2020/06/05 - 2020/06/05
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しにあの旅人さん
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1984年夏、パリ発着、車にテントを積んで、イベリア半島を一周した旅の記録です。27泊28日、走行キロ数7,064キロ、全部テント泊です。旅行というより行軍でありました。
夫婦とも、もはや30代、子連れ、青春というにはトウが立ちすぎておりましたが、やったことは充分に若馬鹿しいので、青春シリーズの最後を飾ります。
スペイン、ポルトガルはヴァカンスで何度も行きました。マドリとかバルセロナ、トレド、グラナダ。最初は汽車の旅でした。その時出会った人達がものすごく感じがよかったので、イベリア半島が大好きになりました。それじゃあ、ぐるっと回っちゃおうということで、イベリア半島一周キャンプの旅となりました。
By妻
写真が多くなりそうなので、上下に分割します。
コロナ騒ぎの影響で、過去の旅のブログが多くなっております。楽しい、面白い旅行ばかりです。ところが、4トラのシステムだと、昔の旅行をそのまま旅行日にすると、ブログの先頭に出てきません。ブログの数が多いと、自分でもどこにあるか分からなくなるとおっしゃっていたトラベラーもいました。かと言って更新日順に並べると、今度は単純な誤字訂正でも先頭になります。投稿日順にブログを表示できないのです。よって今回は表題に年を明記し、旅行日は最近のある日です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
初日1984年7月14日、パリを出て、965kmを走破、一気にスペインに入りました。
ビルバオを越え、イスラレスという町のキャンプ場にチェクイン。ほとんど高速道路です。平均時速130キロのドライブでした。 -
キャンプ場の名は「Playa Arenillas」
ビルバオから道なり40kmくらいの海沿いのキャンプ場でした。 -
チェックインの請求書です。1泊805ペセタでした。ユーロ導入前です。1984年7月の円ペセタの平均レートは約1ペセタ=1.51円でした。805ペセタ=1,216円です。ホテルに3人泊まったら、こうはいかない。
今後1ペセタ=1.51円で計算します。
あれ、人数は大人3人になっている。36年後に気がつきました。3人目は5才の息子なのです。10才以下は100ペセタ。本当は755ペセタだったということです。
まず私たちの装備。後日8月2日の撮影です。 -
これが愛車ブルーバード。年式忘れた。1600cc後輪駆動です。
-
ルーフキャリアにテント、折りたたみ椅子テーブルなど大型荷物をのっけます。テントは2張り持って行きました。小型はトランジットの1〜2泊で使います。短時間で組み立てられます。3人寝るのは窮屈ですが、組み立て時間優先。大型は目的地で腰を据えてキャンプするときに張ります。
荷物の固定はバンジーロープを何重にも張り巡らします。バンジーロープは緩みませんから、キッチリ張っておけば外れません。 -
トランクは生活雑貨でいっぱい。
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後ろの座席。牢名主のように毛布などを積み重ねてあります。息子の席です。視界が高く、窓の外が見えて好評でした。クーラーボックスなど、ここもまた生活用品。毛布の上の白いぬいぐるみは熊。彼のセキュリティ・ブランケットでした。まだ我が家にあります。彼の娘、つまり孫が愛用しております。
-
フロントグラスに国籍明示の日の丸を張っておきました。
この日は965kmのドライブの後なので、テントを張って、即おやすみでした。キャンプ場の写真がありません。 -
2日目(15日)
キャンプ場9時頃発。
次のキャンプ場は、だいたいこの辺りと見当はつけますが、予約なしの飛び込みです。
遅くても午後5時前にはキャンプ場に着かねばなりません。この日はソト・デ・ルイーナで限界となりました。8時間もかけてたった284kmです。
現在グーグルさんだと2時間51分ですが、これは高速A8を使うからです。当時は、そんなものございません。一般道路をチンタラ参ります。農業国ですから、片道1車線の道路を、大型トラクターが時速10キロくらいで悠然と走ります。10分〜20分追い越しできないのが何回もありました。
高速を8時間走るより3倍くらい疲れます。 -
北スペインで食べたラーメンの味は格別でした。日本食の補給は出来ないので、インスタントラーメンなどいっぱい持ってきました。お昼に重宝しました。
写真が切れているのは、By妻がアルバムに貼るために編集したからです。 -
ソト・デ・ルイニャのキャンプ場、いくつかリストアップしておいた最初のLa Regalinaに空席ありました。この旅の27泊で、キャンプ場がいっぱいで断られたことはありませんでした。
550ペセタ(831円)、シャワーを使うと1回40ペセタ。
ハートちゃんが愛車です。その右のちっこいテントが、トランジット用の小テントです。 -
テント設営の段取りです。
受付でチェックイン。指定された場所に車を持っていきます。
まず全員でテントなど重いものをルーフキャリアから降ろします。
By妻は偵察。トイレ・水場を確認、食料や飲料水、アイスボックス用の氷を買う、
私と息子は荷物を開梱して、テント組み立て開始。支柱は5才の息子が支えます。持っていてくれればいいので、十分役に立ちます。
By妻が帰ってくるとテント組み立てに合流。
息子はテントの裾固定用の金属の杭を穴の近くに置いてゆく、私は打ち込む。石を拾ってきてテントの裾に重しで並べます。「石、石をもってこい!」号令一下、息子は石を集めます。みなさん同じことをするので、石はだいたい近くにかたまっています。 -
これが息子の汗と努力の結晶、石!
