2002/02/28 - 2002/03/04
3563位(同エリア4299件中)
まさとしさん
アフリカ北部のマグレブ諸国とイタリアを回る。
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2002年2月に北アフリカのマグレブと呼ばれるモロッコ、アルジェリア、チュニジアを旅したときの写真と旅行内容を紹介します。
最初の目的地モロッコへのフライトはアリタリア航空だったが、共同運行便ということで行きの便は経由地のミラノまでの往路のみ日本航空利用となった。機内はパーソナルテレビ付きで機材も新しくかなり快適だ。日本航空の最大の魅力は映画やオーディオを日本語で鑑賞できることだ。今まで日本から欧州へのダイレクト便はイスタンブールとモスクワだけで本格的なヨーロッパへのダイレクトフライトはこれが初めてだ。いつも東南アジア経由だった。
ダイレクトでミラノまで13時間。何となくヨーロッパに到着したのが信じられない気分でまだ東南アジアの空港で乗り継ぎを待つ気分だ。ミラノ・マルペンサ空港はそれほど免税店も充実しておらず意外だった。ここでEU諸国に移動する人は入国審査を受けることになる。ほとんどの人が別のターミナルに行ってしまったので日本人はほとんどいなくなってしまった。カサブランカ便への乗り継ぎは2時間ほどで搭乗口に行くと日本人の団体が乗り込んでいた。しかし個人旅行者は僕一人のようだ。アリタリア航空はおそらくモロッコへの最短ルートの一つ。かなり贅沢なフライトだ。
カサブランカには30分ほど遅れて23時前に到着した。調子のいい入国審査官に「こんにちわ、ハッハッハッ」とわめかれ、アラブ的な懐かしさを感じながら到着ロビーに出た。もうタクシーしかないだろうと思っていたが、一応案内所でバスかなんかないか聞いてみることにした。すると23時30分に最終の電車があるとのことだ。助かった。地球の歩き方によると22時30分で電車は終わり、タクシーで2000円ぐらい出さないと市内に行けないような事が書かれていたので諦めていたのだが、案内所で聞いて正解だった。
30分ほどでカサ・ボワイヤジュール駅に到着した。到着したとき寂しい駅だったので気づかなかった。とりあえず駅前に出た。そこにはタクシー運転手がたむろしていて駅前の安いホテルに行こうとすると「あそこは200DH(ディラハム)もするから150DHのいい宿を紹介するぞ。」と声をかけてきた。でも実際駅前の宿に行ってみると値段は60DH(704円)だった。シャワー代は別に5DH。モロッコの平均的な安宿だ。 -
写真は宿泊した駅前の安宿「HOTEL TERMINUS」。
翌日は朝からアルジェリアの情報収集のため、結構遠いが歩いて新市街へ向かった。カサブランカはトルコ並みの生活水準で町並みの雰囲気はカイロといった感じで中心部は立派な建物が目につく。しかし交通量はそれほど多くなく、大都会と呼ぶには少し物足りない。中心部の旅行代理店でアルジェリアにバスで行きたいというと「国境は閉まっているので飛行機でしか行けない」と早速言われてしまった。数件旅行代理店を回ってみたがすべて国境は閉まっているとの答えが返ってくる。さすがに国境まで確認に行ってみようという気はなくなってしまった。この時点で完全に陸路でアルジェへ向かうという計画は諦めてしまった。
カサブランカからアルジェまでの航空券は税込みで1918DH(22470円)。ノーマル運賃であることを考えると思ったほど高くはない。陸路で行くリスク(リスクが楽しく思い出にも残るのだが)や案外高いモロッコの交通費を考えると迷いはなくなってしまった。出発は3日後。とりあえず丸2日モロッコに滞在できるようになったのでマラケシュに行くことにした。 -
写真はカサブランカ・ボワイヤジュール駅
11時35分にマラケシュ行きの列車があり、急いでホテルへ戻ることにした。かなり遠く途中でタクシーを拾った。料金は4DH。5DH渡したら釣りをよこさずフランス語でわめきだした。わけがわからん。これだからタクシーには乗りたくないのだ。1DH(11円)くらいやるけど。
一度駅に行ってマラケシュまでの鉄道のチケットを買い、ホテルへ荷物を取りに向かった。
さて出発。 -
モロッコの鉄道の時間は正確だ。マラケシュまでの3時間、車内はそれほど込んでおらず、車両はフランス国鉄の中古で、少し埃っぽいが快適な移動になった。マラケシュまで電化されているのもすごい。モロッコの鉄道に関しては先進国水準だ。
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マラケシュで滞在した宿。マラケシュどの宿も壁一面がモザイク。中庭があり雰囲気はいい。しかし安い宿は部屋が狭く通気性が良くない。
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アル・マンスール・モスク。
