2020/01/02 - 2020/01/02
1358位(同エリア7468件中)
ミズ旅撮る人さん
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2020年正月。愛媛県の南西端にある愛南町から、
更に西に飛び出した船越半島の付け根。
ここにとても珍しいものが展示されています。「紫電改展示館」です。
1978(昭和53)年に愛南町久良湾で紫電改が沈んでいるのが発見されました。
翌年、引き揚げられた紫電改は、補修され、昭和55年5月より展示館が開館しました。
展示館は宇和島市にある南レク(株)という会社が管理していますが、
入館料は無料で、なんと1月2日から開館しています。
四国一周のルートがかなりいびつなものになりますが、
日程を調整して、立ち寄ることにしました。
太平洋戦争末期に活躍した零戦の後継機である「紫電改」の現物を
見ることの出来る日本で唯一の施設です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
愛媛県を北から南に来る道程に、何か観光地はないかと
地図を見ていたら「紫電改展示館」という文字が目に付きました。
あれ?「紫電改」がなんでこんな所に展示されているの?
昨年(2019)広島県呉市の「大和ミュージアム」を訪れたばかりです。
ちょっと、記憶の端に残っていました。
愛南町の中心部から県道34号線に入り、トンネルを抜けてすぐ右手に、「紫電改展示館」と「宇和海展望タワー」(運行休止中)への
入り口があります。 -
県道からの分岐点からは緩やかな坂道を更に上って行きます。
宇和島バスのバス停は県道上にあるので、
そこからはしばらく歩いて行かなければなりません。
やがて、建物と駐車場が見えて来ます。
駐車場には公衆トイレがあるので、
済ませてから建物に向かった方がいいです。
施設内にはトイレがありません。
40年前に建てられたテントのような外観の展示館です。紫電改展示館 美術館・博物館
-
展示館に入る前に、その先から見える深浦湾を展望します。
豊後水道に向かって突き出した船越半島の途中から
南に伸びた小さな岬「天嶬(てんぎ)の鼻」が見えます。
足摺宇和海国立公園の中の景勝の地です。 -
深浦湾に臨む一角に「鎮魂」と書かれた石碑が建っていました。
「天と海と地と岬と茫洋と拡がる宇和海国立公園の美しい佇まい、
その中にも、志半ばにして哀れ逝った戦争犠牲者や報道関係者など、
いくたの殉難者が静かに眠っています。
此の碑は、この海に散華した人達の御霊安らかなれと祈る
鎮魂のあかしです。昭和54年7月14日 愛媛放送株式会社報道制作局
放送記者、堀内直志君、上川立雄君が旧海軍戦闘機紫電改の
引き揚げ作業取材中に殉難しました。
その三回忌にあたり、南冥の海に眠る御霊に想ひを馳せて
此の碑を建設しました。日々、平和であることをひたすらに願って
鎮魂の碑の由来と致します。
昭和56年9月 愛媛放送株式会社建立」
てっきり、戦没者のための慰霊碑かと思っていたのですが、
紫電改引き上げの際の事故で亡くなった方がおられたんですね。
「紫電改展示館」には、その一件についての説明はありませんでした。 -
手前の丸いものは、上にここからの展望地図が描かれています。
このそばには「陽光桜」と呼ばれる、「天城吉野」と「寒緋桜」の
交雑種の桜が植えられています。
「ソメイヨシノが馬瀬山をピンクに染める一足先に紫電改展示館の傍らに陽光桜が大輪の花を開きます。
この桜は紫電改を引き揚げた数年後、3名の元343海軍航空隊員に
よって、亡き戦友を偲び植樹されたものです。
「平和の桜」と呼ばれ、日本各地はもとより世界へと広まる
「陽光桜」は、愛媛県東温市の高岡正明さんが開発した新種の桜です。
「お国のために・・・」と信じて戦場へ行った多くの教え子は、
太平洋戦争が終わっても帰っては来ませんでした。
自責の念にかられた高岡さんは、戦争で亡くなった教え子の供養と
世界平和のためにと、長い年月をかけて世界中どこにでも
咲かせることの出来る桜を育てたのです。
馬瀬山公園の「陽光桜」は平和を願る人々の想いを秘めて、
毎年春には可憐な花を咲かせています。(3月中旬頃)」紫電改展示館 美術館・博物館
-
展望地図が気になる方もいるでしょうから、
主要部分だけ載せてみました。
赤丸の部分が「紫電改展示館」です。上が北になる位置で撮っています。 -
それでは、正月飾りの供えられた
令和2年開館初日の「紫電改展示館」に入ります。
開館時間:9~17時
入館無料!