テントの中に毛布や寝袋をもちこむ。
この日は1時間かかった。前日より手短にできましたが、次回からはもっと速くできるはず。目指そう30分!
By妻はテーブルや椅子を広げて夕食の準備。
子供に父親の威光を感じさせ、いうことを聞かせるには、幕営旅行が有効です。こき使いましたね。でも立派な戦力で、いないとテント作れません。
それからBy妻が夕食を作り、やっとほっとして晩御飯です。
翌朝はこの逆で、朝食、後片付け、テントの撤収、生活用品車への積み込み、6時に起きても出発できるのは9時頃になります。機材はしっかり梱包します。ルーフキャリアに確実に固定します。設営より撤収に時間がかかります。
この旅行の時息子は5才になってすぐでした。この子は私たちが年とって生まれた子供だったもんで、何をしてもカワイイ、カワイイで育ててしまったようです。そのせいか最初は本当に天使のようだったのが、4~5才になるとイッチョマエにヘリクツはこくし、なまいきになりまして、そこでキャンプです。
宿泊地に着いたらテントを張らないと今晩寝るところがないのは子供でも理解できたのでしょう。それに親の方も一刻も早く寝るところを作らないと!と、いつものように「~してちょうだい」なんて言わない。大げさに言えば必死。「このヒモしっかりもって!」とか、ビシッです。モタモタしていたら「早くしろ!」そしたら息子「ハイっ」だって。まあ、従順によく働くこと!反抗期の子供にはキャンプがお勧めです。サラリーマン家庭の子供は親の働く姿を見る機会がありませんものね。
By妻 -
3日目(16日)
サンティアゴ・デ・コンポステーラに向かいました。
グーグルさんでは2時間56分距離262kmとなっています。現在の高速を使った距離と時間です。
当時は高速はありません。どこを通ったかまるっきり不明なので、経路は省きました。
地図でも分かりますが、海岸線がギザギザになっております。日本の三陸のようなリアス式海岸です。ここがそのリアス式海岸の本家なのです。当時の道路は、一部この海岸線に沿っていたと思います。わざわざ本家のリアス式海岸を見に行ったのかもしれません。 -
CAMPING SANTIAGO DE COMPOSTELAの請求書。
今度はちゃんと大人2名(430ペセタ)、10才以下の子供1名(150ペセタ)になっている。
Tienda familiar(215ペセタ)というのは、家族用テント、複数が寝られる大型ということらしい。Tienda individualは1人用テント。今の日本で流行っているというお一人様キャンプというのがいたのです。
Automovil(215ペセタ)自動車。
合計1,010ペセタ(1,525円) 有名なサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂に歩いていける距離でした。
ドライブ距離も比較的短かったし、3泊目ですからだいぶテント設営にも慣れてきた。時間の余裕ができて、町の観光にも出かけました。 -
大聖堂にもやって来ました。少しは観光しています。私は長いジーパン、By妻は長袖です。暑くはなかったいうことです。
ここまで旅行というより行軍でしたが、やっと落ち着いてきました。 -
4日、5日目(17日、18日)
いよいよ国境を越えてポルトガルに入りました。トマルまで422km、いつも通り朝9時に出て夕方着というペースは変わりません。
ポルトガルの高速道路建設はスペインよりさらに遅れていました。1978年、自動車での1回目のスペイン・ポルトガル旅行のときは、リスボン周辺しか高速はなくて、路肩を馬車が走っているのを見た記憶があります。それよりは少しはよくなっていました。 -
お金の呼び名が変わりました。ポルトガルはエスクード。1984年7月の円・エスクード平均レートは、1エスクード=1.63円。474エスクードは約773円です。
以降1エスクード=1.63円で計算します。
国が変わるとお金が変わる。面倒くさい。だからユーロを導入したのですね。 -
この日フランス・フランから両替。250フランが16,700エスクードになりました。1フラン=66.8エスクードです。このころ1フラン=60円くらいでした。
-
食事が終わって、洗濯物の下、母子何かやっております。
-
我が家の息子はフランス生まれのフランス育ち。ここでも日本語の勉強をしております。
灯りはブタンガス。この青いボンベはどこのキャンプ場でも売っていました。キャンパー必需品です。調理用の平たいコンロも同じボンベを使います。
