2020/10/16 - 2020/10/17
75位(同エリア679件中)
nichiさん
- nichiさんTOP
- 旅行記1483冊
- クチコミ2188件
- Q&A回答8件
- 1,863,430アクセス
- フォロワー203人
宮ノ下の散策を終え、富士屋ホテルに戻ってきました。
チェックインは15時ですが、昼過ぎに手続した時に
「14時30分以降であればお部屋にご案内できるかもしれません。」
と言うお話があったので、早めにホテルに戻ってきました。
でも14時30分までで30分以上あります。
よって、ホテルの中をプラプラしました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
富士屋ホテルに戻ってきました。
エントランスからこのような緑の中を通っていきます。 -
花御殿の前を通ります。
1,036年(昭和11年)に竣工した花御殿。
和の意匠や千鳥破風の屋根、真紅の高欄付バルコニーが雅です。 -
メインエントランス。
-
経産省の近代化産業遺産に指定されています。
そして
文化庁の登録有形文化財にも指定されています。 -
レストラン棟
-
-
本館に入るとまずレセプションがあり、ここで事前に荷物を預かってくれ、チェックインの際には部屋に運んでおいてくれます。
その横の赤い階段を上がります。 -
階段を上がると、クラシックホテルならではの素敵な空間が広がっていました。
富士屋ホテルは、明治11年にオープンした日本初の本格的リゾートホテルです。元々は、外国人専用ホテルでした。 -
よってホテル内には和洋折衷の建築デザインを多く見ることができます。
-
1891年(明治24年)竣工の本館は、木造洋風建築で、関東大震災の際もガラス一枚割れずに残ったとのこと。
今でも1階のフロントやロビー、2階の客室は一部を除き、当時のまま残っている部分が多いそうです。 -
クラシックモダンの雰囲気のあるロビーです。
左に見えているのは、昔のセントラルヒーティングですね。
オーストリアやチェコ、ベルギーの宮殿で見られるものと似ていますね。 -
この雰囲気、好きだな~~
-
約2年間をかけた改装期間を経て、今年7月にオープンしています。耐震補強及び改修工事は、文化的価値を優先し復原しているとのこと。
-
古き良きホテルですね。
-
アップルパイが有名なラウンジです。
-
ラウンジの横から富士屋ホテルの日本庭園に出ることができます。
-
目の前には池。
大きな錦鯉がたくさん泳いでいました。 -
-
庭園内の階段を登ってみます。
-
こちらはカスケードウィング
-
庭園のなかでは水が流れています。
-
-
水が流れ、画になる日本庭園です。
-
こんな石の橋を渡ります。
-
-
-
幸せの鐘
-
水車小屋
-
-
-
-
-
庭園に鳥居がありました。
-
大正12年の関東大震災の時、ホテルは断水状態に。
しかしこの井戸が113名のお客様の食事や洗濯に役立ち、救いの神になりました。
今でもホテルの守り神として大切に祭られています。 -
この水です。
-
庭園から本館に戻り、
-
中を通って、
-
反対側のテラスに出てみました。
正面に見えているのは花御殿。 -
これは西洋館。
お洒落な和洋折衷の建築です。
1,906年(明治39年)の竣工です。 -
広いテラス。
-
クラシックモダンの本館です。
関東大震災の際もガラス一枚割れずに残った本館です。 -
-
全国のクラシックホテルのタグです。
廊下にホテルの歴史の展示がありました。 -
富士屋ホテル創業者である山口 仙之助です。
外国人専用ホテルとして、1878年(明治11年)に創業させました。 -
当時の温泉施設。
-
-
三代目社長の山口正造。
日光金谷ホテルの創業者、金谷善一郎の次男であった正造は、山口家の養子になっています。関東大震災を乗り越え、昭和5年には、正造が夢と力を注ぎ込んだ食堂が完成しています。
食堂のメインダイニングルームは、富士屋ホテルらしさが最も色濃く表れた場所として、現在も訪れるお客様の人気を集めているようです。
名門コースである富士屋ホテル仙石ゴルフコースの開設にも尽力しています。 -
ホテルにあった印刷所。
アルファベットの写植しかないことが、外国人専用のホテルであったことを物語っています。 -
毎日のメニューを印刷していたんですね。
-
なんか懐かしい。
小学校の頃を思い出します。 -
-
-
1,046年7月のディナーのメニューです。
-
花御殿の各部屋には、部屋番号ではなく花の名前が付けられました。
花の画のルームキーは花鍵と呼ばれていました。
このような花御殿は、外国人からフラワーパレスとして親しみを持たれたそうです。 -
今回の改装で新たに生まれ変わったMUSEUMです。
-
このホテルには、
文化庁の登録有形文化財
経済産業省の近代産業遺産
箱根町の重要文化財
箱根町の特定歴史的建造物
に指定された数々の文化財が存在しています。 -
140年の歴史が判るミュージアムです。
-
-
-
-
-
多くの著名人がこのホテルに宿泊しています。
-
ヘレン・ケラー
1937年(昭和12年)
このホテルの花御殿に宿泊しました。 -
1932年(昭和7年)
チャールズ・チャップリン(右)、兄のシドニー(左)と共にこのホテルに宿泊していました。 -
ドイツ人医師のエルヴィン・フォン・ベルツ
ということは、左の女性は妻の花子でしょうか?
