2019/06/16 - 2019/06/20
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タヌキを連れた布袋(ほてい)さん
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「オルフェウスは,トラキア王と音楽の女神の一人カリオペーの間に生まれました。音楽の神アポロンが彼に竪琴を与え,音楽の女神達が,彼に演奏を教えたので,やがて,ギリシャで一番の詩人で音楽家となりました。彼が竪琴を弾きながら歌うと,人々はもちろんのこと,猛々しい猛獣や足元の雑草でさえその音色に聞き入ったといいます。」
沼澤茂美・脇屋奈々代著「美しい星座絵でたどる 四季の星座神話」(誠文堂新光社)より
「彼は森の木の妖精エウリュディケと深く愛し合い結婚をしたが,幸福の時はあまりにもはかなかった。婚礼の歌がまだ消え去らぬうちに死が美しい花嫁を奪い去った。エウリュディケは毒蛇に足を噛まれて,またたくまに死んでしまったのである。
オルペウスの悲しみはたとえようもなかった。悲嘆の歌は四方に溢れ,野も山も泣き叫んだ。鳥たちは声をからし,花々は花弁の涙を落した。
『エウリュディケ,エウリュディケ,お前はどこへ行ってしまったのだ』
諦めきれないオルペウスは,身の毛もよだつ黄泉の国まで行き,冥府の王に哀願してエウリュディケを返してもらおうと決心した。
ペロポネソス半島が地中海に足を突き出すその最南端にタイナロン岬がある。このあたりの岩陵は洞穴が多く,そこから地界への道が通じていると考えられていた。
オルペウスは冥府の門をくぐり抜け,漆黒の隧道を下り,地界の王ハデスの館を取り囲む五つの川のどれかを渡って死者の地へたどりついたことだろう。周囲には実体のない蒸気のような亡者たちがゆらゆらとゆらめき動いている。魂を凍らすほどの冷たさ,無明の闇,声こそ聞こえなかったが,漂う空気にはなにやら名状しがたい怨嗟の気配が立ち籠っている。
彼はなおも奥深く進んだ。最深部はタルタロスと呼ばれる地域で,地上の極悪人たち,たとえばシシュポス,タンタロス,イクシオンなどが,無限に続く刑罰を受けているところだ。
どうして生身のオルペウスがここまで降り進むことができたのか。
それは彼の奏でる竪琴と彼の唄う歌声が冥府の番人たちを感動させたからにほかならない。地獄の番犬ケルベロスも,美しい音色に魅せられて凶暴な唸り声を発するのを忘れたほどであった。
オルペウスはハデスの前に進み出て,
『どうか私の妻を地上に戻してください』
と,涙ながらに願い出た。
冥府の王もその妻ペルセポネも,オルペウスの歌におおいに心を動かされていたから,
『よかろう。特別のはからいで返してやろう。だが,よいな,太陽の光を仰ぐその時までけっして汝の妻のほうへ振り返ってはいけないぞ。これが掟じゃ』
そう告げて,エウリュディケの手をオルペウスに握らせた。
オルペウスの喜びはどれほどであったか。
彼は妻の手を引いて冥府の道を引き返した。
だが道のりは長い。周囲は墨のごとき闇。心細さが少しずつ胸のうちに募って来る。
本当にうしろからついて来るのは,エウリュディケなのだろうか。
もしやハデスが欺したのではあるまいか。
ああ,妻の手の感触はなんと頼りないのだろう。なんと冷たいのだろう。どんな姿でいるのだろうか。さぞかし痩せ衰えて情けない様子になっていることだろう。
疑念はあやしい雲のように彼の心に湧き立ち,なつかしさがひしひしと胸を締めつけた。
彼は耳を澄ました。
せめてエウリュディケのため息くらい聞こえないものか。せめて衣ずれの音だけでも聞こえないものか。
だが,それもない。
『エウリュディケ』
呼んでみても返事はない。
不安は極限にまで達した。一目妻の姿を見たいという願望が彼の理性を狂わせた。
もう我慢できない。
オルペウスはちらりと振り向いた。
エウリュディケはそこにいた。
だが,彼が一瞬垣間見たものは,妻のこの上なく悲しげな表情であった。
たちまち姿は薄くなり,ふらふらと地の底へ落ちて行く。
『待ってくれ。エウリュディケ。待ってくれ』
オルペウスは必死に腕を伸ばして,落ちて行く妻の手を求めたが,なんの甲斐もなかった。
『さよなら。オルペウス』
悲痛な声は次第にかぼそくなり,闇の底に消えてしまった。
オルペウスは悲嘆と驚愕のあまりしばらくは立ちすくんでいたが,もう一度気を取り戻して地の底へ向った。
『頼む。川を渡らせてくれ』
冥府の川の渡し守に頼んだが,今度は応じてくれない。
オルペウスは川のほとりに腰を落し,七日七晩飲みもせず食べもせずに泣き続けた。
黄泉の国は寂(せき)として答えるものもない。神々のあわれみを得られず彼は仕方なくトラキア地方の深い山の奥にまで赴いて姿を隠した。
ただ妻の面影だけを求めて来る日も来る日も時を潰したことだろう。日ごと夜ごとに歌を唄い,竪琴を奏で,美しい調べを亡き妻に捧げたことだろう。
妻以外の女など眼中になかった。
歌声に引かれてオルペウスの気を引こうとする娘やニンフたちもいたが,オルペウスの仕打ちはつれなかった。
トラキアの女たちは,この女嫌いの男をこころよしとせず,ディオニュソスの祭の夜に酒に酔い,その勢いで,
『あそこに私たちを馬鹿にした男がいる。許せないわ』
