2020/11/06 - 2020/11/06
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binchanさん
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コロナで海外旅行に行けないので地元を探訪しております。
図書館で資料を借りて、訪ね歩いた場所の発掘記録などを調べて旅行記を書いてます。ところが、「全国遺跡報告総覧」というサイトで、発掘調査の報告書が閲覧できることを発見!研究されてる方とかとっても便利だろうなあ。趣味で見ても楽しいと思う。
残念ながら今回最も愛読した「東海市の石造物」は対象になっていないので、相変わらず図書館で借りてます。
※この旅行記は10月下旬から11月中旬にかけて、地元を歩いた記録をまとめています。日付は真ん中あたりの適当な日にちなので、この日に全部まわったわけではありません。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
南部篇は諏訪神社から。
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由緒を見ると、最初に本殿が建立されたのは1372年頃(室町時代初期)。
祭神のタケミナカタノミコトは国譲り伝説に登場する神様ですよね。アマテラスオオミカミ系とは別系統の神様、ということでいいのかな。 -
もう一基、昭和10年(1935年)に建てられた由緒記碑。(「東海市の石造物」には明治27年と記載されていますが、実際は「明治27年生まれの人が初老記念で昭和10年に建てたもの」)
神社は初老記念で様々なものが奉納されるので石造物が多いです。 -
常夜燈も江戸時代のものから昭和のものまでたくさんありました。こちらは大正時代の電灯がともるタイプ。
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まずは本殿にお参り。
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奥にも別の社や石碑などがあります。
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東海市指定の文化財「獅子屋形」の説明書き。
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実物はお蔵に収まっているので見ることはできません。
東海市の文化財HPの説明で補足。「獅子屋形とは祭礼の際、屋形に獅子頭を納め、それを長持と呼ばれる台上へ獅子屋形太鼓と共に載せ、担い棒を前後に通して数人で担ぐものです。本資料はその屋形部分が残存しているものです。」とのこと。お神輿みたいなものですね。 -
万葉歌碑。
右の白っぽい方が文化15年(1818年)に建てられたという「愛知県最古の万葉歌碑」。左は近年、旧歌碑の内容を写したもの。 -
歌碑の説明書き。
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合祀された神様が祀られた末社。
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香良洲神社。
これは由緒碑になかった。神社の仕組みってよくわからない。 -
お隣に末廣稲荷神社。
諏訪神社もここも、木々が大きく育っているため昼でも薄暗くて、ちょっと怪しい感じがします、 -
昭和初期に祭文殿などを奉献した人の崇敬碑。
大型石碑多いなあ。 -
稲荷神社側外観。
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続いて、神社隣にある小学校へ。
小学校の校庭に、明治時代の歌人「久野襦鶴の句碑」と道標、墓碑があるというので来てみました。フェンスの向こうに築山がありグラウンドとは一線を画したエリアがあります。 -
学校の中に入っていいのかわからないので、フェンスの隙間から覗くだけ…。
奥に道標らしきもの、手前にお地蔵様が見えますが、句碑は見当たらなかった。植物の影になってるのでしょう。
お地蔵さまは「聖観音菩薩」で嘉永3年(1853年)のものと思われます(東海市の石造物より)。 -
雑な観察を終えて次に向かう途中、お地蔵様を発見。
かなり石造物に敏感になってるなあ。何か文字でも刻まれてないかな、と近づいて見ると… -
「1034年建立」の札が!
1034年って平安時代だよね。本当ならスゴイ。コーフンして「東海市の石造物」を見ると「年代不明」になってる…。 -
後日、郷土資料館(平洲記念館)でこんな本を発見。なんとここに上のお地蔵さまが載っていました。
その説明によると「(地元の人の話では)約150年前に造立されたもの」とのこと。実際は両側に文字の跡があるそうですが風化が激しく判読できないとも。そうか、そうだよね。さすがに1000年近く前ってことはないよね。そもそもその時代のお地蔵様もこういう形だったのかわからないし。
それにしても、あの札を書いたのはどういった方なんだろう。何か伝承をご存じなんだろうか。 -
続きまして、「今川塚」。
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桶狭間の戦いで敗れた今川義元の墓。
家臣が遺体をここまで運んで、当時隣にあったとされるお寺に葬ったとの伝承があるらしい。
今川義元の遺体を埋葬したとされる地はほかにもあり、東海市の今川塚は定説ではありませんが、陸路で領国(浜松の方)を目指したのでは敵が多すぎるので知多半島から海伝いにと考えこちらに逃げてきたというのもあり得ない話じゃない気もする。いずれにせよここまで落ち延びた家臣がいて、供養するための何かを作ったのは確かなんだろうな。 -
お堂の中に供養塔もあります。
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このお堂は江戸時代の船頭「今谷要蔵」さんが、「今川さん」のおかげで難破を免れたとしてお礼に建てたもの。(個人の方のブログ参照。情報元不明)
右の石碑側面には元治元年(1864年)九月十九日の文字が刻まれています。
左の常夜燈基部には「今川義基墳」と彫られています。義元の「元」が「基」になっているのは敵の目を欺くため(この手の話ってよく聞くけれど、そんなことでごまかせるものなんだろうか…)。造立年代は不明ですが、まだ「義元」と書くのが憚られたころに作られたんだろうか。 -
続きまして、「岩屋口古墳」。
この登り口のほかに、名鉄線沿いの道からも入ることができます。 -
6世紀末ごろのものらしい。古墳としては時代が新しい。
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石室が復元されています。知多半島最大級の横穴式石室だそうで、こんな風に復元されているものは市内にはほかにないはず。
