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2020年2月21日(金)、今回の旅8日目、クルーズ船では6日目の朝。この日もツアーに参加で、8時45分までに集合場所に行かねばならないと云うことで、メインダイニングでゆっくり食べてるヒマはないので、7時にビュッフェレストランで朝食(下の写真1)。まあ、どこで食べようが大した変わりはなく、この朝はベーグルに、ベーコン、スクランブルエッグ、ハム、トマト、フルーツ、ヨーグルトに牛乳、紅茶。食べている間に朝日の方向にこの日の目的地が近づいてくる(下の写真2)。<br /><br />船が向かっている国は、このクルーズでは5番目で、最後の寄港国になるバルバドス(Barbados)。カリブ海(Caribbean Sea)東部、アンティル諸島(Antilles)の小アンティル諸島(Lesser Antilles)の東端にある国。首都はブリッジタウン(Bridgetown)。日本語漢字表記では巴巴多斯など。<br /><br />国の名前は島の名前で、ポルトガル語のオスバスバドス(Os Barbados)もしくはスペイン語のロスバスバドス(Los Barbados)から来ており、いずれも「鬚の生えたもの」を意味している。ただしそれが、この島に生えていた木の気根もしくは苔あるいは蔓なのか、髭を生やしていた先住民のカリブ族(Caribs)のことなのか、あるいは島の周りのサンゴ礁によってできる波の花を髭と見做したこの島のことなのかは不明。<br /><br />バルバドス島は前の寄港地だったセントルシア島(Saint Lucia)の南東約170㎞に浮かぶ島で、南北に34㎞で、幅が最大23㎞の少し縦長の島。面積は430平方㎞で種子島とほぼ同じ。島は比較的平坦で、最高峰は標高314mのヒラビー山(Mount Hillaby)。ほぼ真西のセントビンセントグレナディーン(Saint Vincent and the Grenadines)とも約170㎞離れており、セントルシアの北のフランス領のマルティニーク島(Martinique)とは約180㎞、南西の南米大陸に近いトリニダードトバゴ(Trinidad and Tobago)とは約400㎞離れている。東は大西洋(Atlantic Ocean)が広がり、西はカリブ海。<br /><br />熱帯モンスーン気候で、年間平均気温は26度。8月から9月の日中は30度を超えるが、北東貿易風が吹き、朝晩は過ごし易い。1月から5月が乾季で、特に2月はほとんど雨は降らない。雨季の6月から10月に掛けては毎日のようにスコールがあるが、年間日照時間が3000時間と云われる。ハリケーン帯の外側に位置するため、滅多にハリケーン被害は受けない。最後に大きな被害を受けたのは60年以上前の1955年。<br /><br />人口は29万人弱で、アフリカ系黒人が90%以上を占める。公用語は英語だが、バヤン語(Bajan)と呼ばれる英語系のクレオール言語が日常生活では話されており、理解は難しい。宗教は英国国教会(Anglican Communion)が40%以上を占め、その他のプロテスタント(Protestant)も25%程度いるが、無宗教も17%と多い。<br /><br />元々はアラワク族(Arawak)が住み、その後にカリブ族(Caribs)がやって来たのは他のカリブ諸島と同じ。諸説あるが、ヨーロッパ人として最初にこの島に来たのは1511年、ポルトガル人のペドロ・カンポス(Pedro A. Campos)で、彼が島の名前を付けたと云う説がある。その後、この島の先住民はスペインによってイスパニョーラ島(Hispaniola)に奴隷として連れ出され、島は無人になったと云う。<br /><br />1625年にイギリス人が到着し、1927年に現在のホールタウン(Holetown)辺りで入植が始まった。以後、独立まで一貫してイギリスの植民地もしくは直轄領(1652年)、自治領(1961年)であり、今回訪ねた東カリブ海諸国の他の国とは違う。当初はタバコの栽培が中心であったが、1650年頃にサトウキビの生産技術が導入され、カリブ海諸島で初となるサトウキビプランテーションが始まり、アフリカから多くの人が奴隷として連れて来られた。1834年の奴隷制廃止以降も悲惨な状況は変わらなかった。<br /><br />1930年代になってようやく黒人の政治参加の動きが始まり、1939年に最初の自治議会が発足、1951年に普通選挙が導入される。1958年に西インド連邦(West Indies Federation)を結成、バルバドス自治政府でも初代首相を務めたグラントリー・ハーバート・アダムズ(Grantley Herbert Adams)氏が連邦の初代首相に就任する。1961年に自治権を獲得するが、連邦は62年に崩壊、再び単独でイギリスの自治領に戻る。そして1966年に独立した。<br /><br />英連邦王国の一国たる立憲君主制国家で、現在の国王はイギリス女王エリザベス2世(Elizabeth II)で、その代理人として実権のない総督がいる。大統領を新たに元首として置き、英連邦王国内の共和国に移行することを検討中。現行憲法は1966年11月30日の独立に伴い施行されたもの。二院制の議院内閣制で、上院は任命による21議席、下院は選挙による30議席となっている。いずれも任期は5年。二大政党制となっており、下院多数派の政党の指導者が首相として総督に任命される。現在(20年7月)の首相は2018年から務めているミア・モトリー(Mia Mottley)氏。<br /><br />軍隊は志願制で、陸軍と沿岸警備隊を基幹に現役兵610人、予備役430人からなる。