口々に罵って石を投げつけた。
多勢に無勢,相手が女でもとても抗し得るものではない。それともオルペウスはもう生きることに飽きていたのかもしれない。
一つの石が彼のこめかみに命中し,彼は倒れた。魂はすぐさま彼の体を離れ,まっしぐらに冥府への道を下った。今度は渡し守も舟を出してくれたにちがいない。オルペウスは地の底でふたたびエウリュディケとめぐりあい,そこに念願の愛の巣を作ったことだろう。
地上に残されたオルペウスの死体は,凶暴な女たちの手で八つ裂きにされたが,首と竪琴とは付近を流れるへブロス川(引用者註:プロヴディフを流れるマリツァ川のこと)が拾いあげ,海へ流し,やがてレスボスの島にまで運ばれて,この地で手あつく葬られたと言う。」
阿刀田高著「ギリシア神話を知っていますか」(新潮文庫1984)より
「音楽の神アポロンは,オルフェウスを哀れに思い,彼に贈った竪琴を空に上げ,こと座にしたのだといいます。」
前出「四季の星座神話」より
「19世紀も終わりに近づくと,オペレッタはオーストリア・ウィーンのヨハン・シュトラウスなどによって引き継がれ,20世紀に入ってドイツ・ベルリンなどでも発展した。しかもそれにとどまらず,このジャンルは世界中で上演されるようになり,遠い極東の地である日本でも受け入れられた。そのなかでも特に有名な『地獄のオルフェウス』は,日本では『天国と地獄』と呼ばれて1910年代(大正時代)から親しまれ続けている。この作品のフィナーレを盛り上げる有名な『フレンチ・カンカン』は,日本でコマーシャルや運動会で使われる定番の音楽でもあり,いまもなお日本人の多くが懐かしさを感じる楽曲だろう。」
森佳子著「オペレッタの幕開け オッフェンバックと日本近代」(青弓社)より
プロヴディフ逍遥その1
https://4travel.jp/travelogue/11644383
ヴェリコ・タルノヴォ逍遥その1
https://4travel.jp/travelogue/11645263
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
プロヴディフ旧市街の街歩きは,中央広場から始まった。
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中央広場から北へ向かうと,旧市街エリアになる。
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旧市街は住民以外の自動車の乗り入れが制限されているようだ。
自動車の往来は少なく,街歩きにはとても良い環境が維持されている。 -
通りがかりの青果の露店で売られていた桜桃。
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オフリド(マケドニア)を訪れたあとにプロヴディフに来ると,両者の街並みの共通性に驚く。
19世紀の民族復興運動(ブルガリア・ルネサンス)の爆発的な力を感じる。
民族復興運動のさなか,1877-78年の露土戦争後のベルリン会議では,成立したはずの大ブルガリア公国はブルガリア公国(ソフィア,ヴェリコ・タルノヴォとその周辺地域),マケドニア(オスマン帝国に残留),東ルメリ自治州(プロヴィディフを中心とした自治州)に分割されてしまう。しかし,そんな政治的動向とは裏腹に,プロヴディフで開花した独特の建築様式はオフリドなど他の地域へ燎原の火のように拡がっていったに違いない。「ルネサンス」と称される所以(ゆえん)であろう。 -
ローマ劇場跡を覗いてみたら,イベントで設営した観覧席の取り外し作業で忙しそうだった。
旧跡を可能な範囲で現役利用しようとする試みには大いに賛成だ。 -
素朴で美しい。
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この曲線が特徴的なのだが,これはブルガリアとマケドニアに限らず,他のバルカンの街でもでちらほら見かけることがあった。
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プロヴディフの「聖処女教会」。
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真新しいイコン画があった。「印(みしるし)の生神女(聖母)Platytera」と呼ばれる構図だ。
正対した聖母が天に向かって両手を広げる型は「オランテ(祈り)」といわれる。
背景は描かれず,「神の母」を意味する「MP ΘY」のモノグラムが見える。
そして,聖母の胎内をあらわすメダリオンの中に,幼子イイスス・ハリストス(イエス・キリスト)と「IC XC」のモノグラムが描かれている。 -
リムスキ・スタディオン広場のほうへ下りていく。
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中心部は,ローマ時代の遺跡と現在の商業施設,観光施設が混然一体となった街づくりになっている。うまい。
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そしてジュマヤ・ジャーミヤ。
