2000/08/26 - 2000/09/04
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ドイツのミュンヘンに単身赴任中の私の所に、家内が一度10日間だけ横浜からやってきました。
私がケルンまで行って家内を迎え、列車でコブレンツへ。そこで1泊。そして船でライン川を上ってリューデスハイムへ行きそこで1泊。再び列車でフランクフルトへ行ってそこで1泊。フランクフルトからは、JALユーロエクスプレスバスに乗ってハイデルベルグ経由でローテンブルグへ。そこで1泊。
この旅行記はココから。
ローテンブルグから再びJALユーロエクスプレスバスに乗ってフュッセン経由でミュンヘンへ。
この当時は、ヨーロッパで7月~9月上旬のみ運行していたJALユーロエクスプレスバスと言うサービスがありました。(今は無いようです)
ドイツは
①フランクフルト~ハイデルブルグ~ローテンブルグ
②ローテンブルグ~フィュッセン~ミュンヘン
と2系統のバスが週に1回運行されており、この日はローテンブルグ~フィュッセン~ミュンヘンの乗車。
チケット代は一人割引価格235マルク×2人分。私の会社で2割引で購入しました。
当時のレートが1マルク=51円 とすると、一人約12,000円だったようです。
前日に乗ったフランクフルト~ハイデルブルグ~ローテンブルグのJALユーロエクスプレスバスと同じ金額です。
ローテンブルグ駅がこの日のJALバスの出発地。
朝7時出発ですが、6時45分にローテンブルグ駅に着いた時には、数十人の日本の方々がバスを待っていらっしゃいました。
JALユーロエクスプレスバスは予定通り朝7時にローテンブルグ駅を出発。
車両は昨日フランクフルトから乗車したバスと同じ車両です。ドライバーさんも同じ。乗車の際、英語が堪能でカタコトの日本語を話すドイツ人のドラーバーさんが予約済みの方が全員乗車したか手元資料を見て確認していましいた。
満席ですが、大型の高級バスで座席もゆったりしていました。
乗客は全員日本人。
前日のフランクフルト~ハイデルブルグ~ローテンブルグのバスにも乗車された方は私達夫婦ともう一家族のみ。他は全てローテンブルグからの乗車の方々です。
ヨーロッパに赴任中のご家族や、単身赴任で駐在されている方が日本からご家族を呼んでこのバスでドイツを巡っていらっしゃる、私達のようなか方々も多かったです。
このバスは途中、フュッセンに寄り、ノイシュヴァンシュタイン城に連れて行ってくれました。なんとこのバスは、入場チケット付きでした。当時はまだネット社会ではなく、事前予約でチケットを販売していたノイシュヴァンシュタイン城ですので便利なバスのシステムでした。
家内はミュンヘンの私の狭いマンションの部屋で3泊して、日本に帰って行きました。
私は1999年8月から約1年間ミュンヘンに赴任していましたが、ドイツ国内では赴任中に出張で何度か行ったフランクフルトしか知りませんでした。
家内がドイツにやって来たことで、旧西ドイツをグルッと巡ることができました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ローテンブルグを出たバスは、途中数回のトイレ休憩を挟んでフュッセンの街へ着きました。
聖マング修道院教会やホーエス・シュロスの州立ギャラリー、聖霊施療教会に訪れたようですが、写真が残っていません。 -
フュッセンの街からバスで10分。
バスを降りた駐車場から徒歩でお城に向かいます。 -
ディズニーランドのシンデレラ城のモデルとして有名なノイシュヴァンシュタイン城です。
-
中世騎士道への憧れを強く抱いたルートヴィヒ2世の命令で、1869年9月5日に建設が始まったお城です。
つまり中世のお城ではなく、19世紀後半に建てられたお城です。
鉄筋コンクリートで出来ているという時代錯誤のお城です。 -
マリエン橋からのノイシュバンシュタイン城の眺め。
この後、お城の中に入ったけど、結局外観が一番印象的でした。 -
ホーエンシュヴァンガウ城。
ルートヴィヒ2世の父親が、12世紀に建てられた古城を改築した建物です。 -
これがJALユーロエクスプレスバスが事前予約してくれていたノイシュヴァンシュタイン城のチケットです。
私達夫婦は463番13時15分の入場時間になっています。
この時間に合わせてフィュッセンに寄ってバスの時間を調整していたんですね。
来場者が多いこのノイシュバンシュタイン城は、入場制限があり、30名ほどのグループごとで入場時間が決められているようです。
お城の中は撮影禁止でした。
やっぱり外観の方が印象的でした。 -
再びバスに乗ってミュンヘンへ。
JALユーロエクスプレスバスは終点のミュンヘン中央駅に到着。
そこから私たち夫婦は地下鉄で2駅乗ってマリエンプラッツ駅へ。
そこから徒歩で私のマンションに向かいました。
部屋に荷物を置いて、徒歩で夕飯に向かいました。
有名なビアホールであるホーフブロイハウスです。 -
このホーフブロイハウスは、なんと国営です。
ググってみたら、今でも変わらず国営でした。
ココは、歴史の舞台にもなっています。
ナチスの前身、ドイツ労働党の最初の大集会が開かれた場所なんです。
この時は陽気な歌声が賑やかにこだましてました。
「ホフブロイ」とは宮廷ビール醸造所のことで、16世紀に造られました。 -
