2020/11/29 - 2020/11/30
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AandMさん
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11月下旬、GoToトラベルを利用して1泊2日の群馬県旅行をしました。伊香保温泉での1泊を含んだドライブ旅行です。
旅程は、世界遺産登録された「旧富岡製糸場」→「榛名神社(榛名山)」→「榛名湖」→「伊香保温泉」→「吹割の滝」→「沼田城址公園」→「榛名神社(沼田)」、です。
前半は別旅行記で紹介済(https://4travel.jp/travelogue/11666113)ですので、本記では、「伊香保温泉」以降の後半の内容を紹介します。
伊香保温泉は、日本の名湯と評されているだけあって、湯質が滑らかで体が温まる温泉でした。評判通りの良い温泉です。ただ、温泉街に旅館廃屋などもあり、ホテル経営の厳しさも感じさせられました。
群馬県滝名所の筆頭である「吹割の滝」、見事な渓谷にありました。観光通路からは、落下する川の流れは見えますが、滝全貌は見えません。全貌を眺められないフラストレーションが残る、ある意味で印象に残る滝でした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
11月29日、夕方
旧富岡製糸場から車で榛名山を超え、伊香保温泉に到着しました。宿泊ホテルは「古久屋」で、温泉街中腹にあり、道が入り組んだ奥にありました。カーナビの手助けが無かったなら、行きつくのに苦労したように思います。和風のお洒落なホテルです。
チェックイン後、夕食までの時間を利用して伊香保温泉の石段街を見学することにしました。伊香保温泉 古久家 宿・ホテル
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ホテルから数十メートル歩くと、石段街の中ほどに到達します。「我国温泉街都市計画第一号之地 伊香保温泉一段街」と刻まれた大きな石碑がありました。
伊香保温泉は、天正5年(1576)に、源泉地(湯元)から傾斜を利用して温泉を導き、石段の両側に計画的に温泉宿を配置し、当時としては異色の温泉街が形成されました。我が国第一号の温泉都市計画、とされています。伊香保温泉の石段街 名所・史跡
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石段街を少し歩いてみました。結構、急勾配の石段で、両側に土産物店やホテル、レストランが並んでいます。
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チラホラの観光客はいました。趣深い石段街です。
日が暮れて気温が下がってきました。ホテルに戻って、ひと風呂浴びて温まってから夕食です。 -
ホテル夕食の「お品書き」です。上州牛すき焼きをメーンとした和食フルコースです。
伊香保温泉 古久家 宿・ホテル
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前菜とお刺身です。
この後、上州牛のすき焼きを堪能しました。 -
デザートは小さなプリンとケーキ付のメロン。リッチな夕食でした。
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11月30日
早朝、ホテルの部屋からの景観です。遥か前方、信州の山並みが広がっていました。 -
朝食後、チェックアウトまでの時間を利用して石段を登って伊香保神社まで行ってきました。朝の石段街、人影は殆どありません。
伊香保温泉の石段街 名所・史跡
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伊香保神社の石鳥居が見えてきました。
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石段街の両側には土産店などが軒を連ねて一見賑やかですが、幾つかホテル廃墟もありました。日本有数で人気の高い伊香保温泉ですが、近年の来客減少で、経営が行き詰まり、廃業したホテルが放置されたものです。
温泉地におけるホテル営業の厳しさの一端が伺われます。 -
石段街には365段の石段がありますが、伊香保神社境内が最終の石段(365段)になっています。
一番下から登ると、相当な運動量ですが、宿泊ホテルは石段街の中ほどにあったので、半分程の石段を登ることで神社まで行きつくことができました。 -
伊香保神社の社殿です。伊香保温泉の守護神社で、天長2年(825)創建と伝えられます。この地に温泉が見出された頃に創建されたと思われます。
以前からあった社殿が明治11年(1878)に火事で焼失したため、明治17年(1884)に再建されています。以前は、「温泉神社」と称されていたそうです。伊香保神社 寺・神社・教会
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境内には神楽殿もあり、歴史のある神社であることが伺えます。
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境内社として、八坂神社、八幡神社、稲荷神社が祀られています。