外国暮らしの日本人家庭の子が自動的に日本語ができるようになるのなら、わが息子の少年時代はどんなに楽だったことか。旅行中にまで日本語の勉強をさせて、それでも彼がパリの日本企業のバイトに出した履歴書に「1979年生誕」って書きましたからね。びっくりですよ、生誕だって。キリストかお前は!
知人の18才の少年は、「お名前は?」と聞かれて「ひろしくん」と答えたそうで、親御さんが「どこまでが名前かもわからんのか!」と嘆いていらっしゃいました。会社面接なんて、教科書に出てきません。本読んでも出てこないし。
又、別の知人のお子さんは、ひとりで日本に帰国したとき、お土産に香典袋を買ってきました。きれいだなあ、と思ったそうです。結婚祝いの方は、金色でけばけばしいけど、こっちは銀色でシックだそうです。用途をご存じなかった。
By妻 -
小型テントの中です。狭いですよ。息子を真ん中に、親子3人かたまって寝るのです。
ここまでして幕営旅行をするのか、ここまでするから楽しいのか、どっちでしょう。
私たちはフランスでも中流の人達の中で暮らしておりました。知人友人ご近所さん、皆こんな感じのヴァカンスでしたね。夜逃げかと言うくらいの荷物を積んで、車内に入りきれないものは車の上にのせて、高速道路はまさにカタツムリの大行列でした。
フランス人にとって、ヴァカンスは出かけなければならないモノのようで、「ヴァカンスにいけない子供」というのは「正月にお餅も食べられない貧乏」という感じでした。
やがて息子が成長して夏休みは、イギリスに英語の勉強か日本に一時帰国するという年齢になって、私たち夫婦はハタと気がついたのです。なんでお金払って難民生活しなければならないのかって。
でもあの難民生活、今となっては楽しかったですね。若くなければできません。
By妻 -
翌18日はファティマを往復しました。
これにはわけがあったのです。
ファティマはキリスト教の聖地です。1978年私たちはファティマを訪れていますが、このとき、なんとBy妻は、子供を授けて下さいとお願いしたのです。キリスト教徒でもないのに、あつかましい話です。私たちにはずっと子供はできなかったのですが、それが1年後に息子が生まれました。キリスト教徒かどうかは別として、願をかけてそれがかなった以上、お礼参りはしなければならないと、長らく思っておりました。で、今回、本人を連れてお詣りすることになりました。 -
ファティマ聖堂前の大広場はいつも人がいっぱいのはずですが、この日はごらんの通り。
息子は幼稚園の入学試験を受けるみたいに緊張して、深々と頭を下げておりました。まるっきり日本式ですが、これはこれで、マリアさまにもお分かりいただけたかと思います。
この日は、キャンプ生活ながら、精一杯きちんと服装を整えて、ちょっとしたセレモニー風。息子神妙な顔してました。
親の方は、彼の誕生と無事な成長を感謝し、彼の末永い健康を新たに祈願いたしました。
この日は、天使の仮装をした子供連れも見かけました。子供の幸せを祈る気持ちは、世界中同じなのですね。
By妻 -
このあと、なんのためか、ヘリコプターが広場におりてきました。ヘリコプターどころか、小型飛行機が離着陸できるくらいの広場なのです。
-
6日目(19日)
アルベフェイラ着。トマルから高速使用現在のルートで363km3時間16分となっております。この区間は全く記憶にありません。そもそもなぜアルベフェイラに泊まったのかな。翌日から12日間も滞在したアマルサン・デ・ペーラまでわずか13.6kmなのです。
自分がやったことの理由を推測するのは変な話ですが、たぶんアルベフェイラのキャンプ場に入ってみたら、希望通りでなかったので、翌日引っ越した。
頼みのBy妻に聞いてみたら、「さあ・・・」
ま、とにかくここに1泊したのです。 -
849エスクード(1,384円)でした。
-
7日目(20日)~18日目(20日~31日)
アマルサン・デ・ペーラにやってきました。アルベフェイラのお隣です。13.6km。
ここに8月1日まで12泊しました。
どのへんかというと、 -
ポルトガルの南西の端っこ、ということはヨーロッパの南西の隅の隅です。
-
アルガルヴェといわれる地方です。南と西は大西洋に面しておりますが、地中海気候の延長で、気候温暖な観光地でした。なにより気に入ったのは、かの有名なフランスのコート・ダジュール、イタリアの地中海リゾート地などとくらべて、安い! まだ未開発なので、半額以下です。
特にオートキャンプの穴場。
理由は簡単。遠すぎるのです。