東カリブ諸国機構(OECS)6か国の安全保障協定である地域安全保障システム(Regional Security System、RSS)加盟国。トリニダードトバゴとは、領海に関する境界画定問題を抱え、対立している。<br /><br />外交はカリブ共同体(CARICOM)域内国との協調が基軸で、米、加との関係を重視しつつ、英国を中心に欧州諸国とも友好関係維持。キューバ、中国、北朝鮮とも国交を有する。2017年のGDP成長率は1.0%。カリブ海諸国の中では生活水準が高い。主要産業は観光業、軽工業と砂糖などの農業。主要輸出品は燃料、アルコール飲料(蒸留酒)、薬剤、宝飾品類部品。グレープフルーツ(Grapefruit)、アセロラ(Acerola Cherry)の原産国。2008年以降世界的経済不況により観光収入が減少し、製糖業も落ち込んで経済不況が悪化し、2018年からは国際通貨基金(IMF)の協力の下で、経済再建・改革に取り組んでいる。電圧とプラグは基本的に日本と同じ。<br /><br />通貨はバルバドスドル(Barbadian dollar)で、通貨コードBBD、通貨記号はBds$もしくは単に$。1US$が2Bds$で固定。1Bds$は約55円。ただし、US$が一般的に通用する。お釣りはBds$で来ることが多かったが・・・<br /><br />国旗は1966年に制定されたもので、左右の青色はカリブ海と大西洋と空を、金色が砂浜を表している。中央の金色地の部分には、三叉の矛があしらわれており、独立前のバルバドスの記章に描かれていた海の支配者であるブリタニア(Britannia)像が持っていた矛が元になっている。折れた柄は植民地時代からの決別を、三叉はそれぞれ「民主主義」「政府議会」「民衆」を意味している。矛は海の神ポセイドン(Poseidon)のシンボルでもあり、バルバドスにとっての海の重要性を表している。<br /><br />島の南東部にグラントレー・アダムス国際空港(Grantley Adams International Airport)があり、米国やカナダの東海岸の都市やイギリス、カリブ海諸国とを結んでいる。かつてはロンドンから超音速旅客機コンコルド(Concorde)が飛来する、数少ない地の一つでもあった。日本と同じ右ハンドル左側通行。<br /><br />イングランドのプレミアリーグ(Premier League)のチェルシー(Chelsea)で活躍したアシュリー・コール(Ashley Cole)の父はバルバトス出身。1989年にローリングストーンズ(The Rolling Stones)はこの島でアルバム「スティールホイールズ(Steel Wheels)」の最終リハーサルを行った(レコーディング自体は英領モントセラト(Montserrat)で実施)。<br /><br />日本は66年の独立と同時に承認し、67年に外交関係開設。2016年に在バルバドス大使館を開設した。バルバドスは駐日大使館を設置していない。首相は5回来日している。日本からは多くの中古車が輸入されている。在留邦人数は30名程度。JICAからの協力隊派遣はない。日本より13時間遅れでサマータイムなしは他の小アンティル諸島の島々と同じ。<br /><br />7時45分頃、予定の8時より少し早くブリッジタウン港クルーズピア(Bridgetown Harbour Cruise Pier)に接岸(下の写真3)。島の南西部、首都ブリッジタウンにあり、市街地の中心から約1.5㎞北西、徒歩20分のディープウォーター港(Deep Water Harbour)にある。1961年にペリカン島(Pelican Island)との間を埋め立てて造られた港で、最大8隻が停泊できる。年間70万人のクルーズ客が利用している。<br /><br />既に停泊していた大きなクルーズ船はイギリスに本社を置くP&amp;Oクルーズ(P&amp;O Cruises)のクルーズ客船アズーラ(Azura)丸。2010年に竣工したもので、11.5万トンあり、客室数が1557室で、収容旅客数は3000人以上。この日からこの港発着の15日間のクルーズに出るところで、私が寄って来たセントルシア(St. Lucia)やセントキッツ(St. Kitts)、シントマールテン(St. Maarten)の他、これから行くアンティグア・バーブーダ(Antigua and Barbuda)、私が行けなかった英領ヴァージン諸島(British Virgin Islands)や私は行かないタークス・カイコス諸島(Turks and Caicos Islands)やセントビンセント及びグレナディーン諸島(Saint Vincent and the Grenadines)、グレナダ(Grenada)を回ったようだ。<br /><br />8時15分頃やっと下船。船が着いたのは長い桟橋のかなり先(下の写真4)だったので、クルーズターミナルまでは結構遠く、シャトルバスを待つ。10分くらい待たされて、さらにぐるっと大回りして8時半を過ぎて、ようやくクルーズターミナルに到着(下の写真5)。ここには土産物屋や免税店が揃い、ダウンタウンへのシャトルバスも運行されている。8時35分、ショップ街を抜けて、ツアー出口を出て、バスターミナルへ。<br />https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.4391902470879743&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />バルバドス島ツアーに続く

