2020/08/01 - 2020/08/28
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ばねおさん
まだ8月だというのにパリは秋の到来を感じさせる。
朝夕は肌寒く昼間も20°前半で、時には上着を必要とするほどになってきた。
中旬までは熱波の到来で暑さに苦しみ、エアコンのないアパルトマンでは耐え切れず、地方にバカンスに行く代わりに市内のホテルに逃げ込んだくらいだったのが、季節の変化は速い。
フランスのコロナ感染者は8月に入って急増し、連日4千人以上が報じられていたが、バカンス明けの昨日には7千人超の数字となっている。
そしてパリは再びレッドゾーンになってしまった。
それでも人々はもう慣れてしまったのかコロナウイルスに対する危機意識は薄らいできているように思える。
どこかで何かのイベントがあれば若者たちがマスクなしで集って肩を組んだり抱き合って大騒ぎをする光景が毎日のようにTVに映し出されている。
これではウイルスの抑え込みはできないだろう。
日本もそうだろうが重篤者、死亡者の大半は社会活動の少ない高齢者であり、若年層は感染しても無症状であったり重症化を免れている。
そうしたことが若年層の自制のなさとなっているのだろうか。
交通機関や店舗などの定められた場所以外ではマスクを着用しない人も多く、8月28日からはパリと周辺地域では公共空間のマスクの着用が義務となった。職場でも学校でもである。
形だけマスクを着けているだけで、衛生観念のない人は依然として多い。
しかもアンチマスク運動まで起きている。
マスクでウイルスは防げない、というのが理由だそうだ。
たしかにマスクだけでは抑止できないだろう。かといってマスク無用という論理にはならないはずだが
3月に家賃の集金にやってきたフランス人の家主は、こちらがマスク姿で迎えたのに気づいてあわててポケットからマスクを取り出した。
それ以来、必ずマスクを着用して顔を出すのだが、インターホンで来着を知らせる時にはマスクはなく、ドアを開けるまでの間にマスク姿に変身して挨拶をするので可笑しくてたまらない。
平均的なフランス人の意識はこうした程度なのかもしれない。
7月下旬から市民の7割がバカンスに出かけ、人も車もめっきり少なくなっていたパリ市内も来週から始まる新学期に備えて多くの家族が戻ってきた。
感染拡大はむしろこれからの可能性もある。
人の少ないこの時期を利用して、自分に課しているテーマのために市内各所を渉猟していたのだが、酷暑も去り、歩くのもだいぶ楽になってきた反面、ウイルス感染の増加は行動にブレーキをかけざるを得ず、出会いと発見の自分の旅もなかなか容易ではない。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
8月28日、公共空間でのマスク着用が義務となったこの日は、ある人物の100年ほど前の足跡を辿るために、パートナーを助手として15区の自宅を出発した。
もっともパートナー本人は助手という意識はないようだが..
かなり歩き回ることを考えて往路はバス利用にしたのだが、89番の車両に乗ってビックリ。
ひとつおきに着席禁止のシールが座席に貼られていたはずなのにどこにもない。
10日前にパリ警視庁に行くために利用した70番のバスにはシールが貼られていたのに、なぜ?
路線によって異なるはずはないし、たまたまこの車両だけ?
それとも知らぬ間に撤廃?
その一方でマスクの義務化?