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松尾芭蕉の句碑がありました。「初時雨、猿毛小蓑越、不し気南梨」と刻まれていると説明版にありましたが、石碑文字は流麗過ぎて読み取れません。安永7年(1778)の記載が碑に刻まれています。芭蕉(1644-1694)は、寛永から元禄にかけて活躍した歌人ですので、芭蕉が亡くなった後で建立された石碑であることが分かります。
この他、境内に「高山彦九郎(1747-1793)の腰掛の石」や「万葉歌碑」などもありました。歴史に名を残した文人や有名人がこの神社を訪れていたことが伺われます。芭蕉の句碑 名所・史跡
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伊香保神社の脇にある「医王寺薬師堂」です。天正2年(1574)の創建と伝えられる古刹で、医療を司る薬師如来が祀られています。薬効の高い伊香保温泉のシンボル的な寺院です。
以前からあった薬師堂は、伊香保神社と同時期、明治11年(1878)の火災で焼失したため、明治26年に再建されています。 -
「医王寺薬師堂」手前の店、開店前でしたが、行列が出来ていました。「観月堂」という温泉饅頭屋さんです。味が良い饅頭が売られているお店です。
温泉街の旅館などでも売られていますが、作り立てホヤホヤの温泉饅頭を求める方々の行列です。勝月堂 グルメ・レストラン
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温泉饅頭屋さん近くの神社参道に、カラフルなマンホール蓋がありました。人気漫画「頭文字D」とコラボで造られたマンホール蓋、とのことです。漫画を見ていないので、価値は良く分かりませんが、目立っていることだけは確かです。
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ホテルチェックアウト後、車をホテル駐車場に置いて、近くにあった伊香保ロープウエーを利用して展望の良い「上野山公園」に行ってみることにしました。ホテルから徒歩2-3分で、乗り場に到着しました。
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ゴンドラが上昇し、下方に伊香保温泉の街並みが良くみえます。
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「上野山公園」に「ときめきデッキ展望台」があります。登ってみました。
上ノ山公園 公園・植物園
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デッキ展望台からの景観です。天候が良く、視界がクリアーで、遠くに雪を抱いた山々も見えました。
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下方は渋川市街、遠方に赤城山や谷川岳が見えました。良好な景観を楽しめる展望台で、伊香保温泉ではお薦めの観光スポットです。
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ロープウエーで温泉街まで下り、近くにある「竹久夢二記念館」に行ってみることにしました。
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竹久夢二記念館入口です。
夢二黒船館 美術館・博物館
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竹久夢二記念館の本館「黒船館」には、夢二の代表作品「黒船屋」、「榛名山賦」、「青山河」などの作品だけでなく、夢二ゆかりの品々、クラシック・オルゴールなど多彩な展示が行われています。
入場料(普通券:1800円、共通券:2200円)とちょっぴり高めですが、係員の丁寧な案内があり、クラシック・オルゴールやピアノ演奏も含まれているので、コスパは妥当と思います。
クラシック・オルゴール演奏は、圧巻で、それまでのオルゴールイメージが覆ること間違いありません。超お勧めです。 -
本館に入ると、夢二関連グッズを売るショップがあります。
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館内にあったクラシック・オルゴールです。
1階ホールで、大正期に造られたピアノとクラシック・オルゴールの生演奏が行われます。必聴のイベントです。 -
江戸から大正期に造られた小皿類の展示です。
大正ロマン夢の館 美術館・博物館
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大正期に造られたガラスシェードのランプ、見事です。
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ランプシェードの文様は、夢二の作品と似通っているように思えます。この他、多くのランプシェード展示があります。
小皿、ガラス器、ランプシェード、クラシック・オルゴールなど、あまり見る機会のない珍しい品々が揃っている、大変興味深い記念館です。 -
ミュージアムショップには、種々のオルゴールも販売されていました。1台数十万円もする高級オルゴールから数百円のオルゴールまで、揃えられています。
