2020/09/18 - 2020/09/19
119位(同エリア286件中)
トンガリキさん
- トンガリキさんTOP
- 旅行記562冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 807,534アクセス
- フォロワー71人
このシルバーウィークの4連休に長崎北部の対馬・壱岐・平戸・外海を巡ってきました。前半の壱岐・対馬は神社めぐり、後半の平戸・外海はカトリック教会めぐりのテーマで旅をしてきました。
対馬は約30年ぶりの訪問でしたが、韓国からの観光客が現在は皆無のため、島全体がとても静かで以前とそんなに変わらないような雰囲気でした。島内はレンタカーで周りましたが、城山城跡からの浅茅湾の絶景や島内に数多くある神社をめぐり、静かな対馬を満喫してきました。
9/18(金) 新大阪→(新幹線)→博多→夜行フェリー
9/19(土) 対馬(金田城跡→和多都美神社→烏帽子岳展望台→住吉神社→厳原八幡宮→万松院→小茂田濱神社→椎根石屋根倉庫群)
9/20(日) 対馬→(ジェットフォイル)→壱岐(郷ノ浦→島内観光→印通寺港)
9/21(月) 壱岐(印通寺港)→唐津港→(レンタカー)→平戸→生月島→九十九島
9/22(火) 九十九島→佐世保(展海峰展望台)→外海(教会めぐり)→長崎空港→関空
-
新幹線で博多駅に夜の11時前に到着し、博多港までバスで行く予定でしたが、バス乗り場がわからず最終便に乗れませんでした。結局、タクシーでフェリー乗り場に向かい、夜中の12時5分発の対馬行きに乗り込みます。
-
ゆっくりしたかったので、1等客室を選択。4人部屋で先客が一人いたので相部屋でした。玄関の非常灯が明るくて、アイマスクと耳栓を持ってきていなかったので、あまり寝れませんでした。
-
壱岐を経由して未明の5時前に対馬に到着。この時間に下船せずに7時までは客室にいる事ができます。その間は下船できませんが。
-
港を出るとハングルの看板が出迎えてくれます。昨年までは対馬には韓国からの観光客がわんさかと訪れていましたが今や誰一人おりません。7時より営業している港近くのレンタカーを借りて、まずは金田城跡に向かいます。
-
金田城跡へは細い一本道。
-
登り口の駐車場には先客がいましたが何とか滑り込みセーフでした。ここから頂上までは歩いて1時間くらいです。
-
浅茅湾の入り江の一つの黒瀬湾を見張らせる場所まで登って来ました。
-
飛鳥時代に建造された石塁が見えてきました。東南角石塁です。。白村江の戦いで敗れた後、防御のために西日本の各地に山城が築かれました。その最前線が対馬の金田城で、山の中腹を総延長2.2kmの石塁が取り囲んでいます。
-
東南角石塁。
-
東南角石塁。
-
少し歩くと別の金田城跡の石塁があり、こちらは南西部石塁です。
-
明治時代に頂上近くに城山砲台が築かれたため、軍のアクセスとして馬車道が整備されており、歩きやすい登山道が続いています。
-
頂上の手前に戦跡がいくつか残されています。
-
明治時代の砲台跡。
-
この戦跡の裏手からは浅茅湾の絶景が広がっています。
-
そこから頂上までは少し険しい登山道を5分ほど登ります。
-
城山の頂上に到着しました。
-
ここからの眺めは絶景の一言! 浅茅湾の大パノラマを眼下に見渡すことができます。
-
浅茅湾の絶景。
-
浅茅湾の絶景。
-
浅茅湾の絶景。
-
南側には白嶽が見えます。城山の頂上から下山し、和多都美神社に向かいます。
-
和多都美神社に到着。厳島神社のように鳥居が海中にそびえています。しかし、9月初めの台風10号の被害で海中の鳥居の一つが倒壊してしまいました。
-
和多都美神社は式内社で古くから竜宮伝説が伝えられており、海神である豊玉彦命の娘の豊玉姫命(とよたまひめのみこと)と海幸山幸伝説の山幸にあたる彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)が祭られています。
-
和多都美神社の鳥居。
-
海中にそびえる和多都美神社の鳥居。この鳥居は沖から二つ目の鳥居ですが、一つ目の鳥居は倒壊してしまいました。
-
和多都美神社の海中にそびえ立つ鳥居。
-
台風10号の影響で倒壊した一の鳥居。
-
和多都美神社の三の鳥居。
-
和多都美神社。沖から四つ目の鳥居です。
-
和多都美神社。
-
本殿前の5つ目の鳥居。
-
一直線に鳥居が立ち並んでいます。
-
和多都美神社本殿。
-
本殿の脇には御神木がそびえています。
-
この御神木は龍のように地を這っています。