休館日:12/29~1/1
ここがすごいですよね。1/2からやっているんです。
おかげで日程をやりくりして、なんとか見学することが出来ました。紫電改展示館 美術館・博物館
-
ドアを入って目の前が、紫電改です。大本命をもったいぶることなく、
いきなりどど~んと置いてます。
そもそも建物が、紫電改に合わせた大きさになっていて、
つまりはこの見える範囲しかないんです。
外から見ると2階建てかなと思うのですが、
明り取りの窓が四方にあるだけで、
後は、一部分(写真の左側)に紫電改を上から見下ろせるように
テラスが設けてあります。 -
ドアの脇には、パンフレットが置かれています。
この馬瀬山公園を運営している南レク(株)のパンフと、
両面刷りの「紫電改展示館」のパンフ。
それに、紫電改を海から引き揚げた時の古い写真を
絵葉書のようにしたもの。それで全部です。
有料の公立博物館ではないので、立派なパンフレットはありません。 -
これは館内に展示されている写真ですが、
これと同じものが印刷されて置いてあります。
但し、たいへん初期の頃に作られたものなので、紙が黄色く変色し、
写真も昭和54年に撮られたものなので、
デジタルカメラの写真とは鮮明さでかなり劣ります。
フィルムカメラで撮っていた私には、
味のある懐かしい写真なんですがね。
館内はどこも撮影できます。
「大和ミュージアム」は禁止だらけで、うんざりしましたが、
ここでは気の済むまで撮れます。
私があんまりどれもこれも撮って長時間いるので、
係員のおじさんがクスクス笑っていました。 -
入り口の左側はお土産コーナーです。
これらの中で、最前列の左から2番目に置いてある
「三四三空隊誌」には、「ここにしかない本」と明示されていました。
「元紫電改隊員たちの手記」だそうです。 -
その奥には、書籍とTシャツやマフラータオルなどの
グッズが販売されています。 -
さて、紫電改です。昭和54年に引き揚げられた時には、
機体が見えないくらいフジツボに覆われていました。
それをこそげ落として、塗装をし直して、
こんなに綺麗に整備した努力はすごいです。
みごとに修復されていて、破損した部分がどこだったのかも
わかりません。 -
紫電改の前では、ビデオが視聴できます。
VTRは「紫電改~最高の戦闘機を開発せよ(9分54秒)」と
「剣部隊6機帰還せず~よみがえる空の勇者(12分30秒)」の
2種類が見られます。 -
紫電改の周りには簡単な柵はありますが、
邪魔なガラスなどは一切なく、生の状態で見ることが出来ます。
撮影する者にとっては願ってもない状況です。
さっそくかぶりつきで撮影します。 -
戦闘機の知識がまったくないので、
各部位の名称は適当にしようかと思ったら、
展示の中に私のような素人向けのものがありました。
「紫電改」解剖図。
ありがたいけど、これを見ちゃったら、適当なことが書けないなあ。
それでも間違っていたら、ごめんなさい。 -
20ミリ1号機銃。引き揚げられた時にも付いていました。
翼の方の機銃付け根付近がちょっと破損していたようですが、
新品同然に修復されています。 -
主脚には、翼の中に収容された時に翼の一部になるカバーがあります。
今の飛行機は、翼のカバーを開けて脚だけが出て来ますよね。 -
このアンテナのような物「ピトー管」です。
と言っても、知らないので調べました。
「ピトー管は、風の流れに対して正面と直角方向に小孔を持ち、
それぞれの孔から別々に圧力を取り出す細管が内蔵されています。
その圧力差(前者を全圧、後者を静圧)を測定することにより、
風速を計測することができます。」
つまり風速計なんだ。
「ピトー管は基本的に胴体の前面を向いて取り付けられます。
機首の先端が望ましいのですが、
最近の飛行機は機首の側面に付けられることが多くなっています。
また、プロペラ機の場合、機首にプロペラがあると
プロペラで発生した風を測ってしまうことになるので、
その影響がない主翼の先の方についていたりします。」
それで紫電改のピトー管は、翼端に付いているのね。
「ピトー管はデリケートな計測装置なので、中に異物が入らないよう、
地上にいる時にはカバーをかけておくのが一般的です。
カバーは外し忘れのないよう、赤かったり赤い大きなリボンが
ついています。」
「超低温になる高空で氷結するのを防ぐ為、
ヒーターが備えられています。」
なかなかおもしろいです。
今度、飛行機に乗ることがあったら探してみよう!