バルバドス(Barbados)

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2020/02/21 - 2020/02/21

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ちふゆ

ちふゆさん

2020年2月21日(金)、今回の旅8日目、クルーズ船では6日目の朝。この日もツアーに参加で、8時45分までに集合場所に行かねばならないと云うことで、メインダイニングでゆっくり食べてるヒマはないので、7時にビュッフェレストランで朝食(下の写真1)。まあ、どこで食べようが大した変わりはなく、この朝はベーグルに、ベーコン、スクランブルエッグ、ハム、トマト、フルーツ、ヨーグルトに牛乳、紅茶。食べている間に朝日の方向にこの日の目的地が近づいてくる(下の写真2)。

船が向かっている国は、このクルーズでは5番目で、最後の寄港国になるバルバドス(Barbados)。カリブ海(Caribbean Sea)東部、アンティル諸島(Antilles)の小アンティル諸島(Lesser Antilles)の東端にある国。首都はブリッジタウン(Bridgetown)。日本語漢字表記では巴巴多斯など。

国の名前は島の名前で、ポルトガル語のオスバスバドス(Os Barbados)もしくはスペイン語のロスバスバドス(Los Barbados)から来ており、いずれも「鬚の生えたもの」を意味している。ただしそれが、この島に生えていた木の気根もしくは苔あるいは蔓なのか、髭を生やしていた先住民のカリブ族(Caribs)のことなのか、あるいは島の周りのサンゴ礁によってできる波の花を髭と見做したこの島のことなのかは不明。

バルバドス島は前の寄港地だったセントルシア島(Saint Lucia)の南東約170㎞に浮かぶ島で、南北に34㎞で、幅が最大23㎞の少し縦長の島。面積は430平方㎞で種子島とほぼ同じ。島は比較的平坦で、最高峰は標高314mのヒラビー山(Mount Hillaby)。ほぼ真西のセントビンセントグレナディーン(Saint Vincent and the Grenadines)とも約170㎞離れており、セントルシアの北のフランス領のマルティニーク島(Martinique)とは約180㎞、南西の南米大陸に近いトリニダードトバゴ(Trinidad and Tobago)とは約400㎞離れている。東は大西洋(Atlantic Ocean)が広がり、西はカリブ海。

