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一乗谷(いちじょうだに・福井県福井市城戸ノ内町)は文明3年(1471)下剋上により守護の斯波氏を追放し晴れて越前の朝倉敏景(あさくら・としかげ、1428~1481)がそれまでの九頭竜川河口付近に居していた黒丸城から移転した本拠地で、足羽(あすわ)川の支流である一乗谷川に沿って南北約2Kmに伸び、幅約0.5Kmの谷間にあり、東西と南の三方は山々に囲まれ天然の要害となっています。<br /><br />敏景以降一向一揆や国内土豪との厳しい闘いに打ち勝ち、しだいに戦国大名として勢力を固め、続く氏景・貞景を経て父孝景の急死により天文17年(1548)義景(よしかげ、1533~1573)が当主となります。<br /> <br />義景は武人というより風雅をこよなく愛でる教養人タイプで、既に勢いを失った管領職の細川氏との姻戚関係を背景に大名としての影響力を強め、応仁の乱を代表とするうち続く戦乱によって破壊疲弊した京都を離れた公家・文人・学者などを数多く招き入れ小京都の風情を作り上げ歴代の当主の力量を凌駕するほどの栄華を極めます。<br /><br />然しながら織田信長との覇権争いに巻き込まれ、北近江を支配する浅井長政支援のため近江に出兵、一時信長軍を窮地に追い詰め天下に手が届きそうな朝倉氏でありましたが決定的な勝利を逃し、逆に姉川における織田・徳川連合軍との戦いに破れこれを機に戦力低下し勢力は次第に凋落の一途をたどります。<br /><br />天正元年(1573)ついに義景を総大将とする軍は近江国境での戦いにて破れ総崩れ、義景は一乗谷を経て越前奥地の大野にて陣容を立て直そうと企てますが郡司を兼ねる従兄弟の朝倉景鏡(あさくら・かげあきら、1525~1574)の裏切りにあい逃げ場を失って自刃し、一乗谷における百余年・五代に亘る朝倉氏は消滅します。<br /><br /><br />見学コースに設置された休憩所に掲示された一条谷遺跡に関する説明板には下記の通り書かれていました。<br /><br />「一乗谷朝倉氏遺跡<br /><br />この遺跡は、戦国大名一乗谷朝倉氏が領国支配の拠点とした所です。天正元年(1573)の織田信長との戦いによる滅亡後、土の下にそっくり埋もれてきました。<br /><br />昭和46年(1971)に278haが国の特別史跡の指定を受け、継続的な発掘調査事業を実践しており、これまでの調査によって、城主の館や庭園、武家屋敷や町屋、そして寺院等からなる町並み、これを防御する山城、城戸等が一体となって良好に残されていることが明らかになってきています。<br /><br />こうしたことから全国屈指の戦国時代の遺跡として注目されています。まさ、庭園群は、国の特別名勝に設定されています。」

越前一乗谷 一泊二日のあわただしい北陸城郭散策 織田信長に滅ぼされるまで越前太守朝倉氏が五代百余年支配拠点として栄華を極めた『一乗谷』訪問

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2019/11/03 - 2019/11/03

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滝山氏照

滝山氏照さん

一乗谷(いちじょうだに・福井県福井市城戸ノ内町)は文明3年(1471)下剋上により守護の斯波氏を追放し晴れて越前の朝倉敏景(あさくら・としかげ、1428~1481)がそれまでの九頭竜川河口付近に居していた黒丸城から移転した本拠地で、足羽(あすわ)川の支流である一乗谷川に沿って南北約2Kmに伸び、幅約0.5Kmの谷間にあり、東西と南の三方は山々に囲まれ天然の要害となっています。

敏景以降一向一揆や国内土豪との厳しい闘いに打ち勝ち、しだいに戦国大名として勢力を固め、続く氏景・貞景を経て父孝景の急死により天文17年(1548)義景(よしかげ、1533~1573)が当主となります。
 
義景は武人というより風雅をこよなく愛でる教養人タイプで、既に勢いを失った管領職の細川氏との姻戚関係を背景に大名としての影響力を強め、応仁の乱を代表とするうち続く戦乱によって破壊疲弊した京都を離れた公家・文人・学者などを数多く招き入れ小京都の風情を作り上げ歴代の当主の力量を凌駕するほどの栄華を極めます。

然しながら織田信長との覇権争いに巻き込まれ、北近江を支配する浅井長政支援のため近江に出兵、一時信長軍を窮地に追い詰め天下に手が届きそうな朝倉氏でありましたが決定的な勝利を逃し、逆に姉川における織田・徳川連合軍との戦いに破れこれを機に戦力低下し勢力は次第に凋落の一途をたどります。

天正元年(1573)ついに義景を総大将とする軍は近江国境での戦いにて破れ総崩れ、義景は一乗谷を経て越前奥地の大野にて陣容を立て直そうと企てますが郡司を兼ねる従兄弟の朝倉景鏡(あさくら・かげあきら、1525~1574)の裏切りにあい逃げ場を失って自刃し、一乗谷における百余年・五代に亘る朝倉氏は消滅します。


