富士山に似た形の良い山で、別名「榛名富士」とも呼ばれます。
麓から榛名山頂まで行けるロープウエーがありますが、夕方なので営業は終了(のぼり最終時間:16:30、往復料金:大人850円)しています。頂上からの眺めが良いとのことですので、次回、もっと早い時間に来て、登ってみたいと思います。
夕暮れで、林の中を走る道路も暗くなってきました。宿のある伊香保温泉は榛名山を下った東北、約10kmです。宿に向かいます。榛名山(榛名富士) 自然・景勝地
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