ヨーロッパのオートキャンパーの主力は、スカンジナビア3国、ドイツ、オランダなどの北ヨーロッパ、イギリス、パリを含む北フランスです。どこも冬が長くて、夏の太陽を待ち焦がれている連中です。夏のヴァカンスは、大挙南に民族移動です。大型のキャラバンカーを牽引して、地中海の海岸を目指します。
しかしアルガルヴェは遠い。この時代、スペイン、ポルトガルの高速道路は未整備でした。私たちのようにパリから乗用車でも、たどり着くのに6日です。トヨタ・ランド・クルーザーのような大型の四駆でも、大型キャラバンを牽引したら、高速で時速80キロが限界です。一般道路なら、北スペインで私たちを悩ませたトラクターと変わらない。ノロノロ、ジリジリと南下するのです。北欧からアルガルヴェを目指したら、多分1ヵ月のヴァカンスの20日間は往復の移動です。
だから彼らはここまでは来ません。
それでも来てるのですよ。太陽に飢えているのでしょうかね。フェリーで来るのか、イギリス人が多かったです。彼らは、一日中 日光浴してました。
By妻 -
Parque Campismo Canelasというキャンプ場でした。カネラス・キャンプ場というのだと思います。
4才~10才の子供1名 50
大人2名 200
3~12平米のテント1張り 120
自動車1台 90
合計1泊460エスクード(750円)
12日間 5,520エスクード(8,998円)
これは約150フランス・フラン、コート・ダジュールのような観光地のホテルだったら、36年前でも1泊分じゃあないかな。 -
2回目の両替をしました。1,500フランで、26,433エスクード。前回と合わせて、43,133エスクード(70,307円)です。ポルトガルは15日間いました。
このうちキャンプ代金は合計6,843エスクード(11,154円、1日平均744円)それ以外の滞在費は36,290エスクード、1日平均2,419エスクード、3,942円です。これで親子3人充分楽しく飲んで、食べて、遊びました。
36年前の話とはいえ、安かったと思います。当時、ポルトガルは物価が安いと、ヨーロッパのヴァカンス客には知られていました。本当でした。 -
キャンプ場入り口。以下5枚はキャンプ場パンフレットより。
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これまで一番設備の整ったキャンプ場でした。レストランもありました。屋外の木陰の席が人気でした。
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ちゃんとしたテーブル席もありましたが、雨でも降らなければ、中に入る人はいません。
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ちょっとしたスーパーマーケットもあって、食料や水は全部ここで揃いました。ありがたかったのは、アルミのパックに入った炭。点火剤つきです。アジが3、4匹焼けました。何回もおいしくいただきました。魚はいくらでも安く手に入りました。
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トイレと洗面所。清潔でした。
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キャンプ場全景です。肝心の私たちのテントの写真がありません。このテントとほぼ同じサイズでした。こいつは組み立てるのに時間がかかります。2間ありましたが、奥は物置。居間の前がテラスのようになり、テントの一部が張り出していて、日陰を作ってくれました。
寝るとき以外はほとんど外で過ごしました。雨は12日間1度も降りませんでした。 -
キャンプ場は町から少し離れた高台にあり、海岸まで車で10分約5キロ離れていました。
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ごらんの通り、あまり人がいません。そのかわり、海の家らしきものもありません。波の穏やかな海、紺碧の空、広~~~い砂浜があるだけです。
褪色した紙焼きからのスキャンなのが残念ですが、海も、空ももっと鮮やかな碧、紺碧というヤツでした。これだけのんびりできたのは、北ヨーロッパから浜辺が遠すぎたおかげでした。
こういう海を知ると、申し訳ないけれど、日本のショーナンの海なんておぞましいと思いました。銭湯でもああは混みません。
けれど、湘南の海には、裕次郎と若大将がいますからね。ナポリの海には、アランドロンが出没するようです。
海が混むと、いい男が出てくるのか、いい男が出没すると、海は混むのか?
