2020/06/07 - 2020/06/07
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ドクターキムルさん
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横浜市南区蒔田町に鎮座する西森稲荷神社は創建年代が不明である。西森稲荷神社は古くは蒔田稲荷、大原稲荷として農耕食物の御神徳与える豊受大神を奉斎してきた。江戸の時代には除地として租税免除の区域とされ、明治維新には神仏分離令、その後、明治42年(1909年)には神社合祀令発布により杉山神社(南区宮元町3)に合祀された。杉山神社は承元3年(1209年)南龍山不動院無量寺(https://4travel.jp/travelogue/11627591)の開基鎌倉法師貞暁阿闍梨(源頼朝の三男。実朝の弟)が、鎌倉幕府の鬼門鎮護のため伊豆国土肥の杉山から勧請、創建した七社弁天の一であるといわれる。
しかし、氏子の人々の夢枕に『数百年来のこの地を離れることを惜しみ、合祀により廃社すると云えども神霊はなおこの地に静まり給う』との御神託が告げられた。御神託を受け蒔田町の有志らが旧文部省教会所制度に改めて官許を得、西森稲荷大神を奉斎し、杉山神社神職がこれを兼務する形となった。遷座の時期は大正2年(1913年)以降の戦前であろうか。祭神は豊受大神である。
石段を5、6段上がった場所に朱塗りの鳥居とその横に社務所がある。朱塗りの鳥居先に建つのが社殿かと思ったが、これらは下社であろう。現在、当社は金刀比羅大鷲神社(南区真金町)の兼務社である。しかし、社務所があり、神主が住んでいてもおかしくはない。地元民からは社務所を尋ねたら良いと言われた。
しかし、何といっても山頂に建つ社殿は参拝に値する。横の旧社務所は荒れるに任せ廃屋同然であるが、社殿の前の両側には狛狐ではなく狛犬、社殿の彫刻と木鼻も龍であり、とても珍しい。稲荷社で龍の木鼻は初めてのことだ。おそらくは、一般的な神社様式で建てられた社殿であろう。
境内には宇賀神さまを含めた稲荷社が数多く並び、お地蔵さまや八海山大神、猿田彦大神、庚申塔、大黒天などが境内社・摂社のように並んでいる。
また、春に行われる例祭では釜の上にせいろを置き、その中に米を入れ、釜を炊く「鳴釜神事」を行っている。釜から「ボー」という音が鳴ると縁起が良いとされている。
(表紙写真は西森稲荷神社社殿)
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小路の突き当りに西森稲荷神社。
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西森稲荷神社の朱塗りの鳥居。左に社務所、奥に社殿。
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「西森稲荷神社」の社号標石。
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社務所。
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社殿。下社の社殿と考えられる。
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社殿の横にも小さな社。
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鳥居。塩ビ管製だ。
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石碑。
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「霊神碑」。
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「生岳霊神 大教正本多常蔵翁命」(昭和50年(1970年)銘)。
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「初代西森稲荷教会長」。
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「霊神碑建設費喜納者芳名」。
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塩ビ製鳥居と社殿。
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「長野県木曽御嶽山十二権現 西森登山講霊神場建設記念碑」(平成元年(1989年)銘)。
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社殿。
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境内社の稲荷社。
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朱鳥居と大木の根元に八海山大神。
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八海山大神。
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お地蔵さま。狛狐が安置されている。
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お地蔵さまの下に祠。
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石仏。
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朱鳥居と稲荷社。
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石祠の稲荷社。
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狛狐が並んだ祠。
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朱鳥居と石積の上に稲荷社。
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狛狐が並ぶ2つの石祠。
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朱鳥居。
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宇賀神さま。
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狛狐が並ぶ2つの石祠。
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狛狐が並ぶ先に小さな朱鳥居。この祠にもお稲荷さんが祀られているのだろう。
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山頂へ上る石段横に猿田彦大神。
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猿田彦大神の後ろには庚申塔。建立年は不明。
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庚申塔。建立年の「歳」より上部は割れ下りたり、剥離してしまっている。
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花立ての台座には三猿が安置されている。
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「五合目石」。
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朱鳥居に石灯籠と狛狐と覆い殿の稲荷社。
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狛狐が並ぶ稲荷社。
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狛狐と朱塗りの小社。
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狛狐。
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石像。
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「百度石」。
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「本榊 本はら」。
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田ノ原大黒天。
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田ノ原大黒天。
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石段の上に社殿が見える。
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社殿。
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狛犬。
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狛犬。
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台座だけの狛犬。
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旧社務所。西森稲荷教会として使用されていたようだ。廃屋になっている。
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社殿。
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手水鉢。
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おもかる石。
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おもかる石。
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「おもかる石」。
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古木。
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宇賀神さま。
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神楽殿。
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「西森稲荷大神 ご由緒
西森稲荷神社は古くは蒔田稲荷、大原稲荷として農耕食物の御神徳与える豊受大神を奉斎してきました。
江戸の時代においては除地として租税免除の区域とされ、明治の時代に神仏混合分離制度また神社合祀令発布により杉山神社(南区宮元町)に合祀される事となりました。
ですが小串藤吉を初めとする元氏子の人々の夢枕に左記の御神託が告げられました。
『数百年来の此の地を離れることを惜しみ合祀により廃社すると云えども神霊はなお此の地に静まり給う』
御神託を受け蒔田町の有志らが合議を重ね旧文部省教会所制度に改めて官許を得、西森稲荷大神を奉斎し、杉山神社神職がこれを兼任する形となりました。
当神社の御神徳の評判は遠く房総方面にも響き、それを照明する供物や日清日露戦争の戦勝祈願の記録を現在に伝えています。
また1923年(大正12年)の関東大震災では大岡川・中村川区域が八割以上の全壊に見舞われたにも関わらず奇跡的にも当社区域は類焼を免れました。
また別の時代には神狐の声に目を覚ました神職が山上の神殿に火災の類が及ぶのを未然に防いだ事もありました。
以下は当時の人々が西森稲荷大神の御神威を崇敬した言葉であります。
○思うに一に祈願信仰の真心によって、また稲荷大神の御神徳霊験の顕著なるを知るべきなり かくの如き広大無辺極まりなき御功徳の大神がいらっしゃるなら此の世の生きとし生けるもの全てが大神の御加護を受け、人々がその御威光を仰ぐだろう
昭和11年に当社氏子崇敬者たちにより記す」。 -
社殿に掛かる「西森稲荷神社」、「西森稲荷大明神」の扁額。
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絵馬。
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社殿内部には鏡が祀られている。
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社殿の龍の彫刻。
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社殿の龍の木鼻。
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社殿の龍の木鼻。
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社殿の柱の木鼻。禅宗様だ。
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