翼端燈は、破損してしまったからか、色を塗っただけでした。 -
ここから見る紫電改は、「天空の城ラピュタ」の守護をしていた
ロボットに似ている気がします。
たくさんの千羽鶴と御神酒が供えられていました。 -
気になったのがこれ。
平べったい管が何本もビラビラしていて、気になる。
「推力式単排気管」だそうです。ああ!そうなんだ。
今の物とは全然違うのでわかりませんでした。 -
このボコボコになったヘッド。「スピナ」と言うそうです。
ラピュタのロボットに見えるから、頭がボコボコで可哀想。
上のプロペラで半分隠れている機体の穴が「過給器空気取入口」。
下には「滑油冷却空気取入口」もあります。 -
紫電改の正面には、6名の写真が飾られています。
「引き揚げられた紫電改は旧海軍第343航空隊に所属し、
終戦間近い昭和20年7月24日、豊後水道上空で
米軍機と交戦したうちの1機と言われています。
その日土佐沖に進攻して来た敵機動部隊艦載機、戦爆連合約200機が、呉・広島方面攻撃に来襲しました。
これを迎撃するために大村基地から鴛淵大尉の指揮する
紫電改21機が発進、宇和海上空で3倍の敵機と交戦し、
わずか10分足らずで16機を撃墜しました。
しかし、この交戦で6機が未帰還となりました。」 -
海軍大尉 鴛淵 孝 (25歳) 長崎県出身
海軍少尉 武藤 金義(29歳) 愛知県出身
海軍上飛曹 初島 二郎(22歳) 和歌山県出身
海軍上飛曹 米田 伸也(21歳) 熊本県出身
海軍一飛曹 溝口 憲心(21歳) 広島県出身
海軍二飛曹 今井 進 (20歳) 群馬県出身
この中の誰かの搭乗機だったんですね。
一人に特定しないで、6人全員を弔うのもいいんじゃないでしょうか。 -
「滑油冷却空気取入口」は、予想よりずっと大きかったです。
-
こちらの翼にはピトー管はありません。
-
機銃のあるあたりの翼の中は、弾倉ですから、
この装置のどれかを動かすと弾を装填できるんでしょうね。 -
紫電改の機銃は20ミリ砲です。
それまでの機銃との威力の違いを図解してありました。 -
こちらの翼端燈は、復元されていました。
一部が欠けたカバーだけで、中身はどうかわかりませんが。 -
翼の外側の補助翼部分は骨組みだけになっています。
内側の「親子式フラップ」部分はカバーもちゃんとしています。
左右の翼両方が同様なので、フラップの方が中身が複雑で
耐久性があったということでしょうか。
この写真を撮るのは苦労しました。
なにしろグルっと柵が囲んでいるので、
その下をかいくぐって見上げるのです。
標準レンズでは、全体を画面に収められる限界がここでした。 -
機体の下半分は、裾拡がりなんですね。
なんとなく全体が円筒形なのだと思っていました。 -
綺麗に塗装し直してあるけれど、
機体の外装はボロボロだったでしょうから、なんとなく薄さを感じます。
ほら、この辺りなんてレースのように透け透けです。
それでもまだ原型を維持しているうちに発見出来てよかったです。 -
一部は、別の鉄板で補強されていました。
-
この日の丸は、4分の3がオリジナルではありません。
それでも、少しでもオリジナルを残そうとしたんですね。 -
キャノピーがよく無事でしたね。
ガラスなんて一番先に破損しそうですが。
「70ミリ防弾ガラス」と「防弾鋼板」は頑強だったんですね。
この写真には写っていませんが、キャノピーのすぐ後ろに立っている
「アンテナ柱」も健在です。 -
光像式照準器も見えます。
操縦席を復元したものを製作して、展示してくれると嬉しいなあ。
今では信じられないほど、計器類が少なくて単純だったと思うけど、
実際に見られないのでわかりません。 -
壁の展示物の中に、「紫電改コックピット内計器類」がありました。
意外と計器類は多かったんですね(失礼)。
今のようにコンピューターがないから、
これらから情報を読み取って対処するのは、すべて自分だけ。
それで戦闘までするんだから、すごいです。 -
紫電改の後ろ半分に行きます。尾翼の下の胴体って、白いんですね。
あれは下から発見されにくくするためなのかな?