いずれにしましても、ここは、がらーんとした海でした。
By妻 -
浜辺のようです。覚えていませんが、夜の海にも行ったようです。
By妻は若い男の膝枕でまどろんでおります。膝枕された方は困惑。重かったね。 -
12日間、なにをしたかというと、なにもしていない。海で泳いだり、ぼーっとしているのは、何かしたことになるのかな。アジを炭で焼いたのも、なにもしていない部類でしょうね。
天体望遠鏡を持ってきました。夜は星を見ておりました。空気が乾燥し、周囲に家の灯りもないので、銀河が肉眼ではっきりと見えました。望遠鏡だとアンドロメダ星雲が見えました。
唯一観光らしいのは、町のサーカスを見に行ったくらいかな。
これが入場券の残骸。一番いい席で、最前列。
ショーの一部で、By妻によると大きなヘビが出てきました。私の記憶だと小型のワニ。芸人さんがそのヘビだかワニだかを、By妻に恭しくささげに来たのです。悲鳴一発、By妻は会場から飛び出しました。
東洋人は私たちだけで目立ちました。その後ヘビだかワニだかは引っ込み、By妻も席に戻りました。全観客の注目の的だったことは、いうまでもありません。
隣のテントがイギリス人夫婦で、テントの組み立ての時、鉄のハンマーを貸してくれました。私たちがもってきたのは、ゴムのハンマーで、このアルガルヴェの乾ききった地面に杭を打ち込むことができませんでした。非常に助かりました。私たちがキャンプ場を出るとき、日本のカレールーを1箱お礼に差し上げてきました。作り方をメモしておられました。うまくできたといいな。
続きます。
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この旅行記へのコメント (14)
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- おくさん 2021/12/24 17:16:46
- キャンプ旅
- こんにちは、素晴らしい旅をしましたね。
私の若い頃は寝袋持ってのサイクリングが生き甲斐のようだったので、こう言う旅の話は大好きです。
結婚してからはファミリーキャンプが大好きになりましたが、長く続けることは出来ませんでした。(妻がキャンプは嫌と反乱)
定年退職後はイベリア半島歩き旅が生き甲斐になって、5年間で6500キロを歩きました。
残念ながら今はコロナでストップ状態です。
コロナ終息するか、私の寿命が尽きるのが先かです。
- しにあの旅人さん からの返信 2021/12/25 07:25:58
- Re: キャンプ旅
- コメントありがとうございます。
私たちはフランス滞在が長かったので、子供が小さいうちは、バカンスはほとんどオートキャンプでした。ヨーロッパの南の方は、キャンプ場が整備されていて、快適でした。
ただ若いうちじゃないと、大変です。大変なのが楽しいと思わなくなったら、キャンプはおしまいです。まあ、難民生活みたいなものですからね。
奥様がキャンプが嫌いなのはざんねん。一人では面白くも何ともないものですから、しかたありませんね。家族一致団結して決行するところが、キャンプの醍醐味でした。
イベリア半島一周旅行記、読み始めました。
歯応えのある旅日記にまた出会えたみたいです。4トラのいいところ。
これからじっくり読み進めます。
-
- 前日光さん 2020/11/10 23:50:10
- いいなぁ、1ヶ月近くもキャンプ!
- こんばんは。
このキャンプへの出発の日が7月14日だったとは( ̄∇ ̄)
なんと、パリ祭の日ではありませんか!
まあ、日本人ですから、フランス革命のあった日に何をしようと自由ですよね。
西欧人が夏のバカンスを長く取るというのは、話には聞いていましたが本当だったのですね!