このホーフブロイハウスは、仕事の接待で何度か訪れたことがあります。
赴任中に何度訪れたかはわかりません。
プライベートで訪れたのは、この家内と訪れた時が初めてでした。
1階がビアホールと中庭のビアガーデン。
2階がレストラン、
3階がショーが催されるフロアでフェストザールと言うビアホールです。
初めての方をお連れする時は3階へ行ってショーを楽しんで頂きます。
家内は初めてだったので3階へ。
3階にはよく日本のパックツアーの団体さんがいらしています。
観光客も地元の家族連れも訪れる大きなビアガーデンなんですが、とにかくビールが美味しいんです。
料理はソーセージの種類が豊富なのと、ハンバーグが日本人の口に合うのと、ここのプレッツェルは塩がきつくなく、食べやすかったことを記憶しています。
この後は、私のマンションに戻り、狭い部屋で夫婦2人、甘くないドイツワインを選んで夜中まで飲んでました。 -
翌朝、私の部屋で夫婦2人で簡単に朝食を済ませ、早速ミュンヘンの街歩きへ。
まずは自宅から歩いて数分のマリエン広場へ。
この広場にはドーンと新市庁舎があります。
ネオゴシック様式の建物です。
1867年から1909年にかけて建設されました。 -
この市庁舎には高さ85mの塔があります。
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これは隣にある旧市庁舎。
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新市庁舎には、ドイツ最大の仕掛け時計であるグロッケンシュピールがあります。
後で時間を合わせて観に来ましたが、1568年に行われたバイエルン大公ヴィルヘルム5世と公女レナーテとの結婚式の様子が表現されています。
10分ぐらいのからくり時計のショーを楽しみました。 -
新市庁舎の塔に登ってみました。
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ペーター教会の尖塔が聳えています。
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フラウエン教会が目の前です。
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新市庁舎をあとにして、市庁舎の塔からも良く見えたフラウエン教会へ向かいます。
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2つの玉ねぎ型のドームが特徴で、建物は後期ゴシック建築です。
このドームの高さ、同じではありません。
左側が約99m(北)と右側が約100m(南)
なんです。
違いが判らない~
元々は、13世紀に建てられた教会がありましたが、老朽化の為に建て替えが始まったのが1468年。途中、資金難で中断もありましたが、1525年に完成しています。第二次世界大戦でこの教会は激しく破壊され、その修復が完了したのはなんと1994年でした。 -
巨大な聖堂内。
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フラウエン教会を出て徒歩でバイエルン国立歌劇場へ。
ドイツを代表する歌劇場のひとつです。
私のミュンヘン赴任中、インド出身の指揮者であるズービン・メータが音楽監督であったのですが、私が観たいと思う演目はチケット入手が困難で、結局ココでオペラを見る機会はありませんでした。
昨年、つまり2019年11月、ミューザ川崎シンフォニーホールでのベルリンフィルのコンサートに行きましたが、なんとその指揮がズービン・メータでした。
老齢の為、座っての指揮でしたが、感動!!!! -
そのまま徒歩でミュンヘン・レジデンツへ。
旧バイエルン王国ヴィッテルスバッハ王家の王宮だった建物で、博物館になっています。 -
残っていたチケットを見ると、入場料は一人11マルクだったんですね。
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ドイツ革命でバイエルン王国が亡びるまで、王宮として使われていました。
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中庭
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中は豪華絢爛。
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外観はシンプルですが、中は豪華な装飾に覆われています。
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数々の部屋や広間がズラリと並んでいます。
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壁には大きな絵画やタペストリー。
天井には豪華なシャンデリア。 -
部屋ごとに基調となる色があります。
この部屋は青ですね。 -
壁の装飾と足元の絨毯が凄かった部屋です。
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これは鏡の部屋だたかな?