-
本殿の奥には祭神の豊玉姫命の墳墓があります。
-
豊玉姫命の墳墓。
-
和多都美神社を出発し、すぐ近くの烏帽子岳展望台に向かいます。ここからは浅茅湾の絶景を眺めることができます。
-
車で厳原に向かう途中に、鴨居瀬の住吉神社に立ち寄ります。こちらも式内社で、祭神は彦波瀲武鵜草葺不合尊(ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト)で豊玉姫の御子です。
-
住吉神社の鳥居。
-
鴨居瀬の住吉神社は海に面して鳥居が建てられています。
-
海がとてもきれい。
-
次は阿麻氐留神社。あまてると呼びます。幹線道路沿いに建てられており、階段を上がった所に本殿がある小さな神社ですが式内社です。祭神は天日神(アメノヒノミタマ)。
-
支那事変の皇軍記念碑が残されていました。
-
阿麻氐留神社の本殿。
-
阿麻氐留神社の参道の階段からの風景。
-
万関橋。対馬を上島と下島を分ける海峡に建てられた橋です。日露戦争前に日本海軍が艦船を通すために人工に造られた水道に架けられました。この橋は三代目だそうです。
-
万関瀬戸。
-
昼食は厳原の手前にあるジビエレストランの猪鹿鳥でいただきました。ランチタイムは14時までですが、終了の10分前に到着しギリギリセーフ。レンタカーを借りた時に事務の韓国人の女性に紹介してもらいました。
-
ランチタイムはイノシシ肉のランチをいただきました。このボリュームで何と1人800円!ちなみにこれは2人前です。お得すぎ!
-
臭みもなく軟らかくて、ものすごく美味しい!お腹いっぱいで、幸せな気分になりました。
-
3時頃に厳原に到着。厳原の街中には武家屋敷跡の特徴的な石垣が数多く残されています。
-
この石垣は幹線道路沿いに建てられていますが、真新しいので復元されたものでしょう。
-
道路工事の看板が日本語とハングル併記なのは土地柄です。とは言え、韓国人観光客は皆無ですが。
-
八幡宮神社に向かいます。
-
鳥居をくぐると新旧の階段が隣り合わせに続いています。
-
八幡宮の灯籠群。
-
八幡宮の摂社の今宮若宮神社。
-
今宮若宮神社は小西行長の長女であるキリスト教徒の小西夫人マリアが御祭神として祀られています。
-
八幡宮神社。
-
八幡宮神社の本殿。
-
瓦には宗氏の家紋が描かれています。
-
万松院に向かう途中にある金石城跡。
-
万松院。対馬藩主宗家の菩提寺であり、宗家の墓所は毛利家、前田家と並び日本三大墓所に数えられます。
-
万松院。天台宗の寺院です。
-
この階段を上がった所に宗家の墓所があります。
-
宗家墓所へ続く階段。
-
宗家墓所。
-
宗家墓所。
-
階段の脇にそびえ立つ巨木。
-
灯籠と巨木。
-
宗家墓所の巨木。樹齢400年はあるそうです。
-
宗家墓所の巨木。
-
宗家墓所。
-
宗家墓所。
-
厳原を4時ころ出発し、西岸の小茂田濱神社に向かいます。近くの浜が元寇の古戦場です。
-
対馬の守護代の宗助国。元寇襲来時に果敢に戦いましたが全員玉砕したそうです。
-
小茂田濱神社の本殿。宗助国が祭神です。
-
元寇の古戦場の小茂田浜。
-
小茂田浜から近くの椎根の石屋根群に向かいます。川沿いに開けた地区に石屋根を擁した倉庫が建ち並んでいます。
-
田んぼの向こうに建てられた石屋根倉庫。
-
椎根の石屋根倉庫。板状の石材が葺かれた高床式の倉庫です。
-
倉庫の棟には平板の石材が何層も積み上げられています。
-
椎根川沿いに建てられた石屋根倉庫群。石屋根倉庫は数少なくなってきており、瓦屋根の倉庫に取って変わられています。それでも、何棟もの石屋根倉庫が建ち並ぶ様は非常に興味深かったです。
-
椎根の石屋根倉庫。
-
石屋根倉庫と瓦屋根の倉庫。
-
石屋根倉庫と瓦屋根の倉庫。
-
建ち並ぶ倉庫の一角。
-
こちらの倉庫の石屋根は石材の切れ端を集めて葺かれています。
-
石材の切れ端を集めて葺かれた石屋根倉庫。
-
5時半ころに厳原に戻り、先に東横インにチェックインしてからレンタカーを返却し、歩いて中心部に戻ってきました。
-
宿泊した東横イン。夕飯は有名どころの千両に行きたかったのですが生憎の満席で、歩くのも疲れたので、ホテルの前のモスバーガーで軽い夕食にしました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
対馬(長崎) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 長崎北部の旅
0
93