オスマン時代のプロヴディフは,このモスク(ジャーミイ)を街の中心としていた。 -
内部を見学させてもらった。拝観料なし。寄付箱を探したが見つからず。
モスクの外縁にあるカフェは客がたくさん入って盛況なのに,モスクの中には人が誰もいなかった(たまたまかもしれないが)。
9つのドームを持つモスクである。ムラト2世のときに建立されたということは,まだコンスタンティノポリス(イスタンブール)に東ローマ帝国が存在していた時代のものということになる。
内部の修復・維持の状態は良好。
プロヴディフといえば,どうしても「ブルガリアの民族文化」のほうに目と頭が向いてしまう。ここまで大規模な歴史的モスクがあるということに,少し意表を突かれた。
しかし考えてみれば,国境を挟んでいるとはいえ,ここからエディルネまで200km足らずだ。破壊さえ免れていれば,あること自体は不思議ではないというべきか。
現役のモスクなのでいつでも見学できるとは限らないが,ここはおすすめ。 -
プロヴディフでは,街路の植込みにバラが咲いている。
-
バラ産業はブルガリアにとって重要なドル箱だ。「世界一」のブランド力は簡単には揺らがないだろう。
個人的には,バラで香水やコスメを作るより,飲み水やお菓子の香りづけに気前よくローズウォーターを使い,バラの香りをどんどんと身体の中に取り込んでいくイラン人のやりかたも雅びでいいなと思う。
ローズオイルが儲かることに目をつけ,近年,いくつかの国がダマスクローズの生産を伸ばしているらしい。そのひとつが中国だ。
バラの原産地はチベットとか雲南省とか諸説あるようだが,中国でバラの産地といえばシルクロード,つまり新彊ウイグル自治区のイメージである。
その生産高が急増しているとして‥‥だれが作っているのだろう? 大騒ぎになっている「新彊綿」とか「トマト缶」のようなことにならなければよいのだが。 -
ちょっと一休みしたいと思ったが,リムスキ・スタディオン広場周辺のカフェなどはさすがにツーリスト価格。
自販機カフェを利用することにしよう。 -
メニューの中に「スメタナ入りコーヒー(Кафе със сметана)」というのを見つけて,ちょっと首をかしげる。
スメタナというと生クリームを乳酸発酵させたものだから,サワークリームと同類のものだ。違いは何かというと,スメタナのほうが乳脂肪分が比較的少なく,形状もゆるいという感じだ。しかし,今やサワークリームも色々な乳脂率の商品が売り出されているので,この境界はやや曖昧である。
旅をしていての印象では,地理的にロシアに近づきロシア系の住民が増えるにつれて(あるいは気候が冷涼になるにつれて)「スメタナ」が増えていくような気がする。
それでは,ブルガリア人はコーヒーにサワークリームをぶち込むのか? いやいや,今までそんな文化に出会ったことはない。ましてや,これは自販機のメニューである。
たぶん,ブルガリアで「スメタナ」は単にクリームのことを指すのであろう。
もうひとつ面白かったのが,このカップ式自動販売機で「紙コップ」だけを買うボタンがあるということだ。何のためにコップだけを買うのだろうか。
①猫舌の人が,飲みものを冷ますため。飲みものを2つのカップに交互に移して温度を下げる(インドのチャイ方式)。
②ひとつの商品を複数の人間で分けあうため。
‥‥これくらいしか考えつかないが,真相はどうなのだろう。
上記の自販機カフェのメニューと価格は以下のとおり。
(1BGN=約65円)
エスプレッソ 0.50
エスプレッソ・ルンゴ 0.50
スメタナ入りコーヒー 0.60
カプチーノ 0.70
モカチーノ 0.70
ネスカフェ 0.40
ミルク入りネスカフェ 0.50
ネスカフェ 3in1 0.60
スメタナ入りコーヒー(カフェインレス) 0.50
カプチーノ(カフェインレス) 0.50
ホットチョコレート 0.50
ミルクココア 0.60
チャイ 0.40
紙コップ 0.10
ホットミルク 0.50 -
自販機なのに,悪くないエスプレッソだった(値段は40円弱)。
エスプレッソができあがると,自販機の中で,最後にカップの中にコロンとマドラーが落ちてくる。
どうしてそんな小ワザを使うのかというと,このエスプレッソのカップの底には相当量の「砂糖」が溶けずに沈んでいるからだ。それを溶かすにはマドラーで攪拌しなればならない。
日本のカップ式自販機で砂糖入りのコーヒーを買った場合,機械が自動で攪拌してくれる。撹拌器は都度洗浄され,衛生面は申し分ない。さすがニッポンの技術。
ところが私は,エスプレッソの砂糖については「入れるけど混ぜて溶かさない」派なので,実はこの安っぽいブルガリア方式(自販機自体はフランス製かも)のほうがありがたい。
いやいや,別に日本の自販機にケチをつけるわけではない。世の中にはそういう変なやつもいるのだ。 -
通りがかりの食肉加工会社のトラック。ユーモラスな絵が楽しい。
Свежо и вкусно!(新鮮でおいしい!) -
プロヴディフは文化都市なので,街なかで伝統芸能のイベントの案内をいくつも見かける。
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同前。