ヴァカンスに出かけられない子どもは、「お正月のお餅を食べられない」のと同じだとか。
長い休暇を取ると、日本人は焦ってくるでしょうね。
こんなにのんびりしていたら、自分は世界から取り残されてしまうなんて。
悲しきワーカホリックの日本人。
フランス生まれでフランス育ちの息子さん、日本人から見るとカッコイイ!と思ってしまいます。
西洋、わけてもフランスに対する憧れは、日本人なら潜在意識の中にだれでも持っていますからね。
キャンプ中も日本語のお勉強っていうのが、羨ましくもあり気の毒でもあり。。。
その彼も、もしかしてもう40を越えましたか?
記憶に残っていてもいなくても、彼の中にその経験は何ものにも代えがたい豊かな残像として寄り添い、人生の種々の場面で多くの実りをもたらしてくれたことでしょう。
人のいない海には、しにあの旅人さんのような国籍を問わない人間が出没し、人で混み合う海辺にはアラン・ドロンが登場ですか。
湘南の裕次郎と若大将には全く興味ありませんが、アラン・ドロンはいいですよね!
初めて「太陽がいっぱい」を見た時、小学生だったのですが、なんと西洋人はかくも美しいのか!と感嘆した記憶があります。なにしろメンクイなものですから(^_-)
それにしてもどれだけの日本人が、こんな長期キャンプの経験などできるでしょうか!
素晴らしい行軍?orアマルサン・デ・ペーラでのボーッとした生活等々、知らない世界を垣間見させていただき、ありがとうございます<(_ _)>
前日光
- しにあの旅人さん からの返信 2020/11/11 06:38:50
- Re: いいなぁ、1ヶ月近くもキャンプ!
- おはようございます。コメントありがとうございます。
ジモティ、パリジャンとも言いますが、としては7月14日も蜂の頭もありません。ヴァカンス優先でパリを脱出しました。
フランス人にとってヴァカンスは神聖にして犯すべからずですから、7、8月は全土がほぼ麻痺します。仕事で電話して相手が休みなら、「A, Bon」あ、そ、しょうがない。そんな時に仕事する方が悪い。
肝心のアマルサン・デ・ペーラの記憶がないのですよね。確か欧州南西の隅のナントカ岬にもドライブしたはずなのに、記憶なし。一番鮮明に覚えているのは、アジの炭焼き。
ヴァカンスというのは元々空っぽという意味ですから、文字通り頭を空っぽにして、終日ボーとしていたのではないかと。からだじゅうを風が吹き抜けます。
今でも通過型の旅行より、1箇所に落ち着くベースキャンプ型が好みです。この時の名残りでしょうか。14日から前回台風で潰れた飛鳥旅のリターンマッチですが、これも橿原に7泊です。
-
- kummingさん 2020/11/05 20:08:25
- アルガルヴェの海辺♪
- ぎゃ~(*_*)
海辺を闊歩するビキニパンツ?姿に目眩が~(鼻血モノ?!)
湘南の若大将、ナポリのアランドロンに勝るとも劣らぬ勇姿かと♪
1984年、27泊28日愛車ブルーバード駆っておフランス発イベリア半島キャンプ場巡り^o^
読みながら、吹き出す(爆)事?回という、いつにもまして豊かで楽しい時が流れ…それをヴアカンスという?
若馬鹿しいなんてとんでもない、思い付くだけでもスケールでっかい構想力!
息子さんの1979年生誕発言は、もしかしてファテイマで生を授かった事に由縁ありかも?生誕の地はファテイマ(笑)
キャンプと言えば、我が家も夏中土日は畳の上に寝た事ない!って頻度の流浪の民でした。殆ど一泊の近場か遠出して四万十川、というレベルですが(-。-;
到着即テント設営、食事準備、朝も早くに撤収、荷造りという、慌しさは共有できる!