今の旅客機の胴体の下が白いのは、塗装費用を抑えるためなんだって。
飛行機は最初は白くて、そこに塗装をして行くから、
追加の塗装面積を減らすために塗っていないのだそう。
最近では全面真っ黒なんて機体も見るけどね。 -
尾翼の下には「尾輪」があります。えっ、これ?と言うほど小さいです。
こんなんでいいんですね。
胴体の色が変わるあたりに、なんと反対側まで繋がっている穴が
あります。
これ、なんでしょう? -
尾翼も昇降舵はスカスカです。
-
斜め後ろから撮った紫電改。どうしても羽根が切れてしまう。
-
方向舵もスカスカ。そういう素材なんですね。
元通りに全部を直さない復元なんだ。
中の構造を見られるという利点はあるな。 -
この背中。丁寧に丸く仕上げてあります。
金属を加工して、丁寧に手作業で物を作っています。
普段、SLをよく見ますが、同時代のものづくりに共通する
「仕事に対する熱意」を感じます。 -
尾翼の下には、「胴燃料タンク」「胴体部タンク」「翼内タンク」が
展示されています。
「ゴム被覆で防弾処理が施され、自動消火装置もついていました。」
「解剖図」によると「胴体タンク」は操縦席の真下に
設置されていました。 -
右手前が「空戦フラップ用管制器用マウント」、奥が「板類」、
左手前が「翼燃料タンク」で、奥が「潤滑油タンク」です。
この紫電改の内部の部品は、ほとんど取り出されて、
こうして展示されているようです。 -
こちら側の日の丸は、残念ながら全部綺麗になっています。
-
こうして見ると、穴が開いているのは接合部分が多く、
全体的に縦横に線を引いたように開いています。 -
日本では「紫電改」は、ここにしかありませんが、
アメリカには3機現存しています。
スミソニアン博物館にあるのは有名ですが、
他にフロリダのネーバル・アビエイション・ミュージアムに1機あり、
オハイオの空軍博物館には、なんと飛行可能な状態で
保存されているのだそうです。 -
こちらの翼の下にはテレビがあるので、ちょっと絵にならないなあ。
-
一応、お腹の下はこんな感じです。
-
テレビの真後ろに置かれた展示品。
「量産型紫電改第一号機」
「昭和飛行機」というメーカーの格納庫内で撮られた写真です。
この写真は、紫電改展示館でしか見られない貴重な1枚です。
「鳴尾飛行場の紫電改 1/144ジオラマ」昭和19(1944)年春頃
オレンジ色に塗装された紫電改で志賀少佐(後の343空飛行長)による
テスト飛行が繰り返されていました。 -
紫電改本体の撮影が終わったので、展示品を左側から見て行きます。
「343航空隊松山基地 昭和20年2月頃(当時の様子を再現)」 -
基地にロールスロイス?組み合わせがよくわからないなあ。
軍関係者がこんな車を使っていたとは思えないけど。 -
「海軍第343航空隊(剣部隊)」
国土を守る飛行機さえ数少なくなっていた昭和20年、
真珠湾攻撃時に参謀であった海軍大佐源田実司令が、
当時の海軍で優秀な戦闘機のりを松山基地に集めて編成したのが、
343空剣部隊です。
そのパイロット達は各飛行隊を新撰組(戦闘301)・
維新隊(701)・天誅組(407)と名付けました。 -
垂直尾翼には航空隊の番号343が書かれています。
更に、胴体に黄色い斜め線の付いた機体もあります。
1本線が343-11。
2本線が左端の343-A15と右端の343-15(数字の上にA)がいます。 -
紫電改が引き上げられた時の写真も展示されています。
-
いろいろなものが写り込んでしまい、なかなかの難物たちです。
-
随分と大きなクレーンを使ったんですね。
「昭和53年11月18日、愛南町久良湾で
養殖いかだのアンカーを捜していたダイバーにより、
湾内の長崎鼻沖200m海底41mの地点で発見されました。
翌54年7月14日、県から委託を受けた藤田海事工業(株)と
地元漁業関係者等の協力により、
34年ぶりに地上へと引き揚げられました。
機体はフジツボに覆われ、破損個所が随所に見受けられたものの
原型は留めていました。水中墜落でプロペラが4枚とも内側に