熱帯モンスーン気候で、年間平均気温は26度。8月から9月の日中は30度を超えるが、北東貿易風が吹き、朝晩は過ごし易い。1月から5月が乾季で、特に2月はほとんど雨は降らない。雨季の6月から10月に掛けては毎日のようにスコールがあるが、年間日照時間が3000時間と云われる。ハリケーン帯の外側に位置するため、滅多にハリケーン被害は受けない。最後に大きな被害を受けたのは60年以上前の1955年。

人口は29万人弱で、アフリカ系黒人が90%以上を占める。公用語は英語だが、バヤン語(Bajan)と呼ばれる英語系のクレオール言語が日常生活では話されており、理解は難しい。宗教は英国国教会(Anglican Communion)が40%以上を占め、その他のプロテスタント(Protestant)も25%程度いるが、無宗教も17%と多い。

元々はアラワク族(Arawak)が住み、その後にカリブ族(Caribs)がやって来たのは他のカリブ諸島と同じ。諸説あるが、ヨーロッパ人として最初にこの島に来たのは1511年、ポルトガル人のペドロ・カンポス(Pedro A. Campos)で、彼が島の名前を付けたと云う説がある。その後、この島の先住民はスペインによってイスパニョーラ島(Hispaniola)に奴隷として連れ出され、島は無人になったと云う。

1625年にイギリス人が到着し、1927年に現在のホールタウン(Holetown)辺りで入植が始まった。以後、独立まで一貫してイギリスの植民地もしくは直轄領(1652年)、自治領(1961年)であり、今回訪ねた東カリブ海諸国の他の国とは違う。当初はタバコの栽培が中心であったが、1650年頃にサトウキビの生産技術が導入され、カリブ海諸島で初となるサトウキビプランテーションが始まり、アフリカから多くの人が奴隷として連れて来られた。1834年の奴隷制廃止以降も悲惨な状況は変わらなかった。

1930年代になってようやく黒人の政治参加の動きが始まり、1939年に最初の自治議会が発足、1951年に普通選挙が導入される。1958年に西インド連邦(West Indies Federation)を結成、バルバドス自治政府でも初代首相を務めたグラントリー・ハーバート・アダムズ(Grantley Herbert Adams)氏が連邦の初代首相に就任する。1961年に自治権を獲得するが、連邦は62年に崩壊、再び単独でイギリスの自治領に戻る。そして1966年に独立した。

英連邦王国の一国たる立憲君主制国家で、現在の国王はイギリス女王エリザベス2世(Elizabeth II)で、その代理人として実権のない総督がいる。大統領を新たに元首として置き、英連邦王国内の共和国に移行することを検討中。現行憲法は1966年11月30日の独立に伴い施行されたもの。二院制の議院内閣制で、上院は任命による21議席、下院は選挙による30議席となっている。いずれも任期は5年。二大政党制となっており、下院多数派の政党の指導者が首相として総督に任命される。現在(20年7月)の首相は2018年から務めているミア・モトリー(Mia Mottley)氏。

軍隊は志願制で、陸軍と沿岸警備隊を基幹に現役兵610人、予備役430人からなる。東カリブ諸国機構(OECS)6か国の安全保障協定である地域安全保障システム(Regional Security System、RSS)加盟国。トリニダードトバゴとは、領海に関する境界画定問題を抱え、対立している。

外交はカリブ共同体(CARICOM)域内国との協調が基軸で、米、加との関係を重視しつつ、英国を中心に欧州諸国とも友好関係維持。キューバ、中国、北朝鮮とも国交を有する。2017年のGDP成長率は1.0%。カリブ海諸国の中では生活水準が高い。主要産業は観光業、軽工業と砂糖などの農業。主要輸出品は燃料、アルコール飲料(蒸留酒)、薬剤、宝飾品類部品。グレープフルーツ(Grapefruit)、アセロラ(Acerola Cherry)の原産国。2008年以降世界的経済不況により観光収入が減少し、製糖業も落ち込んで経済不況が悪化し、2018年からは国際通貨基金(IMF)の協力の下で、経済再建・改革に取り組んでいる。電圧とプラグは基本的に日本と同じ。