豪華絢爛でした。 -
宮殿の中の聖堂。
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祭壇です。
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レジデンツの中にあるシアターに入りました。
キュビリエ劇場と言います。
ココは別料金。
一人3マルクだったようです。 -
パリのガルニエを思い出させる美しい劇場です。
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1751年~1755年にかけて造られた劇場です。
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残念ながらこの劇場で、オペラを観たことはありません。
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キュビリエ劇場から徒歩でテアティーナー教会へ。
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マクシミリアン2世マヌエルの誕生のお祝いで、1662年にバロック様式の壮大で美しい建物の教会です。
聖堂内はごミサ中であったので撮影しませんでしたが、全体的に白く明るい聖堂で、繊細な装飾が施されています。 -
近くに広場で昼食。
周りの皆さん、ビールをジョッキで飲んでいらっしゃいますが、私達は我慢!
ルーラーデンと言うお野菜を牛肉で巻いて焼いたドイツ料理をシェアして戴きました。 -
地下鉄に乗ってテレージェンシュトラーゼ駅へ。
お目当てはノイエ・ピナコテーク(新絵画館)です。
ゴッホの「ひまわり」
エゴン・シーレの「苦痛」
マックス・リーバーマンの「砂丘でヤギを引く女」
ミレーの「接ぎ木をする人」
ゴーギャンの「キリストの誕生」
レンブラントの「十字架建立」
などの有名な絵がたーくさんあります。
ココではゆっくり絵を鑑賞しました。 -
ミュンヘン市内をプラプラ。
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散策を終えて、この後は夕飯へ。
地下鉄でミュンヘン中央駅まで戻り、
アウグスティーナー・グロースガストシュテッテン
と言うレストランへ。
ココはミュンヘン最古のビール醸造所で680年の歴史を誇ります。
勿論ビールも美味しいです。
修道院の建物なんですが、ガチャガチャやかましいです。
ココでは美味しいビールをたくさん戴き、定番はハンバーグ。
日本のハンバーグとは異なる味を楽しみました。
食後はゆっくりわが家まで2人で歩いて帰りました。 -
翌朝、私の部屋で簡単に朝食を済ませた私達夫婦はトラムでニンフェンブルグヘ。
お目当ては勿論、ニンフェンブルグ宮殿です。
入場料は一人12マルクだったようです。 -
ニンフェンブルグは、バイエルン王家の夏の離宮として17世紀に建てられた宮殿です。
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とにかく広くて豪華で綺麗!
建物の中は豪華絢爛。
内部は撮影禁止でしたので写真は残っていませんが、数多くのバロック様式の装飾やロココ様式の部屋を見ることができました。
ルートヴィヒ2世の生まれた部屋もありました。 -
広大!
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宮殿内をゆっくり拝見した後は、宮殿の庭園へ。
庭園の広さは20ヘクタール。
つまり東京ドーム4個分。 -
広大な敷地の中には運河や大きな池もあります。
夫婦2人で広大な宮殿の森を散策しました。 -
森の中には様々な建物が点在しています。
これはアマリエンブルグと言う建物です。 -
アマリエンブルグは狩の為のロッジです。
17世紀にはココで狩が行われていたんですね。 -
アマリエンブルグの中。
ココが狩の際のロッジ内部です。 -
ひろ~い!