オルゴールに興味のある方にとって、夢二記念館は楽しい時間が過ごせる場所だと思います。
「入場料が高いので見送ろうと思ったけど、実際に見学して良かった。当初予想した以上の良い記念館だった」、同行した家内の感想です。竹久夢二伊香保記念館 美術館・博物館
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伊香保から国道120号線、関越道を経由し約50km走って、「吹割の滝」に到着しました。滝、上流側の駐車場に車を置き、国道の下を通る地下道を抜けると、滝の見学通路に出ました。
川沿いの通路を少し下ると、川の中ほどで水流が落ち込んでいました。「吹割の滝」です。吹割渓谷 吹割の滝 自然・景勝地
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「吹割の滝」は、水の流れが落ち込んでいる様子は見えますが、滝の下部は手前の岩が視界を遮っているので、見えません。
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周囲の遊歩道を進んでみましたが、割れ目に落ち込んでいる水の流れが見えるだけで、滝の下部が隠れていて、滝の高さも分かりません。
一部しか姿を見せてくれない、ある意味で観察者にフラストレーションを感じさせる滝だと感じました。 -
他の観光客も、異なった角度から眺めるため、滝周辺を巡っていました。これまで多くの滝を眺めてきましたが、「吹割の滝」は水が落下する割れ目だけを見せている珍しいタイプの滝だと思います。
私的には、「吹割り」ではなく、「落ち込みの滝」もしくは「割れ目滝」とでも名付けたい感じです。 -
「吹割の滝」と下流にある「鱒飛の滝」の間に岩が露出しています。「般若岩」と呼ばれる奇岩で、確かに、般若の横顔のように見えます。
吹割渓谷 吹割の滝 自然・景勝地
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滝の場所を示す標識。
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これが「鱒飛の滝」です。「吹割の滝」と同様、水が落下する様子は分かりますが、下方が岩陰に隠れて見えません。
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川沿いの斜面を少し上った個所から眺めた「鱒飛の滝」です。やはり滝の全貌は見えません。
滝に近づいて見学する観光客もいるようで、「立ち入り危険」の表示である赤旗が設置されていました。
「般若岩」などの奇岩もある見ごたえのある渓谷ですが、滝の姿の全貌が見えないのは、チョッピリ残念な印象です。滝の西側にある遊歩道を進めば、見えるかも知れません。鱒飛びの滝 自然・景勝地
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11月末、「吹割の滝」を訪れる観光客数は少な目でした。駐車場もガラ空き、お土産店やレストランも実質休業状態でした。
群馬県の有数観光スポットが、混みあっていないのは大歓迎です。 -
滝見学を終え、沼田市の中心にある沼田城址公園を訪れました。
沼田城は、池波正太郎の「真田太平記」に描かれた戦国時代から江戸時代初期にかけて活躍した武将、真田正幸に因む城で、正幸が徳川家康と敵対した豊臣方に加わったため、沼田城は江戸期のはじめの天和元年(1681)に徳川幕府に没収され、翌2年に城は全て破却され、堀も埋められました。
その跡地が、現在、公園になっています。沼田公園 花見
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公園にあった「久米先生遺徳顕彰碑」です。
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久米民之助と沼田城址公園の関係が記述されています。
久米民之助(1861-1931)は、荒れ果てていた沼田城址を私財を投入して購入し、整備し、大正15年に沼田市に寄贈した沼田市出身の方(沼田市名誉市民)です。 -
公園内にあった久米民之助の銅像です。
大学卒業後、宮内省に入り、皇居の二重橋の造営を担当した工学系の人物で、衆議院議員も務めた、と説明版に記述がありました。 -
現在、公園となっている場所に沼田城の本丸があったことを示す石柱があります。
沼田城址 名所・史跡
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真田氏の初代沼田城主となった真田信之(1566-1658)と小松姫の像です。小松姫は本多勝家(1548-1610)の娘です。真田の紋章、六文銭が台座に彫り込まれています。
沼田公園 花見
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公園内にある「沼田城の鐘楼」です。
この鐘楼は、寛永11年(1634)に沼田城の第2代城主であった真田信吉が鋳造させた城鐘の複製品が吊り下げられており、1983年に設置されたものだそうです。 -
沼田城跡の西櫓台の石垣で、真田氏時代の城の遺構であることが発掘調査で確認されています。沼田城は石垣も含めて徳川幕府が破却しましたが、石垣は埋められていた部分が掘り出されたことによって、当時の状態が再現されています。