通貨はバルバドスドル(Barbadian dollar)で、通貨コードBBD、通貨記号はBds$もしくは単に$。1US$が2Bds$で固定。1Bds$は約55円。ただし、US$が一般的に通用する。お釣りはBds$で来ることが多かったが・・・

国旗は1966年に制定されたもので、左右の青色はカリブ海と大西洋と空を、金色が砂浜を表している。中央の金色地の部分には、三叉の矛があしらわれており、独立前のバルバドスの記章に描かれていた海の支配者であるブリタニア(Britannia)像が持っていた矛が元になっている。折れた柄は植民地時代からの決別を、三叉はそれぞれ「民主主義」「政府議会」「民衆」を意味している。矛は海の神ポセイドン(Poseidon)のシンボルでもあり、バルバドスにとっての海の重要性を表している。

島の南東部にグラントレー・アダムス国際空港(Grantley Adams International Airport)があり、米国やカナダの東海岸の都市やイギリス、カリブ海諸国とを結んでいる。かつてはロンドンから超音速旅客機コンコルド(Concorde)が飛来する、数少ない地の一つでもあった。日本と同じ右ハンドル左側通行。

イングランドのプレミアリーグ(Premier League)のチェルシー(Chelsea)で活躍したアシュリー・コール(Ashley Cole)の父はバルバトス出身。1989年にローリングストーンズ(The Rolling Stones)はこの島でアルバム「スティールホイールズ(Steel Wheels)」の最終リハーサルを行った(レコーディング自体は英領モントセラト(Montserrat)で実施)。

日本は66年の独立と同時に承認し、67年に外交関係開設。2016年に在バルバドス大使館を開設した。バルバドスは駐日大使館を設置していない。首相は5回来日している。日本からは多くの中古車が輸入されている。在留邦人数は30名程度。JICAからの協力隊派遣はない。日本より13時間遅れでサマータイムなしは他の小アンティル諸島の島々と同じ。

7時45分頃、予定の8時より少し早くブリッジタウン港クルーズピア(Bridgetown Harbour Cruise Pier)に接岸(下の写真3)。島の南西部、首都ブリッジタウンにあり、市街地の中心から約1.5㎞北西、徒歩20分のディープウォーター港(Deep Water Harbour)にある。1961年にペリカン島(Pelican Island)との間を埋め立てて造られた港で、最大8隻が停泊できる。年間70万人のクルーズ客が利用している。

既に停泊していた大きなクルーズ船はイギリスに本社を置くP&Oクルーズ(P&O Cruises)のクルーズ客船アズーラ(Azura)丸。2010年に竣工したもので、11.5万トンあり、客室数が1557室で、収容旅客数は3000人以上。この日からこの港発着の15日間のクルーズに出るところで、私が寄って来たセントルシア(St. Lucia)やセントキッツ(St. Kitts)、シントマールテン(St. Maarten)の他、これから行くアンティグア・バーブーダ(Antigua and Barbuda)、私が行けなかった英領ヴァージン諸島(British Virgin Islands)や私は行かないタークス・カイコス諸島(Turks and Caicos Islands)やセントビンセント及びグレナディーン諸島(Saint Vincent and the Grenadines)、グレナダ(Grenada)を回ったようだ。

8時15分頃やっと下船。船が着いたのは長い桟橋のかなり先(下の写真4)だったので、クルーズターミナルまでは結構遠く、シャトルバスを待つ。10分くらい待たされて、さらにぐるっと大回りして8時半を過ぎて、ようやくクルーズターミナルに到着(下の写真5)。ここには土産物屋や免税店が揃い、ダウンタウンへのシャトルバスも運行されている。8時35分、ショップ街を抜けて、ツアー出口を出て、バスターミナルへ。
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バルバドス島ツアーに続く

  • 写真1 朝食

    写真1 朝食

  • 写真2 朝日とブリッジタウン港クルーズターミナル

    写真2 朝日とブリッジタウン港クルーズターミナル

  • 写真3 クルーズピア到着

    写真3 クルーズピア到着

  • 写真4 長い桟橋

    写真4 長い桟橋

  • 写真5 クルーズターミナルに着いたシャトルバス

    写真5 クルーズターミナルに着いたシャトルバス

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