90度に曲がっていることから、
高度な操縦技術を持ったパイロットにより、
海面上に不時着したと考えられています。
「紫電改」を製作した新明和工業(株)(旧 川西航空)により
約1か月(昭和54年10月2日~11月7日)をかけて
一部補修・防錆塗装が施されました。」 -
ここからは、引き揚げられた紫電改の部品の展示です。
「燃料積込口金具」 -
「昇降舵操作金具」「電纜結合ソケット」「脚カバー開閉レバー」
-
20ミリ機銃取付金具の一部
-
「主翼主桁縁材」木製部分もあったんですね。よく残っていたなあ。
-
「補助翼操作ロッド」の右が「フラップ作動筒」で、
その奥の赤茶色の部品が「フラップレール」 -
「主桁胴体結合部の金具の一部」
34年も海の中にあったとは思えないほど状態が良く見えます。 -
「豊後水道上空迎撃戦未帰還6機のご家族の話」
それぞれの写真と話が掲示されています。 -
海軍大尉 鴛淵孝
(戦闘701維新隊隊長)長崎県出身 享年25歳 -
ここから先には、このような印刷物がずらっと貼られています。
-
基地でのひとときを撮った写真なども展示されています。
-
私は勇ましい軍人の姿より、こちらの方が好きです。
-
彼の説明書きはこれです。
-
ちばてつや氏のサイン入り色紙がありました。
「あしたのジョー」の最後のシーンのような優しい表情ですね。
戦記漫画「紫電改のタカ」(売店で販売中)の作者です。
紫電改引き揚げ30周年記念として
オリジナルの1コマを色紙にしてくれました。 -
展示館の角にプロペラがあります。
旧海軍艦上攻撃機「天山(12型)」
このプロペラは、昭和53年2月西宇和郡三崎町二名津沖で発見され、
引き揚げられたものである。
「天山(12型)」は太平洋戦争後半の旧海軍主力艦上攻撃機であった。
総生産機数は、1,268機で、太平洋戦争中期のブーゲンビル島海戦やマリアナ沖海戦から実戦に参加した。
乗員3名、全長1.78m、装備重量5.2t、
エンジン1,850馬力、時速492km、航続距離1,750km -
「天山(12型)」の写真です。
紫電改をじっくりと観察したので、
ちょっと違いがわかるようになりました。 -
「紫電」です。
ここに至るまで、「紫電改」の前身があったなんて知りませんでした。
「紫電」の改良型だから「紫電改」だなんて、
なんて短絡的なネーミング。 -
「紫電改」誕生までの経緯が書かれています。
-
欠陥だらけの「紫電」をそのまま使っていた軍部にも呆れます。
次の紙面には「自動空戦フラップ」について書かれています。
速度を落としながら旋回する際に、一部の熟練パイロットたちが
「零戦」で用いた方法です。
しかし、戦闘中に駆使するには熟練度が必要であり、
それを補うために「自動化」されました。
とは言え、343航空隊のベテランパイロットの中には、
「自動空戦フラップ」のスイッチをオフにしていた隊員もいたそうです。
今の車がオートマチックになったとはいえ、それに甘んじることなく
スポーツモードなどの可変性を残しているようなものでしょうか。
「全自動」より「人力」の方が早く正確な場合もあります。 -
紫電改(紫電21型) U.S.コードネーム「George」の特徴
・「零戦」を上回る速度、上昇性能、攻撃力、防弾性、防火性
・コンパクトでありながら大馬力エンジン
・自動空戦フラップ(高速機でありながら旋回性能が良い)
全長:9.34m
主翼:11.99m
高さ:3.96m
時速:620km
装備重量:4,860kg
エンジン:2,000馬力
機銃:20ミリ固定銃4挺(60または250kg爆弾2発搭載可能)
昭和19年から20年、8ヵ月間に約400機製作 -
「34年間の空白を物語る操縦席内部」
注:上部に白い線があるのは、2階の明り取りの窓が写っています。 -
「直ちに台船に降ろされた遺品を調べ、水洗いが行われた」
-
「尾翼部分は各所が破損しており、網を張って補強し引き揚げられた」
風防(キャノピー)に手向けられた菊の花束が乗っています。
ここで妙なことに気が付きました。写真の時系列が逆じゃない?