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陽が高くなり,かなり暑くなってきた。
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通行人が次々と,水呑み場に立ち寄っていく。
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涼しい日陰を求めて,中央広場の西隣にある「シメオン王の庭園Цар симеонотвата градина」(自由公園)へ行ってみる。
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凝った造りの噴水がいくつもあり,今の季節にはうってつけの公園だ。
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こちらは別の噴水。
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その上部の彫像。
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広いプールのような人工池もあるが,
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遊泳は禁止されている。
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長い時間を過ごしても倦むことのない素晴らしい公園だった。
入場料とか世知辛いものはなく,プロヴディフの市民が毎日ここで日常の時間を過ごしているようだった。
都市の中に美しく快適な公園を造り,それを維持し,使いこなす能力に関しては,ヨーロッパ人の優秀さを認めないわけにはいかない。比肩しうる都市部の公共公園が日本にどれだけあるだろうか。 -
公園からぶらぶら歩いて,
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とあるショッピングモール(「Mall Markovo Tepe」)に行き当たった。
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ここのフードコートで遅い昼食。
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トラキア風チキン。
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ムサカのヨーグルトがけ。
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そしてカシュカバル(黄チーズ)のパン粉揚げ。
どれも安定の味。 -
モールの中で日本語が目に入ったと思ったら,例の英国発のブランドショップだった。
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さらに宿のほうへ歩いて戻ると,
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一軒の中華料理店を見かけた。
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ただし,客が入っていたのは店先にあるスカラ(グリル)小屋のほうだった。
メニューに「Пържола(ピルジョラ)」というのが見える。骨付き肉をグリルしたものだ。これはアルバニアで見た「Berxolle」(ベルゾーレ)と同系の単語だろうか。 -
スカラ屋のメニューは,立て看板に載っているケバプチェやキョフテ,シシチェ(串焼き)のほかに,カルナチェКарначеという長いソーセージ(しばしば渦巻き型になる),ナデニツァНаденицаという短いあらびきソーセージなどが定番だ。
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☆ソフィアからのバス(頻発)は「プロヴディフ駅」前に到着する。プロヴディフ市内には鉄道駅がいくつもあるので注意。
☆市内バスはそれなりに便利で,路線図もきちんと掲示されている。運賃は車掌に現金で支払えばOK。
☆プロヴディフ駅の近くにアフトガーラ・ロドピとアフロガーラ・ユクが,フィリポヴォ駅の近くにアフトガーラ・セヴェルがある。プロヴディフからスタラ・ザゴラ経由でヴェリコ・タルノヴォへ行くミニバスは,アフトガーラ・セヴェルから一日2便(切符は当日発売)。
☆プロヴディフは,観光資源が豊富な,観光客を魅きつけるにはどうしたらいいかを心得ているツーリスティックな都市である。他のブルガリアの街のような「田舎っぽさ」とか「陰影」のようなものはあまり感じさせない「明るい都市」。まあ,2019年はEU「欧州文化都市」に選ばれていたせいもあるのかもしれないが。
プロヴディフ逍遥その1
https://4travel.jp/travelogue/11644383
ヴェリコ・タルノヴォ逍遥その1
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