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ホブ門(手前)と向こうに見えるのが旧市街への入り口であるアグノウ門。
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マラケシュの女学生たち。イスラム今日のモロッコでもモロッコは案外西洋的だ。
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皮なめし職人地区に行ってみた。街中が迷路のメディナでは辿り着くのが大変だ。道に迷うことはまずない僕だが、まともな地図がないので案の定現在地がわからなくなってしまった。気づいたときには全く違う方向へ歩いていた。人に聞けば簡単かもしれないが、聞く人を間違うと案内されバクシーシを要求されてしまう。聞いている場所を見られても困る。とにかく僕が皮なめし職人地区を目指しているということがバレないようにしなければならない。目的地に近づくにつれ、皮なめし屋の案内人が声をかけてくる。かなりうっとおしいので金は払わないぞと念を押して一人の男について行くことにした。
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街の臭いで近くに目的の場所があることが感じられる。ある一軒の家の裏に回ると皮を加工している風景が広がっていた。一通り見学して帰り際、予想通り金を要求してきた。とりあえず10DH位払うのは覚悟していたので黙って渡すことにした。少ないとかと言っているが相手にしているとキリがない。
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フナ広場に戻った。モロッコのすべてがこの広場に詰まっていると言われる有名な場所だ。フナ広場を見下ろすテラスでチャイを飲みながら広場を眺めることにした。騒がしさは延々と続く。大道芸人もバカ騒ぎ。なんかよくわからない場所だ。
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夕方フナ広場の屋台で食事をとることにした。メニューがちゃんとあり、明朗会計で頼んだのに出てこない事はあるが頼んでもないモノが出てくることは絶対ない。しかし客引きはすさまじく、一帯に怪しい日本語が飛び交う。結局3軒の屋台で食いまくり、満腹。
翌日、日曜の朝。マラケシュは昨夜の騒ぎでゴミが散乱し、人はまばらで野良犬が徘徊している。8時前にバスで駅に向かった。列車は9時発で出発間際には車内は超満員になってしまった。列車はモダンだが車窓の風景は荒野で羊を飼う遊牧民のテントなど都市部とのコントラストが激しい。 -
3時間でカサブランカに到着。新市街やメディナへのバスを探していると乗り合いタクシーが止まった。料金はバスと同じらしい。新市街の市場の前で降り、空港バス乗り場近くの安宿に泊まることにした。今回の宿はお湯ががんがん出て快適だ。
カサブランカで滞在した宿。HOTEL MON REVE1泊65DH(725円)
翌朝の7時50分のフライトでアルジェへ向かう。6時15分発の列車で行くと空港に到着するのは6時53分だ。モロッコの列車は正確だが、結構きわどい。駅まで歩いていくリスクを考えるとホテルのすぐ近くから出発する空港バスを使うのが無難のようだ。まだ夜明け前の早朝5時前にバス乗り場に向かった。野犬の足音が気になって仕方ない。こんな状況で駅まで歩いていくのは不可能だ。バスにして正解だった。バスは5時に出発。出発してから30分あまり海岸沿いのホテルを回り、その後高速道路を利用して空港へと向かった。
結果としてバスで来たのは大正解だった。モロッコの空港は一見モダンだが、途上国らしい要領の悪さにつけて、ロイヤルエアモロッコはアフリカ路線すべてを扱うチェックインカウンターが一つしかなく、アルジェ行き以外の客も殺到して大混乱だ。その後カウンターは増えてきたが、30分待たされてしまった。出国審査も大量の客(ヨーロッパへ帰る欧米人)がいてなかなか進まない。一人一人に時間がかかり、次々に審査場に人が入ってくる。もう列がどうなっているのかワケがわからない。結局空港に到着してから免税店に行くまで1時間以上かかってしまった。電車で来ていたら絶対間に合わなかった。やはり2時間以上前に到着するのは大原則だ。 -
ロイヤルエアモロッコでアルジェリアの首都アルジェへ向かう。
アルジェへのフライトは主要1時間45分。機内は超満員だ。朝食を食べてしばらくするとアルジェに着陸態勢に入った。眼下には近代的なハイウェイや集合住宅が広がっていて交通量も多い。やがて空港に着陸、バスでターミナルビルに向かった。ターミナルビルは8年の内戦の影響か少しくたびれていて、中は薄暗い。カサブランカが近代的すぎたからそう感じる。
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