1、883年(明治16年)、箱根富士屋ホテルに滞在中、手のあかぎれに悩む女中の為に薬を処方し、後に「ベルツ水」と呼ばれたようです。
マジか?? -
三島由紀夫は、「花御殿」の「ヘリテージルーム菊」に泊まったそうですが、これはジョン・レノンと同じ部屋だそうです。
今、その部屋はルームチャージ1泊18万円だそうです。 -
相対性理論を提唱したアルベルト・アインシュタインも。
-
近代建築の三大巨匠の一人であるフランク・ロイド・ライトも。。
彼の作品の帝国ホテルを明治村で見たことがあります。
彼はココに宿泊して、このホテルの建物をどう感じたんでしょうか? -
三島由紀夫と同じ、「花御殿」の「ヘリテージルーム菊」に宿泊したジョン・レノン。
小野洋子と息子のショーンも一緒だったようです。 -
夏目漱石は、1,915年(大正4年)に宿泊しています。
まだ漱石が朝日新聞の社員だったころですね。 -
ピーター・ドラッカーだ~~~
大学生の頃、よく彼の本を読まされました。 -
明治 大正 昭和 平成
の富士屋ホテルの歴史。 -
-
1,895年(明治28年)に建てられた宮ノ下御用邸。
1,946年(昭和21年)に富士屋ホて打rに払い下げられ、菊華荘となりました。
そのほかにも皇室と富士屋ホテルのゆかりは深く、皇室の方々は富士屋ホテルやゴルフコースを利用されており、多くの写真が掲示されていました。 -
-
創業当時を偲ぶ品々が展示されています。
改修時の様子が映像で紹介されており、新たに発見された経営資料が展示されていました。
実際に具現化されなかった建築計画の資料は面白かったです。 -
FUJIYA HOTEL
のロゴの変遷。 -
-
-
-
-
レジスターブック
つまり宿帳です。
写真のレジスターブックは1,900年~1,907年。 -
全てのレジスターブックは「非常時持ち出し」なんですね。
-
-
-
-
-
3代目社長 山口正造の像です。
日本の観光ホテルの草分けとも言える金谷ホテルに生まれ、富士屋ホテルに婿養子として迎えられ、跡を継ぎました。
髭が凄い~
さあそろそろロビーに戻りましょう。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
県内旅行でまたまた箱根へ
-
前の旅行記
県内旅行でまたまた箱根へ ②富士屋ホテルに車を停めて、チェックインまで宮ノ下を散策。
2020/10/16~
宮ノ下温泉
-
次の旅行記
県内旅行でまたまた箱根へ ④富士屋ホテルへチェックイン~クラシックホテルを満喫!
2020/10/16~
宮ノ下温泉
-
県内旅行でまたまた箱根へ ①美味しいお蕎麦を戴きたくて、小涌谷の蕎麦「貴賓館」へ。
2020/10/16~
小涌谷温泉
-
県内旅行でまたまた箱根へ ②富士屋ホテルに車を停めて、チェックインまで宮ノ下を散策。
2020/10/16~
宮ノ下温泉
-
県内旅行でまたまた箱根へ ③いよいよ富士屋ホテルへ。チェックインまでホテル内をプラプラ。
2020/10/16~
宮ノ下温泉
-
県内旅行でまたまた箱根へ ④富士屋ホテルへチェックイン~クラシックホテルを満喫!
2020/10/16~
宮ノ下温泉
-
県内旅行でまたまた箱根へ ⑤クラシックホテルである富士屋ホテルを満喫しました。
2020/10/16~
宮ノ下温泉
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
宮ノ下温泉(神奈川) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 県内旅行でまたまた箱根へ
0
88