やはり、若い時に培った力が今の己を作ったのだな、と、自戒と共に、しにあの旅人さんの語学習得への意欲的な渡航やその後の物語を読むにつれ、志しの高さに瞠目中(°_°)
その頃、1外独語は1年目C、2年目D(←要再履修)、教授は神父様という宗教学やキリスト教研究、聖書研究会、という恵まれた?環境下でもっぱら学外活動にいそしむ不良学生でした。男子はラテン語専攻も選択可能な、就職にはとっても不利な学科でしたが、今思えばもったいない事をした(TT)
西洋美術や歴史に目覚めるのが遅すぎました~
ますます、読者に大好評につき、続編+シリーズPart2も待たれます^ ^
斑鳩も魅力的♪
短くまとめられなくてm(_ _)m
それにしてもむかーし昔の明細書、よくぞ今日まで保存されてました♪
- しにあの旅人さん からの返信 2020/11/06 06:57:28
- Re: アルガルヴェの海辺♪
- おはようございます。
アルガルヴェのだーれもいない浜辺の写真があるのですが、さるお方のビキニ姿が写っているので、さるお方から検閲が入りまして、ボツ。
kummingさんの学生時代、宗教学、キリスト教研究、聖書ですと。ねじ込めば女子だってラテン語履修できるでしょう。今の旅に必要なものばかりですね。
私は漢文やっておけばよかった。古文書の解読もやっておけば・・・「けば」ばっかりです。
青春シリーズは次のスペイン下でおしまい。14日から2回目の飛鳥旅に行ってきます。大来皇女大津皇子シリーズをぶち上げます。
「迫り来る持統天皇の魔手、飛鳥の姉弟の悲運はいかに!!!」ってな感じ。
紙芝居かな。あれ、kummingさんは紙芝居なんて、多分ご存知ない?
-
- kichiさん 2020/11/05 10:10:56
- キャンプしといて良かった。
- おはようございます。
フランス生まれフランス育ちの息子様、
しにあの旅人さんにキャンプ修行を早い時期から仕込まれたのですね。
うちの一人息子も。
関西や四国、中国地方で幼少期から、合計30泊~沢山キャンプ修行してきた結果。
料理や身の回り等、親に頼る事なく。
もはや必要とされてないという…少し寂しい状況であります。
こうして大人になっていくのですね。
このむか~しムカシ、シリーズ。
新しい旅行記が出て読んでいると。
あれ?前のはどんなんやったかな??と
気になり、前の旅行記も再度読むという
魅力的なシリーズですね(^-^)
1978年ファティマ聖堂にて奥様の祈り。
お気持ち良くわかります。
私も授けてくださいと何度も行きました。
…近所の神社にて(笑)
続きをお待ちしております(^-^)
- しにあの旅人さん からの返信 2020/11/05 11:54:21
- Re: キャンプしといて良かった。
- 我が家の息子の親離れは早かったです。親にしのごの言われたくなければ早く一人前になれと育てたからでしょうね。キャンプは一例。
13歳の時に2ヶ月ほどイギリスにホームステイに行かせました。フランスから近いから簡単なんです。怖がりもせず意気揚々と出かけて、帰ってきたその日は英語が出てきて、フランス語も日本語もちょっとおかしかった。恐るべき適応力です。恐怖心の欠如というのかな。
息子さんは中学生ですよね。一人でいることを怖がらないでしょう。そういう子はこれからスーと親を離れていくと思います。
でもご心配なく、しばらくしたら数倍逞しくなって帰ってきます。
もうすぐ前回空振りの難波宮あとリターンマッチに行きます。何のことはない、すぐ近くの大阪府立歴史博物館に駐車場があって、博物館から難波宮跡が見下ろせるんだそうです。そのあと八尾を通ってまた飛鳥です。八尾には聖徳太子ゆかりの何やらかんやらが固まっています。また性懲りも無く歴史散歩です。
-
- pedaruさん 2020/11/05 05:43:14
- 驚きの旅
- しにあの旅人さん おはようございます。
4トラベルには旅の経験豊富な方が沢山いらっしゃるのですが、こんなに感銘を受けるのは滅多にありません。
私の場合、国内を10日間中国地方を巡っただけで、我が家の思い出の財産だと後生大事にしている人間にとっては、しにあの旅人さんのこの旅は、驚き以外ありません。
しにあ家の財産はすごいですねー、お子様にとっても、いい思い出になっていると思います。
pedaru
- しにあの旅人さん からの返信 2020/11/05 09:59:12
- Re: 驚きの旅
- お褒めいただき嬉しいです。
前回までの無謀な旅に比べると、やっと普通の旅行、ファミリー旅行の範疇に入ると思います。ただ、ちょっと長いですね。
