2019/11/12 - 2019/11/18
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五黄の寅さん
コロナ禍に布告された不要不急の外出禁止令による、時間持て余し投稿の第二弾は昨年の2019年11月に出掛けた台湾の記事。
今回の旅の目的は、淡水散策と台北市内のお茶が飲める古い建物の店で烏龍茶を頂く事。
何時もの様に30年来の朋友の陳さん夫妻との会食も予定。
当初の目的は果たしたものの、台湾旅行初の珍事を起こし、帰国便に乗り損ねて3泊4日の旅の筈が、結果5泊6日の長期旅となった。
その顛末も備忘録として残しておきます。
旅程
11月12日 関空から台湾桃園空港へ 桃園空港からリムジンバスで台北市内へ移動
11月13日 台北市内散策 陳さん夫妻と夕食
11月14日 午前 台北市内散策 午後 淡水散策
11月15日 帰国予定 乗り損ねて台北市内
11月16日 友人の行事に参加
11月17日 北投温泉散策
11月18日 帰国
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
その3は、11月14日午前北門から迪化街(てきかがい、ディーホアジェ)を散策した様子です。
旅に出たら良く歩くせいか、普段以上に食事が進みますね(笑) -
MRTの北門駅を降りて地上に出て歩いていると北門が見えて来ます。
台北古城には全部で5つの城門-東門(景福門)、西門(寶成門)、南門(麗門)、小南門(重熙門)、北門(承恩門)があります。 -
これらは清の光緒年代、劉銘傳の主政時期に建造されました。
商人を台北城区内に住まわせて家屋を造り、通りを形成し、城区内の発展を促しました。 -
台北府城北門は、かつてあった台北府城の門のひとつで、台北市内中正区に現存する台北城に5つあった門のうち、清代の様相を現代までとどめる唯一の門です。
現存する他の門とともに国の第一級古蹟として認定されています。 -
門は2階分の高さがあり、城閣は厚い壁に囲まれ、まるで堅固な要塞のような造りになっています。
2階には前後に四角形と円形の窓が取り付けられているのみで、監視や防衛に優れた構造になっています。 -
創建時は東門と同様に外郭があったため「甕城」とも呼ばれ、門の上部には「巖疆鎖鑰」と書かれた横額がありましたが、残念ながら日本統治時代に取り外されました。
現在は建物内に入れませんが、北門の外観を観覧することができます。 -
北門は近年の建設計画で撤去される予定でしたが、文化財保護に対する観念が高まり、北門古蹟として保存されることになりました。
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門の南側の開口部手前には日本統治時代に置かれた水準点も現存しています。
台北古城の北門は承恩門とも呼ばれ、城内から大稻埕一帯へ行くための要路でした。 -
北門の向かいに建つこの建物は日本統治時代に台湾で初めて建てられた郵便局です。
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台北郵便局の前身は、清国時代の台湾巡撫であった劉銘伝氏が創設した百年近い歴史をもつ郵政総局です。
古い城門の北門そばにあるため、「北門郵便局」と呼ばれています。 -
郵便局のはす向かいに立つこの赤レンガ倉庫は三井倉庫です。
ここも日本統治時代の建物でしょうね。 -
さてこちらは、北門の目の前に建つ国立台湾博物館鉄道部の建物。
訪れた2019年は整備工事の真っ最中でしたが、今年の2020年7月に台北に新たな博物館「国立台湾博物館 鉄道部パーク」としてオープンしました。
台湾ではこれまでにも鉄道をテーマにした博物館や資料館などはありましたが、それらに比べて規模が大きく、内容も非常に濃厚なものになっています。
国立台湾博物館 鉄道部パークがあるのは、台北MRT「北門」駅と桃園(空港)MR「台北」駅のちょうど中間地点で徒歩1~3分の所に立地しています。
折角ですから概要をネットから仕入れて記載しておきます。
「庁舎」と呼ばれるメインの建物は赤レンガで、日本統治時代の1914(大正7年)に建設された建築物で、台北市の3級古跡に指定されています。