見学コースに設置された休憩所に掲示された一条谷遺跡に関する説明板には下記の通り書かれていました。

「一乗谷朝倉氏遺跡

この遺跡は、戦国大名一乗谷朝倉氏が領国支配の拠点とした所です。天正元年(1573)の織田信長との戦いによる滅亡後、土の下にそっくり埋もれてきました。

昭和46年(1971)に278haが国の特別史跡の指定を受け、継続的な発掘調査事業を実践しており、これまでの調査によって、城主の館や庭園、武家屋敷や町屋、そして寺院等からなる町並み、これを防御する山城、城戸等が一体となって良好に残されていることが明らかになってきています。

こうしたことから全国屈指の戦国時代の遺跡として注目されています。まさ、庭園群は、国の特別名勝に設定されています。」

  • 一乗谷史跡公園センタ―<br /><br />店舗を備えた駐車場にバスを入れて、予め依頼していた説明役のおばさんに従って見学コースを歩きます。

    一乗谷史跡公園センタ―

    店舗を備えた駐車場にバスを入れて、予め依頼していた説明役のおばさんに従って見学コースを歩きます。

  • 一乗谷史跡公園センタ―<br /><br />天正元年(1573)に義景を追って一乗谷が侵入してきた織田軍による略奪と共に火をつけられ三日三晩燃え続け、当時一万人を超える繁栄の城下町は廃塵と化します。

    一乗谷史跡公園センタ―

    天正元年(1573)に義景を追って一乗谷が侵入してきた織田軍による略奪と共に火をつけられ三日三晩燃え続け、当時一万人を超える繁栄の城下町は廃塵と化します。

  • 史跡風景<br /><br />朝倉氏滅亡後、信長家臣の柴田勝家は拠点を北の庄(福井市)に移したため一乗谷は見捨てられ荒れるまま放置されます。このことが幸いして朝倉氏の遺跡が当時のままそっくり地下に保存されることになります。

    史跡風景

    朝倉氏滅亡後、信長家臣の柴田勝家は拠点を北の庄(福井市)に移したため一乗谷は見捨てられ荒れるまま放置されます。このことが幸いして朝倉氏の遺跡が当時のままそっくり地下に保存されることになります。

  • 屋敷跡

    屋敷跡

  • 井戸跡

    井戸跡

  • 屋敷跡

    屋敷跡

  • 復元商工業者店舗兼住居

    復元商工業者店舗兼住居

  • 復元城下町<br /><br />案内人の説明を聞きながら復元街路を北上します。

    復元城下町

    案内人の説明を聞きながら復元街路を北上します。

  • 復元城下町<br /><br />直線道路を嫌った街路を通ります。右側(東側)は商工業者の店舗・住居で、左側(西側)は上級武士の住居が建ち並んでいます。

    復元城下町

    直線道路を嫌った街路を通ります。右側(東側)は商工業者の店舗・住居で、左側(西側)は上級武士の住居が建ち並んでいます。

  • 復元商工業者店舗兼住居<br /><br />側溝など既に見事に造られています。<br /><br />

    復元商工業者店舗兼住居

    側溝など既に見事に造られています。

  • 武家屋敷門構え<br /><br />一乗谷には当主を補佐する重臣が常駐しており、一門衆の他重要地点(武生・敦賀・大野・三国など)を管轄する郡司や奉行人並びに臣下となった地方領主の住居が配されていました。

    武家屋敷門構え

    一乗谷には当主を補佐する重臣が常駐しており、一門衆の他重要地点(武生・敦賀・大野・三国など)を管轄する郡司や奉行人並びに臣下となった地方領主の住居が配されていました。

  • 屋敷跡内部<br /><br />上級武士の中にも序列があり格に従って屋敷規模が異なっていました。<br />

    屋敷跡内部

    上級武士の中にも序列があり格に従って屋敷規模が異なっていました。

  • 上級武士の出入口<br /><br />緊急時には上級武家屋敷からすぐ対岸の朝倉居館に通ずる出入口が施されています。

    上級武士の出入口

    緊急時には上級武家屋敷からすぐ対岸の朝倉居館に通ずる出入口が施されています。

  • 復元商工業者の住まい

    復元商工業者の住まい

  • 復元された厠

    復元された厠

  • 復元武家屋敷説明板

    復元武家屋敷説明板

  • 武家屋敷内部

    武家屋敷内部

  • 武家屋敷内部

    武家屋敷内部

  • 武家屋敷内茶室

    武家屋敷内茶室

  • 武家屋敷中庭

    武家屋敷中庭

  • 復元武士屋敷

    復元武士屋敷

  • 未復元敷地

    未復元敷地

  • 休憩所設置のジオラマ

    休憩所設置のジオラマ

  • 戦国城下町「一乗谷」説明板

    戦国城下町「一乗谷」説明板

  • 一乗谷朝倉氏遺跡説明板

    一乗谷朝倉氏遺跡説明板

  • 史跡公園「一乗谷」説明板

    史跡公園「一乗谷」説明板

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