どうやらこの展示館は右側から左方向へ展示を見る作りだったようです。ああ、失敗。 -
引き揚げ前の海底に横たわっている紫電改。
「いったい誰が乗っていたんだろう?
しかし、機体を詳しく調べた結果、遺骨も遺留品らしきものも、
まったく見つからなかった」 -
「紫電改展示館」名物の「紫のマフラー」
昭和20年に入り、戦勝祈願にと日頃親交のあった食堂の女将
今井琴子さんが、自らの花嫁衣裳の白無垢を「紫電改」に因んだ
紫色に染めて、マフラーを作りました。
そのマフラーには済美高女の生徒が座右の銘を刺繍しました。
新撰組(301飛行隊)は、「ニッコリ笑えば必ず墜す」を縫い取りし、他の隊は各人の好きな言葉を縫い付けてもらったそうです。
武運長久を祈念したハチマキと共に飾られています。 -
ようやく1階の展示物を見終わり、2階のテラスに上って来ました。
-
2階のベストポジションは、ここかな?
-
展示の様子は、ここからが一番見えるかな?
-
操縦席は、2階からでもこれくらいしか見えません。
-
2階には、343剣部隊の写真が展示されていました。
-
玄関付近です。係員は、このおじさん一人です。
-
VTRの画面です。
録画は禁止だけど撮影はOKなので、撮ってみました。 -
塗装が違いますね。
こちらはキャノピーと同じ高さより上部にしか緑色が塗られていません。 -
紫電は、前方の視覚不良が欠点でした。
それを翼の位置を変えることによって改善させました。 -
紫電改の自動空戦フラップの説明。
機体の姿勢、速度、動きに合わせてフラップを自動制御。
揚力を変化させ、旋回をスムースに行うシステム。
翼の面積によって、あるスピード以下になると飛行機は落ちてしまう。
フラップを動かすことで翼の面積が広くなったような効果を作り出す。
いろんな姿勢から後上方の位置を決める訳です。 -
最後にスミソニアン博物館にある紫電改の映像です。
-
もう一つのVTRです。
-
引き揚げ時の映像。
-
尾翼が危なかったとは言っていましたが、
よく機体全体が引き揚げ作業に耐えられたものです。 -
昭和54年10月 修復作業が始まる。
新明和工業(株)(旧川西航空機)が修復にあたる。
主翼と胴体の接合部の補強
左水平尾翼の修理
弾痕などの補修
主脚と尾輪の引き出し・固定
(飛行中に墜落したので、車輪は格納されていたんですね) -
平成7年3月20日
紫電改50回忌慰霊祭が、ここ「紫電改展示館」で行われました。
紫電改と同じように現存1機の三式戦闘機「飛燕」のように、
文化財として末永く保存してもらえるといいですね。
参考:「飛燕」
1944年に川崎航空機(株)岐阜工場で製造され、
終戦時には東京の福生飛行場の陸軍航空審査部に配備されていました。
終戦後、日本の航空機がほぼ全て廃棄処分される中で、理由は不明ですが処分を免れ、1953年まで米軍横田基地に展示されていました。
米軍から航空協会に無償譲渡され、
1986年以後、鹿児島県の知覧特攻平和会館で展示していました。
2015年から川崎重工業(株)岐阜工場で約1年を掛けて
修理が行われました。
2016年が川崎重工業(株)の創立120周年の記念事業として展示。
2018年3月24日、「岐阜かかみがはら航空宇宙博物館」に
展示されることになりました。 -
最後に、展示館の壁に貼られていたポスターです。
愛媛のマスコットキャラクターみきゃんです。
戦闘機の話って、やはり暗い気分になるので、
最後にちょこっと「ほっこり」を入れてみました。
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旅行記グループ