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「沼田城御殿桜」が石垣の上にあります。五層の雄姿を誇っていた沼田城天守閣に植えられていた桜の名木で、沼田城の形見とされています。
御殿桜は400年の風雪に耐え、石垣に根を張り、春になると寂静の色合いの花を咲かせ、攻防の歴史を今日に伝えてくれる、と説明版にありました。 -
公園内にあった天狗堂。天狗の面が収められてます。「天狗面」は、顔の長さ3m、幅2m、鼻の高さ1.4m、重さ1tで、木彫り面としては日本一の大きさだそうです。
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「平八石」と呼ばれる石で、沼田城を築いた沼田氏12代の側室の子で、摩利支天の再来と言われた沼田平八郎景義の首級を載せた石と伝えられています。
沼田城を攻めた真田昌幸が戦いでは平八郎にかなわないと考え、謀略で平八郎を城内に招いて殺害した話があります。天正9年(1581)3月14日の出来事であった、と伝えられます。 -
沼田城址から眺める下方の景観、良好です。
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前方に沼田市街が広がり、遠くに見えるのは赤城山です。
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沼田城址公園に「国指定重要文化財 旧生方家住宅」と書かれた標柱があり、昔風の住居がありました。立ち寄ってみました。
旧生方家住宅 名所・史跡
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「旧生方家住宅」は、妻入、板葺きの町屋で、17世紀末頃に建築された東日本で最も古い町屋造り建造物であり、昭和45年に国の重要文化財に指定されました。
入場料は大人110円でした。
生方家は、江戸時代から薬種商を営む家柄で、沼田藩の薬種ご用達の任を任されていたとのことです。大正から昭和期に当主であった生方誠(1894-1979)は、米国留学経験もあるインテリで政界にも関与し、文化人や政治家との交流が多かったとのことです。
旧生方家では、大正から昭和にかけての商家生活の様子を見学することができます。 -
生方家を訪問した有名人を記したパネルがあり、板垣退助(政治家)、田山花袋(小説家)、牧野富太郎(植物学者)などの名前がありました。
当主であった生方誠の交流の広さを物語っているように思います。 -
薬種商の看板が残されていました。
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生方誠が趣味で集めていた「須恵器」が特別室に展示されていました。「須恵器」とは、古墳時代中期(5世紀ごろ)に朝鮮半島から伝わった土器で、「ロクロ」と「窯」を使って作られた土器です。
古墳の発掘などで見出された「須恵器」を、生方誠が収集していたものです。大正から昭和初期にかけての、お金持ち趣味人のコレクション、といったところでしょうか。「須恵器」を間近で見学できる貴重な機会だと思いました。 -
今回の観光で最後に立ち寄ってのが「榛名神社(沼田)」です。沼田城址公園の西側、数百メートルの距離にあります。
六文銭を家紋とする真田家ゆかりの神社で、沼田の総鎮守です。榛名神社 寺・神社・教会
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拝殿は銅板葺き入母屋造りで、享禄2年(1529)に沼田万鬼顕奏が建立し、真田信之が元和元年(1615)に再建したと伝えられています。
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左甚五郎の彫刻があると言われています。本殿軒下を見上げましたが、良く分かりませんでした。
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榛名神社本殿の説明立て札。本殿正面に「真田家の家紋、六文銭が描かれている、と書かれています。
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社務所と伝統的な神楽殿。
榛名神社 寺・神社・教会
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手水舎の横に、砲弾を祀った塚があり、「絶対に触れないで」と注意書きが添えられていました。
弾薬が抜かれているのなら、触っても大丈夫と思いますが、「触れるな」と注意書きがあることは「弾薬が抜かれていない可能性がある」ことを示しているように思われます。伝統ある榛名神社で見かけた「不可思議な塚」で、妙に印象に残りました。
「榛名神社」見学で、今回の1泊2日のドライブ旅行は完了です。「伊香保温泉」と「吹割の滝」は、群馬県でも有名な観光スポットで、それなりに印象的でした。「沼田城址公園」と「榛名神社」は人気のある観光スポットではありませんが、じっくりと見学すると、地方色豊かで興味が引かれました。天候にも恵まれ、GoToトラベルの経済的お得感もあって、楽しい旅行であったと思います。
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