元々は台湾総督府交通局鉄道部が入居していて、戦後は1993年まで台湾鉄道の総局が入居していました。
そもそもこの場所は、台湾で鉄道が開通した当初から初代台北駅や車庫、工場などがあり、鉄道輸送を支え続けた場所でもあります。 -
国立台湾博物館鉄道部を横目に、古い町並みが残る台北の問屋街、迪化街(てきかがい、ディーホアジェ)を街歩きしましょう。
迪化街では、19世紀中頃の清朝末期、貿易や船荷を扱う商店が街を形成し始めました。 -
清朝は樟脳、日本統治時代には茶葉が台湾の特産品となり、その積出港となっていたのが「大稻埕」。
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この「大稲埕」という地名は、この地の開拓を進めた住民が、水田に空き地を作って、刈り取った稲籾を干し、その大きな空き地を「大稲埕」と呼んだそうです。
20世紀初頭の日本統治時代は、台湾全土から乾物、漢方薬、お茶、布などを扱う商店が集結し、台湾の主要な商業エリアとなりました。 -
通りには、美しいバロック建築の建物が並び、裕福な商人たちはこの街に集結したのです。
戦後になって「迪化街」という地名がつきました。
現在でも台湾一の漢方、乾物、布問屋街としてにぎわう「迪化街」。
特に旧正月前には、歩くのもままならないほど、大変なにぎわいとなります。 -
迪化街に残るバロック様式の重厚な建築物も街歩きの見学ポイント。
赤レンガやアーチ窓、装飾の細かいファサードなど建築美を楽しみましょう。 -
カラスミや漢方を扱う乾物店や、レトロでお洒落な台湾雑貨店、
リノベカフェが集まる人気の観光スポットです。 -
臻味茶苑(ゼンウェイ・チャーユエン)
福山雅治さんが台湾観光局のPVで訪れたお店として有名になったお茶屋さん。
迪化街の歴史を見つめ続けた建物で選び抜かれたお茶を!
http://www.chen-wey.com.tw/ (中国語) -
1851年、基隆から大稻埕(迪化街)にやってきた林藍田がその一族とともに3軒の閩南式街屋を建設し、これらは大稻埕で最も古い商店だと言われています。
100年あまりの時を超え、今残されているのは迪化街一段154号の「勝豐食品行」と156号「林五湖本館」のみ。
上を見上げると、回廊のような造りがそのまま残されています。 -
「臻味茶苑」は「林五湖本館」の建物を借り、お茶屋さんを営んでいます。
「林五湖」とは本名ではなく、林家が営む占いの館の名前。 -
「臻味茶苑」は、「林五湖本館」の建物をできるだけ保っており、迪化街で最近よくみかけるスタイリッシュにリノベーションをするということはしていません。
そのため迪化街で商いを営んでいた家の建物がどのようなものであったかが今でも見られます。 -
迪化街の建物はウナギの寝床のように長く、基本的に手前(第一進)、庭のあるエリア(第二進)、一番奥(第三進)と分けられるのですが、林家は「第一進」を昔から商業用に貸し出していました。
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その昔、治安が悪かった頃、夜は決して門を開けなかったそうで、夜買いにきたお客さんには、門の上にある小さな穴から商品を受け渡し、お金を受け取っていたそうです。
その穴は「臻味茶苑」の門の上にもあるので見逃さないでくださいね。 -
そしてお店を入って左側にある机は昔のレジ台のようなもので、小さな穴が開いています。
この穴に受け取ったお金を入れると下の引き出しに収まる仕組みです。 -
右奥のレンガの組み方が凝っていて、美しいです。
歴史がいっぱい詰まった建物に、昔茶葉を輸出していた時に使用していた箱や陶器も展示してあって雰囲気抜群! -
ちょっと他では体験できない空間で、ゆっくり座り、自分好みのお茶を見つけることができます。
お願いすれば、試飲用の茶を丁寧にいれてもらえます。 -
ネットで調べた写真のお茶の説明を記載しておきます。
まず分山包種
日本茶に近い烏龍茶です。清々しい味わいとほのかに花の香りがします。
しかし、お茶を淹れる湯の温度は通常90度くらい。
上質な文山包種茶は熱湯で入れてもほとんど渋みは感じられません。