疑問符だらけで、ルクサンブルク公園(リュクサンブール公園)前で下車。
ルクサンブルク美術館では9月23日から始まるMan Ray展の準備中。
合わせてアンジェリーナも改装工事に入っていた。 -
公園前の人形の家。
休業中の店のショーウインドウに展示されている人形。
日本人が昔からイメージしている「フランス人形」はこうしたものだろう -
公園に沿って少し歩いてSénatセナ(上院)の前からセーヌ方向に延びているトウルノン通りを目指した。
この通りのどこかに自分が探している100年ほど前の痕跡があるはずだが、それがどこかが分からない。 -
ひとつひとつ丹念に見ていくと
トウルノン通りの建物には銘文プレートが多いことに気が付いた。
いずれも未知の人物だが、後日の参考にと思い写真におさめた。 -
セナの前から行きつ戻りつしながらトウルノン通りの最後まで来てしまった。
この先はセーヌ通りで、サンジェルマン大通りにぶつかる。 -
セーヌ通りには先日立ち寄ったPierre Marcolini というチョコレート屋さんがある。
イタリア風の名前だなと思ったが、ブリュッセルの出店であるという。
パートナーが欲しがっていた品を求めに行ったのだが期間限定商品であったらしく、代わりにトリュフ風のボール型チョコを買って帰った。 -
味は悪くないが、タコ焼きの台のような箱にチョコがすっぽり入っていて、食べるときに取り出せない。
結局、最後は爪楊枝で刺して取り出すことになった。
早速これをタコ焼きチョコと命名した。
固有名詞を忘れても、タコ焼きチョコの店で思い出すので便利だ。
この店に限ったことではないが、常々思うのは見てくれのデザインばかりで、こうしたことを売る側は考えないのだろうか。 -
余計な話は置いておいて、トウルノン通17番地にはパリ市の歴史モニュメント碑もあった。
Gérard Philipe
フランスのジェームズ・ディーンとも呼ばれた、かっての2枚目俳優だ。
1959年、人気の絶頂期に37歳でこの地で亡くなったらしい。 -
さて、本日の第一目的のトウルノン通り探索は成果のないまま時間が経過し、助手の体力も限界に達したので、以前から聞いていたカトリーヌ・ドヌーブの店に行くことにした。
ルクサンブルク公園を背にパンテオンの坂を上がっていく途中の映画館Le Cinéma du Panthéon
ソルボンヌが目と鼻の先にあるカルチェラタンの真ん中だ。 -
以前に来たことのあるパートナーが、得意げに勝手知ったる様子で案内してくれたが、外観からは全く想像できない広々とした空間が階上に展開していた。
ソファーやテーブルが配されているが、贅沢なほどたっぷりとした間がとられている。 -
最奥部にはテラスもあり、お茶やら食事を楽しんでいる人たちが見える。
われわれも空いていたテーブル席につこうとしたら、こちらへどうぞと言われ応接セットのひとつに落ち着いた。 -
案内された席から見える対の応接セットのあたりがカトリーヌ・ドヌーブが映画関係者やスタッフと打ち合わせる定席だという。
天井にはプロジェクターが設置されている。 -
その反対側の天井にはロールスクリーンが。
ここでプライヴェートな上映会ができるようになっている。
壁面を飾る映画史に残る面々の中で肝心のカトリーヌ・ドヌーブは?というとわずか一点?。
このサラリ感が絶妙だ
今ではすっかり貫禄女優になったが、年齢ごとの魅力を雰囲気で演じられる人だと思う。
写真ではボケてみえるが、撮影上の手振れではなくもともとボカしているスチルなのだ。 -
あらためて見回すと、空間演出、調度には大いに力を入れたとみえ、ランプやオブジェにも並々でない存在感があってひとつひとつが鑑賞の対象になるようなものばかり。
これらは舞台芸術も手掛けるクリスチャン・サぺ Christian Sapet の手によるという。 -
ソファーの背後には映画関係の雑誌やらさまざまな資料があって、興味の赴くままに手に取ってみることができる。
いずれも貴重なものばかり。 -
さまざまな俳優の資料があるなかの一人、ナタリー・ポートマン
『レオン』の少女が、今では主張する立派な女優になった。 -
さて、お昼のお品書きが黒板で示され、日替わり定食(17ユーロ)を注文した。
サーモンのサラダ(ワンプレート)にナスのひき肉詰めにアボカド、キャロットサラダ添え
食事が出るまでの間にソービニヨンとシャブリを頼んだのだが、両手に持ってきたグラスはどちらもほとんど同じで見分けがつかない。
こちらがソービニヨンでこちらがシャブリですと言われ、飲むと明らかに違いが分かった。
ただ、どうも説明が反対ではないかという感じがしてきた。
利き酒ができるほどのワイン通でもないので断言はできないが、どうやら左右逆ではなかったかと
自分ならあり得る間違いだな、勝手な推理をしてちょっと楽しくなってしまった。 -
出されたパン入れが漆塗りの大きなお椀。
ところどころ漆が欠落してしまっているが、かなりの上製品であることが分かる。 -