フランスで生活しておりました。しがない勤め人でしたが、この国の習慣で、夏に1ヶ月の休暇を取るのは普通でした。日本だと、今でも、1ヶ月の休暇は難しいかもしれません。
おっしゃる通り、貴重な思い出の財産ですね。4トラベラーねんきん老人さんによると、旅行で得た思い出はなにがあっても一生なくならず、邪魔にもなりません。
これからもものは買わず、旅行の思い出を買い込もうと思っています。
-
- olive kenjiさん 2020/11/05 05:33:51
- 最高旅行記
- シニアの旅人様 今回の旅行記はめちゃ面白かったです。
あれから9年経ち お子様登場ですね。
イベリア半島って四角い格好しているから、ぐるっと一周してしてみたいなと皆は夢見ますが、遠い昔に本当にやっちゃったんですね。
あのブルバード良かったですよね。好きでした。別にナンバープレート隠さなくても時効かと思いますが。
ラーメン食べている家族写真が最高にいいです。本当に羨ましすぎる瞬間です。シニアさんも映像加工上手くするなと思ってたら、奥様が写真切っていましたか。ハハハ
キャンプは子供への躾にいいというのは同感ですね。私も昔よく行ってたので、うちの子も大きくなっても、早くしろと言ったらハイという返事で、いい子に育ちました。
外地での日本語教育、日本文化継承って大変なのがよく分かりました。
生誕にひろしくんに香典袋とは。笑いに笑いました。
でもどうやって教え直したのでしょうかね。ご両親様ご苦労したと思います。
バカンス行けない子は、餅食べられない貧乏な子という比喩、すごく理解出来ました。
まさに外地滞在者だから分かる経験ですね。勉強になりました。
奥様がファティマという聖地へ行ってお子様を授かった話は感動的ですね。
不妊の知り合いに伝えておきます。かなり遠いか。
ところで領収書と詳細な説明が沢山出てきますが、よく保存していたのと、几帳面な人柄に驚きました。元は金融関係にお勤めだったのでしょうか。
ただ、領収書見て、こりゃ安いから、今度ここへ行ってみようかという心境には未だなっていません。ハハハ
いい事言ってましたね。海が混むといい男が出てくるのかなと。
ショーナンに石原裕次郎、ナポリの海にアランドロンか。
表現力抜群ですね。
ところで、お子様も大きくなったと思いますが、この旅行は覚えていますか。
それから年月が経ち、お子様はお孫さまをキャンプに連れて行ったのでしょうか。
早くしろ・・ハイっと 同じことしたのかな~
olive kenji
- しにあの旅人さん からの返信 2020/11/05 07:16:05
- Re: 最高旅行記
- おはようございます。olive kenjiさんも早起きですね。私は夜8時には寝てしまうので、朝早く目が覚めます。ぐずぐずせずに起きることにしています。
息子は、6歳以前のことはほとんど覚えていないようです。今まさに5歳の娘が一人いますが、遊びに来ると私のお腹の上でトランポリンをするのが好きです。もうちょっと長生きしないと、覚えていてくれないな。
これからどう育つのか、
領収書などは、By妻が作ったアルバムに写真とともに貼ってありました。私はこういうの、苦手。
アルバムに旅程表が貼ってありました。27泊28日には自分でも驚いています。もうこんなことできない。3週間のイタリア旅行ですら、長いなあと思うくらいです。
やはり何でも若くないとダメなんですかね。
-
- チーママ散歩さん 2020/11/04 23:39:50
- 素敵な教育。
- こんばんは。
素敵な教育ですね。
口を出す教育もありますが、今何をすべきか
自分で感じ、理解し行動に移す事が自然に
出来るように仕向ける。
子供扱いせずに自分の役割を持たせる。
旅を通して自然と身につくように。
頭でわかっていても、なかなか出来るものでは
ないですね。
お金払って難民生活は本当に素敵な教育ですね、
続きが楽しみです。
- しにあの旅人さん からの返信 2020/11/05 06:20:43
- Re: 素敵な教育。
- おはようございます。田舎ですので、毎朝6時に「我は海の子」が防災無線の大音響で流れます。
教育のところにコメントしていただいて、嬉しい。今は息子も日本に住んでおりますが、まだ時々おかしなことを言います。「ひろしくん」も「香典ふくろくん」も皆さん立派な大人になりました。完全な日仏バイランゲージになったようです。
うちの息子はキャンプ訓練のおかげか、早くから親離れしまして、中学生の時に単独旅行の見送りに行ったら、冒険旅行の門出に親など邪魔だと追い返されました。少し寂しかったです。
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