東方美人
時の大英帝国女王ヴィクトリアが、アジアのお土産として献上されたこの茶に感動し「オリエンタルビューティー(東方美人)」と名がつきました。
比較的発酵度が高いため紅茶に近いのですが、渋みはなく、甘く爽やかな味わいです。
蜜香紅茶
蜜のような甘い香りと渋みの少ない優しい口当たりを特徴 -
阿里山烏龍茶
清々しい味の中にも奥深い濃厚なお茶の甘さが口に広がり、飲んだ後喉の奥から湧き上がる甘さ「回甘」があります。
梨山烏龍茶
長年に渡り、標高2400mという積る雪の中で採れた高山茶特有の奥深くやさしい甘みが広がり刺激はありません。
冷めると特に甘さを感じます。
この二つを土産に買いました。 -
続いて訪れたのは
豊味果品(ホンウェー・ゴゥーピン)
https://www.fflavour.com/
観光案内書で人気と書いてあったので土産を求めて行ってみました。 -
店頭で販売されているフルーツも、パーラーで扱うフルーツも季節性にこだわっています。
なぜならそれが最もおいしいからフレッシュなものしか扱っていません。
だから残念ながら食べたいフルーツがいつでも食べられるわけではありません。
訪れたその時、その時のおいしいをお楽しみください。
季節性のものですので、実際のメニュー・価格は店頭で確かめて下さい。 -
時間の関係で店内で飲むのはあきらめて土産を購入。
店舗の奥には中庭があり、そちらにはガーデン席も。
また2階は古い船の甲板を利用した木のぬくもり感じるインテリアとなっています。 -
途中で永楽布市場(客家花布)に寄り道
ここは1908年に開設されました。
当時、迪化街は「永楽町」と呼ばれていたため、ここも「公設永楽町食料品小売市場」という名前でした。 -
迪化街の中心地にある永楽市場の2階「永楽布市場」では、客家花布の生地や雑貨などを扱う専門店があります。
迷路のように入り組んだ布問屋の光景はまさに圧巻。 -
チャイナドレス用の布が数限りなくあり、色・柄など様々。
好みの布を購入し、それを持って3Fへ行けば縫製屋がズラリ。
自分の作りたいイメージと合うお店で裁縫してもらえば、自分だけのオリジナルチャイナ服の完成。 -
永楽市場を出てMRTの駅に向かいましょう。
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通りすがりに気になった建物が見えたので帰国して調べてみました。
台湾産のコーヒーが飲めるカフェ「森高砂咖啡」です。
建物は周りの古い建物に配慮してデザインしたそうで、歴史のある建物では無いです。
台湾にあるコーヒーの木はもともと日本統治時代に日本人が植えたのが最初で、その頃から原住民の方々はコーヒー栽培の貴重な労働力だったといいます。
今でも台湾コーヒー農園では原住民の力が欠かせないので、彼らに敬意を込めて「高砂」の名前を取っているそうです。 -
森高砂珈琲店の前を通り過ぎると遺跡の様な物がありました。
こちらは円環と言い、その歴史を解説しましょう。
日本統治時代の1908年(明治41年)、大通りが交差する地点に形成された円形の小型公園で、円公園と呼びました。
その後淡水線開通に伴い大稲埕地区の中心地として屋台街が形成されました。 -
解説パネルの右上の写真が屋台街の様子を写したもので、1980年代までは台北市のランドマークとされた。
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2016年7月に管理が台北市政府に移って以降、建物の取り壊しが行われ、建設の過程で再発見された、戦時中の防空貯水池の跡も公園の一部として保存されています。
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2017年7月に緑地や噴水のある公園に生まれ変わり現在の姿に整備されました。
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この後中山駅からMRTで淡水に向かいます。
淡水散策の様子は旅行記4でどうぞ。
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