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市の文化財パンフによると「この石室を築いた大きな石材は、岐阜県西部から三重県北部に位置する養老山系を構成する硬砂岩で岐阜県海津郡付近で採石されたものが、筏を組んで揖斐川を下ったのち伊勢湾を横断して、この地まで運ばれたものと推定されます。」だって。そんな遠くから石材を運ばせるなんて、相当な勢力を持っていたんでしょうね。
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郷土資料館(平洲記念館)に展示されていた出土物。
6世紀末ごろ(聖徳太子のころ)の品物なんだね~。 -
土を盛ってありますがオリジナルの墳丘は失われています。
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丘の上からの眺め。すぐ下を電車が通ります。
次に向かう柳ヶ坪遺跡が見えます(真ん中に小さく見える丸っこい木のところ)。弥生時代にはすでにこの風景の中に集落があったんですよね。 -
で、歩いてきました、「柳ヶ坪遺跡」。
弥生時代中期(紀元前1世紀ごろ)から稲作が始まり人々が住み着いていたそうです。 -
鎌倉時代の人骨や貝塚も出土しているそうです。集落遺跡はやはり層になっているんですね。
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いつ頃植えられたのかわかりませんが、このこんもりとした木がいいですよね。
周りは農地なのに、この1区画だけ遺跡として残されているんです。 -
このあたりは太古から人が住み着いていたようで遺跡だらけです。開発するの大変だっただろうな。
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次の見どころへ向かう途中に見かけた公園。
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思わせぶりな築山があったので、もしかして古墳跡?と思ったけれど、調べたら違っていた。思わせぶりすぎる…。
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次の目的地、東海市で一番高い山「御雉山」は加木屋緑地という公園の中にあります。
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公園の散策路を歩いていきます。日曜なんだけど人がいなくてちょいと怖い。
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標高59.2m。いざ登頂。このくらいの山が私の限界。
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山頂前広場からの眺め。
実際の山頂は崖の上らしく、普通の人はここまでしか来られません。 -
秋の草花が散策路を彩っております。
シオンの仲間かな? -
一段と鮮やかなのはハナカタバミ?
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フジバカマはちょっと盛りを過ぎたころ。
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シロツメクサって秋にも咲くんだ。
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めっちゃ気になる脇道。だけどこの先私有地につき進入はできません。
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山頂前広場とは別の展望台に到着。こっちの方が眺めがいいようです。
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上の看板でちょうど「富士山の方向」に向いています。
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北側。
左端に見えるのが西知多総合病院で、あのあたりから歩いていきました。奥の方に名古屋の高層ビル群が見えます。 -
南側。
この後は南に向かって行きます。 -
名鉄加木屋駅の近くの民家の庭先にお地蔵様。別の場所にあったものを通りに面して安置されたそうです(東海市の石造物による)。年代は不明。
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道におにぎりが落ちてる!手作りのやつ。このほか点々と、合計三つ落ちてました。どうしちゃったんでしょうね。
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一応このあたりが目的地「留木古窯(とめぎこよう)」。
平安時代末期(12世紀)から室町時代(15世紀)にかけての古い窯跡があるのだそうです(遺跡ですが)。看板もないし、どこも私有地っぽいので探索することはできず。 -
「鎌ヶ谷池(かまがたにいけ)」。
ちょっとズルして、夫に車で拾ってもらって来ました。このあたりはバスもないし非常に行きづらい。 -
江戸時代に作られたため池だそうです。江戸時代から海沿いを干拓して田畑としたものの、灌漑用水が不足していたためため池をたくさん作ったんです。
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池の堤防にひっそりとあるお地蔵様。
南部篇2に続く。
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旅行記グループ
地元「東海市」を歩いてみた
この旅行記へのコメント (2)
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- natchanpapaさん 2021/11/26 14:00:17
- どローカルでいいですね~
- 名古屋の地元TV局でもなかなか取り上げてくれそうにない地元の歴史。東海市って、最近の街、のイメージだったのですが、いろいろあるのですね。これからこうした掘り下げ系、はまる人増えそうな予感です。楽しませていただきました。
隔離ホテルで暇なnatchannpapaでした。
- binchanさん からの返信 2021/11/26 16:03:00
- RE: どローカルでいいですね?
- コメントありがとうございます。
隔離されているということは、いったん帰国されてたんですね(第三国へ行かれてた!?)。お疲れ様です。
昨年は私もこんなことしてました…。もうすっかり引きこもることに慣れてしまって出かける気が起こりません(ダメですねえ)。しかも親の介護が深刻になってきて、コロナが終わってもいつ旅行に行けることやら。しかし、大変と言っても県内なんですから恵まれてますよね。引きこもりで弱っていた足腰が実家通いで若干鍛えられてますし(^^ゞ。この調子ならまだまだ旅行で歩けそうです。
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