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家内が池に近づくと水鳥が寄ってきました。
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ココはマグダレーネンクラウスと言う、廃墟をかたどった建物です。
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中はこんな感じ。
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池の反対側に見えるのは
パコデンブルグ。 -
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宮殿に戻ってきました。
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本当に綺麗に整備されています。
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赴任中、日本からのお客様を何度かお連れしたことがある宮殿&庭園です。
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宮殿を出る時、結婚式の馬車に出くわしました。
たまたま出くわした皆さんは、
「Herzliche Glückwünsche!」 -
でっかい池ですね~
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Sバーンに乗ってISARTOR駅で降り、ドイツ博物館で古き良きドイツの技術である飛行機や機関車、飛行船、クラシックカーを拝見しました。
一番感動したのは、1909年にブレリオが英仏海峡を横断した飛行機が残っていたことです。
何故だかドイツ博物館の写真が残っていません。
残念。
ドイツ博物館見学した私たちは、地下鉄でKONIGSPPLATZ駅まで行ってレーンバッハ私立美術館へ行き、20世紀初頭の画を拝見し、地下鉄でマリエン広場(旧市庁舎広場)に戻ってきました。
少し気温が下がってきたので、一度家に戻って、夫婦それぞれ羽織るものを持って再び外出。 -
やっぱりこの市庁舎、カッコいい!
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マリエン広場の中央にある塔です。
塔に上には黄金のマリア像。
マリア像は、三十年戦争中のスウェーデンの占領が終わるのを祝うため、1638年に構築されました。 -
街角には多くのストリートミュージシャン。
この方たちはモーツァルトの演奏がメインでした。 -
市庁舎広場でビール!
つまみに
ザワークラウトとヴルスト(発酵キャベツとソーセージ)
をオーダーして夫婦2人でシェアしました。
この広場の飲食は高いのですが、屋外で市庁舎を眺めながらジョッキでビールを飲むのも気持ちがいいものです。 -
ほろ酔いで夫婦2人は地下鉄に乗ってミュンヘンオリンピック公園にやってきました。
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ミュンヘンオリンピックは1972年。
私はまだ小学校6年生でした。
テレビの前にくぎ付けで、多くの金メダルを覚えています。
覚えている金は、
男子平泳ぎで田口
女子バタフライで青木
男子体操総合(月面宙返りの塚原、個人総合でも金を獲得した加藤)
男子バレーボール(覚えているのは、森田、横田、猫田、大古、嶋岡、木村、南)
まずは高さ290mのオリンピック塔に登ってみます。
もう、20時を過ぎていますがこの明るさです。 -
塔を上がるには一人4マルクだったようです。
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高さ290mのミュンヘンの景色を楽しみます。
イーザル川が見えます。
イーザル川は、オーストリアのチロル地方から流れてきて、この先ではドナウ川に合流します。
つまりドナウ川の支流の一つです。
大都市ミュンヘンの街中を通るので有名な川なんですね。 -
BMW本社です。
仕事で何度か訪れたことがあります。
ミュンヘンオリンピック開催直後に1973年にオープンしたBMW博物館。
見応えあります。
何故か写真は残っていませんが、翌日、家内を連れてBMWの知り合いに案内していただきました。(ドイツ語じゃなくて英語の説明です。ドイツ語じゃさっぱりです。)
この赴任時のBMW本社の知り合いがきっかけで、いまだに私はBMWに乗っております。 -
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思ったより緑の多いミュンヘン。
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メインのオリンピックスタジアムを見下ろします。
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こんなスタジアムだったんです。
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このようなトラムに乗ってオリンピック公園内をグルッと廻ってみました。
21時の最終の便だったようです。 -
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ゆっくり40分かけてオリンピック公園を1周しました。
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翌日訪れたBMW本社です。
家内は私の家にあと2泊して日本に帰国しました。
今となっては懐かしくいい思い出です。
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