さて出された料理だが、分量も味も申し分なく厚身のサーモンは新鮮でボリュームがあって、たっぷりのレモン、香草、あいだからちょっぴりポテト
久々に満足感を味わった。
ナスのひき肉詰めも絶妙な加減で、皿のソースはパンに浸していただいた。
自家製ケーキもおいしいらしいが、デザートは入る余地がないので次の機会に譲り、エスプレッソで締めくくりとした。
ここのところ外食の機会が多いのだけど、なかなか納得できる店はない。
ここでは美味しさだけでなく、構えることなく、わざとらしさもない自然に迎え入れてくれる接客態度も大いに気に入った。 -
食事を終え、来るときには気づかず、帰り際にみつけた写真。
おや、このグループも来店したのですね。 -
すっかり心地よい時間を過ごしたあとはルクセンブルク公園まで下り、園内を横切って帰路に就いた。
樹々の葉は色づき始め、根元には落ち葉がたまってきた。
ここのところ、この公園には何度か足を運んでいるので、わずかな変化も気づかされる。 -
まっすぐ帰るつもりが途中でちょっと欲が出て、ヴァヴァンVavinにあるという、ある画家の旧跡を訪ねることにした。
途中のVavinの交差点。
改装を終えて以前にも増して赤色が鮮やかなla Rotonde -
対するLe Dôme
どちらもモンパルナスを代表する店だが、観光客のほとんどいない今どことなく活気がない。 -
うろ覚えでやってきたモンパルナス大通り。
どうも尋ねあてた先が違っていたようで、手掛かりが見いだせず出直すしかないとあきらめた。
ところが偶然思いがけないものを発見した。
建物に貼示されていた2枚の銘板を読んでみると、
ロマン・ロランの名が記されている。
1901-13年、ここに暮らし
ノーベル文学賞を受けた『ジャン・クリストフ』はここで書かれたとある。
へえー知らなかった
本来の探し物は見つからなかったが、思わぬ拾い物をした気分だ
なぜなら辿っている別の人物がロマン・ロランと結びついているからだ
パリは日々出会いと発見に溢れている
悩みは次々にある出会いと発見に学びが追いついていかないこと -
帰路の途中にあるパスツール研究所とパスツール博物館
彼が現代にあったならコロナウイルスとどう対峙しただろう。
パスツールの名言
le hasard ne favorise que les esprits préparés
「幸運は用意された心のみに宿る」という意味
用意はできているつもりですので、どうか幸運が訪れますように。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- mistralさん 2020/09/01 11:29:57
- 出会いと発見に溢れた街。
- ばねおさん
パリからのお便りをありがとうございます。
コロナウィルスと向き会いざるを得なくなった私たちですが
やっと、覚悟を決めなくてはならないなあ、など想いつつあります。
秋の密かな訪れが感じられるパリの街を
パートナーの方と散策され
とっておきの場所でのランチを楽しまれた旅行記。
根来塗り?と思われる古そうなお椀に、パンが入って登場。
海外の方の食器の使い方、さすがです。
プレートにもられたお料理、美味しそうです。
次という機会があるのなら、行ってみたいと思いました。
本当にパリという街は、季節の微妙な移り変わりがいち早く
感じられる街だと想います。
パリは日々出会いと発見に溢れている (by ばねおさん)
幸運は用意された心のみに宿る (by パスツール)
どちらも名言です。
新たな出会いを求めてパリに降り立ちたい。
そんな想いをこころの内に用意して、幸運の訪れを待ちたいです。
mistral
- ばねおさん からの返信 2020/09/02 01:45:37
- RE: 出会いと発見に溢れた街。
- mistralさん
コメントをお寄せいただきありがとうございます。
コロナウイルスが、否が応でも生活のありようを変えざるを得ない状況をもたらしていることは世界共通ですが、向き合い方は個人の意識や、社会によってずいぶんと違いがありますね。
いつまでも安全第一を唱えて引き籠っている訳にもいかず、目に見えぬウイルスの存在だけは片時も忘れず、日々パリの街を歩き回っているこの頃です。
パリは日々出会いと発見に溢れている、と書きましたが、パリに限らず新しい眼を持つと新しい発見があると言えるかもしれません。
> 根来塗り?と思われる古そうなお椀に、パンが入って登場。
> 海外の方の食器の使い方、さすがです。
mistralさんのご明察の通りのようです。。
パートナーが申すには、根来塗りであるのは明らかだが、そのことを私に言ってもたぶん通じないだろうと思ったとのことです。ハイ
それでは、やがて来る幸運を待ちましょう。
ばねお
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