2019年末年始 四国周遊
この旅行記へのコメント (3)
-
- 白頭硯さん 2020/03/06 18:14:51
- よくぞ行ってくれました。
- 紫電改のことは「紫電改の鷹」を熱心に読んでいたのである程度知っていましたが、記念館のことは全然知りませんでした。場所的に行き難いところですが是非訪れたくなりました。掲載ありがとうございます。
- ミズ旅撮る人さん からの返信 2020/03/07 04:46:36
- RE: よくぞ行ってくれました。
- 白頭硯さん、はじめまして。
旅行記をお読みいただき、ありがとうございました。
戦争物の知識のない私が書いて、きちんと伝わるものか少し心配でした。
こうして、書き込みをいただけて嬉しいです。
> 紫電改のことは「紫電改の鷹」を熱心に読んでいたのである程度知っていましたが、記念館のことは全然知りませんでした。
私もたまたま地図上で見つけて立ち寄りました。
まさか四国の南西端に実物があるなんて、思いも寄りませんよね。
>場所的に行き難いところですが是非訪れたくなりました。掲載ありがとうございます。
鉄道でも飛行機でも日帰りの難しい場所です。
県道には宇和島バスの「展望タワー入り口」というバス停がありますが、
城辺営業所からの一日数本です。
城辺営業所へは宇和島か宿毛からバスで行かれます。
ほとんど「路線バスの旅」になることでしょう。
車で1泊覚悟の場合が多いことでしょう。
(私は宿毛で1泊しました)
それでも貴重な本物です。
紙面の都合上、展示されているものをあまり多くは掲載できませんでした。
大きな施設ではありませんが、思い入れのある方にはお勧めです。
こうした施設はいつまでもあるとは限らないのが昨今の事情でもあります。
白頭硯さんが、行かれるといいですね。
- 白頭硯さん からの返信 2020/03/07 11:10:34
- RE: RE: よくぞ行ってくれました。
- > 白頭硯さん、はじめまして。
> 旅行記をお読みいただき、ありがとうございました。
> 戦争物の知識のない私が書いて、きちんと伝わるものか少し心配でした。
> こうして、書き込みをいただけて嬉しいです。
>
> > 紫電改のことは「紫電改のタカ」を熱心に読んでいたのである程度知っていましたが、記念館のことは全然知りませんでした。
>
> 私もたまたま地図上で見つけて立ち寄りました。
> まさか四国の南西端に実物があるなんて、思いも寄りませんよね。
>
> >場所的に行き難いところですが是非訪れたくなりました。掲載ありがとうございます。
>
> 鉄道でも飛行機でも日帰りの難しい場所です。
> 県道には宇和島バスの「展望タワー入り口」というバス停がありますが、
> 城辺営業所からの一日数本です。
> 城辺営業所へは宇和島か宿毛からバスで行かれます。
> ほとんど「路線バスの旅」になることでしょう。
> 車で1泊覚悟の場合が多いことでしょう。
> (私は宿毛で1泊しました)
>
> それでも貴重な本物です。
> 紙面の都合上、展示されているものをあまり多くは掲載できませんでした。
> 大きな施設ではありませんが、思い入れのある方にはお勧めです。
> こうした施設はいつまでもあるとは限らないのが昨今の事情でもあります。
> 白頭硯さんが、行かれるといいですね。
>
>
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旅行記グループ 2019年末年始 四国周遊
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